【朗報】転生したら世界帝国の伯爵令息でした   作:昼夜健康

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第6話 料理に絶望する若様

駅から戻った日の夕方、グレイヴェル館の食堂には、磨かれた銀器と温めた皿の匂いがあった。

俺の髪には、駅で浴びた石炭の匂いが少し残っている気がした。

 

黒い機関車。

白い蒸気。

荷札の揺れる木箱。

そして、帰りの馬車で鳴った腹。

 

蒸気機関チートは死んだ。

葬儀はつつがなく終わった。

しかし人間は、葬儀のあとでも腹が減る。

 

俺は子供用に少し低く調整された椅子に座り、目の前の皿を見た。

今夜の食卓は立派だった。

焼いた羊肉。

茹でた根菜。

温めたパン。

薄い肉汁の皿。

香草を浮かべた澄んだスープ。

 

食材は良い。

それは四歳児の舌でもわかる。

肉は厚く、色もいい。

根菜は畑からきちんと選ばれたものだろう。

パンは外側がかすかに香ばしく、内側は柔らかい。

銀の皿は曇りなく磨かれ、使用人たちは音を立てずに動く。

 

グレイヴェル伯爵家の食卓である。

粗末なわけがない。

 

だが、俺は肉を一切れ口に入れて、静かに箸を置きたくなった。

いや、箸はない。

小さなナイフとフォークを置きたくなった。

 

肉は立派だった。

立派なのに、味がまっすぐすぎる。

塩。

胡椒。

肉。

以上。

 

焼き目はある。

外側には脂の香りもある。

噛めば肉汁も出る。

 

根菜はもっと悲しかった。

匙で押すと、簡単に崩れる。

柔らかい。

とても柔らかい。

だが、柔らかさの中に水が多い。

食感とかが茹で湯の向こうへ逃げてしまったようだった。

 

これは悪い料理ではない。

悪い料理ではないが、楽しくない。

 

俺はスープを飲んだ。

澄んだ湯の中に香草が浮かび、上品な香りがする。

口当たりは軽い。

 

「アーサー」

 

父エドマンドの声がした。

 

「はい、父上」

 

「疲れたか」

 

「少しだけ」

 

これは正直な答えだ。

駅は音も匂いも人も多かった。

機関車は俺の夢を轢いていった。

四歳児の体にも、中身の成人男性にも、それなりに衝撃である。

 

父は肉を淡々と切っている。

その所作は静かで、迷いがない。

肉を食べる。

少しスープを飲む。

また肉を切る。

 

父はこの味を好んでいるように見えた。

派手さがなく、余計なものがない。

食材の持ち味を大切にする。

そう言えば、とても聞こえがいい。

 

ただ、食材の持ち味だけで全部を押し切るには、人生は少し長い。

 

「アーサー、駅で見たものをまだ考えているの?」

 

母セシリアが、向かい側から穏やかに尋ねた。

母の皿には、肉が小さくきれいに切り分けられている。

彼女は料理を批評するような顔をしていない。

だが、食卓全体を見ている目だった。

皿だけではなく、父の食べ方、俺の表情、リディアの匙の動き、使用人の間合いまで見ている。

 

「はい」

 

「鉄道は驚いたでしょう」

 

「大きかったです」

 

言えるのはそれくらいだ。

心の中では、俺の雑な未来知識が鉄の車輪に踏まれて平らになっている。

 

リディアが、隣の椅子で目を丸くした。

 

「お兄様、汽車をご覧になったの?」

 

「見たよ」

 

「怖かった?」

 

「大きかった」

 

「そればかりですわ」

 

妹が小さく笑った。

かわいい。

 

妹は蒸気機関車の存在を知っていたらしい。

そして、兄の語彙が弱いみたいに言わないでほしい。

実際、今は弱い。

 

母は微笑み、スープの皿を少し下げさせた。

 

「駅も鉄道も、家の外の大きなものです。けれど、家の中の小さなものも重要ですよ」

 

「家の中も、ですか」

 

「ええ。たとえば晩餐も」

 

母はさらりと言った。

 

「晩餐は、食べ物だけではありません。招いた方は、皿の上に家の考え方を見ます。銀器の磨き方、席の順、料理の温度、香り、出す順番。すべて、家の印象になります」

 

俺は肉を見た。

肉は何も言わない。

ただ、塩と胡椒で堂々としている。

 

「この料理も、家の印象ですか」

 

「もちろん」

 

母は一瞬だけ父を見た。

父は肉を切る手を止めない。

 

「グレイヴェル家の料理は、誠実で、古い家らしいと言われます」

 

誠実。

古い家らしい。

 

それは褒め言葉だ。

褒め言葉のはずだ。

しかし社交界に強い母がそう言うと、言葉の裏側に薄い紙がもう一枚ある気がした。

 

古い家らしい。

つまり、新しさや華やかさは少ない。

堅実。

つまり、面白味は控えめ。

 

「ハロルドはよくやっている」

 

父が静かに言った。

 

「はい」

 

母もうなずく。

 

「旦那様のお好みと、家の伝統をよく守っているのです」

 

そこで俺は、はっとした。

 

これは、料理長が無能なのではない。

むしろ逆だ。

家の要求を正確に満たしている。

父が好む味。

古い伯爵家らしい皿。

食材を大きく見せ、余計な冒険をしない晩餐。

 

つまり、仕様通りである。

 

仕様通りなら、責める相手は料理長ではない。

変えるなら、望まれている味そのものを少しずらす必要がある。

 

少し。

 

父が書斎で言った言葉。

駅で荷札を見たときに思った言葉。

少しずつなら、たぶん何とかなる。

 

俺は肉の皿をもう一度見た。

焦げ目。

脂。

肉汁。

胡椒。

隣には水っぽい根菜。

別の皿には、まだ温かいパン。

 

前世の記憶が、腹の奥でむずむずした。

ソース。

酸味。

甘み。

肉汁。

脂を逃がさない。

野菜を茹ですぎない。

香りを重ねる。

 

俺は天才料理人ではない。

調理学校に通ったこともない。

自炊だって、前世では平日の夜に疲れていたら適当だった。

 

それでも、蒸気機関よりは雑な自炊知識で勝てる気がした。

ボイラーの耐圧構造はわからない。

だが、肉に酸味を少し足すと嬉しいことくらいは知っている。

 

もちろん、知っていることと作れることは別だ。

今日、その教訓を駅で黒い塊から叩き込まれたばかりである。

料理にも、火加減、包丁、鍋、仕込み、給仕の時間がある。

俺一人で皿を変えることはできない。

 

だが、料理長と相談できれば。

いや、まず料理長に話を聞いてもらえれば。

 

問題は、俺が四歳児だということだった。

 

「母上」

 

「何かしら」

 

「お料理は、変えられますか」

 

母の目が少しだけ細くなった。

怒ってはいない。

ただ、興味を持った目だ。

 

父も手を止めた。

リディアは、匙を持ったまま俺を見る。

 

しまった。

言い方が大きすぎた。

 

「少しだけ、です」

 

俺は慌てて足した。

 

「少し、楽しく」

 

「楽しく」

 

母はその言葉を繰り返した。

 

父は口元にわずかに笑みを浮かべた。

 

「今日の肉は、つまらないか」

 

直球である。

父上、そこまで言うと厨房に矢が飛びます。

 

「お肉は、おいしいです」

 

これは本当だ。

 

「でも、もっとおいしくなるかもしれません」

 

父は少しだけ眉を上げた。

母は笑みを深くした。

 

「どうしてそう思うの?」

 

「ええと」

 

俺は言葉を探した。

酸味と脂と肉汁の相性。

茹で野菜の水分管理。

焦げ目の香り。

そんなことを四歳児が晩餐の席で語り出したら、父ではなくロウリーの眉が動く。

 

「お皿の上にも、迷子がいます」

 

言ってから、自分でも変な答えだと思った。

 

父が目を瞬いた。

駅で荷が迷子みたいだと言ったことを覚えているのだろう。

 

「何が迷子なのだ」

 

「お肉の汁です。お野菜の甘いところも」

 

父は皿を見た。

母も皿を見た。

リディアは根菜を見て、真剣な顔になった。

 

「甘いところ、迷子なの?」

 

「少し」

 

「かわいそう」

 

リディアの反応は素直だった。

俺はうなずいた。

 

「だから、帰してあげたい」

 

かなり幼児らしい表現になった。

だが、悪くない。

ロウリーの眉も動いていない。

 

母は小さく笑った。

 

「アーサーは食いしん坊ね」

 

正直すぎた。

 

リディアがぱっと顔を明るくした。

 

「お兄様、食いしん坊になったの?」

 

食堂の空気が少し柔らかくなった。

父が声を立てずに笑った。

母は扇を持っていないのに、扇の向こうで笑うような目をした。

 

「ちがう。家のためだ」

 

俺は胸を張った。

 

半分は本当だ。

晩餐の印象は家の印象になる。

母がそう言った。

もし料理が少し楽しくなれば、客人の印象も変わるかもしれない。

古い伯爵家に、堅実さだけでなく、気の利いた楽しさがあると思われるかもしれない。

 

残り半分は、自分がうまい飯を食べたいだけである。

人間、半分でも公共心があれば上出来ではないか。

 

「家のために食いしん坊になるの?」

 

リディアが追撃した。

 

妹よ。

兄の浅知恵をそんなに正確に刺さないでほしい。

 

「リディアは、おいしいものが好きか」

 

俺は作戦を変えた。

両親を説得するには、妹を味方にするのが早い。

子供の願いは、食卓では強い。

 

リディアは少し考え、うなずいた。

 

「好きですわ」

 

「では、もっとおいしいお肉が出たら」

 

「嬉しいです」

 

「ほら」

 

俺は父母を見た。

完璧な論理である。

少なくとも四歳児会議では可決される。

 

母はおかしそうに笑った。

 

「リディアを巻き込むのは早いわね」

 

ばれている。

 

父は肉の皿を見て、ゆっくりと言った。

 

「食事を変えるのは、軽いことではない。厨房には手順がある。料理長には責任がある。火も刃物もある」

 

「はい」

 

「お前の思いつきで、皆の仕事を乱してはならん」

 

「はい」

 

正論だった。

今日の駅と同じだ。

鉄道も駅も、グレイヴェル家だけのものではなかった。

厨房も、俺の遊び場ではない。

そこには料理長の仕事があり、料理人たちの手順があり、給仕の時間があり、母が守る家の印象がある。

 

皿の上は小さく見える。

だが、そこにも人がいる。

 

俺は少しだけ背筋を伸ばした。

 

「料理長に、聞いてもいいですか」

 

父はすぐには答えなかった。

母が先に口を開いた。

 

「何を聞くの?」

 

「お肉の汁を、迷子にしない方法です」

 

リディアがまた根菜を見た。

 

「甘いところも?」

 

「それも」

 

母は父を見た。

父はしばらく考えた。

その沈黙の間、俺は皿の上の肉汁を見ていた。

肉汁は、相変わらず何も言わない。

 

やがて父は言った。

 

「ハロルドに失礼のないように聞けるなら、話を聞くのはよい」

 

「ありがとうございます」

 

「ただし、厨房に勝手に入るな」

 

釘を刺された。

 

「はい」

 

俺はうなずいた。

うなずいたが、心の中ではすでに厨房の方角を思い出していた。

 

グレイヴェル館の厨房は、子供部屋から遠い。

廊下を曲がり、使用人たちの通路へ近づき、温かい匂いが濃くなる場所にある。

前に散歩で近づいたとき、ネルにやんわり戻された。

あそこは火と湯気と刃物の場所だ。

若様の好奇心が足を踏み入れていい場所ではない。

 

だからこそ、行かなければならない。

 

いや、正式に聞くだけだ。

たぶん。

 

◇◇◇

 

食後、俺は子供部屋へ戻る途中で、廊下の角を見た。

向こうから、かすかに脂と焼けた肉の匂いが流れてくる。

晩餐を終えた厨房では、皿が洗われ、鍋がこすられ、明日の仕込みの話が始まっているのだろう。

水の音。

金属の触れる音。

誰かが短く返事をする声。

 

俺は小さく息を吸った。

 

蒸気機関は無理だった。

鉄道も無理だった。

だが、肉汁なら。

根菜の甘みなら。

少しだけ、何とかなるかもしれない。

 

「アーサー様」

 

ロウリーの声がした。

 

俺は足を止めた。

遅い。

有能な執事は、若様の好奇心がどちらを向いたか、すでに知っている。

 

「そちらは厨房でございます」

 

「知っています」

 

「厨房は、若様のお散歩先ではございません」

 

「少しだけ」

 

「旦那様のお許しを得た上で、料理長の都合を確認いたします」

 

ロウリーは静かに言った。

声は柔らかい。

だが、廊下の先に見えない門が下りたようだった。

 

俺は厨房の方角を見た。

そこから、鍋底をこする音が聞こえる。

食卓を変える場所は、思っていたより近い。

そして、思っていたより遠い。

 

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