5月も始まってから一週間ほどが経った。クラスの殆どは、退学回避のための勉強に精を出していた。かくいうあたしも、
「だーかーら、伊吹ちゃんさ、ここはそういう意味じゃなくってさ...」
「分かってるわよ...ったく、古文なんて将来何の役に立つのよ。」
「辰見さん!ここの文章の意味が分かんないんすけど!」
龍園の取り巻きを主としたメンバーに勉強を教えていた。これは龍園たっての希望によるもので、「ほかの学力のある奴らはこいつらに萎縮気味で都合が悪い」との理由だそうだ。
とのことで、あたしは、主に自分の得意科目である国語、歴史などの文系科目を教えている。メンバーは石崎、小宮、近藤のCクラスが誇る荒くれ三馬鹿コンビと、伊吹ちゃんだ。彼女は珍しく、というか女子で唯一、龍園に真っ向から勝負を挑んだそうだ。その行動からも分かるように、フィジカルにはかなりの自信があるそうだ。学力?ここにいる時点で察してほしい。中の下だ。
「はいは~い、今行くから待っててちょうだいな。どこが分かんないの?」
「ここっす。なんか変な例え?みたいな...文章中のこいつら、急にぼたもちの話をし始めてて...ほらここも、なんかウサギを追っかけようとしてるんですよ。」
「......石崎、ことわざって知ってる?」
そんな感じて、放課後の数時間を勉強に費やした。
4人と別れ、帰路に就く途中、転売ヤ―...じゃなかった、龍園からの電話が鳴る。結局あの後も、石崎たちが転売行為にいそしんでいるのを方々で見かけた。アルベルトなんて拙い日本語で頑張ってたんだぞ。「ヤスイヨ、ヤスイヨ」って,,,
そんなことを考えながら、電話にでる。
「へぇ~い。辰見ですよっと。龍園・転売ヤ―・翔さん。なんか用がある感じ?」
「ハッ、もとはと言えばお前の秘策のせいじゃねぇか。それは置いておいて、だ。お前に入手してほしいものがある。」
「何さ何さ。教えて頂戴な。」
「過去問だ。去年以前のな。」
「それはまたどうして?」
「考えてもみろ。これは学校で最初の定期テストだ。俺は、このテストに何かしら抜け道があると踏んでる。」
電話越しでも分かるレベルで、得意げな龍園の声だ。
「過去問と全く同じ内容だろうと。ま、最底辺レベルの学力の子らはこの2週間ぐらいでどれだけ頑張っても...って可能性もあるだろうしね。」
「初回限定の裏技みたいなモンだろう。上級生のヤツに裏付けもとってある。」
あら有能。さす龍園だわ。
「裏付けって?」
「2年Dクラスのヤツに過去問に関して鎌をかけてみたら、案の定それっぽい反応があった。」
「ま、まさかもう過去問買っちゃったの...?」
「いや、買ってねぇ。あの野郎、吹っ掛けてきやがった。10万は舐めてんだろ」
5万で退学回避できるなら御の字...ではあるけども......てか、龍園の態度が悪いのも吹っ掛けられた原因だったんじゃないの?
「でもねぇ龍園、そこで買わなかったのは、英断も英断、大英断だよ。」
「何故だ?こういうのは早い方が良いだろ?......まさか、お前既に...⁉」
「ビンゴ!もう過去問ゲットしちゃったんだわ!」
あたしも何かしら、このテストには抜け道があると踏んでいた。最初のテストとしての、搦め手、裏技のチュートリアル...そう難しい条件ではないはずという思考のもと、同様に過去問という答えにたどり着いたのだ。
「ククク、やるじゃねぇか。まぁ、先に言え、とは思ったがな。で、俺の考察は正しかったのか?」
「そりゃもう見事に。去年とおととし、どっちも内容は同じだったよ。」
「そうか、助かった。先月から思ってたことだが、かなり頭が回るな、お前。」
「素直な褒めだね...嬉しいじゃん。」
「ちなみになんだが、出所は誰だ?南雲か?」
「花丸満点大正解。つい2日ほど前に貰ってね.....」
5月の序盤、あたしは南雲先輩の部屋に来ていた。
「お邪魔しま~す。」
「おう、来たか鱗。適当なとこに座っていいぞ。」
南雲先輩の部屋は、男子高校生にしては十分なレベルで綺麗であった。とりあえず、あたしではない他の彼女が持ち込んだであろう、可愛らしいクッションの上に腰掛ける。しばらくすると、先輩が飲み物と茶菓子を持ってきた。みたところ紅茶だろうか。
それを受け取り、紅茶を飲みながらいくつか話をする。
「先輩、金貸しの方は順調ですか?」
「あぁ、まあぼちぼちって所だな。いくつかの生徒がぽつぽつと借りたりしてる感じだな。1年Dクラスを除いて、の話だがな。」
「と、言いますと?」
「金貸しの宣伝をしてすぐ、かなりの数来てな。中には無料品が売り切れてる、だの言ってたやつもいたぞ。その後、Dクラスのリーダーらしき奴が来てな。平田...だっけか?頭を下げて金を貸してくれるよう言ってたよ。」
やはりだ。0円生活は無料商品をうまく活用すれば不可能ではないレベルだが、肝心の無料商品が売り切れていると、金貸しに泣きつくほか無いだろう。
「ちなみに利子はどんな感じで?」
「月に1割で一人頭1万ほど貸してやったよ。お前たちには感謝しないとな。」
「それはどうも。じゃあ、お返し...といっては何ですけど、ちょっと欲しいものがありまして...」
南雲先輩が、肩透かしを食らったような、がっくりしたような、「あぁ...」という表情をしている。残念だけども、そんな軽い女じゃないのだよあたしは。
「...ま、やっぱりな。で、お前の方から俺の所に来るなんて。何が欲しいんだ?わざわざ俺に聞くんだ。上級生か生徒会にしか手に入らないようなものか?」
流石に鋭い。2年生を掌握しているのは伊達ではないようだ。
「そんな感じですね。実は、中間テストの過去問が欲しくって...」
南雲先輩は、やるじゃないかといわんばかりの表情をして、こちらを見る。
「どうやってその答えに至ったかは知らんが、鱗。お前の推測は大当たりだ。去年、一昨年と、この中間テストは例年同じものが使いまわされている。」
「やっぱしですよね!救済措置みたいなものなんでしょうか。」
「...ま、そんな感じだな。良いぞ、そこの下の棚にあるから、適当に探して持っていけ。」
「マジですか!さっすが先輩。よっ!お大尽!」
軽口を叩きながら、四つん這いのような姿勢になって、下の棚を物色する。しばらく探すと、きれいにファイリングされた過去問があった。こういうところが妙に几帳面なのが、ギャップというものなのだろうか...そんなことを考えながら、棚のプリントをもとに直す。
「ありがとうございました。これで退学者を出さずに...わぎゃっ!」
なんと、南雲先輩の右手があたしの尻をがっつりと掴んでいたのだ。思わず奇声を上げてしまったのも許してほしい。あろうことか、数秒間むにむにと揉みしだかれる。数秒後、脳のフリーズも解け、改めて文句を言う。
「な、なにするんですか先輩!金取りますよ!」
「悪い悪い、あんまりにもいい尻でな。ほら、過去問代、ってことでな」
悪びれることもなくそういう先輩。まぁ過去問代としてならいいか...と少し思ってしまった自分が情けない。
「あーあ!部屋とか書類とかきれいでせっかく高評価だったのに!」
怒りを見せつけながら、茶菓子をわしづかみにする。
「もうあたし帰りますからね!じゃ!過去問ありがとうございました!!!」
「おう、元気でな~。」
部屋を出ていき、そのまま帰路についた。
ドア越しから、「あいつ、自然に茶菓子全部持っていきやがった...」なんて声が聞こえた気がするが、多分気のせいだろう。
「と、いう事がありましてね...」
「......茶菓子は美味かったか?」
「めっちゃ美味かった。」
自分の部屋に帰ってから見たが、ケヤキモールで一番高い店の茶菓子だった。特にマドレーヌが美味かった。
「じゃ、あとでその過去問は貰ってくぞ。クラスの連中に後で配布する。」
「その件なんだけど、渡すのは前日、もしくは前々日にしない?今渡すと、人によってはこれに安心して100%勉強しないだろうし、今後のテストのためにも、ぎりぎりまで学力向上に時間を使わせるのはありだと思ってさ。」
「...そうだな、一理ある。なら、渡すのは前日にするか。」
「じゃ、そういうことで~。あとで過去問渡しに行くね。」
「ああ、頼んだぞ」
その後、過去問を龍園に渡してきた。
次の日の放課後、あたしは龍園に呼ばれた。過去問の件だろうか?それとも、またなにか策...というか悪巧みを思いついたのだろうか。
「何か考えがある感じ?昨日の今日ってことは、やっぱし過去問関連?」
「ククク、ご名答だ。」
そう言って、龍園は紙束をこちらに投げてきた。ちらりと見やると、昨日渡した過去問のコピーだった。
「辰見、これを他クラスに売りつけてこい。15万ぐらいでな。」
過去問の売りつけ。それが龍園の策のようだ。
「Dクラスはともかく、上位2クラスは金に困っちゃいないはずだ。」
「いい案なんだけどさ、これを売るってことは、過去問の存在を開示するってことだよ?額を理由に突っぱねられたらどうするの?」
「......確かにな。そこは『上級生に20万で売りつけられた』とでも言って騙すし無ぇな。いけるか?」
暫くの思案のあと、龍園はそう言った。
「まぁ、可能と言えば可能だけど....」
「じゃあ決まりだ。お前はAクラスとBクラスのヤツに売ってこい。俺の調べによると、各クラスのリーダーはそれぞれ、葛城と一之瀬だ。頼んだぞ。」
見事なまでの丸投げだ。だが、龍園に頼まれた仕事だ。きっちり稼いでくるとしよう。
「いらん。」
「なんでよぉ⁉」
Aクラスのリーダー、葛城との交渉は、あまりにも早く終わりそうであった。
「理由は簡単だ。そもそも、我々Aクラスは、そんなものが無くとも点が取れるからだ。」
それはそうだ。盲点であった。なまじうちのクラスに退学ボーダ―ラインがそこそこいたせいで、他のクラスも必然的にそうかも...などと思っていたが、A、Bクラスはうちのクラスよりも優秀なのだ、そりゃ必要ないか。だが、あたしもここで引き下がるほど諦めの良い女ではない。
「でもさ、テストの点数次第でクラスポイントが増えたりするかもだよ?クラスのみんながみんな、満点が取れるわけじゃないでしょ?」
「それはそうだが、それはそちらの推測だろう?」
「ぐぐぐ...」
流石にAクラスのトップ、頭が切れるのなんの。この際、多少値切ってでも買ってもらうか?
「ほら、もういっそのこと、15万じゃなくて12万とかでもいいよ!それにさ、過去問っていう攻略法を手に入れたとなれば、クラス内での地位も盤石になるんじゃない?」
「クラス内の地位...か。」
苦し紛れに言った、「クラス内での地位」という言葉に、葛城が好反応を見せた。どうやら、Aクラスは一枚岩ではないのかもしれない。この機を逃すあたしではない。
「どう?買ってかない?ほらほら!」
「......分かった。12万で買おう。改めて聞くが、これは本物なんだな?」
「そりゃもちろん!偽物だったら50万払うよ!」
勢いで言ってしまったが、先輩が偽物を渡したかもしれない...そうなったら、先輩に100万ぐらい請求してやろう。
「そこまで言うなら、少なくとも信用はできそうだ。交渉成立だな。」
「まいどあり~!」
「確かに、過去問があれば退学者はほぼ100%出ないよね...ちょっと高いけど、買おうかな!」
「ありがとね一之瀬ちゃん!まいどあり~!」
ちなみにBクラスとの交渉は、こんな感じでものの数分で終わった。
過去問の売りつけを終えて、龍園と落ち合う。龍園は、見るからに機嫌が悪そうだ。
「こっちはそれぞれ、12万と15万で売れたよ。そっちは?」
「見りゃわかるだろ、聞くんじゃねぇ。」
龍園は、不機嫌さを隠さずにそう言った。大方、また吹っ掛けすぎたのだろう。
「Dクラスは金が無いんだから、そりゃ吹っ掛けたら買ってくれないよ...」
「そうじゃねえ。あっちも既に、過去問をもってやがった。Dクラス、ただの無能の集まりかと思ってたが、無能ばかりじゃ無ぇようだ。」
なんと!Dクラスがその考えに至っていたとは。櫛田ちゃんや高円寺など、なぜDクラスか分からない生徒もちらほらいるのだ。思ったより不思議ではないだろう。
「ま、ただで手に入ったのが金になったんだし、良いんじゃない?」
「ハッ、まぁそう考えておくか。」
そう言うと、龍園は去っていった。ちゃんと勉強はするんだぞ。
その後、Cクラスには、龍園の手によって過去問が配布された。これまで賛否のあった龍園政権だが、これで賛寄りに傾いてくれたらうれしいが...
その後のテストの結果?それはまぁ、言うまでもないだろう。少なくとも言えるのは、まだ一年には退学者が出ていない、ということだ。
更新遅れてしまい申し訳ございません!遅筆ですが頑張らせてもらいます。