第三話執筆完了!!
このままだと全然ユグドラシル編に移行できそうになかったので、かなり時を進めました。
第四話から本格的にユグドラシル編になります!!
十六歳になった私は、相変わらずゲームが好きだった。
好き、という言葉だけでは少し足りないかもしれない。小学生の頃に友達と遊んでいた簡単な端末ゲームから始まって、中学では協力型のシミュレーションや対戦ゲームにのめり込み、高校に入る頃には、放課後にみんなで集まって遊ぶことがすっかり日常になっていた。
現実よりゲームの方が大事、というつもりはない。けれど、この世界で生きていく以上、仮想世界が単なる遊びで済まないことも私は知っていた。
DMMO-RPG――《Dive Massively Multiplayer Online Role Playing Game》。
サイバー技術とナノテクノロジーの粋を結集し、ニューロン・ナノ・インターフェイスと専用コンソールによって、仮想世界を現実さながらに体感できる娯楽。今の社会では仕事にも生活にも脳内演算器が深く関わっていて、仮想空間へ潜るという行為自体が特別なことではなくなっている。
もっとも、完全な現実再現というわけではない。電脳法によって味覚と嗅覚は削除され、触覚にも制限がある。現実との混同を避けるため、ログアウトは容易で、頭部を覆うタイプのデータロガー装着も義務だ。何もかもが便利で、何もかもが管理されている。
そういう世界だからこそ、人は安心して仮想世界へ逃げ込めるのかもしれない。
そして、その時代の象徴みたいに現れたのが、《ユグドラシル》だった。
開始前から、嫌というほど話題になっていた。九つの世界からなる広大なマップ。七百種類もの種族。二千を超える職業クラス。六千を超える魔法。生産、探索、戦闘、建築、収集、ロールプレイ。何をしてもいいし、何をしなくてもいい。ただし、運営は何も教えてくれない。最初に与えられるのは最低限の操作方法だけで、あとは全部、自分たちで調べろという設計だ。
プレイヤーの間で「狂ってる」「糞運営」とまで呼ばれている理由が、そこにある。
でも私は、そういう不親切さが嫌いではなかった。むしろ、自分たちの足で歩いて、自分たちの頭で見つける余地があることに、妙に心を惹かれた。
「で、結局やるの?」
放課後の教室で、ユウトが私の机に肘をついた。相変わらず落ち着きがなくて、でもこういうときに遠慮なく切り込んでくるところは、昔から変わらない。
私は教材端末を閉じて、少しだけ肩を竦めた。
「やるつもり」
「つもり、じゃなくて決定でしょ」
「今、決めたの」
「おっそ」
そのやり取りに、周囲から小さな笑いが漏れる。もう見慣れた顔ぶれだった。
レイナ、ユウト、ミカ、ソウイチ、カナメ。そこに、中学から親しくなった仲間たちが加わる。ナツキ、シオン、ハル、アヤ、トウマ、ケイ、リツ。
私を含めて、十三人。
小学生の頃には、ただ一緒に遊んでいただけだった。けれど何年も同じ時間を積み重ねるうちに、私たちはかなり特別な集まりになっていたと思う。毎日べったり一緒というわけではない。それぞれ部活もあれば、家庭もあれば、将来のことだってある。それでも「新しいゲームが出たら一緒にやろう」と自然に思えるくらいには、私たちは長く繋がっていた。
「じゃあ、みんなで入るってことでいいの?」
ナツキがそう言うと、教室の空気が少し引き締まる。こういう話を前に進めるのは、昔から彼女が上手かった。押しつけがましくないのに、自然に全員の意識を集める。
「別々で始める理由、ある?」
ミカが腕を組む。短く切った髪をかき上げる仕草が、昔よりずっと大人びて見えた。運動神経の良さがそのまま性格に出たみたいな子で、決断も早い。
「検証効率を考えるなら分散もありだけど」
そう言ったのはソウイチだ。彼はもう完全に情報整理役だった。遊びながら検証する癖が染みついていて、新作ゲームが出るたびに、まず仕様の傾向を洗い出そうとする。
「でも、最初から散ると普通にだるい」
ハルがそう切り捨てる。情報収集も交渉も上手いくせに、言い方はいつも少し刺々しい。けれど必要なことを必要なタイミングで言うので、結局みんなから頼られている。
「最初くらい、一緒でいいんじゃない?」
レイナの声は静かだったけれど、その一言でかなり空気がまとまった。彼女は昔からそうだ。前に出て引っ張るタイプではないのに、いちばん欲しいところでいちばん欲しい言葉を置く。
私はみんなの顔を見渡した。誰も反対していない。
なら、ここで決めてしまったほうがいい。
「じゃあ、みんなで始めよう」
それだけで、教室の空気がふっと軽くなった。
ユウトが「よしっ」と拳を握り、アヤは「ビジュアル系の自由度が高いなら本気でやる」と妙に真剣な顔で言い出す。シオンはすでに生産系の可能性を調べ始めていたし、カナメは無言のまま対戦環境を見据えたような目をしていた。
「でも、どう遊ぶ?」
トウマがぽつりと言った。寡黙な彼がこういうときに口を開くのは、だいたい本質を突くときだ。
「目標、いるだろ。ただ始めるだけじゃ散る」
その通りだった。
《ユグドラシル》は自由度が高すぎる。だからこそ、何となく始めると、いつの間にかバラバラになりかねない。全員で遊ぶなら、少なくとも方向性は共有しておいたほうがいい。
しばらく沈黙が落ちる。
最初に口を開いたのは、意外にもケイだった。
「主目的は、楽しむことでいいんじゃないか」
彼の声は落ち着いていて、妙に説得力があった。
「勝つためだけでも、効率のためだけでもなく、全力でこのゲームを楽しむ。その上で、十三人でできることをやる。俺は、そのくらいでいいと思う」
「ざっくりしてるけど、嫌いじゃないわね」
アヤが頷く。
「私も、それがいいと思う」
ナツキが続き、レイナも小さく頷いた。すると、あとは早かった。
「どうせ楽しむなら、未知を遊び尽くしたいよな」
「戦闘だけじゃなくて探索もしたい」
「生産もやる。こういうゲームで変な装備とか住居いじりができるなら、絶対そっちも面白い」
「九つの世界があるなら、まずは自分たちの目で歩いてみたい」
意見が次々に重なっていく。そのどれもが少しずつ違うのに、向いている先は同じだった。
楽しむこと。それも、手を抜かずに、全力で。
私はその言葉を胸の中で転がした。それは、すごく私たちらしかった。誰かを蹴落とすために始めるわけじゃない。最強を名乗ることが第一目的でもない。ただ、この広すぎる世界を、十三人で遊び尽くしたい。
でも、目的がそれだけだと、さすがにふわっとしすぎる。
「じゃあ、直近の目標も決めよう」
私がそう言うと、みんなの視線が集まった。
昔からそうだ。話が拡散し始めると、なぜか私のところに舵が回ってくる。別に望んでいるわけじゃない。でも、嫌でもなかった。必要ならやる。それだけだ。
「直近って、例えば?」
リツが尋ねる。冷静で観察眼の鋭い彼は、こういうとき定義をはっきりさせたがる。
私は少し考えてから、言葉を選んだ。
「十三人で安定して動ける土台を作ること。まずはそれかな」
「土台?」
「うん。戦闘組も、生産組も、探索組も、支援組も、全部ひっくるめて、クランとしてちゃんと回る形を作りたい。たとえば、全員がログインしたときに一緒に行動できること。誰かが欠けても最低限は動けること。あと……いずれ、自分たちの拠点を持ちたい」
最後の一言を口にした瞬間、自分で少し驚いた。でも、言ってしまった以上、それが自分の本音なのだろう。
《ユグドラシル》には住居設定や内装調整の自由度があると聞いている。別売りツールまで含めれば、外装から内包データまでかなり弄れるらしい。なら、十三人で帰ってこられる場所があったら、きっと楽しい。
ただ遊ぶだけじゃなく、自分たちの居場所を作る。
その発想は、思った以上にしっくりきた。
「拠点、いいじゃん」
シオンが珍しく勢いよく言った。機械いじりや生産が好きな彼は、そういう言葉に弱い。
「工房も欲しいし、素材置き場も欲しいし、改造部屋も欲しい」
「最後のは絶対いらないでしょ」
ミカが即座に突っ込む。
「でも、帰る場所があるっていうのはいいわね」
ナツキが笑う。「ただ集まるだけじゃなくて、クランとして形になる感じがする」
「賛成」
トウマが短く言う。その一言に、ケイも「俺もだ」と続いた。
なら、決まりだ。
主目的は、《ユグドラシル》を全力で楽しむこと。直近の目標は、十三人で安定して動けるクランを作り、いずれ拠点を持てるだけの土台を築くこと。
そこまで決まると、次は自然と役割の話になる。
「で、それぞれ何やる?」
ユウトがそう言って、机に身を乗り出した。
「俺は前衛。これは確定。どうせならわかりやすく硬くて強いやつがいい」
「脳筋」
「ミカにだけは言われたくない」
「私は機動力重視。前に出て引っかき回す役が性に合ってるの」
その言い方に、みんな少し笑う。たしかにミカはそういうタイプだ。真正面から殴るより、戦場を動き回って流れを作るほうが似合う。
「私は補助寄りかな」
レイナが自分の端末を見ながら言った。
「後ろで全体を見ながら、支援とか制御とか、そういうほうがやりやすいと思う」
「回復は私かなあ」
ナツキが軽く手を挙げる。
「味方の面倒を見るのは、昔から嫌いじゃないし」
「情報収集と交渉は、まあ俺でしょ」
ハルが肩を竦めた。「NPC相手でもプレイヤー相手でも、話を通すのは得意だし」
「生産系は、やっぱりやりたい」
シオンの目が明るくなる。
「武器、防具、住居、道具、変なギミック装備、そういうの全部触りたい」
「絶対ネタ装備に走るでしょ」
アヤが呆れたように言う。
「私は見た目も性能も妥協したくないから、クリエイト系と後衛職を両立できる方向を探す。せっかくアバターも装備も弄れるんだから、ちゃんと美しくしたいし」
「俺は防御と前線維持かな」
ケイが落ち着いた声で言う。
「盾役がいたほうが全体は安定する」
「対人を見据えるなら、奇襲と妨害も必要だ」
カナメは相変わらず無表情に近い顔でそう言った。
「そのへんは俺がやる」
「俺は検証と構築だな」
ソウイチが続ける。
「職の相性、スキルの取り方、取得条件、隠し要素の洗い出し。できれば、クラン全体のビルド相談もやる」
「観察と索敵は任せて」
リツが淡々と言う。
「前に出すぎるより、一歩引いて全体を見てるほうが向いてる」
「俺は……重装寄りでもいいし、中衛でもいい」
トウマは少し考えてから言った。
「足りないところを埋める形で合わせる」
その答えは、いかにも彼らしかった。派手さはない。でも、絶対に頼りになるタイプだ。
そして最後に、全員の視線が私へ向いた。
何を目指すか。それは、もうかなり前から決まっていた。
「私は、魔法系にする」
そう言うと、何人かが少しだけ意外そうな顔をした。たぶん、後方支援や統率補助のほうを想像していたのだろう。
でも私は、首を横に振った。
「支援も嫌いじゃない。でも、たぶん私がいちばん欲しいのは、もっと直接的な力だから」
「直接的?」
レイナが静かに聞き返す。
私は少しだけ考えてから、正直に答えた。
「遠くに届く力。間に合わないを、少しでも減らせる力」
それを口にした瞬間、みんなが黙った。
詳しく説明したわけじゃない。けれど、私の中にそういう感情があることを、みんなはなんとなく知っている。両親を失ってから積み重ねてきた時間の中で、言葉にしなくても伝わってしまうものがあるのだ。
私は続けた。
「それに、ユグドラシルって魔法の数がすごいんでしょ。六千以上あるなら、たぶん、できることの幅も広い。単純火力だけじゃなくて、制圧も、制御も、支援も、研究もできるかもしれない。そういうの、すごく惹かれる」
「なるほどね」
ソウイチが納得したように頷いた。
「たしかに、お前は魔法職向きかもしれない。条件調査とか、取得ルートの試行錯誤も嫌いじゃないだろ」
「うん。むしろ好き」
「なら決まりだな」
ユウトが笑う。
「クランの砲台役」
「まだ始めてもいないのに雑すぎる」
「でも、似合う」
ミカにまで言われると、少し複雑だった。けれど、否定する気にもなれない。
魔法。その言葉には、昔から妙に胸を惹かれるものがあった。現実には存在しない、だからこそ奪われない力。剣よりも遠く、拳よりも広く、手の届かない場所へ干渉できるもの。
もし仮想世界でそれを掴めるなら、私はきっと夢中になる。
「じゃあ、役割の方向性はこんな感じで仮置きだな」
ソウイチが端末にまとめた一覧を共有する。
前衛、盾役、遊撃、支援、回復、索敵、妨害、交渉、検証、生産、魔法火力。完全固定ではないが、少なくとも最初の土台としては十分だった。
あとは、形にするだけだ。
「クラン、作る?」
ユウトが言った。さっきまでふざけていたくせに、その声は思ったより真面目だった。
十三人で同時に顔を見合わせる。
ここまで来て、作らない理由はなかった。
「作ろう」
私がそう言うと、みんなの顔が一斉に明るくなった。
クラン名を決めるまでには、案の定かなり揉めた。ユウトの勢いだけの案は全員一致で却下され、ソウイチの理屈っぽい名称候補は「硬い」の一言で流され、アヤの美意識に寄りすぎた案は今度はハルに刺された。
その末に残った名前を見て、私は小さく息を吐いた。
《アステリズム》。
星々の並び。複数の光が集まって、意味のある形になるもの。
ひとつではない。けれど、ただのバラバラでもない。
私たちらしいと思った。
「異論ある人?」
私がそう訊ねると、誰も手を挙げなかった。
「じゃあ、決まりでいい?」
今度は、全員が頷いた。
その瞬間、不思議と胸の奥が熱くなった。ただのゲームのクランだ。まだ始まってもいない。けれど、これはたぶん、私たちにとってただの手続きじゃない。
これから先、仮想世界の中で一緒に歩くための、最初の約束だ。
「で、誰がクランマスターやるの?」
ユウトが当然みたいに言う。
そして、当然みたいにみんなの視線が私へ集まった。
「いや、待って」
「待たない」
「なんで」
「なんでって、あんた以外いる?」
アヤの言い方は相変わらず容赦がない。けれど、レイナまで静かに頷いているのを見ると、反論しづらかった。
「あなたがまとめるのが、いちばん自然だと思う」
それがレイナの言葉だった。
「昔からそうだったし。無理やり引っ張るんじゃなくて、ちゃんと全員を見てくれるから」
その言葉を聞いて、少しだけ胸が詰まる。
私は昔から、誰かを置いていくのが嫌いだった。置いていかれるのも、置いていくのも、どちらも嫌だった。だからつい、全員がちゃんとついて来られる形を探してしまう。
それが自分の役割なら、受け入れるしかないのかもしれない。
「……わかった」
私は小さく息を吐いた。
「私がやる」
その一言で、空気がきれいに落ち着く。誰も驚かない。ただ、やっぱりそうだよね、という顔をしていた。
なんだか少しだけ悔しい。でも、悪くはなかった。
十三人。主目的は、《ユグドラシル》を全力で楽しむこと。直近の目標は、十三人で安定して動ける土台を作り、いずれ自分たちの拠点を持つこと。それぞれのビルドの方向性も決まった。
あとはもう、始めるだけだ。
教室の窓の向こうには、いつもの人工の空が広がっていた。綺麗に整えられた青。けれど、それが本物ではないことを、私は知っている。
だからこそ、思う。
この先、私たちが潜る仮想世界の空は、どんなふうに見えるのだろう。その世界で私は、どれだけ遠くまで手を伸ばせるのだろう。
まだ何も始まっていないのに、胸の奥だけがやけに熱かった。
《アステリズム》は、この日生まれた。
十三人の星が、ようやくひとつの形になったのだ。
作者から読者へ
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あなたは、どっちの閑話を読んでみたい?※選択によっては執筆に時間が掛かります
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