──今更になってしまうが、俺は入る職場を間違えたのかもしれない。
上を見れば本日n回目となる黒い天井が。着任当初はそれは面食らったものだが、今となっては何の感慨も抱かない。人工の光で照らされているかのような明るさに満ちた『
コツコツと靴音を響かせ歩いていれば、自分自身が誘蛾灯にでもなったかのように寄ってくるのは『
寄ってくるのは凡そ雑魚。図工の5段階評価が2のやつが作ったくらいの黒い人形が拳を振るってくる。
「どけ! こっちは借りた映画が待ってんだ!」
半歩横にズレて避け、腕を引っ張って他の人形にぶつける。複数のお仲間を巻き込んで倒れた人形の上を走り抜け、奥へと向かう。
「これで何回目の鎮圧になるんだ? 流石に代休あるんだろうな!」
このまま行けば異界の
しかし、なんというか──
我ながら終わっていると思わざるを得ない。
「ちくしょう、朝から早起きして優雅な休日を送ろうと思ってたのに……!」
なぁんで出勤しなきゃならないんだ!
宅配のピザ頼んでさぁ見ようか選り取り見取りB級映画~~って気分だったのによぉ。
こんな日に限って
ぶつくさ言いながらも出ざるを得ないのが公務勤めの辛いところだな。ピザの1ピースを千切って食う、というのは手が汚れるから泣く泣く諦めて箱を閉め、だっるい身体を引きずって制服に着替え、さっさと出勤。ロッカーから装備を回収してそのまま任務に向かった。
車に乗って情報が共有されたあとは任務・任務・任務のジェットストリームアタックを捌かねばいけなかった。
いくら異界は異核を破壊すれば崩壊するからといって、そして今回がCクラスという低い段階にあったからといって駆り出されすぎだ。代休は絶対もらうぞ。絶対に!
道すがら聞いたが、たぶん今回の事件の原因もあのクソカルト共だろうって話だ。あいつらは処す。ドタマぶちまけたるわ。毎回毎回反省の一切も見せず元気に這いずりやがって、その情熱をもっと別のことに活かせってんだ。ほら、ゴミ拾いとかそういうの。
「マジでバカだろ。もう十個ぐらいは破壊したぞ。これが最後になると良いが──あ?」
前方、
黒ローブ。ワンアウト。
何か怪しい動きをしてる。儀式だ。ツーアウト。
胸のエンブレム。砂時計と壊れた天秤。
──スリーアウトォ!!
「バッターチェーンジ!」
「これで──な、なにっ」
射程に入った瞬間──右手にリボルバーを顕現させる。
狙いを定め、引き金を引く。
銃口から放たれた44マグナム弾が“そうあれかし”ってくらいに綺麗な弾道を描いてカルト野郎の頭に吸い込まれた。
そして──大きな音を立てて爆ぜた。
「爆発!? もしや、異能持ちか!?」
「ご名答、というかだから単独で動いてんだろうが。ご教義とやらに夢中で頭働いてないのか?」
「っ! ……き、貴様ぁ……! だが、祝福は完了している。死ぬがいい!」
此方に迫るカルトの装備を確認する。
スタンダードなメイスと盾。まったく、一端の聖職者でも気取ってんのかって装備だな。
てめぇらなんぞ汚職者で十分だボケ。
いの一番に突っ込んできた奴のメイスを避け、盾で防がれることを承知で掌底を打ち込む。
押し込むように当てた掌が相手を後退させたうちに、異核の方を見遣る。
でっかいボーリング玉ほどある異核を守るように盾を構える奴がいる。仁王立ちして動く様子は一切なく、完全に守りに入ってる。回り込んだって無駄だろう。
──まぁ、こっちにはそれを掻い潜れる手段があるんだけどね。
そうこうしてるうちに復帰したカルトがバカの一つ覚えみたいに突撃してくる。
今度は絶え間なく小刻みに振ってくるのを落ち着いて避け、隙をついて懐に入る。
「──かかったなアホが!」
「アホはお前だ」
見計らったかのように繰り出されるシールドバッシュを側面へくるりと回って躱し、側頭部に肘を打ち付ける。くぐもった声を上げたカルト兵は糸が切れた人形みたいに崩れ落ちた。
カルト兵を跨いで異核を守る奴の方へ向かう。
靴音が響くたびに高まる緊張感、目の前のカルト兵の肩が強張っていくのをローブ越しからでも感じられる。彼我の距離が3mになったころ、カルト兵が口を開いた。
「……貴様のその爆発する銃はクールタイムがあるんだろう? 兄弟を倒すのを忌々しく見ていたが、一度も撃っていない。制約があるのではないか?」
「さて、どうだろうな。試してみるか?」
「強がるな。黙って祝福が実行されるのを見ているがいい。我が命に代えても凶弾を防いでくれる」
んじゃあ、それが正解かどうか撃って確かめるか。
そうリボルバーを無造作に構える。狙いは別につけないでいい。どうせ防がれるし、カルト兵に当たりゃどうにでもなる。重要なのはその後だからな。
適当に引き金を引いて、発射。
放たれた銃弾は予定調和みたいに前方に向かっていき、カルト兵の構えた盾にぶつかる。
マグナム弾の暴力的な衝撃を受け切ったカルト兵は、爆発が起きてないことを確認し、
「──やはりなッ!! 爆発は条件付きか!! これなら」
突然、盾に引っ張られたように地面に倒れた。
「これなら、なんだって?」
その横を、悠々と通る。
転倒したままのカルト兵は、良い線までは行っていた。俺がバンバカとリボルバーを乱射して爆発の面制圧をしなかったことから何かしらの条件があって“使えない”って判断したんだろうな。異能の中には見た目以上の装弾数、というか体力が続く限り弾数無限の代物もあるから、リボルバーの装弾数は判断から捨て置いたんだろう。
構える。銃口はこの異界の核、不気味に蠢く異核に向けて。
「確かに、あの爆発弾は条件付きだ。それは正解、ハナマルくれてやるよ。
ただな、俺ぁ──
弾が爆発するのが異能だって一言も言ってねぇぞ」
「ま、待て──」
銃弾が異核を砕いた。
風穴の空いた異核は激しく点滅しているが、だんだんと光が弱まってきている。
それに伴うように異界を覆っていた外郭が崩れて夜空が見え隠れしている。
あー……ってかもう夜か。結局せっかくの休日を舞い込んできた仕事の処理に使ったわけか。
クソわよ。帰ったらあの腹黒上司の顔面に代休の申請書叩きつけて退勤してやる。
「よし、たぶんこれで最後だな。最後だよな。最後にしておこう」
「よ、良くも祝福を……! かくなる上はお前だけでも!」
しかし今日の夕飯は冷えたピザか……レンチンであっためればいけるか?
金だけはあるんだ。帰りに追加で何か買おうかなっと。
「あ、言い忘れてたがさっき撃ったのは跳弾するぞ」
「──え?」
異核を撃ちぬいたマグナム弾が突き抜けた先の壁でバウンドして戻ってくる。まるでゴムボールを落とした時のような、銃弾ではあり得ないほど真反対に跳弾して俺の横を通過していった。
で、俺の背中を狙おうとしてたカルト兵にぶち当たったと。ご愁傷さまです。
「いつ見ても異核が崩壊する光景は奇麗だな。線香花火みたいだな。特に最後の方がバチバチとエネルギーっていう? をまき散らしながら散っていくのは夏の夜の儚い感じがする」
一応、報告義務くらいはあるから異界が消滅して安全になったところまで見る必要がある。
ちゃーんと完全に消滅しましたよって確証を得ないと後々ややこしいことになるからな。言ってもただ見るだけ、戦闘後の残心をしながら力を抜くべきところは抜いて、束の間の休息を得るって感じなんで正直楽だ。もうこれだけやってたい。異界消滅のモニターのバイトとかないかな。……あるわけないか。
──あれ?
いつもはここらで一気に異核の形が崩れてパァっと異界が晴れるんだがな。一向に消える気配がない。さっきよりもバチバチ言ってるし、なんかアレみたいだ。ときどきミュージック系の動画で見るようなやつ。なんつったけな。
えーと、そう、円環の形した心電図みたいな──思い出した。
あれだあれ、オーディオスペクトラムとかいったやつにそっくりだ。波形がトゲみたいになってて激しいテンポの時みたいになってんな。ヘビメタ聞かせたらこんな形になるのかな。
つか──ちっとばかし拙いか?
なんだか光が強くなってきたし、ひょっとして爆発するパターン?
だったら俺は防御力に自信無いニキだから早いところ退散するか。
あっ壊れる寸前の掃除機に加工かけたみたいな音出し始めやがった!
「三十六計!!」
回れ右と異核に背を向けてミッションをポッシブルにしそうな走り方で全力で逃げる。流石に変な現象に巻き込まれでもしたら目も当てられん。ここは出来る限り距離を取るが吉!
股関節と脚の筋肉を総動員させて地面を蹴る。身体強化系の異能ではないとはいえ、管理局謹製のスーツの補助によって浸食された地面にヒビが入るほどの脚力は出る。それによって瞬く間に距離を離したのだが──
背中を襲ったのは爆風ではなく光。
それも寝起きに明るさマックスで点けられた照明くらい眩しいのが背中越しでもわかった。
思わずブレーキをかけて止まり、チラリと後ろを振り返ると──
「──人?」
思わず無人島に遭難したヤツみたいな感想がこぼれた。
直視こそできんが間違いない。人っぽいシルエットが見える。あれは立って、いや、浮いてるのか? てか異核から出てないかあれ? そんなもん聞いたことないぞ? データベースにだってそんなん載ってなかった記憶があるし、俺の頭の記憶メモリから消去されてない限りそれは確かだ。
えっめんっっどくさ。
俺が第一発見者の可能性が高いってことは報告書が分厚くなるし今日帰れなくなるじゃないですかやだぁ!! あの腹黒上司と一緒に書類作って会議して方針決めて……やりたくねぇ!!
今からでも見なかったことにできないか?
この眩しい光に網膜を焼かれて何にも見えませんでしたァとか異核が爆発する可能性もありましたから逃げるのに夢中で仔細は確認できておりませんとか! いや無理だな! 立ち止まった時点で選択肢は消失してるし、なんなら現代日本人的な精神からボディカメラもバッチリ着けちまってるせいで逃げ場がねぇ! これ自動録画と手動録画のハイブリッドだし管理者権限ないと消せねぇし!
幸い、光が眩しいだけで危険はなさそうだ。ここで逃げてもカメラ確認されてネチネチ言われることになるだろう。だったら、覚悟を決めて虎穴に入るとする。
警戒を解かず、しかし、ジリジリと近づいていく。
光の中に見える人影はピクリとも動かず、そこに佇んでいる。
一歩ずつ足を進める度に心なしか光が弱くなっていってる気がする。
ウニみたいになってた異核も大人しくなっていって、中にある人型の容姿が拝めるほどに。
異核を撃ちぬいた地点まで戻ってきた。
もう直視しても問題ないほど弱まっていた異核の光。
光源となっていた異核が消え、人影の主が光を脱ぎ捨てるように浮き出てくる。
「────」
念のため構えていたリボルバーを思わず下げる。
現れたのは──
辛うじて人の形をしただけの異獣とか、明らかカルト共の仲間って見た目をした奴でもなかった。
──少女。
光を背にしてそこに固定されたかのように空中で佇んでいる。
見た目は黒髪に紫のメッシュが入ったショートボブをした大きめのパーカーの少女だ。
よく見れば、パーカーの裾から短いスカートと、黒い二―ソックスが覗いている。
状況から見て異核から現れたのはほぼ確実といっていいだろう。ただ、異核から現れたにしては余りにも”普通”すぎるのだ。戦いの「た」の字も知らないような、擦り切れの無い服装の真新しさ。戦闘のできる者であれば、服装の擦り切れや筋肉の付き方をするはずだが、どこを切り取っても普通の少女と言える。
だが。
アレだけは違う。
「あそこは心臓のはず。だがあれは……異核?」
何もかもが普通の中で唯一つの”異常”。
それが心臓だった。
心臓にあたる部分からは、脈打つ紫の光が放たれている。その中心には黒と紫の混ざった塊。先程まで見ていたもの。異核だった。それがだんだんと少女の胸元に埋まっていく。明らかな異物である異核を、少女はさも当然かのように苦しむ様子一つ見せることなく遂に収めてしまった。
異核が発していたノイズが残響のように辺りに散る。
鼓膜を刺す静寂の中にいるのは俺と少女だけだった。
はっとしてリボルバーを構え直そうとした瞬間──少女が突然重力を思い出したように自由落下を始めた。
「──っとぉッ!!」
慌てて落下地点に滑り込む。
あっぶ!! 自分の切り替えの早さと脚の速さに感謝だ!
1メートルは一命取る。どんな些細な高さも命取りとなり得るからな。
そうこうしてるうちに、腕の中の少女が目を開けた。
目と目が合う。灰色のグラデーションのかかった綺麗な瞳。思わず見惚れてしまうような少女は状況を掴めていないようで呆けた表情で此方を見ていた。
「無事か? 俺は
だんだんと意識が覚醒してきたのか、目の焦点が合い始めた少女が口を開いた。
「──パパ?」
「──は?」
パパ??????
何言ってんだコイツ?
「何言ってんだコイツ?」
「え、何って……雛鳥?」
雛鳥ィ??
雛鳥っていやぁ、鳥の巣で卵から温められて孵るあれか? 大口開けてピーピー鳴いて餌をねだる目も開いてない頭でっかいあれか? それが??? お前???
お前と俺の間には何の血縁関係もないんだぞ!? 俺は誰かとワンナイしたことなんてないし酒もあまり飲まん。ましてや俺は前世からの
「刷り込みのことか?」
「うん」
「刷り込みってことは……生まれたて、赤ちゃん、ベビー?」
「うん」
「てこたぁ、俺を『パパ』なんて呼んだのも?」
「記憶ないからだね」
……うっそだろ。
てことはつまり記憶喪失、いや違うな。
服装の摩耗のしてなさを見ると、少なくとも動いていなかったのは確実だ。流石におニューの服なんてことはないだろう。そして、記憶が無いという自己申告だが、開幕でボケられたのを考えると、ある程度の知識自体はある。
そして、さっき思い出したが、カルト共が異核に『祝福』だか何だか言ってたはずだ。あれはニュアンス的に異核自体に何らかの作用をもたらすものだった可能性が高い。それが何であれ、俺が異核自体をぶち抜いたから機能停止に陥るはず。だが、どういうわけか作動して目の前で謎のドヤ顔を繰り広げるアホ一匹が出てきた。
つーことは、こいつは『祝福とやらが施された異核産(俺による加工含む)』ということになる。
それは、なんというか。
完全に──
「厄ネタじゃねぇか……」
「どうしたのパパ?」
「パパじゃねぇ」
「頭痛いの?」
「お前のせいで絶賛な」
「そうなんだ。それよりわたしの名前決めてよ」
「厄ネタから取ってヤクネにしたろかこのヤロウ」
「あっ、良いねそれ」
「いいんかい……」
Tips:
異界とは、大昔にて突如発生した浸蝕領域であり、現代にいたるまで多くの人命を奪った災害である。
異界には浸蝕した土地の『記憶』を読みこみ特異な動体、つまり異獣を作り出す能力があり、クラスが上がるほど脅威度は増していく。『記憶』とは、そこに存在した情報のことを指す。
異界は脅威度に応じてクラス分けがされており、D、C、B、Aで4つほどある。
Dクラス:最も初期段階の異界。自然消滅することもあり、難易度も一番低いが災害の芽であるため見つけた場合通報、および処理することが勧められる。
Cクラス:1段階進んだ異界。数はこれが最も多く、故に犠牲者も数多くいる。ここで安定期に入る異界も多く、急拡大する程の成長力を持つのは稀。
Bクラス:Cクラスから成長し、さらに周囲への積極的な浸蝕を開始した段階。単なる空間の変異に留まらず、駅や商店街といった都市区画を丸ごと飲みこみ、外郭を形成する。出現する異獣の戦闘力・凶暴性もCクラスとは一線を画し、組織的な群れ(集団戦)を形成することもしばしば。
一般兵では単独処理は不可能であり、管理局からは特務鎮圧官の派遣、または複数小隊による大規模強行軍が推奨される。
Aクラス:異界の成長が完全に完了し、これ以上の拡大が必要ないほど成熟した最終段階。ここまでに達した異界は稀であり、観測する限りでは僅かに4つのみである。この段階まで成長した場合、読みこめる『記憶』は古代にまで遡り、さらに特殊な能力、法則性を有した古代生物の異獣を作り出すこともある。大規模なこれは今に至るまで世界の半分以上を占有している。異核は複数個存在するというデータも残されており、それぞれに強力な異獣が配置され、さらにはより巨大な影も確認されたという報告書もある。