第一話執筆完了。
シリアスにするつもりないのになんかできちゃった。
深夜テンションってスゲーや!
ps.誤字脱字や改行がおかしいなどがあれば、どんどん報告してください!
人は、生まれる場所を選べない。
けれど、生まれた場所に心まで染められるかどうかはきっと別の話だ。
私が生まれた世界は、壊れていた。
空も、大地も、海も。
もう、とっくに。
本物の青空を見たことがある人間は、今の時代にはほとんどいない。
アーコロジーの外は、常に黒いスモッグに覆われている。
太陽は分厚い汚染層の向こうに隠れ、街は有害物質を含んだ濃霧に包まれていた。
外へ出るには防毒マスクが必要で、川はもはや河川とは思えない色の濁流に変わり果てている。
浄化場は汚染の酷さに追いつけず、蛇口の水ですら浄化フィルターなしでは飲めない。
田畑を耕す、という昔ながらの農業はほとんど死に絶え、農作物はドーム栽培が主流。
その結果、まともな食料品は高騰し、美食という娯楽を楽しめるのはアーコロジーに住む者たちだけになった。
外にいる人々の主食は、栄養補助を前提に作られた加工食品とサプリメント。
生きるための食事であって、楽しむための食事ではない。
そして、この壊れた世界を支配しているのは国家ではなかった。
国家はもう、名前だけだ。
実際に人を生かし、殺し、守り、搾り取るのは、巨大複合企業だった。
企業が国家を支配する世界。
企業に所属する者だけが、完全環境都市アーコロジーで暮らすことを許される。
清潔な空気、安全な水、安定した食事。
医療、教育、娯楽。
そのすべては、企業に必要とされる者のためにだけ用意されていた。
逆に言えば、それ以外の人間は違う。
富裕層以外の人々は、アーコロジーの外で、富裕層を支える働きバチとして酷使される。
警察はとうに形骸化していて、治安も決して良いとは言えない。
けれど大規模な無秩序にまでは至らない。
理由は簡単だ。
会社をクビになれば、ほぼ飢え死にが確定するから。
誰もが、生きるために従うしかないのだ。
そんな世界で。
私は、アーコロジーの上層に生まれた。
ーーーー
「お嬢様、おはようございます」
「おはようございます」
朝、部屋を出ると、使用人の女性が一礼した。
私も頭を下げる。
すると、相手はほんの少しだけ困ったように笑う。
毎朝のことだ。
でも、私はそれをやめるつもりはなかった。
挨拶されたら返す。
何かしてもらったら礼を言う。
相手が使用人でも、警備員でも、清掃員でも、それは変わらない。
少なくとも、私にとってはそれが普通だった。
けれど、この家ではそれが少し珍しいらしい。
「またやってるのね、○○」
朝食の席で、お母様がくすりと笑った。
磨き抜かれた白いテーブル。
高価な食器。
湯気の立つスープの匂い。
今日の朝食には、本物の野菜が使われている。
ドーム栽培の新鮮な葉物に、培養肉ではない鶏肉まで添えられていた。
外の人たちから見れば、それだけで十分に贅沢だろう。
「だめだった?」
「だめではないのよ。ただ、珍しいだけ」
「珍しい?」
「ええ。あなたくらいの年頃なら、もっとわがままで、自分が特別だと思っていてもおかしくないもの」
そう言いながら、お母様は紅茶を口に運ぶ。
お父様は新聞デバイスから目を上げて、静かに笑った。
「そのままでいい。人に礼を言えるのは良いことだ」
「でも、甘すぎる子になるのも困るわ」
「五歳の子供に厳しさを求めすぎだ」
そんな二人のやり取りを聞きながら、私はスープを飲んだ。
美味しい、と思う。
その瞬間、胸の奥に小さな棘が刺さる。
美味しい。
それは、ここでは当たり前のことだ。
けれど、外では違う。
私はそれを知っている。
誰かに教えられたわけじゃない。
本で詳しく読んだ覚えもない。
なのに、知っている。
外の人々にとって、食事は楽しみではなく、生存のための補給だということを。
まともな農作物は高価すぎて手が出ず、栄養補助加工食品やサプリメントで一日を繋ぐしかない人々が大勢いることを。
私は、どうしてこんなことを知っているんだろう。
この世界のことを、私は時々「知りすぎている」と思う。
巨大企業が国家を支配していること。
富裕層しかアーコロジーに住めないこと。
娯楽にも格差があること。
富裕層は無数の楽しみを享受できるが、貧困層に許されるのは、比較的安価に現実逃避できる室内遊戯――ゲームくらいであること。
そして、この先の時代に現れるはずのゲームの名まで。
けれど、その知識の出所がわからない。
知っているのに、思い出せない。
それがひどく気持ち悪かった。
そして、それ以上に気味が悪いことがもう一つある。
私は、赤と銀が苦手だった。
例えば、赤色のカーペット。
銀色の食器。
その色を見ると、胸がざわつく。
息が苦しくなる。
理由はわからない。
なのに、体のほうだけが怯えている。
「ぼんやりしているぞ」
お父様に声をかけられ、私ははっと顔を上げた。
心配そうな目と、優しい微笑み。
私はこの人たちが好きだった。
本当に。
「今日は下層の商業区画を見に行くんだったな」
「うん」
「現場を見るのは大事だ。上層だけを知って育つのは、あまり良くない」
「あなたがそういうことを言うから、この子、ますます変わった子になるのよ」
「いいじゃないか。上層の子供全員が同じように育つ必要はない」
お母様は少し呆れたようにため息をついたけれど、結局反対はしなかった。
この二人は、私に甘い。
それは、幼い私にもよくわかっていた。
ーーーー
下層の商業区画は、上層と空気が違った。
同じアーコロジーの中でも、匂いが違う。
上層が徹底的に管理された無臭の快適空間なら、こちらには人の生活の匂いがあった。
食品の匂い、機械油の匂い、古い配管の湿気。
あちこちを行き交う人々の足音。
整備用ドローンの駆動音。
私は、こっちのほうが少し好きだった。
ちゃんと「生きている場所」に思えたからだ。
区画の一角では、工業用端末の部品を売る店が並んでいた。
その隣では、安価な栄養食品や補助サプリメントの自販機が列を作っている。
食べ物というより、燃料の補給所みたいだ、と私は思った。
実際、この区画の人たちにとってはそうなのかもしれない。
贅沢な食事を楽しむ余裕など、ここにはあまりないのだろう。
さらに奥へ進むと、壁一面の広告映像が目に入った。
企業公認の最新娯楽。
新型家庭用没入端末。
人気室内遊戯ランキング。
ゲーム。
やっぱり、と思う。
この世界では、安価で長時間現実を忘れられる娯楽が重宝される。
それはきっと、外で生きる人間にとっては、数少ない救いなのだ。
「お嬢ちゃん、危ないよ」
声をかけられて足を止める。
見上げると、天井パネルの点検をしていたメンテナンス作業員の男性がこちらを見ていた。
工具箱を脇に置き、困ったように手を振っている。
「ごめんなさい」
「いや、怒ってるんじゃない。ただ、そこ、資材が落ちるかもしれなくてね」
私は付き添いの使用人から受け取っていた飲料パックを、その男性に差し出した。
「これ、どうぞ」
「……え?」
男性は目を丸くした。
汗で首元が濡れている。
きっと暑いのだ。
上層ほど快適な温度管理はされていないのだろう。
「暑そうだったから」
「いや、でも……」
「いらない?」
「い、いただきます……」
遠慮がちに受け取った男性は、何度も頭を下げた。
その様子を見ていた周囲の人たちが、少し驚いたような顔をする。
たぶん、上層の子供がこんなことをするとは思っていなかったのだろう。
でも、私にはそれが不思議だった。
だって、その人も同じ人間だ。
疲れているなら、何か渡す。
喉が渇いていそうなら、飲み物をあげる。
何もおかしくない。
「ありがとうございます、お嬢様」
「ううん」
男性の手は硬かった。
関節が太く、爪の隙間に落ちない汚れが残っている。
私はその手を見て、胸が少しだけ苦しくなった。
この人は、この手でこのアーコロジーを支えているのだ。
なのに、きっとこの人自身は、ここで豊かに暮らせるわけではない。
そういう世界なのだと、私はぼんやり理解していた。
「○○、また勝手に」
後ろからお母様に声をかけられる。
けれど怒っているわけではない。
私は振り返って、小さく答えた。
「だって、喉が渇いてそうだったから」
「……本当に、誰に似たのかしら」
「私だな」
お父様が即答し、周囲が少し笑った。
その空気が心地よかった。
この場所でなら、私はちゃんと生きていけるかもしれない。
このときの私は、そう思った。
.....その日の昼までは。
ーーーー
最初の異変は、鈍い衝撃音だった。
遠くで何か巨大なものが破裂したような音。
ついで、床が揺れる。
「え……?」
次の瞬間、壁面ディスプレイが一斉に赤へ変わった。
警報。
避難警報。
その色を見た途端、全身の血が凍りつく。
胸の奥で、訳のわからない恐怖が暴れ出した。
『中央区画にて爆発を確認。住民の皆様は直ちに――』
アナウンスの途中で、お父様が私を抱き上げた。
表情が変わっている。
いつもの穏やかさが、綺麗に消えていた。
「地下シェルターへ向かう!」
「中央区画って、まさか……」
お母様の声も硬い。
廊下に出ると、屋敷中がすでに騒然としていた。
使用人たちが慌ただしく走り、警備用ドローンが起動音を立て、情報端末には次々と緊急通知が流れている。
また床が揺れた。
今度は、さっきより近い。
「旦那様、外壁側通路が封鎖されました!」
「警備網が撹乱されています!」
「下層区画でも暴動が発生!」
「企業施設への襲撃が――」
飛び交う言葉の意味を、五歳の私が完璧に理解できたわけじゃない。
でも、これだけはわかった。
何か、とてつもないことが起きている。
警察はあってないようなものだ。
この世界で秩序を保っているのは、企業の警備力と、労働から弾かれることへの恐怖だけ。
だからこそ、一度大規模な破壊が起これば、被害は一気に広がる。
誰もがその脆さを知っていて、でも見ないふりをしていただけなのだ。
「大丈夫よ」
お母様が私の頬に触れた。
その手は少し冷たかった。
「あなたは無事に逃げられる。だから、泣かないで」
そこで初めて、自分が震えていることに気づく。
怖い。
警報灯の赤い光が怖い。
揺れる床が怖い。
悲鳴が怖い。
そして、何より。
この恐怖が、初めてではない気がして怖かった。
「お母様もいっしょ?」
「もちろん」
そう言った声は、あまりにも優しかった。
だから私は、その言葉を信じた。
避難の途中、爆発が起きた。
今度は近かった。
耳が潰れたみたいに、音が消える。
視界が白く飛び、そのあと赤く染まる。
赤。
赤。
赤。
炎だったのか、警報灯だったのか、私にはわからなかった。
誰かが叫んでいる。
何かが崩れている。
ガラスの砕ける音がする。
そして、視界の端に銀色が走った。
駆けつけた企業警備部隊の装甲だった。
その瞬間、頭の奥で何かが軋んだ。
銀。
だめだ。
それに縋ってはいけない。
間に合わない。
間に合わない、間に合わない、間に合わない――
「しっかりしろ!」
声で意識が引き戻される。
私は瓦礫の陰にいた。
お父様が私を抱いている。
額から血が流れていた。
お母様は少し離れた場所で、倒れた使用人を支えている。
「お父様……?」
喉が震えた。
お父様は無理に笑おうとして、でも、うまくできなかった。
「聞きなさい」
短く、強い声だった。
「これから非常用メンテナンス通路を使う。案内役が来る」
そう言った直後、瓦礫の向こうから一人の男が現れた。
昼間、飲み物を渡したあのメンテナンス作業員だった。
顔に煤をつけ、荒い息をしながら、それでも私を見て目を見開く。
「お、お嬢様……!」
「頼む。この子を連れて行ってくれ」
「ですが、旦那様たちは……」
「我々は後から行く」
嘘だ、と幼い私にもわかった。
その声は、後から来る人の声じゃなかった。
「いや……」
お母様が、今度はちゃんと笑った。
泣きたくなるほど綺麗な、優しい笑顔だった。
「いい子でいて」
その言葉だけで、全部が終わる気がした。
「いやっ、おかあさま、やだ、いっしょがいい……!」
私は泣きながら手を伸ばす。
けれど、作業員の男性が苦しそうな顔で私を抱き上げた。
暴れた。
叫んだ。
叩いた。
でも、大人の腕は強くて、私は届かない。
そのとき。
通路の向こうで、もう一度爆発が起きた。
轟音、熱風、崩れ落ちる天井。
最後に見えたのは、お父様がこちらをかばうように前へ出る背中と、お母様が私に向かって微笑んでいた顔だった。
そこで、私の意識は途切れた。
ーー暗転ーー
次に目を覚ましたとき、私は病室にいた。
白い天井。
無機質な医療機器。
薬品の匂い。
窓の向こうには、相変わらず綺麗な人工の空が映っている。
何も変わっていないように見えた。
なのに、世界は完全に変わってしまっていた。
「目が覚めたのね……!」
泣きそうな声で私の名を呼んだのは、お祖母様だった。
その後ろに立つお祖父様は、たった数日のあいだに十年老けたみたいに見えた。
私はすぐに聞いた。
お母様は?
お父様は?
二人は?
いつ来るの?
返事は、なかった。
いや、たぶん返事はあったのだろう。
けれど、その瞬間のことはあまり覚えていない。
ただ、お祖母様が泣き崩れたことと、お祖父様が私の肩を強く抱いたことだけは、はっきり覚えている。
その日、私は知った。
私はまた、家族を失ったのだと。
なぜ「また」なのか。
その理由はわからない。
けれど、その喪失だけは妙に馴染み深かった。
初めてではないような気がした。
ありえないのに。
病室の壁面ニュースでは、テロの被害がひっきりなしに報じられていた。
企業支配への反発。
下層区画の貧困層を扇動した過激派。
企業施設への同時多発攻撃。
警備部隊との銃撃戦。
多数の死者。
上層区画の有力者にも甚大な被害。
社会は歪んでいた。
アーコロジーの内側で贅沢を享受する者と、外側でただ生き延びるためだけに働く者。
その差はあまりにも大きい。
爆発したのは区画だけじゃない。
積み上げられ続けた不満と絶望が、ようやく破裂しただけなのだろう。
でも。
だからといって。
何の罪もない人が死んでいい理由にはならない。
理不尽だ、と思った。
都合のいい理屈で、関係のない人間が踏み潰される。
それが世界の仕組みだとでも言うように。
その感覚を、私は知っていた。
知っているはずがないほど、深く。
窓の外は青い。
病室は白い。
なのに目を閉じると、瞼の裏には赤と銀がちらついた。
そして、その色を見るたびに、胸の奥で何かが蠢く。
怒りにも似た、憎しみにも似た。
まだ名前のない、黒い感情が。
このときの私は、まだ知らない。
それがどこから来るのかも。
何に向かうのかも。
そして、いずれその感情が、たった一つの巨大な敵へ収束していくことも。
ただ一つ、確かなことがあった。
アーコロジーという箱庭は、この日、壊れたのだ。
私の中で、音もなく。
けれど二度と戻らない形で。
そして――
私の人生は、ここから始まる。
《ちょこっと小話》
この作品の主人公の名前が○○なのはわざとです。
ぶっちゃけ作者にはネーミングセンスがないので、閃いたときにサイレント修正してるかもです。