今川の梅の木   作:こうよう

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初任務

 評定の間は閉め切って行うこともあって今日も暗かった。上座に座っている氏真の顔は最初の頃とは違って徐々に当主らしく引き締まって見えた。父上の面影が強くなっているように感じた。

 

「皆、揃っているようだな。まずは前回の主命結果からだ」

 

 今回は皆平々凡々だった。氏勝の修行も伸び悩んでいた。それでも氏勝が一番の成績をおさめていた。特に褒美もなく淡々と進んだ。

 

「今月は内政を行おうと思うが、異論はあるか?」

 

 氏真がいつものように問うた。評定の間には外の鳥の声がくぐもって聞こえるだけだった。下座で頭を下げていた氏勝はしずかに顔を上げて、氏真の目を見た。

 

「……兄上、僭越ではございますが。それがしに意見がございます」

「ほう。では聞こう」

「兄上、それがしが考えますに……此度は軍備を行うのがよろしかろうと存じます」

 

 氏勝は氏真の顔をしっかりと捉えて、そう強く申した。隣に座っていた黒い衣の男が冷や汗をかきながら氏勝の横顔を見た。

 

「源次郎さま、御館様のお考えに異を唱えようとは出過ぎたことでございますぞ」

「いいえ、御館様。それがしも源次郎さまの意見がよろしかろうと存じます」

 

 助け舟を出したのは正綱だった。オレンジ色の羽織をぎゅっと引き締めながら口を開いた。定盈は目を丸くして正綱を見て、また氏勝の横顔を見た。

 

「ふむ、軍備か……源次郎の意見にも聞くべき点はあるが、此度は見送ろう」

「……左様で、ございますか」

 

 氏勝は肩を落とした。定盈は頭を下げた表情に薄ら笑いを浮かべていた。正綱は氏勝の方をぼんやりと見た。氏真は目を細めながら氏勝を見た。

 

「……よし。源次郎、そなたに兵糧売却を命ずる。三千石与えるゆえ、1200貫は稼いでまいれ」

「はっ、承りました」

 

 はじめての命だった。修行とは違い、今川家の公費となる重要な任務だった。氏勝は頭を下げながら少し頬が緩んでいた。

 

「此度の評定はこれまでじゃ。解散」

 

 氏真が立ち上がって部屋から出ていくと、家臣たちもそれに続いていく。オレンジ色の衣の男だけが残って氏勝に目配せをした。氏勝が近づくと、正綱は穏やかに微笑しながら肩を叩いた。

 

「初の任務、頑張りなされ」

「ありがとうございます、次郎右衛門殿」

 

 氏勝と正綱は駿府館の門の前で別れた。駿府にもいつの間にか雪がチラついていた。氏勝は急いで城から駿府の町へと出ていった。

 駿府の町は雪が降っているのに相変わらずの喧騒具合だった。氏勝の後ろには二人の小姓たちが大きな荷車を押していた。荷車には三つの米俵が乗っかっていた。両端には商店が立ち並んでいた。氏勝の一行はそのうちにある大きな米屋へと足を運んだ。出迎えた主人は小太りの中年男だった。肉付きのいい頬にえくぼをつけていた。

 

「いらっしゃいませ。本日はいかがいたしましょう」

「兵糧の相場を知りたいのだが……」

「相場ですか……ちょっとお待ちください」

 

 主人は店の裏へと姿を消した。すぐに長い帳面を持って出てきた。

 

「うちは千石単位で商っております。お買上げ相場が610貫、お引き取り相場が427貫です」

「ふむ。全部で12……ギリギリか……もっと高く引き取ってはくれないだろうか?」

「そう簡単には頷けませんなぁ……」

「そこをなんとか……もし高く引き取ってもらえたら御館様に口付けしておきますから。……」

 

 氏勝は小一時間ほど粘りに粘っていた。主人もいよいよしつこさに折れた。

 

「……こちらも根負けいたしました。では1300貫で買い取りましょう」

「左様か? かたじけない」

 

 こうして氏勝は意気揚々で駿府の館へと戻った。

 

「兄上、報告に戻りました」

「おお、源次郎か。主命は達成できたか?」

「ええ、1300貫にしてまいりました」

「でかした、さすが我が弟だ。下がって良いぞ」

「はっ」

 

 門を後にした氏勝の頬は緩みっぱなしだった。本当は1313貫貰っていたのだが、ちゃっかり13貫は懐へと入っていた。




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