Fate/Grand Order 第三部 Script of the Palimpsest 作:白瀬 綴
ベルのワイヤーがまだ街灯の上で鳴り、獄寺の爆薬が白い膜越しに響いていた。二本離れた商店街では、閉じたシャッターへ斜めの裂け目が走り、街灯が根元から傾いている。砕けた看板が路面へ落ちきる前に、時雨金時と義手の剣が噛み合った。
火花が山本武の頬を掠める。スクアーロの右肩が沈み、山本の目がその肩へ吸い寄せられた。斬撃が来る。そう思わせるだけの沈みだった。次の瞬間、剣はまだ動かず、膝が腹へ突き刺さった。
「ぐっ……!」
肺の空気が押し出される。上体を折ったところへ右手の剣が横から走った。山本は時雨金時の柄を腹へ寄せ、刀身を斜めに置く。刃を正面から止めれば肩ごと押し切られる。接触した瞬間に手首を返し、斬撃を左へ逃がした。
金属音が長く尾を引く。流した先へ、左義手の剣が跳ね上がった。肘も手首も使わず、刃だけが下から山本の肩口へ回る。山本は膝を落とした。切っ先が髪を散らし、そのまま首へ戻ってくる。時雨金時を縦に立て、二度目の接触を受ける。
――重い。
受けた衝撃は、波に似ていた。一つを越えても、その背後から次が覆い被さる。最初の接触で刀の傾きを測られ、山本が力を逃がす場所へ義手の刃を置かれている。スクアーロは一合を終わらせない。流された力まで拾い、次の牙へ変えていた。
「う゛おおおおい! 受けてばっかじゃ剣士とは言えねぇぞぉ!」
スクアーロの前足が滑る。靴底は鳴らない。山本が時雨金時を振り上げた時には、左肩がすでに切っ先の内側へ入っていた。狙いは義手の根元。鮫の剣士は義手を大きく引かず、刃の腹で切っ先だけを噛む。火花が弾けるより早く、右手の剣が山本の脇腹へ滑り込んだ。
制服が裂ける。熱い線が皮膚を走った。山本は後ろへ跳ばず、前足を残した。退けば追われる。腹へ手を回せば、その腕へ義手の刃が来る。時雨金時を返し、スクアーロの右肩へ斬り込む。義手の剣が横から割り込み、山本の刀を弾いた。
「遅ぇ!」
返す刃が首元を薙ぐ。山本は上体を反らし、切っ先を皮一枚で通した。首筋へ浅い熱が残る。
山本が足を入れ替えると、スクアーロの左切っ先が脛へ沈み、右剣だけが肩口へ残った。上を捨てれば右剣が来る。山本は肩を守る角度を保ち、時雨金時の切っ先だけを下げる。その僅かな傾きを、待たれていた。左義手が返り、脛を通り過ぎた鮫の牙が鍔の内側から親指を打った。
「――ッ!?」
鍔が鳴る。右手の親指へ痺れが走った。
刀を握り直す前に、右手の剣が胸元へ来た。山本は切っ先を外へ弾く。刀身同士が触れたまま滑り、スクアーロの剣が山本の左肩を削った。
傷が二つ増えた。スクアーロの呼吸は乱れない。刃を引き戻す速さにも落ち込みがない。山本が一つ受け方を変えるたび、次の一合ではその受け方を利用してくる。
「……やっぱ、強ぇな」
山本の口元に、かすかな笑みが浮かんだ。
「笑ってんじゃねぇぞぉ!」
「悪い。やっぱあんた、笑ってる暇もくれねーな」
スクアーロの目が細くなる。リング争奪戦で向けられた殺気も、未来から送りつけられた剣の映像も、山本の中に残っている。だが、目の前の刃は映像より速く、画面越しには伝わらなかった重さを持っていた。
「遅ぇんだよぉ!」
スクアーロが剣先を下げる。次の踏み込みは、先ほどまでより静かだった。肩が沈む。山本の身体に、三度斬られた痛みが蘇る。何が来るかまでは読めない。ただ、あの肩を見た直後には、いつも刀を引かされていた。
山本は受ける手を止めた。時雨金時を斜めへ滑らせ、一撃目の力だけを左へ逃がす。義手の剣が追う。山本は刃を見ず、頬を撫でた風へ身体を沈めた。頭上を牙が抜け、三撃目の膝が腹へ来る。腰を引く余裕はない。腿を差し込み、衝撃に身体を横へ崩されたまま、倒れる勢いを時雨金時へ渡した。
低い刃が、スクアーロの左腕へ跳ね上がる。
スクアーロの眉が、僅かに動いた。
義手の剣が辛うじて割り込み、金属音が鳴った。スクアーロの右足が、初めて後ろへ滑った。
「ハッ! やっと掠めたかぁ!」
「やっと一つだ」
「一つで足りるかぁ!」
刃が離れた直後、スクアーロの右足が山本の前足を払う。肩が路面へ落ちた。スクアーロの右剣は、立て直した山本の首を刈る位置へ戻っている。
山本は立て直さなかった。
撃ち落とされた燕のように身体を沈め、そのまま地面すれすれから時雨金時を振る。低い刃が左義手の付け根へ滑り込み、スクアーロの右足がもう一度退いた。次の瞬間、義手の剣が落ち、時雨金時を路面へ叩きつける。
刃先がアスファルトを削る。スクアーロの右手が山本の襟へ伸びた。掴まれる直前に身体を捻り、柄頭を胸へ打ち込む。スクアーロは肩を引いて衝撃を逃がし、代わりに額を山本の眉間へぶつけた。
視界へ白い粒が散った。山本は二歩下がったが、三歩目へ移る前に義手の剣が追い、左腕へ浅い裂傷を増やした。スクアーロは呼吸を整える間を与えない。
右から斬る。義手が下から刺す。膝で軸を崩し、肩で押し込み、剣を握る指へ振動を残す。山本が時雨蒼燕流の呼吸へ戻ろうとするたび、別の接触で水面を乱してくる。
山本は三度、同じ深さまで押し戻された。一度目は右肩を裂かれ、二度目には親指の感覚を奪われた。三度目には刀を引く方向まで読まれ、押し戻された時雨金時の峰が胸へ食い込む。息が詰まり、スクアーロの剣が顔の横へ止まった。
「いつまで映像の後ろに隠れてやがる!」
山本は剣先から目を離し、スクアーロの顔を見た。
「映像のこと、分かってたのか」
「俺が送った剣だぞぉ。どこを拾ったかくらい、見りゃ分かる」
義手の剣が再び動く。山本は未来の映像で見た受け流しを使わず、時雨金時を引いて刀の届く位置から一度離れた。スクアーロの右剣が空を斬り、追ってきた義手へ柄頭を当てる。刃を流さず腕ごと押し返すと、初めてスクアーロの左肩がわずかに開き、山本の切っ先が隊服を浅く裂いた。
スクアーロは傷へ目を落とさない。義手の剣を戻しながら、牙を見せるように笑った。
「やっと目の前の俺を見やがったかぁ!」
「最初から、そのつもりだ」
二人の剣がぶつかり、足元から砕けた路面が跳ねた。
積み上げられた剣と、斬られながら生まれる剣。
千の正解を知る剣豪と、たった一度の答えへ身体から飛び込む天才。
互いの刃が離れる。山本は時雨金時を引き戻しながら胸元のネックレスへ触れ、スクアーロも右手のヴァリアーリングへ炎を通した。青い光が、白い膜の内側へ広がった。
「初見かぁ、山本」
「そのリングはな」
「マーモンが用意した高ぇ代物だ。使わねぇまま終わらせたら、うるせぇからなぁ」
雨の死ぬ気の炎がスクアーロの左腕へ集まる。路面へ落ちた青い火は燃え上がらず、割れたアスファルトの溝を這った。山本の肩へ残る痛みまで、冷たい圧へ押し込まれていく。スクアーロが匣を開く。
「沈め、鮫」
青い炎の中から巨大な鮫が躍り出た。水のない通りを泳ぎ、スクアーロの周囲を一周する。尾が振られるたび、雨の死ぬ気の炎が筋となって空中へ残った。山本もネックレスへ炎を通す。
「小次郎、次郎」
小次郎が肩口から飛び立ち、青い弧を描く。次郎は三本の小刀を咥え、山本の右側へ走った。雨の死ぬ気の炎が細かな粒となって舞い、砕けた路面へ降りる。
鮫が先に動いた。正面からスクアーロ。背後へ回る鮫。山本が横へ踏み出した瞬間、靴底へまとわりついた青い炎が脚を重くした。
次郎が低く走り、足元の炎へ牙を立てる。圧が僅かに緩み、山本の足が前へ出た。スクアーロの剣が落ちる。時雨金時で受けた。
「
刀身は触れている。角度も外した。力も流した。
なのに、指が開いていく。
何を斬られた。刀か。腕か。それとも、次に受けるはずだった場所までか。
細かな震えが刀身を抜け、手首を叩き、肘の内側へ食い込む。握っていた指が開き、時雨金時が掌から浮いた。
小次郎が二人の刃の間へ飛び込み、青い炎で接触点を包んだ。震えの伝わる速さが鈍り、山本は左手を添えて柄を握り直す。だが、その上から義手の剣が跳ね、脇腹へ刃が入り、血が散った。
「っ……!」
「同じ受けが二度通ると思うなぁッ!」
叱責と共に、突きが伸びる。
「
雨の死ぬ気の炎を束ねた鋭い連続突き。山本は身体を捻った。切っ先が左肩を抉り、肉を削って抜ける。痛みで腕が落ちかけたところへ、鮫が背後から迫った。
小次郎が鳴く。次郎の小刀が山本の足元へ走り、鮫の進路へ青い炎を置く。二の型、
時雨金時が舞った粒を巻き上げ、山本の輪郭を僅かに揺らす。鮫の牙が空を噛み、スクアーロの義手が残像へ斬り込んだ。四の型、
山本はスクアーロの呼吸へ自分の息を重ねた。荒い咆哮の底で、剣を出す直前だけ呼吸が鋭く切れる。そこへ身体を沈め、七の型、
回転する時雨金時が雨の輪を作り、鮫の突進と衝突した。青い火花が散る。小次郎が上から炎を鎮め、次郎の小刀が下から鮫の進路を削る。
守りは一度、持ちこたえた。スクアーロは鮫を引き戻さない。山本の右側を泳がせたまま、自分は左から入る。山本が右の鮫へ意識を割いた瞬間、義手の剣が左手の指を狙った。
時雨金時を引けば、鮫が背中へ噛みつく。残せば、指を切られる。山本は柄から小指だけを外し、刀身を半回転させた。義手の刃が鍔を掠め、鮫の牙が背中の布を裂く。
小次郎が鮫の眼前へ飛び込み、雨の死ぬ気の炎を散らした。鮫の速度が落ちる。次郎は一本目の小刀を路面へ突き立て、山本の足元へ流れていた深い青を二つへ分けた。
山本はその間を踏んだ。時雨金時がスクアーロの右脇へ走る。スクアーロは剣で止めず、身体を寄せた。山本の腕へ肩をぶつけ、切っ先を外へ逸らす。そのまま義手の刃で時雨金時の峰を打った。
二度目の鮫衝撃が入る。親指から薬指まで、感覚が薄くなった。刀を落とさないために、山本は柄を胸へ引き寄せる。
スクアーロはその動きを待っていた。右手の剣が山本の胸元へ滑り、制服を縦に裂いた。薄い血が線を引き、路面へ落ちる。
鮫がその血の上を通り、青い炎と赤が混ざって溝に沿って流れていく。山本の目がその流れを追った瞬間、義手の刃が視界へ入り、顔を背けた頬へ浅い傷を残した。
「他所を見てる暇があるかぁ!」
「見てたのは、あんたの雨だよ」
「ああ?」
山本は時雨金時を振り下ろし、路面へ残った青い筋を巻き上げた。小次郎の炎がそこへ重なり、鮫の進路を一瞬だけ白く曇らせる。次郎が二本目の小刀を放つ。
小刀は鮫を狙わず、スクアーロの左側へ落ちた。刃が路面へ刺さり、雨の死ぬ気の炎を小さく弾く。スクアーロは山本の意図を確かめるように小刀へ目を向けた。
その短い間に、山本は間合いへ入る。時雨金時が右肩へ届く。義手の剣が戻り、刀を弾いた。だが、スクアーロの隊服へ二本目の裂け目が走った。
「小細工を混ぜる余裕が出てきたかぁ」
「一人で斬ってるわけじゃねーからな」
小次郎が上空で鳴き、次郎が山本の足元へ戻る。スクアーロは鮫を左義手へ呼び寄せた。青い巨体が雨の死ぬ気の炎へほどけ、義手の内部へ呑み込まれていく。
着脱式の剣へ、濃い青が幾重にも巻きついた。圧縮された雨の死ぬ気の炎が刀身を覆い、その外側へ七枚の金属刃がせり上がる。鮫の歯を縦へ並べたような外装が、細身の剣へ一枚ずつ被さった。
七枚が噛み合う。
水圧が隙間を満たし、別々だった刃を一本へ固めた。幅を増した青い剣身の奥に、元の切っ先は隠れている。
空気が低く震えた。
山本の首筋から指先まで、刃が届く前から冷たい重さが乗る。握り直した時雨金時が、掌の内側で僅かに遅れた。
「
左義手が跳ね、山本は時雨金時を合わせた。接触点も、力を逃がす向きも合っている。
鋼が噛み合った瞬間、鮫帝剣の外装が一枚だけ前へ滑った。
受け止められた本剣を足場にして、鮫の歯が鍔の内側へ飛び込む。青い尾を引いた刃が山本の右肩へ突き立ち、制服と筋肉の表層を抉った。
「……は?」
山本の口から、意味を結ばない声が落ちた。
剣は受けている。切っ先も止めた。それでも、剣の外から飛び出した牙だけが肩にいる。
スクアーロは右手の剣を返し、開いた手首へ柄を叩き込んだ。山本の指が緩み、時雨金時が胸元まで押し戻される。
「受けただけで終わった気になるなぁッ!」
二の型、
山本は時雨金時を斜めへ滑らせ、舞い上がった雨粒の内側へ身を沈めた。鮫帝剣は流された先で止まらず、外装を一枚失って細くなった刃が肩口へ戻る。
先ほどより速い。山本は首を捻って刃先を肩の外へ逃がす。制服だけが裂け、そこへスクアーロの右剣が入り、鍔元を打った。
小次郎が二人の間へ雨の死ぬ気の炎を広げ、次郎の小刀が義手の外側へ回る。山本は右肩の痛みを押し込み、二匹へ炎を渡した。
スクアーロの視線は、山本が時雨金時を逃がした先へ移った。
鮫帝剣の二枚目が剣身から外れ、水圧を弾いて同じ方向へ飛ぶ。山本が刀を返すより早く、青い牙が刀身の腹へ噛みついた。受け流したはずの一合が、別角度から続いている。
押し込まれた肘へ痺れが走る。その隙へスクアーロの右剣が脇腹を薙いだ。
「受けたくらいで終わった気になるなぁッ!」
山本は答えず、足を入れ替えた。四の型、
咆哮の底で呼吸が切れる瞬間へ息を合わせ、右剣が動く直前に身体を沈める。続けて七の型、
時雨金時が青い輪を描き、右剣を外へ流した。山本は鮫帝剣の内側へ入り、切っ先を黒い隊服へ滑らせる。布が裂け、スクアーロの左胸へ浅い赤が走った。
届いた。
スクアーロの口元が吊り上がる。
義手の奥で、金属が連続して噛み合った。
残る五枚の鮫牙節が動き始める。切っ先へ走った一枚が刃の外へ起き上がり、根元へ戻る刃は義手の内部へ沈む。五枚の牙が、鮫帝剣の外周を途切れず巡った。
低い唸りが剣身を満たす。
山本の時雨金時へ、最初の牙が触れた。流した直後に二枚目が同じ場所へ入り、三枚目が刀身を押し戻す。受けを終える前に次の歯が来る。刃同士が触れた一点だけを、何度も何度も噛み直される。
「――ッ!?」
時雨金時の腹から火花が連なった。共振が一度の衝撃で終わらず、歯が通るたびに右腕へ流れ込む。
山本は刀を外へ流そうとした。五枚の牙は流れる向きへ沿って走り、時雨金時を巻き込む。離せば右剣が来る。握れば指が沈む。
スクアーロは歯列を山本へ追わせていない。
山本が刀を逃がす場所へ、剣ごと押し込んでいる。
山本は柄を緩め、鮫帝剣の回転へ時雨金時を一瞬預けた。引き込まれる力に合わせて身体を落とし、倒れる勢いのまま刀を下から返す。
立て直す剣なら、スクアーロの右剣が首を刈っていた。
山本は立て直さない。路面へ落ちる肩を追って切っ先を走らせ、鮫帝剣の外装が薄くなった付け根を掠めた。
スクアーロの右足が、初めて後ろへ動く。
「へえ」
眉が僅かに動き、次の瞬間には牙を剥いていた。
「一度だけだぁ! 同じ逃げ方を二度使えると思うなぁッ!!」
スクアーロは山本が落ちる方向へ右剣を置き、鮫帝剣の循環方向を逆へ切り替えた。戻ろうとした時雨金時が反対側から噛まれ、山本の右手が大きく開く。
小次郎が刀の背へ触れ、次郎が柄へ噛みついた。二匹が作った隙に、山本は左手へ持ち替える。
スクアーロは持ち替えを見た直後、山本の左側へ回った。慣れない側へ圧を集め、刀を引く幅を奪う。鮫牙節の列が時雨金時を削り、その隙間へ右剣が胸元へ入った。
山本は肩を捻って切っ先を浅くした。痛みを引き受けた代わりに、小次郎が上空へ抜ける。次郎の小刀がスクアーロの左腕へ雨の筋を引いた。
鮫帝剣が小刀を弾く。山本は飛んだ刃の位置へ踏み込み、時雨金時を横へ振る。右剣が受け、五枚の牙が下から手首へ戻った。
山本は肘を折り、共振を肩へ逃がす。
逃がした先は、すでに裂けている。傷口が開き、指の力が抜けた。
時雨金時が落ちた。
次郎が柄へ噛みつき、路面へ触れる寸前で支える。山本は左手で受け取り、そのまま低く斬り上げた。切っ先がスクアーロの顎へ迫る。
鮫帝剣の峰が刀身を横から打ち、軌道を外す。外れた刀の内側へスクアーロの肩が入り、右剣の柄が胸骨へ叩き込まれた。
息が止まり、山本の背がシャッターへぶつかる。
小次郎へ刀を回せば胸が開き、胸を守れば次郎の小刀が弾かれる。どこを受けても、その受けが終わる前に次の牙が来た。
一度目は小次郎を庇い、胸元へ突きを受けた。二度目は脇腹を守り、次郎の小刀を弾かれた。三度目は二匹へ刀を回したところへ鮫帝剣の峰が背中へ入った。
膝が路面へ触れる。右剣が迫り、山本は時雨金時を横へ置いた。受けた腕が沈む。小次郎の雨粒が軌道を鈍らせ、山本は首を捻って切っ先を逃がした。
逃れた先へ、循環する牙が待っていた。
最後の一枚が制服と左上腕の外側を削り、血を帯びて義手側へ戻る。山本の腕が落ちたところへ鮫帝剣の柄が肋へ入り、身体がシャッターまで飛んだ。
金属板が大きく凹み、肺から息が抜ける。時雨金時が手を離れ、路面を滑って数メートル先で止まった。
スクアーロは追撃を急がなかった。五枚の牙を巡らせたまま、右剣を下げ、義手の切っ先を山本へ向ける。
「映像も、その二匹との合わせも喰った! 次は何だぁ、山本ぉッ!!」
山本は呼吸を取り戻そうとした。胸が動くたび、脇腹と背中の傷が開く。右手は指先まで鈍く、左腕は上げるだけで焼けた。
路面には、次郎が切り分けた雨の死ぬ気の炎が残っている。小次郎の雨粒も、弾かれた小刀も、鮫が通った溝も消えていない。
今のまま拾えば、スクアーロは接続の発生点へ五牙を置く。
山本は時雨金時へ手を伸ばした。指が柄へ届く前に鮫帝剣が落ち、刀を路面へ縫い止める。五枚の牙が鍔元を巡り、アスファルトと刀身を同時に削った。
「立てねぇなら――そこで沈めぇぇぇッ!!」
スクアーロが義手へ炎を集める。五枚の鮫牙節がさらに速く走り、別々だった青い残光が一頭の鮫へ重なった。路面を這う雨の死ぬ気の炎が山本の左右を塞ぐ。
「
鮫の突進を剣士の踏み込みへ重ねる強襲技。
スクアーロが一息で距離を消した。山本は時雨金時を抜けない。小次郎が正面へ雨の死ぬ気の炎を広げ、次郎が残った小刀を横から差し込む。
五牙が接続を次々と噛み切り、鮫帝剣の本剣が青い残光の中心から胸元へ迫った。
受ければ、刀ごと胸を割られる。
山本は防ぐ手を捨てた。
胸の中心を突進の線から外し、左肩の外側を鮫帝剣の側面へぶつける。五枚の牙が制服と上腕を削り、深い血の筋を残した。刃先は胸郭を外れ、刃の腹と突進圧が山本の身体を横へ弾く。
回転する身体の中で、右手が時雨金時の柄を掴んだ。スクアーロが路面へ押さえつけていた刃は、山本の体重と回転を受け、アスファルトを抉りながら抜ける。
山本は倒れず、片膝を残した。
スクアーロの目が見開かれる。
「まだ立つかぁ!」
「立たねーと、次を振れねーからな」
山本は胸元の雨のネックレスVer.Xへ触れた。内部へ継承された小次郎と次郎の反応が重なり、青い光が傷口から流れる血を照らす。
* * *
未来から届いた映像の中で、スクアーロは幾人もの剣士と斬り合っていた。刃を受け、傷を負い、相手の癖を身体へ刻み、その次の一合で答えを返していた。
山本は映像から多くを拾った。目の前の本人は、拾ったものから先に切ってくる。
なら、今ここで受けた剣から作る。
切られた。崩された。繋がりも奪われた。
それでも、雨は路面に残っている。小次郎も、次郎も、まだ山本を見ている。
――終われない。
ここで終われば、今日受けた剣はただの傷になる。
* * *
山本が顔を上げる。循環する鮫牙節が左肩へ迫る中、時雨金時を上げずに身体を沈めた。最後の一枚が髪を掠め、青い水圧が頬を切る。
その近さでスクアーロの目を見る。
「映像で教わったままじゃ、ここまでだ」
「ああ?」
「今度は――あんたの前で作る!」
雨のネックレスVer.Xが強く光った。
「小次郎! 次郎! 全部、俺の剣へ持ってこいッ!!」
小次郎が時雨金時へ重なり、雨燕が長刀へ変わる。次郎の運んでいた三本の小刀が雨の死ぬ気の炎を纏い、山本の周囲へ浮かんだ。青い炎が肩から腰へ衣のように流れ、傷で落ちかけた両腕を支える。
「
雨燕が変じた長刀と、雨犬が運ぶ三本の小刀。朝利雨月の戦い方を継ぐ変則四刀。
切られた雨が、再び繋がる。
折られた受けも、落とされた小刀も、路面へ零れた炎も。山本武がこの戦場で失ったものが、四本の刃へ戻ってくる。
スクアーロの口元が獰猛に上がった。
「ようやく出したかぁぁぁッ!!」
「ああ。これが――今の俺の全力だッ!!」
「上等だぁ! その全力ごと、喰い千切ってやるぞぉッ!!」
両者が同時に踏み込んだ。
山本は長刀で鮫帝剣を受け、接触と同時に走る共振を一番近い小刀へ触れさせた。震えが二本へ分かれ、右手へ痺れが届くまで僅かに間が空く。その隙に二本目の小刀を義手の外側へ回し、長刀をスクアーロの胸元へ伸ばす。
スクアーロは右剣で長刀を弾き、循環する五牙で小刀を切り上げた。山本は弾かれた刃へ炎を渡し、回転させて背後から戻す。右剣が戻る小刀を受けた瞬間、三本目がスクアーロの左脇へ入った。
黒い隊服が裂ける。浅い傷から血が落ちた。
スクアーロは傷へ目を落とさず、山本の四本を一度に見渡す。
「一本で受けねぇ分、沈むまでが遅くなったかぁ!」
鮫帝剣が一枚目へ触れる。山本は震えを二枚目へ渡した。右剣が二枚目を先に叩く。山本が三枚目へ切り替えると、五牙の列がその帰路へ走った。
三本の小刀が同時に鳴る。
共振が逃げ場を失い、長刀を握る右肘まで届いた。山本は柄を左手へ渡し、右手を一度開く。スクアーロの膝が左脇へ入り、浮いた身体へ鮫帝剣の峰が落ちる。
山本は路面へ転がりながら小刀を引き寄せ、刃の腹で追撃を逸らした。別の小刀を右足へ走らせる。スクアーロが右剣を下げたため、山本は長刀を下から振り上げた。
義手が受ける。右剣が小刀を弾く。山本は弾かれた小刀へ炎を残し、二本目を肩へ送った。五牙が二本目を削る間に、長刀の柄頭をスクアーロの右腕へ当てる。
硬い音が鳴り、スクアーロの右手が僅かに開いた。
山本は刃を返す。スクアーロも義手を返した。
長刀が右肩を裂き、鮫帝剣の牙が山本の前腕外側を削る。二人の血が同じ路面へ落ちた。
互いに距離を取る。
山本は痺れた右手を開き、左手で長刀を支えた。スクアーロは右肩から落ちる血をそのままに、剣の位置だけを戻す。呼吸は双方とも深くなり、足元へ置く重さが僅かに遅れている。
斬れば斬り返され、押せば押し返される。
全力を晒した二人の間から、余裕だけが削れていく。山本の指が開けばスクアーロの肩から血が落ち、スクアーロの踏み込みが浅くなれば山本の脇腹が裂けた。どちらか一方だけが傷を免れる一合は、もう残っていない。
スクアーロが剣身を引く。五枚の鮫牙節が本剣の外周で加速し、雨の死ぬ気の炎が一頭の鮫を結んだ。山本も三本の小刀を長刀の周囲へ並べ、四本の雨を同じ一点へ揃える。
積み上げられた剣と、斬られながら生まれた剣。鮫と燕が、互いの全力を真正面から捉えた。
「一度耐えた程度で、オレの鮫を越えた気になるなぁッ!!」
「越えるために振るんじゃねぇ!」
山本は長刀を肩へ引き、三本の小刀へ雨を走らせる。
「この一撃を――あんたへ返すッ!!」
「
「時雨蒼燕流特式――
二つの青が、商店街の中央で噛み合った。最初に衝突したのは長刀と鮫帝剣の本剣だった。
五枚の牙が走る。一枚目が長刀の腹を削り、二枚目へ右の小刀が割り込む。小刀は水圧に弾かれ、三枚目と左の小刀が噛み合った瞬間、金属が砕けた。四枚目は最後の小刀の帰路を潰し、五枚目が本剣へ戻って長刀へ喰らいつく。
三本のうち一本は飛び、一枚は砕け、残る一枚も路面へ落ちた。四刀の陣が、一合の途中で崩れる。
「う゛おおおおおいッ!!」
鮫帝剣の外周を巡る牙が長刀を巻き込み、外へ弾こうとする。山本は小刀を呼び戻さず、長刀も引かなかった。右手の力だけを抜き、左手を添えて柄を僅かに倒す。
押し返すために使っていた刃が、鮫牙節の回転へ乗った。鮫が生んだ水圧に押され、時雨金時の切っ先が鮫帝剣の外周を滑る。
スクアーロの眉が動いた。
「てめぇ――ッ!」
切っ先は本剣から離れず、そのまま義手の鍔元へ走る。砕けた小刀から散った雨の死ぬ気の炎が長刀の背を濡らしたが、山本は四刀を作り直さない。鮫帝剣に押される向きだけを、自分の一合へ変えた。
長刀の先には、スクアーロの左腕に巻かれたバトラーウォッチがある。視線が一度だけそこへ落ちた。
義手は引かれない。
代わりに、右剣が山本の首へ走った。
山本も退かない。肩を僅かに落とし、鮫の水圧へ押された長刀をさらに前へ送る。
「この一合だけ――俺が先に届くッ!!」
スクアーロの右剣が山本の首筋から左肩へ深く入り、血が弾けた。ほとんど同時に、時雨金時の切っ先が左腕のバトラーウォッチを横切る。
硬い音が、斬撃の中へ混じった。
スクアーロは義手を引かず、《鮫特攻》を最後まで押し込む。五牙の水圧が山本の長刀を弾こうと強まり、その力が逆に切っ先を手首の外側へ走らせた。
バトラーウォッチへ亀裂が走る。
山本の左肩から血が落ちるより早く、亀裂が文字盤を横断した。
バトラーウォッチが砕けた。
* * *
青い光がスクアーロの左腕から漏れ、輪郭の端が粒となってほどけていく。戦闘領域の奥へ吸い寄せられる流れは、獄寺の戦場でベルが消えた時と同じだった。
山本は立っていられず、片膝をついた。首筋から落ちる血が襟を染め、左肩は腕を上げるだけで裂ける。右手の感覚は戻らず、路面へ落ちた長刀へ指を伸ばしても掴めなかった。
スクアーロも剣先を下げた。右肩と胸元から血を流し、消え始めた左腕を見ずに山本を睨んでいる。
「……やりやがったな、山本」
「ああ。もう一回やったら、たぶん負ける」
「当たり前だぁ。次は最初から喰い潰す」
スクアーロの口元が歪んだ。悔しさが牙を剥き、その奥から笑いが込み上げる。消え始めた左腕へ目を落とさず、最後まで山本だけを睨んでいる。
「だが――今の一合は、てめぇの剣だったぁ」
山本は左手で長刀の柄を拾い、路面へ立てた。身体を支えるだけで精一杯だったが、笑みだけは消えない。
「次は負けねーよ」
「言ってろぉ!」
青い粒がスクアーロの胸元まで広がる。声が途切れ、スペルビ・スクアーロの姿が消えた。