【朗報】転生したら世界帝国の伯爵令息でした   作:昼夜健康

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第28話 侯爵家の食卓

朝食でグレイヴェル伯爵家の話をした日の昼、私は席順表を見下ろしていた。

 

アスターフェル侯爵家の昼食会は、家族だけの食事とは違う。誰を父の近くに座らせるか。誰を母の近くに案内するのか。誰の隣に私を置くか。

 

「エレノア、そんなに真剣に見ても、席順は変わらないわよ」

 

母イザベルが、少し面白そうに言った。

 

「誰か腹痛でも起こしてくださったら、今日の昼食会も中止になりますのに」

 

「まあ。侯爵令嬢らしくない本音」

 

「お母様の前だけですわ」

 

母は小さく笑った。

 

私は家族と仲が悪いわけではない。父も母も、私の話を聞いてくれる。父は時々、私に帳面を見せて意見まで求める。母は社交界の面倒な話を教えてくれる。

 

ただ、外向けになると話は別だ。

 

私は、感じがよく、行儀がよく、少しだけ賢い令嬢でいなければならない。賢すぎると可愛げがない。黙りすぎると退屈な娘。話しすぎると出しゃばり。

 

ちょうどよいところで笑って、ちょうどよいところで驚いて、ちょうどよいところで知らないふりをする。

 

それは得意だと思います。

ただ得意ですが、退屈です。

 

「今日の客は、北部鉄道に関わる実業家、地方の品を扱う商会主、その商会へ融資している銀行家。それから財務委員会に近い子爵ね」

 

母が席順表を指で押さえる。

 

「私の席は」

 

「銀行家と商会主の近く」

 

「お母様」

 

「退屈しないでしょう?」

 

「退屈するほど数字のお話をしてくださるなら、むしろ助かりますわ」

 

「その返しは、客の前ではもう少し柔らかくね」

 

「はい。にこやかに聞いてまいります」

 

 そこへ父レジナルドが入ってきた。

 

「にこやかに、何を聞くつもりだ」

 

「お父様が聞きたいことです」

 

「それは便利だな」

 

父は席順表を一目見て、すぐに察したらしい。

 

「グレイヴェル家の話か」

 

私は少しだけ肩をすくめた。

 

「令嬢の猫かぶりにも、限度がありますわ」

 

「限度を越えないから、お前に任せる」

 

 

昼食会が始まると、私は言われた通りに、にこやかな令嬢として席に着いた。

 

アスターフェル侯爵家の食堂は、客を迎える時だけ少し温度が変わる。銀器はいつもより多く、給仕の動きも速い。グレイヴェル伯爵家の食卓を見たことはないが、うちとは違うはずだ。

 

最初のスープ、次に白身魚の香草蒸しが出た。料理長の腕は良い。火の通し方も、香草の使い方もちょうどよい。

 

「魚は今朝の便ですか」

 

商会主の妻が母に尋ねた。

 

「ええ。氷室の扱いで、料理長が朝からうるさく申しておりました」

 

「うちでは夏の魚は怖くて。商会でも、瓶詰めや塩漬けならともかく、生のものは本当に手間です」

 

商会主がそこで話に入った。

 

「保存品といえば、近ごろ赤いジャムの小瓶の話を聞きましてね」

 

来た。

私は魚を切る手を止めないようにした。

 

「まあ、可愛らしいお話ですこと」

 

母がさらりと言う。

 

「可愛らしければよいのですが。瓶に布と札をつけ、由来の話まで添えてあったそうです。見た目は良い。ただ、最初の荷出しで少し手間取ったとか」

 

「どちらのお家かしら」

 

母の声は軽い。

 

商会主は少し迷ってから答えた。

 

「グレイヴェル伯爵家の筋だと聞いております。若いご嫡男が、厨房や温室に興味をお持ちだとか」

 

子爵が笑った。

 

「若い跡取りが厨房か。平和な道楽だ」

 

銀行家は、そこでカップを置いた。

 

「道楽で済むなら平和です。ただ、侯爵家や有力な家が一言褒めると、周りは商売の匂いを嗅ぎます。小さな品でも、急に注文が増える」

 

「注文が増えると、困りますの?」

 

私は、少しだけ知らないふりをした。

 

「困ります。瓶が足りない、次の品が同じ出来にならない。そうなると、品ではなく家が疑われます。金を貸す側も慎重になります」

 

銀行家はそこで、私ではなく父を見た。

 

「侯爵家のお名前が近づくなら、なおさらです」

 

父は穏やかにうなずくだけだった。

母はそこで、わざと軽い声を出した。

 

「あら。私が『おいしいジャムでした』と一言書くだけでも、そんなに大げさになりますの?」

 

「夫人のお言葉なら、十分に」

 

商会主が即答した。

 

「次の茶会で話題になり、別の夫人が欲しがり、商人が探し、同じものを出せと言われる。小瓶一つでも、そういう順で大きくなります」

 

「怖いわね。私はただ、お菓子を褒めたいだけなのに」

 

「お菓子を褒めるだけで終わらないのが、侯爵家です」

 

銀行家が真面目な声で言ったので、母は扇の陰で少し笑った。

 

私は思わず、魚を切る手元へ視線を落とした。

母は分かっていて聞いている。

客に説明させたのだ。

 

「では、私も気をつけなければなりませんわね」

 

私は、何も知らない令嬢らしく言った。

 

「お嬢様が?」

 

「はい。珍しいものを見て、つい『素敵ですわ』と言ってしまうかもしれませんもの」

 

商会主は一瞬だけ返答に困り、それから笑った。

 

「それは、商人には嬉しくも怖くもありますな」

 

「嬉しいだけではありませんの?」

 

「嬉しいだけなら、どれほど楽か」

 

場に笑いが起きた。

 

侯爵家の一言は、品物の評判を上げる。その後で失敗すれば、品物だけでなく、褒めた側の目も疑われる。

 

私は魚を口へ運びながら、内心で少しだけ身を乗り出した。

 

朝の噂だけなら、変わった若様の笑い話でしたが、別々の人が別々の話をされている。

鉄道家、商会主、銀行家と、市にはもっと早く話題が巡っているかもしれない。

 

どれも、グレイヴェル家の中身を知っている話ではない。外から見えた、ごく薄い断片だ。

 

それでも、断片が同じ方向を向いている。

 

昼食会が終わると、客たちは隣室へ移った。母は夫人たちを茶へ案内し、父は子爵と実業家を短い談話へ誘う。

 

私は商会主の妻と少し話してから、食堂へ戻った。

 

給仕たちが皿を片づけている。家令が、残ったワインと手をつけられなかった皿を控えていた。

 

「エレノア」

 

入口に父が立っていた。

 

「今日の席で、何を拾った」

 

「銀行家は、侯爵家の名前が近づくなら注意が必要だと言いました」

 

「続けなさい」

 

「それぞれは別の話です。けれど、朝に届いた噂と合わせると、料理、保存、輸送、評判がつながります。全部が正しいとは限りません。でも、放っておいてよい話でもありません」

 

父は満足そうにうなずいた。

 

「グレイヴェル家に近づくなら、調べる必要がある」

 

「侯爵家として調べに行けば、相手が身構えます」

 

「では、どうする」

 

私は少し考えるふりをした。

 

本当は、もう答えは決めていた。

 

「お母様に茶会を依頼して頂きます」

 

 父の眉が少し上がる。

 

「茶会か」

 

「はい。セシリア夫人へ、ジャムと温室の葉のお話を伺いたいと書いていただきます。私は母に同行します。料理を褒めに行くのではなく、夫人同士のご挨拶です」

 

「それで視察をするつもりか」

 

「視察などと、恐ろしいことは申しませんわ」

 

私はにこりと笑った。

 

「珍しいジャムのお話を聞き、温室を見せていただき、もし食卓に招かれたなら、ありがたくいただくだけです」

 

「猫をかぶったな」

 

「令嬢の必修科目ですわ」

 

「その必修科目を、そういう使い方にするとは思わなかった」

 

「お父様もお母様も、私に令嬢らしくしろとおっしゃいますもの」

 

「言うな」

 

「ですから、令嬢らしく茶会へ行きます」

 

「便利に使う」

 

「便利でなければ、退屈なだけです」

 

父はとうとう笑った。

 

夕方、母の部屋で、私は同じ話をした。

 

母は侍女に髪飾りを外させながら、楽しそうに聞いている。

 

「つまり、あなたはセシリア夫人とお茶をしながら、伯爵家の様子を見たいのね」

 

「お母様。私はただ、珍しいジャムと温室の葉に興味があるだけです」

 

「その言い方、客の前では通じるわ」

 

「お母様には通じませんか」

 

「母ですもの」

 

母はあっさり言った。

 

その言い方が少し嬉しくて、私はすぐに返事をせず、茶器の縁を指で軽く押さえた。

 

「退屈していたのね、エレノア」

 

「少しだけです」

 

「少しだけ?」

 

「少しだけ」

 

母は笑った。

 

「では、退屈しない訪問にしましょう。セシリア夫人への手紙は、私が書きます。表向きは茶会。あなたは、行儀よく猫をかぶっていらっしゃい」

 

「はい、お母様」

 

私は完璧な令嬢らしく答えた。

 

手紙はこのあと書かれる。グレイヴェル伯爵家に届くのは、これからのことだ。

 

ただ、アスターフェル侯爵家からの茶会兼訪問は決まった。

 

猫をかぶること。

 

これは忘れない方がいい。

 

できれば、上品な笑顔も一緒に。

 




エレノア視点を一人称にしました。
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