正綱の屋敷で、模擬戦を行っていた。十五日間ずっと屋敷にこもっていた。足軽の技術がまた増え、新たな技も教わった。それに飽き足らず、氏勝はさらに二十日間模擬戦を行った。
「次郎右衛門殿、ありがとうございます」
「いえいえ、楽しかったですぞ」
正綱と別れ、自分の屋敷へと戻った。六日間の休養を終えると、氏真に報告へ向かった。館の中は明るく、屏風のせいか金色に見えた。部屋に入ると、氏真は書状を手に持っていた。こちらに気づくと、すぐに左に折りたたんで胸を張った。
「おお、源次郎か。主命は達成できたか?」
「はい。今回は足軽について学び修めることができました」
「うむ、ご苦労であった。下がって良いぞ」
氏勝は後ろへ下がるようにして廊下へと出た。歩きながら、今後のことを考えた。評定までまだ18日あった。
そんな思案をしながら自分の屋敷へと戻ると、正綱がいた。
「今日は若殿に茶を振る舞おうと思いましてな」
「おお、ぜひお願いしよう」
正綱が見せたのは高麗茶碗だった。茶碗は緑色に輝いていた。氏勝はふと、自分も茶器を手に入れようと思いたった。
「結構なお点前だった」
「ありがとうございます。ではこれにて失礼いたしまする」
正綱を見送ると、早速金庫を開けた。金庫には40貫ほど入っていた。手元の20貫と合わせて60貫すべて懐に入れると、堺へと馬を飛ばした。そこに千宗易という高尚な茶人がいると聞いたからだった。堺までは遠く、途中船にも乗り、数日かかった。
「おや、どなたかな」
こじんまりとした一室に一人、茶器を持った男がいた。ししおどしの音が響いている。
「お初にお目にかかる。梅木源次郎と申す」
「これはこれは、今川のものですか。ようこそいらっしゃいました。ご用の向きは茶器でございますか?」
「ええ。茶器を手に入れたいと思いましてな」
「どれをご覧いたしましょう」
千宗易は茶器の一覧表を見せてくれた。値段は安い物でも20貫はする。高い物だと400貫もしていた。
「高麗茶碗を一つ貰いたい」
「わかりました」
「……もっと安くできないだろうか?」
「……その件、簡単にはうなずけませぬ」
「しかし、ここに傷がありますな」
「……わかりました。しからば、2貫500文負けて47貫でどうでしょう」
「買った」
氏勝は念願の茶器を手に入れた。すぐに木箱に入れて、紫色の風呂敷に丁寧に包んだ。
「ありがとうございます」
千宗易が見送る中、彼の屋敷を後にした。
気を軽くさせた氏勝はそのまま酒場へと向かった。堺の酒場は喧騒に満ちていた。
「いらっしゃい」
「酒を一杯もらおう」
「一杯600文になります」
銭を払うと、すぐに濁酒を盃に注いだ。それを一気飲みした。
「美味いな」
「お客さん、いけるわねえ。うちのお酒が気に入ったのなら買っていかない?」
そう言われて3貫もするすみ酒を買った。そして酒が入ってすっかり気持ちよくなっていた氏勝は隣に座っていた男に声をかけた。
「ん?誰だ?」
「梅木源次郎と申しまする」
「ほほう、梅木殿でございますか。今後ともよしなに……では」
紫の帽子を被った僧侶風の男はそのまま去っていった。名を聞くのを忘れた氏勝は女将に尋ねた。
「ああ、あの方は三好伊佐入道様よ」
三好伊三とも言う彼は、三好家の重臣だった。三好家は天下に最も近いと言われていた。意外な人物に出会えて頬が緩んだ。酒場を出ると、外は雪がちらついていた。積もってしまっては大変と急ぎ駿河へと戻った。