夏休み真っ只中の8月の半ば、あたしと龍園は、南雲先輩に呼び出され、先輩の部屋に居た。要件は何かは分からないが、おそらくオンカジの経過報告や、こっちの特別試験の結果などの把握が目的だろう。あたし達がソファにどっかりと座り、茶菓子をかっ喰らっていると、ほどなくして南雲先輩がやってきた。あたし達のくつろぎっぷりに、何とも言えない微妙な表情をしているのは放っておこう。
「お前ら、もう少し遠慮ってもんが...まぁいい。今日は良く来てくれた。」
「ハッ、構わねえよ。特に用事もないからな。で、何の用だ?わざわざ呼び出すってことは、何か俺たちに聞きたいことがあるんだろう?」
「さすが、冴えてるな。お前達、最近のオンカジの収入は確認したか?」
「そりゃあもう...確か、7月の収入総額が300万でしたっけ?で、今月に入ってから、とりわけ各学年の特別試験が終わってから、明らかに使用率や収入が爆増してますね。現時点で200万...この調子だと500万ぐらいの収入は堅いんじゃないですか?」
そう、明らかにオンカジの使用者が増えているのだ。一年Dクラスのような、これまで金欠でオンカジなどをする余裕のなかったクラスの利用者が増えたことや、A、Bクラスに多くいる、ギャンブルに否定的な感情を持っている生徒が大金を得たことでついつい手を出してしまうといったように、さまざまな理由で利用者が増えてきている。
「特に、一年の伸びが凄まじくてな。お前達、特別試験でいったい何をしたんだ...?一応、帆波...一之瀬から、試験のある程度の内容は教えてもらったが、この結果になったのは、少なからずお前たちの思惑が絡んでいるだろう?」
「...ま、そうですね。無人島試験では、クラスポイントを諦めて、他クラスからのプライベートポイントの入手をしました。この試験に『クラスポイントの-』、つまり0未満が無いことを活かして、リーダーの指名権を売ったり、8割のCクラス生徒を船でゆっくりさせたり...1000万ぐらい稼ぎました。」
「1000万...1000万か...お前達、相当ムチャクチャやったようだな...一之瀬はCクラスから、やけに豪華な食糧を売ってもらったと聞いたが、まさか...」
「ククク、船のビュッフェから密輸したのさ。『リタイアした生徒が、船から食料を外に輸送してはいけません』なんてルールは無かったからな。」
眉間を押さえる南雲先輩。どの口案件だが、気持ちは少しわかってしまう。
「で、船上試験の方だが、全クラスに約2000万プライベートポイントが行き渡る結果になった、と...一応経緯も聞いていいか?」
「Aクラスと談合して強引に4クラスで不可侵の同盟を結びました!」
「まぁ、無人島のに比べたらまだ普通の範囲か...で、一人頭50万、人によっちゃ100万が振り込まれた結果が、このオンカジの活性化ってわけか...」
おおむねその通りである。オンカジの開設から、最近になってゲームの種類を増やしたり、演出のアップグレードをしたのも一因かもしれない。とりあえず虹色に光らせるなりギラギラとするなりで、ドーパミンはとんでもなく出るようになっているはずだ。
「でも、2,3年の利用額も増えてますよね?他学年もあたし達の無人島試験みたいな感じで、何か試験があった感じですか?」
実際、1年にのみこういった試験があるとは考えにくいだろう。特に3年は、あと数か月しかないのだ、ここでポイントを縮めるための試験が無いのは不自然だ。
「まぁ、そんな感じだな。3年は確か、北海道かどこかで特別試験をやってた筈だな。確か、クラス対抗のスポーツ雪合戦や、雪山での宝探しみたいなことをやってたそうだ。」
「それはまた過酷そうな...聞いてるだけで体が冷えてきました。」
「ククク、結構楽しそうだがな。特に雪山ってのがいい。先公の目が届きにくいってのはかなり優位性がある。」
「で、結果としてはAクラスの圧勝だったそうだ。さすがは堀北先輩だ、お前らもそう思うだろ?」
「ま、まぁそうですね...」
珍しく同意を求めて来た。というか南雲先輩、堀北先輩の話になると妙~に熱が入るんだよね...この人がこう手放しで人を褒めるのは珍しいので、よほどの傑物なのだろう。できれば対戦は避けたいものだ。
「で、2年生...つまり俺達は、長野の高原や山々で、鬼ごっこ...逃〇中みたいなことをやってたな。4セット×1日で、各クラスが鬼になって、捕まえた数を競うのさ。」
「おお!楽しそうですね!で、結果は...」
「Aの勝ちだろ?」
割り込む龍園。それを聞いて先輩は、少し残念そうな表情をする。
「ったく...折角自慢しようと思ったのによ、先に言われちまったぜ。」
「ハッ、その嬉しそうな表情で簡単に分かったぜ?」
実際、今日の先輩は比較的機嫌がいい。まぁ、これだけのテンションになるのも分からなくはないだろう。
「で、これで要件は終わりですか?」
「いや、あといくつかある。実はな、この夏休みに、なにか大きいイベントをやろうと思っていてな...」
「ほう?それはまた、どういう意図で?」
「そりゃ簡単だ。様々な学年の交流や、娯楽の提供として、な。」
「本当は?」
「小銭稼ぎだ。」
「ンなこったろうと思ったぜ。」
「で、だ。そのイベントの内案を、いくつか出してほしくってな...」
複数人の参加できるイベント。これは面白い話だ。実際、夏休みの後半は、部活の引退と重なっているのもあり、部活動もオフが多い。それゆえか、案外暇を持て余している生徒も多いのだ。ニーズに合った丁度いい企画だろう。
「条件としては、
・大人数、なおかつ全学年が参加できる
・何かしら競い合う
ものがいいな。賞金100万!とか銘打った方が、生徒のやる気や参加意欲も誘発できそうだからな。」
「ほう...となると、これがいいのでは...?」
あたしは二人に、自分の案をちょいちょいと説明していく。二人もある程度は納得してくれたようだ...
「確かに、結構いい企画じゃねえの。これで行くか。」
こうして、イベントの内容は案外すんなりと決まった。
そして、8月後半の某日。
「ストラァァイ!バッターアウト!」
「よーし、伊吹ちゃん、良い球来てるよ!」
あたしはキャッチャーミットと防具を付け、伊吹ちゃんのストレートで三振を取っていた。なぜこんなことをしているのか、理由は他でもない、あたしの企画していたイベント、それこそが野球大会であるからだ。具体的なルールは、
・3学年合同、男女別で行う野球大会(女子は軟球)
・チームは自由に組むことができるが、最低限のルールとして
・9人で組むこと
・3学年の生徒を最低一人ずつ入れる
というルールがある。
・野球は5回制で、タイブレークあり。
・優勝賞金は150万プライベートポイントであり、参加チームは1チームにつき10万の参加料を支払う必要がある。参加チームは先着16チームである。
・試合形式はトーナメントであり、配置は抽選で決められる。
こんな感じだ。ちなみに、先輩の巧みな交渉術で、賞金150万のうち、100万ポイント分は学校側から支援してもらえたようだ。
結果としては、男子の部が16チーム、女子の部が8チーム集まった。女子は運動が苦手な生徒が多い、というのもあってか、思ったよりは集まらなかった。が、これはチャンスである。競合相手は少ないほうが、賞金入手のチャンスは増えるというものだ。
あたしのチームは、身体能力の高い伊吹ちゃんをエースとして、ファースト、二遊間、センターなどの重要なポジションを、金で雇った(一人5万ポイント)先輩方に守ってもらい、残りのポジションはCクラスのヒマしていた生徒に立ってもらう、というチームである。ちなみにあたしは、肩も弱いし足も弱いがキャッチャーだ。既に腰が痛い。
一応、1年Cクラス主導のチームはもう1チームあるので、どちらかが勝てば御の字というものだ。
ちなみに、男子の方は南雲先輩と龍園が組んで、がちがちのメンツで賞金を回収しに行っていた。他のメンツもアルベルトのようなフィジカル自慢で固めていたので、正直あのメンツに勝てるのはそうそう居ないだろう。
「ゲームセット!3-1で、チーム『辰見組』の勝利!」
結果として、伊吹ちゃんが5回を1失点で抑え、第一試合に勝利した。急ピッチで覚えてもらったカーブやスライダーのような変化球と、あたしの付け焼刃のリードでも案外何とかなった。実際、伊吹ちゃんの球が速いので、ソフトボール部でもない限りはなかなか打てないだろう。ちなみに、その後の試合で1年Cクラス主導のチームはあっけなく負けていた。ちくしょう、真鍋め...
その後、あたし達チーム『辰見組』は2回戦も勝利し、決勝へと駒を進めた。決勝の相手、3年Aクラス、橘先輩を主軸としたチームだ。よく見ると、櫛田ちゃんと堀北ちゃんもいる。大方、橘先輩が誘ったのだろう。好きな人の妹から攻めていくとは、将を射んとする者はまず馬を射よ、という事なのかもしれない。あんな感じの印象のわりに、かなり賢いのかもしれない。
横の伊吹ちゃんを見てみると、堀北ちゃんの方を見て、歯をぎりぎりといわせながら見るからに対抗心を燃やしている。
「堀北...アタシがボコボコに抑えてやるわ...覚悟しなさい」
いつのまにそんな因縁を抱えてたんだ、あんたら...
因縁でバチバチしている伊吹ちゃんをよそに、決勝戦が始まった。どうやらあちらのピッチャーは堀北ちゃんのようだ。因縁に燃える伊吹ちゃんもあっさりと三振に取られ、初回は終わる。こちらも三者凡退に抑え、試合は思いのほか淡々と進んでいく。そして、2回裏、ワンアウト。5番の堀北ちゃんを迎える。
「フンッ!」
伊吹ちゃんが渾身の力を込めて投げた球は不幸にもすっぽ抜け、ひゅるひゅると間抜けな軌道をしてど真ん中に...
「入りました、先制のソロホームラン!失投を見逃さず見事ホームランにしてみせました!」
「あら、伊吹さん。あの威勢の良さはどこに行ったのかしら?」
「ぐぐぐぐ....堀北ぁ....!」
ものの見事に煽られ、伊吹ちゃんがガチ効きしている。とはいえ、先制されたのは非常にまずい。こっちはあたし含め下位打線が弱く、頼みの綱の上位打線も先ほど三者凡退に抑えられている。くそっ、何かこちらに都合の良いことでも起こらない限りは、勝ちは厳しいだろう...
「あーっと!ショート櫛田、平凡なゴロを後逸!この回2度目のエラーです!やはり一年生にショートは荷が重かったか!?」
起こった。
4回表、櫛田ちゃんがエラーを連発し、それにより流れを掴む。他の選手もエラーを連発し、一挙4得点の奪取に成功する。伊吹ちゃん?あぁ、三球三振だったよ。
兎にも角にも、その後もなんとかリードを守り切り、4-3で勝利した。つまり、この野球大会女子の部、我らチーム『辰見組』が勝利したという事だ。このチーム名は伊吹ちゃんがつけたものだが、流石にセンスを疑ってしまう。
「やったー!優勝だ!優勝だ!優勝優勝優勝だ!」
なお、対戦成績だけで言うと、伊吹ちゃんは堀北ちゃんにマルチヒット(一試合二安打)を打たれてしまい、優勝のわりに不服そうではあった。
「見てなさいよ堀北...!今度こそ、アンタを完膚なきまでに叩き潰して見せるわ!」
試合後には、そんなことを言う始末だ。ちなみに、賞金の分配は
・助っ人の先輩方・・・50万(10万×5人)←優勝分の謝礼込み
・Cクラスメンバー・・・20万
で、80万が手元に残った計算だ。
その後、時間も余ったし、折角なので別会場で行われている男子の試合を見に行くことにした。決勝戦は、堀北先輩率いるチームと、南雲、龍園コンビのチームの対戦であった。
現在はちょうど1回裏、ツーアウト一塁で4番の堀北先輩だ。堀北先輩に対して、ピッチャー南雲先輩は、内角ビタビタのストレートを投げるが...
「入ったー!ツーランホームラン、4番の一発で2点先制しました!」
完璧にはじき返され、ホームランにされてしまった。先制されたというのに、どこか南雲先輩は満足そうな顔をしている。キャッチャーの龍園は半ギレだ。
その後も、1点を返すが5回まで逆転はできず、5回ワンアウトの状況で3番の龍園に回る。
「フォ、フォアボール!龍園選手、20球に及ぶ粘りの末、なんとか四球をもぎとりました!」
そして、塁に出るなりすぐさま盗塁を決める。
「盗塁成功です!完璧にフォームを読み切りました!これで得点圏、ワンアウト二塁で4番の南雲選手に回ります!」
そして、南雲先輩のタイムリーで龍園が帰り、何とか同点に追いつく。しかし、5回裏。
「サヨナラー!堀北選手のセンターオーバーのヒットで、試合が終わりました!」
結局、タイブレークの6回裏、堀北先輩のヒットで4-3で負けてしまった。
「いやー、負けましたよ。野球でなら先輩に勝てると思ったんですけどね...」
「いや、お前のチームも十分脅威だったぞ、南雲。いい勝負だった。」
2チームのリーダーは、お互いの健闘を称え、さわやかに握手をしていた。正直、100万が手に入らなかった悔しさで、あたしは気が気でない。それは龍園も同様で、試合が終わるなり、防具を外してどこかに行ってしまった。
結局、今回の野球大会での収支は、
賞金代・・・-50万
女子の部賞金残り・・・80万
参加費・・・210万(24チームのうち、3チームはこちら側のチームのため)
で、合計240万となった。これを三等分し、Cクラスの貯金は160万の増加、という事になった。
何だかんだ、そこそこポイントを稼げたし、何やら南雲先輩も満足しているので、まぁよしとしよう。
ちなみに、試合後から数日、腕と腰が筋肉痛で体がろくに動かず、西野ちゃんや椎名ちゃんとのプールに行く予定はキャンセルになってしまった。
こんな感じで、あたしの激動の夏休みは過ぎていった。願わくば、来年は無人島になど行かず、冷房の効いた部屋でずっとくつろいでいたいものだ。
2、3年生もこの夏に特別試験はあっただろうな~ということで、勝手に二次創作で追加させていただきました。(無人島の代わりなら山とかかな?という安直な発想)
ちなみに、今回の野球大会、綾小路くんはしれっと堀北先輩のチームに居たりします。