因果は巡り、支配者は消える   作:Ark’s

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第二話投稿完了!
早くユグドラシル編に移行してぇ~

ps.所々、文章がなんかおかしくなってるかもです


優しい子

人は、失ったものをすぐには理解できない。

 

あまりにも大きすぎる喪失は、心が一度に受け止めきれないからだ。

だからきっと、あのときの私は壊れたのではなく、壊れないように少しずつ現実を飲み込んでいったのだと思う。

 

両親の死後、私は祖父母に引き取られた。

正確には、もともと同じアーコロジー上層に住んでいた祖父母の邸宅へ移った、という方が正しい。

 

広い家だった。前の家よりも、もっと。

 

白を基調にした内装、静音設計の廊下、手入れの行き届いた庭園区画。

本物の土と本物の植物を使った、小さな温室まである。

外の世界では、土も緑も贅沢品だ。そう考えると、この家はまるで別世界みたいだった。

 

けれど、どれだけ立派な家でも、両親のいない家はやっぱり少し寒かった。

 

「無理をしなくていいのよ」

 

祖母は、何度もそう言った。

声を荒げることのない、柔らかな人だった。

細い指で私の髪を梳き、眠れない夜にはベッド脇に座り続けてくれる。

私が夜中に赤い警報灯の夢を見て飛び起きたときも、何も聞かず、ただ抱きしめてくれた。

 

「泣きたかったら、泣いていいの」

 

「……うん」

 

そう返しながら、私はあまり泣けなかった。

涙が出ないわけじゃない、出るときは出る。

でも、泣いてしまったら何かが決定的になってしまう気がして、怖かったのだ。

 

祖父は、祖母とは少し違った。

厳格そうな顔をしているくせに、私にはとことん甘い。

仕事用端末を閉じては私の話を聞き、少しでも顔色が悪ければ医師を呼び、食欲が落ちれば専属シェフに献立を見直させる。

まるでガラス細工に触るみたいに、大事に、大事に扱った。

 

「お祖父様」

 

「なんだい」

 

「わたし、こわれものじゃないよ」

 

ある日、思いきってそう言うと、祖父はしばらく黙って、それからひどく困ったように笑った。

 

「……そうだな」

 

「こわがらなくても、だいじょうぶ」

 

「私が怖がっているように見えたか」

 

「うん」

 

祖父は目を伏せた。

普段なら絶対に見せないような、弱い顔だった。

 

「お前まで失うのが、怖いんだ」

 

その言葉に、私は何も言えなかった。

幼いながらにわかってしまったからだ。この人も喪ったのだ、娘を。

そして、その娘の忘れ形見である私を、今度は喪いたくないと思っている。

 

だから過保護になる。だから溺愛する。

だから、少し苦しそうに笑う。

 

私は椅子から降りて、祖父のそばへ行った。

それから小さな手で、その大きな手に触れた。

 

「いなくならないよ」

 

「……ああ」

 

「たぶん」

 

「たぶん、か」

 

祖父は苦笑した。

その苦笑に、少しだけ救われたような色が混ざっていた。

 

それ以来、祖父母は相変わらず私を甘やかしたけれど、少しだけ「過剰に守る」ことを控えるようになった。

代わりに、よく話しかけてくれるようになった。

 

仕事のこと、社会のこと、企業のこと。

アーコロジーの維持に、どれほど多くの人間が関わっているかということ。

上に立つ者ほど、下で支える者の存在を忘れてはならないということ。

 

たぶん、祖父母なりの教育だったのだろう。

そしてその教育は、私の中にすでにあった感覚とよく馴染んだ。

 

この世界は歪んでいる。

 

上にいる者は、下にいる者の働きの上で立っている。

にもかかわらず、その事実を忘れたまま尊大に振る舞う人間が、あまりにも多い。

私は、それが好きになれなかった。

 

 

祖父母の家で暮らし始めてしばらくすると、私は屋敷の使用人や警備員たちの名前を覚えるようになった。

最初は「お嬢様」としか呼ばれない関係だったけれど、それが嫌だった。

毎日顔を合わせるのに、相手の名前も知らないなんて、おかしいと思ったのだ。

 

「あなたの名前、なんていうの?」

 

「……わ、私でございますか?」

 

お茶を運んできた若い使用人は、ひどく驚いた顔をした。

私が頷くと、戸惑いながら名乗る。

 

「ミリアと申します」

 

「ミリア。いつもありがとう」

 

「……っ」

 

それだけで、彼女は泣きそうな顔になった。

なぜそんな顔をするのかわからなくて、私は首を傾げた。

ただ礼を言っただけなのに。

 

でも、その日からミリアは以前よりもっと柔らかく笑うようになった。

そんなことが何度か続くうちに、屋敷の中の空気が少しずつ変わっていった。

 

清掃担当の老人は、廊下ですれ違うたびに「今日は良い天気ですよ」と教えてくれるようになった。

警備主任は、私が見学したがると渋い顔をしつつも設備の説明をしてくれるようになった。

料理長は、私が食材に興味を示すたびに、外ではこれがどれだけ貴重なのかを教えてくれた。

 

「このトマト、ほんもの?」

 

「ええ。上層専用の温室区画産です」

 

「そとでは、たべられないの?」

 

「食べられなくはありませんが……大変高価です」

 

私は赤いトマトを見つめた。つやつやしていて、綺麗だった。

綺麗で、美味しそうで、だからこそ少しだけ嫌な気持ちになった。

これを当たり前のように食べられる自分と、そうでない人がいる。その差を、私は無邪気に飲み込めなかった。

 

「みんなでたべたら、すぐなくなるね」

 

「そうですね」

 

「でも、おいしいものって、ほんとはみんな好きだよね」

 

「……ええ、きっと」

 

料理長はそう答えて、それからほんの少しだけ目を細めた。

 

祖父母の家の大人たちは、私がこういう話をすると、よく似た顔をする。

困ったような、それでいてどこか嬉しそうな顔だ。

 

たぶん私は、変な子供だったのだろう。上層の子供らしくない、とよく言われた。

ドレスや装飾品に興味を示すより、設備管理の話や食料供給の仕組みに興味を持つ。

おもちゃより、働いている人の手を見ている。

相手が誰であろうと、できるだけ態度を変えない。

 

その結果、気がつけば私は屋敷の中でひどく甘やかされる存在になっていた。

もともと祖父母に溺愛されていたのに、それに加えて使用人たちまで私に弱くなったのだ。

 

「お嬢様、それ以上温室に入ると土で靴が汚れます」

 

「じゃあ、くつぬぐ」

 

「そういう問題では……いえ、どうぞお気をつけて」

 

「ありがとう、ミリア」

 

「はい……」

 

毎回こうなる。少し呆れられ、でも最終的には許される。

たぶん「困った子」だと思われているのだろう。

けれどそれ以上に、「悪い子ではない」と思ってもらえているのがわかった。

 

それが、とても嬉しかった。

 

 

 

学校へ通い始める頃には、祖父母の過保護はさらに一段階進化していた。送迎車は防護仕様、常時警備付き。

学内の安全確認も徹底され、祖母は登校初日の朝、今にも「やっぱり休ませましょう」と言い出しそうな顔をしていたし、祖父にいたっては本気で教員側に警備増強の打診をしていたらしい。さすがにやりすぎだと思う。

 

「お祖父様」

 

「なんだ」

 

「みんな、わたしのこと、こわがるよ」

 

「……そうか?」

 

「うん。たぶん」

 

祖父は渋い顔をした。しばらく考え込み、それからため息をつく。

 

「必要最低限にしよう」

 

「うん」

 

「ただし、送迎は続ける」

 

「それは、まあ……うん」

 

完全勝利とはいかなかったけれど、譲歩してくれただけ良しとするべきなのだろう。祖父母も、怖いのだ。それは知っている。知っているから、私は無理に反発しなかった。

 

学校は、企業所属者の子供たちが通う教育施設だった。同じアーコロジーの中でも、家柄や役職によって生活水準には差がある。けれど、少なくとも外の人々よりはずっと恵まれた子供たちだ。

 

綺麗な校舎、整った空調、十分な教材、安全な食事。それらが揃っていることが、当たり前になっている場所。

 

でも、子供というものは、環境が整っていても平等ではない。親の役職、家の広さ、身につけている物。そういうもので、小さな上下がすぐにできる。

 

初日から、私はそれを見た。

 

教室の隅で、ひとりの女の子が黙って俯いていた。机の上の端末は少し古く、制服もどこかくたびれて見える。周囲の子供たちは露骨ではないにせよ、どこか距離を取っていた。

 

私は、その子の隣に座った。

 

「おはよう」

 

「……え?」

 

大きな目が、驚いたように瞬く。私はその反応の理由がよくわからなくて、もう一度言った。

 

「おはよう。わたし、あなたのとなりでいい?」

 

「い、いいけど……」

 

それが、私の最初の友達との出会いだった。

 

彼女の名前は、レイナといった。父親は企業設備の保守部門勤務で、上層のような贅沢はできないけれど、アーコロジーの一員として暮らしている。レイナは賢くて、口数は少ないけれど、端末操作がすごく速かった。授業で使うシミュレーション教材も、誰より早く理解する。ただ、自分から前に出るのが苦手で、周囲に埋もれやすい子だった。

 

「なんで、わたしに話しかけたの?」

 

放課後、そう聞かれて、私は少し考えた。たしかに、ほかにも話しかけやすそうな子はいた。家柄の良さそうな子もいた。でも、私が最初に声をかけたのはレイナだった。

 

「ひとりだったから」

 

「それだけ?」

 

「うん」

 

レイナはしばらく黙ってから、くしゃっと笑った。その笑い方が可愛くて、私はちょっと嬉しくなった。

 

翌日から、少しずつ輪が広がった。レイナと話していると、別の子が加わる。また別の日には、その子の知り合いが来る。

 

私は特別話上手というわけではなかったけれど、人の話を聞くのは嫌いじゃなかった。それに、相手が誰でもあまり態度を変えないせいか、話しかける側も緊張しにくかったのだと思う。

 

「あなたって、変わってるよね」

 

「そうかな」

 

「だって、えらそうじゃないし」

 

「えらくないもん」

 

「いや、家はえらいでしょ」

 

そう言って笑ったのは、後に親しくなる少年、ユウトだった。快活で人懐っこくて、少しだけ調子に乗りやすい。でも根は素直で、空気を明るくするのが上手い。レイナとは正反対だけれど、なぜか相性が良かった。

 

さらに、運動神経の良いミカ。知識量がやたら多いソウイチ。無口だけれど、対戦ゲームになると急に饒舌になるカナメ。そうやって、少しずつ友達が増えていった。

 

きっと、みんな「中心人物」になりたいわけじゃなかったのだと思う。ただ、安心して一緒にいられる場所が欲しかった。私は偶然、その真ん中に立つことが多かっただけだ。

 

誰かが置いていかれそうなら、私は待った。誰かが黙っていたら、私は話を振った。誰かが失敗して笑われそうになったら、先に自分が別の話題を出した。

 

そういうことをしているうちに、不思議と人が集まるようになった。

 

「お前って、なんでそんなに気がつくんだ?」

 

ある日、ユウトにそう聞かれた。私は少し困った。自分では、特別なことをしているつもりがなかったからだ。

 

「べつに……ふつうじゃない?」

 

「普通じゃないよ」

 

今度はレイナが言う。珍しく即答だった。

 

「だって、みんな自分のことで精いっぱいだもん。見えてても、見ないふりするし」

 

「そうかな」

 

「そうだよ」

 

そう言われても、ぴんと来なかった。でも、もしそれが本当なら、なおさら見ないふりはしたくないと思った。

 

 

 

成長するにつれて、私たちの遊びも変わっていった。最初は教室での会話や簡単な端末ゲームだったものが、やがて協力型シミュレーションや戦略ゲームへ移っていく。放課後、誰かの家に集まって遊ぶことも増えた。当然、一番集まりやすいのは私の家だった。広いし、設備も整っているし、祖父母が甘いからだ。

 

「いらっしゃい」

 

「おじゃまします……」

 

初めて友達を家に呼んだ日、レイナは緊張で顔をこわばらせ、ユウトは逆にそわそわと落ち着かなかった。でも、祖母がにこにこしながら菓子を出し、祖父が「仲良くな」とだけ言って仕事部屋に引っ込んだあたりで、みんな少し安心したらしい。

 

「すご……本物の果物?」

 

「うん。たぶん」

 

「たぶんってなんだよ」

 

ユウトの突っ込みに、私は少し笑った。本物の果物が珍しいことを、私は知っている。知っているからこそ、これを見て素直に目を輝かせる友達を見ていると、なんとも言えない気持ちになった。嬉しいような、苦しいような、そんな気持ちだ。

 

だから私は、できるだけ分けた。美味しいものがあれば、一緒に食べた。遊べる環境があるなら、みんなで使った。自分だけが持っているものを、できるだけ「自分だけのもの」にしたくなかった。

 

「ほんと、お前って変だよな」

 

「またそれ言う」

 

「褒めてるんだって」

 

ユウトが笑い、ミカが呆れ、レイナが小さく笑う。そんな時間が、私は好きだった。

 

そして何より、ゲームが好きになった。

 

画面の向こうでは、現実の肩書きも家柄も、少しだけ薄くなる。うまい人が強い。考えた人が勝つ。協力したほうが勝ちやすい。そういう単純さが、心地よかったのだ。

 

「次、協力戦やろう」

 

「えー、対戦がいい」

 

「じゃあ混合戦」

 

「またあなたがまとめるの?」

 

「え、だめ?」

 

「だめじゃない」

 

結局、いつも私がルールを整える役になる。みんなの希望を聞いて、折り合いをつけて、楽しくなる形を考える。面倒だと思ったことは、不思議となかった。むしろ、そうやって場がまとまるのを見るのが好きだった。

 

気がつけば、学校でも屋敷でも、私は似たような立場になっていた。誰かの中心。誰かの相談相手。誰かが自然と集まる場所。

 

それが「人望」だと知るのは、もう少し後のことだ。この頃の私は、ただ一緒にいる人たちに笑っていてほしかっただけだった。

 

 

 

もちろん、良いことばかりではなかった。祖父母の家の孫として見られることもあった。媚びるように近づいてくる子もいたし、逆に距離を置く子もいた。大人の思惑を、子供がそのまま持ち込んでしまうこともある。

 

でも、私はそこで怒るより先に、少し疲れた。そういうのは、たぶんどこへ行ってもあるのだろう。上だろうと下だろうと、人は人だ。ずるい人もいるし、優しい人もいる。だから私は、できるだけちゃんと見ることにした。肩書きじゃなくて、その人自身を。

 

「あなたって、ほんとに変」

 

ある日、レイナがまたそう言った。今度は前より柔らかな声だった。

 

「でも、そういうところ、好き」

 

「……そっか」

 

なんだか照れくさくて、私はそれだけしか言えなかった。でも、胸の奥が少し温かくなった。

 

失ったものは戻らない。お父様も、お母様も、帰ってはこない。夜になると今でも夢を見る。赤い警報。銀色の装甲。届かない手。間に合わない助け。

 

それでも、朝は来る。学校へ行って、友達と話して、笑って、遊ぶ。祖父母がいて、家の人たちがいて、私を気にかけてくれる人がいる。世界は歪んでいて、理不尽で、優しくなんてないのに、それでも優しいものがまったくないわけじゃない。

 

だから私は、少しずつ思うようになった。

 

もし自分に、誰かを助ける力があるなら。もし自分が、誰かにとっての「安心できる場所」になれるなら。それはきっと、とても大事なことなのだと。

 

この頃の私は、まだ知らない。やがてゲームという形で、もっと大きな力に触れることを。そして、その力を求める理由が、ただの憧れでは終わらないことを。

 

ただ、はっきりしていたことが一つだけある。

 

私はもう、失うだけの側ではいたくなかった。

 

守られるだけでは足りない。与えられるだけでも足りない。いつかきっと、自分の手で掴める力が欲しい。

 

大切なものを、理不尽に踏みにじらせないための力が。

 

その願いはまだ、幼い祈りでしかなかった。けれど確かに、私の中で育ち始めていた。

 

友達に囲まれて笑う少女の、胸の奥底で。誰にも見えない場所で、静かに。けれど、消えない形で。





ちょこっと小話

オバロのリアル世界の描写はかなり独自要素(富裕層やアーコロジー内など)が入ってます。
原作呼んでも描写が少なすぎて話考えるの難しすぎんよ~
某魚類オバロ解説の人の動画とオバロwikiの情報を参考にしてます
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