終末都市で俺は残弾を数える   作:田中左近又兵衛

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コメディ回


報告

「以上が、今回遭遇した異界(いかい)における出来事の委細です」

 

 早朝特有の冷たい空気が局長室に流れ込む。少し肌寒く感じるほどの冷気を纏った風には何処からか運ばれてきた何かの匂いが乗っている。様々なものが複合されながらもある種の整然さを感じさせるそれを構成するのは花や誰かが用意している朝食だろうか。

 

 部屋の全体を照らす光源の割合は蛍光灯のものよりも窓から差し込む自然光の方が多く感じる。 採光(さいこう)といったか、人工の光が放つのよりも柔らかく局長の机を明るく染め上げ、反射した一部の光が椅子に座る女性の顔に当たっている。

 

 報告書はもう読み終えているのか、一瞥(いちべつ)もせずただ俺の話を聞いている。

 

 俺が行った状況の説明を微笑みながら聞いていたのは局長を務める白鷺(しらさぎ)ウロ。机の上で組んだ手の下には、俺が今しがた提出した報告書が置いてある。ボディカメラなんてものがあるから報告書を作って出す必要はないんじゃないかと思われるかもしれないが、そうもいかない。特務官(とくむかん)自身の視点で見た情報を出す必要があり、なおかつ見た本人の手で要約した文章を出した方が情報の確度も高い。特に今回は前代未聞の特殊な事例、報告書で出す必要性は一段と高いといえる。

 

「ふむ……なるほどなるほど……」

 

 白鷺局長は報告を聞き終えると、机の上に乗せていた両手を動かした。

 机に乗せていたことで少し前傾していた姿勢を戻し、片腕で反対の肘を支えてもう片方の手を顎に当てる。意味ありげに瞼を閉じ、白髪を揺らす彼女は数秒ほど考え込んだ後、おもむろに目を開き、こちらを見据えながら口を開いた。

 

「そうかそうか──まさか君が誘拐を企てる程にまで追い詰められていたとは、少々働かせすぎてしまったかな」

「違います。報告書見ました?? というか話聞いてましたか?」

「この件については私がもみ消しておくから安心したまえ」

「駄目だこの人聞いてねぇ」

 

 期待した俺が馬鹿だったわ。真面目っぽい雰囲気出しといてすぐこうなるんだから始末に負えない。思えば俺が特務官に任命されて顔合わせした時からこうだし、もうスルーするのが安定かもしれん。いや無視したら無視したで悲しそうな表情して見てくるし、それもそれで面倒くさいな。

 

 なんか毎回おちょくられてる気がするんだよな。気を利かせて自販機で飲み物買って来た時は受け取ったと思ったら急に顔に押し付けてくるし、音もなく後ろに忍び寄ってくるし。というかなんでハイヒールで足音一つ出さないんだ? そんなとこで無駄に実力発揮しなくていいから。

 

「ふ、ははは……いやすまない。ついね、つい巫山戯(ふざけ)てしまった」

 

 くつくつと笑い、君の反応が良いばかりに、と言わんばかりの視線をよこす局長。

 いや理由になっとらんが? 顔が良いからって何でも許されると思ったら大間違いじゃこんにゃろう。

 

「それでなんだったかな。ああ、ヤクネ君だったね。彼女についてはひとまず問題ない。というのも、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 

 問題が見当たらなかった。というと。

 

 

「生来持ち合わせた持病、体質、生活習慣病、疾病(しっぺい)。それらすべてが見当たらなかった。当然、生きていれば様々な食品を口にするだろう。それによって内臓の健康状態も変わるそうだが、それも同じ結果を示した。カメラの映像も精査したが、どう調べてみてもその場から現れたようにしか見えないと言っていたよ」

 

 

 それが意味すること、それは。

 

「あいつは何処からか召喚されたんじゃなく」

()()()()()()。と考えた方が良いだろう。そして、心臓についてだが、どうやら小型の異核(いかく)が心臓の役割を果たしていることがわかった」

 

 局長が資料を渡してくる。受け取るとまだ温かかく、コピーされたばかりだということが分かった。紙にはヤクネのレントゲン写真が叩きつけられたかのようにズレた位置で載ってあり、視線を下に移すと文章は書きなぐったかのように校正されていない文章があった。

 

 あばら骨を映した写真の中央。胸骨を透過した向こうには真っ白な物体がそこにあった。

 本来ならば心臓に位置するところ。心臓であれば灰色に映るはずのポジションには今、ひょっとすると骨よりも白い物質が成り代わったのようにそこに居座っている。

 

「心臓に置き換わった、あるいは心臓として組み込まれた異核(それ)は高密度なエネルギー反応を検知しているにも関わらず宿主には何の危害も加えずエネルギーも外部に少し漏れる程度だ」

「発見した時の光景から予感はしていましたが、そこまでですか」

「ああ、はっきり言って異常。異獣(いじゅう)と化していないのがおかしいくらいの状態だ」

 

 もしかしたら既定路線だったのかもしれない。

 

 異核を打ち抜き、誤作動のような現象を引き起こしたあの時。

 

 紫光が少女の胸に瞬いていたあの瞬間。

 

 とんでもないものと出会ってしまった。

 

 関わることなく離れれば、重要参考人として拘束しさっさと突き出していればそこで終わったのかもしれない。

 

 だが俺はあの時、あの瞬間、関わることを選んでしまった。

 

 前世の、スマホに入れていたゲームで見たような光景にどこか興奮していたのかもしれない。

 

 それか、特務官としてありもしない責任を感じたのかもしれない。

 

 ただひとつ、変わらないのは、関わりを持っちまったってことだけだ。

 過去はどうあっても変わらん。今を生きるのみ。

 関わってしまったのならば関わったなりの『責任』が発生する。

 

 遅いかもしれんが、そう覚悟を決めた。

 

 

 

 

「あぁそうそう、彼女の監視役は君に任命しておいたよ。拾ってきたからには責任もって世話してくれ」

「拾ったって犬かなんかですか」

「しいて言えば危険物管理責任者といったところかな。今のところは安定しているから直ちに危険が及ぶことはないと思うけど、もし何かあっても君ならなんとかできるさ」

 

 局長は軽い調子で告げた。

 

 

 

 ◆ ◆ ◆

 

 

「というわけで、俺がお前の監視をすることになったから覚悟しとけ」

「イエッサー」

 

 ほんとにわかってるんかこいつ。

 あれから一言二言話したのち局長室を出て迎えにいったんだが、ロビーで待っていたヤクネは絞った巾着(きんちゃく)くらい萎れた顔をしていた。まぁ無理もない。科学者共からすれば初めてのサンプル。十中八九揉みくしゃにされたんだろう。

 

 地下駐車場に停めてた車で帰ったわけだが、あんまりにもあんまりな顔と声出しやがるから適当に寄ったファストフード店でドライブスルーして食わせてる。食う度に回復していってるのが視界外でもわかった。

 

「ねぇダン」

「なんだ」

「あのでっかいテレビみたいなのは?」

 

 食べ終えたのか、ふと声をかけてくるヤクネ。流石に呼び名があんなの(パパ呼び)なのはどうかと思うので、名前呼びにさせた。運転中で視線を外すわけにはいかないのでちらっと見ると、街路樹の横に並ぶように置いてある縦長の金属板がある。画面には下半身魚で筋骨隆々(きんこつりゅうりゅう)とした所謂(いわゆる)『人魚』というキャラクターが嵐の中、荒波が打ち寄せる岩礁の上で雄叫びを上げている姿だった。

 

「あれは広告板だ。あんな感じで液晶に映った映像や画像を道路を走る人に宣伝する」

「へー。広告になるってことはある程度人気ってこと? でもああいう映画って普通は美人な人魚とかじゃないの?」

「俺に聞かれても困る。人魚をテーマとした映画なんぞごまんとあるからな。『ビッグマーメイド』のように少しずれた映画の方が舌が肥えた映画客にはウケるのかもしれん」

 

 実際半分ギャグな映画らしいしな。

 ストーリーは確か、はち切れんばかりの筋肉を誇っていた人魚王国の王子が人間の女性に惚れ、脚を欲しがるようになり魔女と契約した。しかし、契約に細工がされており魔女に全ての筋肉を奪われ貧弱もやしボーイに。意気消沈し引きこもる王子をワタリガニの友人(当然ムキムキ)が叱咤激励し、女に待っていてくれと手紙を出し、自重トレーニングでリハビリを開始する。

 

 クライマックスでは、魔女(もれなくムキムキ)と王子が対決する。王子の筋肉と魔法の力が合わさって最強に見える魔女を前に王子は劣勢に立たされるが、ワタリガニが運んできた女の『筋肉でももやしでもない、他でもないあなただから惚れたのよ』という声でマッスルメモリーが呼び覚まされパワーアップ。自重トレーニング分も含んでよりでかくなったビッグマーメイド、いやギガマーメイドが魔女をプロレス技で倒し一件落着。

 

 かなり無茶苦茶な映画だが、ありのままを愛するということと努力に関するメッセージ性は強いから割と反響があったらしい。それにトレーニングの描写が思ったよりも真摯でトレーニングを嗜む層に刺さったのもあるんだろう。

 俺も無理やり見せられたが面白くなかったと言えば嘘になる。

 

「ところで、マーメイドって何だろうね。マーライオンのメイドかな」

「なわけないだろ。変な想像さすな」

 

 もはや人魚ですらねえじゃねぇか。

 

 とかなんとかくだらない会話を繰り広げていたが、ふとヤクネが一点を見つめていることが分かった。

 

「どうした? 気になるものでもあったか?」

「──あそこ」

「ん?」

「異界」

 

 

 やおら指を指した方向を見ると──思わずハンドルを持つ手が狂いそうになった。

 ビルとビルの間。影になるような場所に前も見たローブ姿。

 どっからどう見ても怪しい動きをしている奴らの姿があった。

 




物語の本筋とは関係ないくだらない会話好き好き侍
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