因果は巡り、支配者は消える   作:Ark’s

4 / 5

第三話執筆完了!!
このままだと全然ユグドラシル編に移行できそうになかったので、かなり時を進めました。
第四話から本格的にユグドラシル編になります!!



始まりの13人

十六歳になった私は、相変わらずゲームが好きだった。

 

好き、という言葉だけでは少し足りないかもしれない。小学生の頃に友達と遊んでいた簡単な端末ゲームから始まって、中学では協力型のシミュレーションや対戦ゲームにのめり込み、高校に入る頃には、放課後にみんなで集まって遊ぶことがすっかり日常になっていた。

 

現実よりゲームの方が大事、というつもりはない。けれど、この世界で生きていく以上、仮想世界が単なる遊びで済まないことも私は知っていた。

 

DMMO-RPG――《Dive Massively Multiplayer Online Role Playing Game》。

 

サイバー技術とナノテクノロジーの粋を結集し、ニューロン・ナノ・インターフェイスと専用コンソールによって、仮想世界を現実さながらに体感できる娯楽。今の社会では仕事にも生活にも脳内演算器が深く関わっていて、仮想空間へ潜るという行為自体が特別なことではなくなっている。

 

もっとも、完全な現実再現というわけではない。電脳法によって味覚と嗅覚は削除され、触覚にも制限がある。現実との混同を避けるため、ログアウトは容易で、頭部を覆うタイプのデータロガー装着も義務だ。何もかもが便利で、何もかもが管理されている。

 

そういう世界だからこそ、人は安心して仮想世界へ逃げ込めるのかもしれない。

そして、その時代の象徴みたいに現れたのが、《ユグドラシル》だった。

 

開始前から、嫌というほど話題になっていた。九つの世界からなる広大なマップ。七百種類もの種族。二千を超える職業クラス。六千を超える魔法。生産、探索、戦闘、建築、収集、ロールプレイ。何をしてもいいし、何をしなくてもいい。ただし、運営は何も教えてくれない。最初に与えられるのは最低限の操作方法だけで、あとは全部、自分たちで調べろという設計だ。

 

プレイヤーの間で「狂ってる」「糞運営」とまで呼ばれている理由が、そこにある。

 

でも私は、そういう不親切さが嫌いではなかった。むしろ、自分たちの足で歩いて、自分たちの頭で見つける余地があることに、妙に心を惹かれた。

 

「で、結局やるの?」

 

放課後の教室で、ユウトが私の机に肘をついた。相変わらず落ち着きがなくて、でもこういうときに遠慮なく切り込んでくるところは、昔から変わらない。

 

私は教材端末を閉じて、少しだけ肩を竦めた。

 

「やるつもり」

 

「つもり、じゃなくて決定でしょ」

 

「今、決めたの」

 

「おっそ」

 

そのやり取りに、周囲から小さな笑いが漏れる。もう見慣れた顔ぶれだった。

レイナ、ユウト、ミカ、ソウイチ、カナメ。そこに、中学から親しくなった仲間たちが加わる。ナツキ、シオン、ハル、アヤ、トウマ、ケイ、リツ。

 

私を含めて、十三人。

 

小学生の頃には、ただ一緒に遊んでいただけだった。けれど何年も同じ時間を積み重ねるうちに、私たちはかなり特別な集まりになっていたと思う。毎日べったり一緒というわけではない。それぞれ部活もあれば、家庭もあれば、将来のことだってある。それでも「新しいゲームが出たら一緒にやろう」と自然に思えるくらいには、私たちは長く繋がっていた。

 

「じゃあ、みんなで入るってことでいいの?」

 

ナツキがそう言うと、教室の空気が少し引き締まる。こういう話を前に進めるのは、昔から彼女が上手かった。押しつけがましくないのに、自然に全員の意識を集める。

 

「別々で始める理由、ある?」

 

ミカが腕を組む。短く切った髪をかき上げる仕草が、昔よりずっと大人びて見えた。運動神経の良さがそのまま性格に出たみたいな子で、決断も早い。

 

「検証効率を考えるなら分散もありだけど」

 

そう言ったのはソウイチだ。彼はもう完全に情報整理役だった。遊びながら検証する癖が染みついていて、新作ゲームが出るたびに、まず仕様の傾向を洗い出そうとする。

 

「でも、最初から散ると普通にだるい」

 

ハルがそう切り捨てる。情報収集も交渉も上手いくせに、言い方はいつも少し刺々しい。けれど必要なことを必要なタイミングで言うので、結局みんなから頼られている。

 

「最初くらい、一緒でいいんじゃない?」

 

レイナの声は静かだったけれど、その一言でかなり空気がまとまった。彼女は昔からそうだ。前に出て引っ張るタイプではないのに、いちばん欲しいところでいちばん欲しい言葉を置く。

 

私はみんなの顔を見渡した。誰も反対していない。

 

なら、ここで決めてしまったほうがいい。

 

「じゃあ、みんなで始めよう」

 

それだけで、教室の空気がふっと軽くなった。

 

ユウトが「よしっ」と拳を握り、アヤは「ビジュアル系の自由度が高いなら本気でやる」と妙に真剣な顔で言い出す。シオンはすでに生産系の可能性を調べ始めていたし、カナメは無言のまま対戦環境を見据えたような目をしていた。

 

「でも、どう遊ぶ?」

 

トウマがぽつりと言った。寡黙な彼がこういうときに口を開くのは、だいたい本質を突くときだ。

 

「目標、いるだろ。ただ始めるだけじゃ散る」

 

その通りだった。

 

《ユグドラシル》は自由度が高すぎる。だからこそ、何となく始めると、いつの間にかバラバラになりかねない。全員で遊ぶなら、少なくとも方向性は共有しておいたほうがいい。

 

しばらく沈黙が落ちる。

 

最初に口を開いたのは、意外にもケイだった。

 

「主目的は、楽しむことでいいんじゃないか」

 

彼の声は落ち着いていて、妙に説得力があった。

 

「勝つためだけでも、効率のためだけでもなく、全力でこのゲームを楽しむ。その上で、十三人でできることをやる。俺は、そのくらいでいいと思う」

 

「ざっくりしてるけど、嫌いじゃないわね」

 

アヤが頷く。

 

「私も、それがいいと思う」

 

ナツキが続き、レイナも小さく頷いた。すると、あとは早かった。

 

「どうせ楽しむなら、未知を遊び尽くしたいよな」

 

「戦闘だけじゃなくて探索もしたい」

 

「生産もやる。こういうゲームで変な装備とか住居いじりができるなら、絶対そっちも面白い」

 

「九つの世界があるなら、まずは自分たちの目で歩いてみたい」

 

意見が次々に重なっていく。そのどれもが少しずつ違うのに、向いている先は同じだった。

 

楽しむこと。それも、手を抜かずに、全力で。

 

私はその言葉を胸の中で転がした。それは、すごく私たちらしかった。誰かを蹴落とすために始めるわけじゃない。最強を名乗ることが第一目的でもない。ただ、この広すぎる世界を、十三人で遊び尽くしたい。

 

でも、目的がそれだけだと、さすがにふわっとしすぎる。

 

「じゃあ、直近の目標も決めよう」

 

私がそう言うと、みんなの視線が集まった。

 

昔からそうだ。話が拡散し始めると、なぜか私のところに舵が回ってくる。別に望んでいるわけじゃない。でも、嫌でもなかった。必要ならやる。それだけだ。

 

「直近って、例えば?」

 

リツが尋ねる。冷静で観察眼の鋭い彼は、こういうとき定義をはっきりさせたがる。

 

私は少し考えてから、言葉を選んだ。

 

「十三人で安定して動ける土台を作ること。まずはそれかな」

 

「土台?」

 

「うん。戦闘組も、生産組も、探索組も、支援組も、全部ひっくるめて、クランとしてちゃんと回る形を作りたい。たとえば、全員がログインしたときに一緒に行動できること。誰かが欠けても最低限は動けること。あと……いずれ、自分たちの拠点を持ちたい」

 

最後の一言を口にした瞬間、自分で少し驚いた。でも、言ってしまった以上、それが自分の本音なのだろう。

 

《ユグドラシル》には住居設定や内装調整の自由度があると聞いている。別売りツールまで含めれば、外装から内包データまでかなり弄れるらしい。なら、十三人で帰ってこられる場所があったら、きっと楽しい。

 

ただ遊ぶだけじゃなく、自分たちの居場所を作る。

 

その発想は、思った以上にしっくりきた。

 

「拠点、いいじゃん」

 

シオンが珍しく勢いよく言った。機械いじりや生産が好きな彼は、そういう言葉に弱い。

 

「工房も欲しいし、素材置き場も欲しいし、改造部屋も欲しい」

 

「最後のは絶対いらないでしょ」

 

ミカが即座に突っ込む。

 

「でも、帰る場所があるっていうのはいいわね」

 

ナツキが笑う。「ただ集まるだけじゃなくて、クランとして形になる感じがする」

 

「賛成」

 

トウマが短く言う。その一言に、ケイも「俺もだ」と続いた。

 

なら、決まりだ。

 

主目的は、《ユグドラシル》を全力で楽しむこと。直近の目標は、十三人で安定して動けるクランを作り、いずれ拠点を持てるだけの土台を築くこと。

 

そこまで決まると、次は自然と役割の話になる。

 

「で、それぞれ何やる?」

 

ユウトがそう言って、机に身を乗り出した。

 

「俺は前衛。これは確定。どうせならわかりやすく硬くて強いやつがいい」

 

「脳筋」

 

「ミカにだけは言われたくない」

 

「私は機動力重視。前に出て引っかき回す役が性に合ってるの」

 

その言い方に、みんな少し笑う。たしかにミカはそういうタイプだ。真正面から殴るより、戦場を動き回って流れを作るほうが似合う。

 

「私は補助寄りかな」

 

レイナが自分の端末を見ながら言った。

 

「後ろで全体を見ながら、支援とか制御とか、そういうほうがやりやすいと思う」

 

「回復は私かなあ」

 

ナツキが軽く手を挙げる。

 

「味方の面倒を見るのは、昔から嫌いじゃないし」

 

「情報収集と交渉は、まあ俺でしょ」

 

ハルが肩を竦めた。「NPC相手でもプレイヤー相手でも、話を通すのは得意だし」

 

「生産系は、やっぱりやりたい」

 

シオンの目が明るくなる。

 

「武器、防具、住居、道具、変なギミック装備、そういうの全部触りたい」

 

「絶対ネタ装備に走るでしょ」

 

アヤが呆れたように言う。

 

「私は見た目も性能も妥協したくないから、クリエイト系と後衛職を両立できる方向を探す。せっかくアバターも装備も弄れるんだから、ちゃんと美しくしたいし」

 

「俺は防御と前線維持かな」

 

ケイが落ち着いた声で言う。

 

「盾役がいたほうが全体は安定する」

 

「対人を見据えるなら、奇襲と妨害も必要だ」

 

カナメは相変わらず無表情に近い顔でそう言った。

 

「そのへんは俺がやる」

 

「俺は検証と構築だな」

 

ソウイチが続ける。

 

「職の相性、スキルの取り方、取得条件、隠し要素の洗い出し。できれば、クラン全体のビルド相談もやる」

 

「観察と索敵は任せて」

 

リツが淡々と言う。

 

「前に出すぎるより、一歩引いて全体を見てるほうが向いてる」

 

「俺は……重装寄りでもいいし、中衛でもいい」

 

トウマは少し考えてから言った。

 

「足りないところを埋める形で合わせる」

 

その答えは、いかにも彼らしかった。派手さはない。でも、絶対に頼りになるタイプだ。

 

そして最後に、全員の視線が私へ向いた。

 

何を目指すか。それは、もうかなり前から決まっていた。

 

「私は、魔法系にする」

 

そう言うと、何人かが少しだけ意外そうな顔をした。たぶん、後方支援や統率補助のほうを想像していたのだろう。

 

でも私は、首を横に振った。

 

「支援も嫌いじゃない。でも、たぶん私がいちばん欲しいのは、もっと直接的な力だから」

 

「直接的?」

 

レイナが静かに聞き返す。

 

私は少しだけ考えてから、正直に答えた。

 

「遠くに届く力。間に合わないを、少しでも減らせる力」

 

それを口にした瞬間、みんなが黙った。

 

詳しく説明したわけじゃない。けれど、私の中にそういう感情があることを、みんなはなんとなく知っている。両親を失ってから積み重ねてきた時間の中で、言葉にしなくても伝わってしまうものがあるのだ。

 

私は続けた。

 

「それに、ユグドラシルって魔法の数がすごいんでしょ。六千以上あるなら、たぶん、できることの幅も広い。単純火力だけじゃなくて、制圧も、制御も、支援も、研究もできるかもしれない。そういうの、すごく惹かれる」

 

「なるほどね」

 

ソウイチが納得したように頷いた。

 

「たしかに、お前は魔法職向きかもしれない。条件調査とか、取得ルートの試行錯誤も嫌いじゃないだろ」

 

「うん。むしろ好き」

 

「なら決まりだな」

 

ユウトが笑う。

 

「クランの砲台役」

 

「まだ始めてもいないのに雑すぎる」

 

「でも、似合う」

 

ミカにまで言われると、少し複雑だった。けれど、否定する気にもなれない。

 

魔法。その言葉には、昔から妙に胸を惹かれるものがあった。現実には存在しない、だからこそ奪われない力。剣よりも遠く、拳よりも広く、手の届かない場所へ干渉できるもの。

 

もし仮想世界でそれを掴めるなら、私はきっと夢中になる。

 

「じゃあ、役割の方向性はこんな感じで仮置きだな」

 

ソウイチが端末にまとめた一覧を共有する。

 

前衛、盾役、遊撃、支援、回復、索敵、妨害、交渉、検証、生産、魔法火力。完全固定ではないが、少なくとも最初の土台としては十分だった。

 

あとは、形にするだけだ。

 

「クラン、作る?」

 

ユウトが言った。さっきまでふざけていたくせに、その声は思ったより真面目だった。

 

十三人で同時に顔を見合わせる。

 

ここまで来て、作らない理由はなかった。

 

「作ろう」

 

私がそう言うと、みんなの顔が一斉に明るくなった。

 

クラン名を決めるまでには、案の定かなり揉めた。ユウトの勢いだけの案は全員一致で却下され、ソウイチの理屈っぽい名称候補は「硬い」の一言で流され、アヤの美意識に寄りすぎた案は今度はハルに刺された。

 

その末に残った名前を見て、私は小さく息を吐いた。

 

《アステリズム》。

 

星々の並び。複数の光が集まって、意味のある形になるもの。

 

ひとつではない。けれど、ただのバラバラでもない。

 

私たちらしいと思った。

 

「異論ある人?」

 

私がそう訊ねると、誰も手を挙げなかった。

 

「じゃあ、決まりでいい?」

 

今度は、全員が頷いた。

 

その瞬間、不思議と胸の奥が熱くなった。ただのゲームのクランだ。まだ始まってもいない。けれど、これはたぶん、私たちにとってただの手続きじゃない。

 

これから先、仮想世界の中で一緒に歩くための、最初の約束だ。

 

「で、誰がクランマスターやるの?」

 

ユウトが当然みたいに言う。

 

そして、当然みたいにみんなの視線が私へ集まった。

 

「いや、待って」

 

「待たない」

 

「なんで」

 

「なんでって、あんた以外いる?」

 

アヤの言い方は相変わらず容赦がない。けれど、レイナまで静かに頷いているのを見ると、反論しづらかった。

 

「あなたがまとめるのが、いちばん自然だと思う」

 

それがレイナの言葉だった。

 

「昔からそうだったし。無理やり引っ張るんじゃなくて、ちゃんと全員を見てくれるから」

 

その言葉を聞いて、少しだけ胸が詰まる。

 

私は昔から、誰かを置いていくのが嫌いだった。置いていかれるのも、置いていくのも、どちらも嫌だった。だからつい、全員がちゃんとついて来られる形を探してしまう。

 

それが自分の役割なら、受け入れるしかないのかもしれない。

 

「……わかった」

 

私は小さく息を吐いた。

 

「私がやる」

 

その一言で、空気がきれいに落ち着く。誰も驚かない。ただ、やっぱりそうだよね、という顔をしていた。

なんだか少しだけ悔しい。でも、悪くはなかった。

 

十三人。主目的は、《ユグドラシル》を全力で楽しむこと。直近の目標は、十三人で安定して動ける土台を作り、いずれ自分たちの拠点を持つこと。それぞれのビルドの方向性も決まった。

 

あとはもう、始めるだけだ。

 

教室の窓の向こうには、いつもの人工の空が広がっていた。綺麗に整えられた青。けれど、それが本物ではないことを、私は知っている。

 

だからこそ、思う。

 

この先、私たちが潜る仮想世界の空は、どんなふうに見えるのだろう。その世界で私は、どれだけ遠くまで手を伸ばせるのだろう。

まだ何も始まっていないのに、胸の奥だけがやけに熱かった。

 

《アステリズム》は、この日生まれた。

 

十三人の星が、ようやくひとつの形になったのだ。





作者から読者へ
ちょっとした相談?質問?

アンケートにて

あなたは、どっちの閑話を読んでみたい?※選択によっては執筆に時間が掛かります

  • 掲示板回
  • 設定資料集
  • 両方!!
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。