Fate/Grand Order 第三部 Script of the Palimpsest   作:白瀬 綴

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第9話 かくして偽りの代理戦争へ

 脇道へ逃げ込んだ後も、誰もすぐには足を止められなかった。

 

 商店街の表通りから一本外れた細い道には、古びた室外機と色褪せたポスター、積まれたままの酒瓶ケースが残っている。店の裏口から人の声や調理の匂いが漏れてきてもおかしくない場所だった。今は靴音だけが壁へ当たり、遅れて返ってくる。

 

 綱吉は藤丸を抱えたまま建物の陰へ入り、ようやく速度を落とした。腕にかかる重さは軽い。それでも指先の強張りが抜けない。黒い外套、銀色の面、音もなく伸びた鎖。藤丸を奪おうとした一撃が、脇道へ入った今も背中を追ってくる気がした。

 

 腕の中で、藤丸が何度か浅い息を繰り返す。走ったのは綱吉たちだ。それなのに、小さくなった身体は揺られただけで胸を詰まらせ、首元の空の器が脈に重なるような疼きを返していた。

 

「……ごめん、ツナ。ずっと抱えてもらって」

 

「いいよ。藤丸のせいじゃないし」

 

 綱吉はすぐに答えた。声の末尾に混じった息切れを聞き、藤丸の小さな手が服の裾を握る。 獄寺が横から身を寄せた。

 

「十代目、俺が代わります」

 

「いや、獄寺くんは周りを見てて。今また襲われたら、すぐ動ける人が必要だから」

 

「ですが――」

 

「頼む」

 

 獄寺の眉間に皺が寄る。それでも食い下がらず、握っていた爆薬を持ち直して脇道の入口へ目を向けた。

 

 反対側では、山本が時雨金時を手にしたまま手首を回している。黒い刃を受けた側だ。指を開き、握り、刃を返す動きを確かめてから口を開いた。

 

「やっぱ、あの影みたいなやつ、途中から動きが変わってたな」

 

 普段の軽さは声に残っている。目は笑っていなかった。

 

「俺の動き、真似してたってことだよな」

 

「完全な模倣には届いていない」

 

 エミヤが答えた。

 

「だが、接触した相手の戦闘情報を保持している可能性は高い。次に同じ個体、あるいは情報を共有した個体と当たれば、こちらの初手は先ほどより通りにくくなる」

 

「倒した後の黒い粒も、どこかへ流れてた」

 

 藤丸の声に、ジャンヌ・オルタが鼻を鳴らす。

 

「燃やした分まで持って帰られるなんて、気分悪いにもほどがあるわ」

 

 指先で揺れる炎は細い。鋭さを取り戻しかけては、輪郭の端が崩れる。エミヤの赤い外套にも薄い揺らぎが残り、マンドリカルドは剣を握る指へ何度も力を込め直していた。

 

 三騎の視線が藤丸へ集まる。

 

 マンドリカルドは綱吉のすぐ横にいた。藤丸へ手を伸ばしかけ、剣を握る自分の右手を見て止める。今の霊基で抱えたまま戦えるのか。その迷いが顔へ出るより先に、リボーンが帽子のつばをわずかに下げた。

 

「まず、さっき“復讐者”を名乗った黒衣だ」

 

 綱吉の肩が固くなる。 山本が時雨金時の柄へ親指を添えた。

 

「あの感じ、普通じゃなかったな」

 

 獄寺が舌打ちする。

 

「ヴィンディチェを思い出すには十分すぎんだろ。黒い外套に面、あの鎖まで出てきやがった」

 

 綱吉は黙ったまま、藤丸を抱く腕へ力を込めた。 ヴィンディチェ。

 

 沈黙の掟を破った者を裁く存在。マフィアの争いからさらに深い場所で、罪人を拘束する者たち。

 

 黒衣がこちらへ向けた銀色の面を思い出す。事情を聞く気配はなかった。鎖は藤丸の首元を狙い、ジャンヌ・オルタの炎もエミヤの刃も、正面から受けずに外していた。

 

「あいつが本当にヴィンディチェなら……俺たち、何かしたのかな」

 

「十代目が沈黙の掟を破るようなことをするわけありません!」

 

 獄寺の返答は早かった。 山本は表通りの方へ顔を向ける。

 

「でも、何かを言いに来た感じじゃなかったよな。ずっとこっちを見てた」

 

「そこだ」

 

 リボーンの目が細くなる。

 

「正体を決める材料は足りねえ。だが、ヴィンディチェを知ってる俺たちが警戒するには十分だ。しかも、影炎体が暴れてる場所へあいつも出てきた」

 

 藤丸は首元の器を押さえた。

 

 指先へ硬い感触が返る。その奥で通信がざらつき、オルガマリーの声が届いた。

 

『ヴィンディチェ……イタリア語で“復讐者”ね。カルデアのアヴェンジャーとは別系統。その世界の裏社会で裁定や拘束を担う存在、と受け取っていいのかしら』

 

「大体そんなところだ」

 

 リボーンが答える。

 

「沈黙の掟を破った者を裁く。普通のマフィアが進んで関わる連中じゃねえ」

 

『裏社会の処刑機構かよ……』

 

 ムニエルが呻く。

 

『しかも、そいつが影炎体の出た場所へ現れたんだろ? 裏で動かしてる可能性も考えた方がいいんじゃないか』

 

『切り捨てる段階じゃないね』

 

 ダ・ヴィンチちゃんの声が続いた。

 

『黒衣、影炎体、戦闘領域を閉じる白い膜。現時点では接続の有無を断定できない。だから三つとも追う。次に重なった時、どの反応が先に動いたかを拾いたい』

 

 リボーンは小さく頷いた。

 

「次に出たら油断するな。それでいい」

 

 綱吉は藤丸を抱え直す。 黒衣。影炎体。白い膜。人の消えた町。そして、小さくされた藤丸の身体。

 

 掴めた手掛かりは、どれも次の疑問へ繋がっていた。綱吉は一度だけ脇道の奥を振り返る。銀の鎖は見えない。

 

 代わりに、通信の向こうでダ・ヴィンチちゃんが息を吸った。

 

『それと、藤丸くんたちの状態について話すよ。さっきの戦闘と移動中の反応を照合した。同行した三騎は、ツナくんの大空の死ぬ気の炎へ近づいた時だけ、霊基の揺れが小さくなっている』

 

 藤丸が顔を上げる。

 

「補助式、できそう?」

 

『できる、とはまだ言わない。仮組みだ。しかもかなり危ない橋になる』

 

『藤丸』

 

 オルガマリーが割って入る。

 

『カルデアの既存術式から外れた作業よ。未知の力の系統を、あなたの首元にある器を経由して扱う。痛み、吐き気、視界の異常。何か一つでも出たらすぐ報告しなさい。我慢は許可しない』

 

「分かった」

 

 藤丸は頷いた。 首元の器は冷たい。白い層の中で自分へ縫い込まれ、今も外れない。その接続へ、今度はカルデア側から触れようとしている。

 

 エミヤが通信へ問いかけた。

 

「具体的な処置は」

 

『ツナくんの大空の死ぬ気の炎を魔力へ変換する処置は行わない。死ぬ気の炎と魔力は別系統だ。無理に混ぜれば、藤丸くんの身体か君たちの霊基へ、こちらで予測できない負荷が出る』

 

 ダ・ヴィンチちゃんの声から、いつもの軽さが消えている。

 

『参照するのは、三騎がツナくんの近くで安定した時の反応痕だ。大空の死ぬ気の炎が周囲の状態を調和させた結果、霊基の揺れも一時的に抑えられた可能性がある。藤丸くんの器と通信回線を介して、その時の揺れ幅へ近づける。出力は最低限。閾値を越えたら即座に切る』

 

「少しはマシに動けるかもしれない、って話ね」

 

 ジャンヌ・オルタが指先の炎を睨んだ。

 

『言い方は荒いが、期待している効果は近い』

 

「なら早くしなさいよ。いつまでも他人の炎の近くでしか満足に動けないなんて、腹が立つわ」

 

 炎が一度だけ大きく揺れ、すぐに細くなる。

 

 藤丸は何も返さなかった。ジャンヌ・オルタの目は綱吉の炎へ向かず、自分の指先だけを睨んでいた。

 

 マンドリカルドも黙って藤丸を見ていた。

 

 エミヤがその視線を捉える。

 

「補助が成立しても、藤丸を一人で歩かせるのは危険だ。今の身体では転倒一つで戦列全体が止まる」

 

「言い方」

 

 藤丸が小さく抗議した。

 

「事実だ」

 

「それは……うん」

 

「運ぶ役が要る」

 

 マンドリカルドの肩が跳ねた。 エミヤは構わず続ける。

 

「私は後方から射線を取る。ジャンヌ・オルタは前へ出た方が火力を活かせる。藤丸の近くで動き、片腕を塞がれても剣を扱えるのは君だ、マンドリカルド」

 

「……いや、ちょ、待ってください。俺っすか。嫌とかじゃなくて、その、マスター運ぶって責任がめちゃくちゃ重いっていうか、胃が」

 

「君がやれ」

 

「今、すげえ雑に押しつけませんでした?」

 

「君は藤丸のサーヴァントだろう」

 

 マンドリカルドの口が止まった。

 

 剣を握る手へ視線を落とす。エミヤほど遠くを射抜けない。ジャンヌ・オルタのように炎で一帯を焼くこともできない。それでも、藤丸を運ぶ役が要ると告げられ、その役を自分へ渡された。

 

「……分かりました」

 

 マンドリカルドは顔を上げた。

 

「補助が組めたら、俺がマスターを運びます。ツナさんに預けっぱなしってわけにもいかないっすから」

 

「マンドリカルド」

 

「やめてください。その顔、重いっす」

 

「ありがとう」

 

「そういうのが一番重いんすよ、マスター……!」

 

 山本が小さく笑う。獄寺は脇道の入口を見たままだが、反対はしなかった。了平はランボを背負い直し、「極限に任されたな!」と声を上げかけてリボーンに睨まれ、喉の奥へ引っ込める。

 

 クロームも僅かに息を吐いた。霧の死ぬ気の炎を使った負荷が腹部の奥へ残っている。それでも槍を握る指へ力を戻し、脇道の出口へ視線を据えた。

 

『藤丸くん、始めるよ』

 

 ダ・ヴィンチちゃんの声に、場の空気が締まる。

 

『首元の器へ強く触れなくていい。通信を受ける時と同じように、意識だけを向けてくれ』

 

「了解」

 

 藤丸は目を閉じた。 冷たい器の硬さを首元に感じる。白い層の中で削られた手応えが、その奥へ細い傷のように残っている。 ざり、と通信が重なった。

 

 皮膚の外から触れられているはずなのに、感覚は胸の内側へ近い。背筋が粟立つ。あの白い層で受けた接触が蘇り、藤丸の指が綱吉の服を強く掴んだ。

 

『反応痕を参照。霊基の揺れ幅を抑える。出力は最低限……』

 

 ダ・ヴィンチちゃんの声がノイズへ沈む。

 

『通すよ』

 

 首元の器から薄い熱が広がった。

 

 冷え切っていた指先へ、遅れて血が巡る時に似ていた。藤丸は目を閉じたまま指を動かす。親指。人差し指。綱吉の服を掴んでいる位置が、さっきよりはっきり分かる。

 

 エミヤの肩口で揺れていた輪郭が収まる。ジャンヌ・オルタの炎は細さを保ったまま、先端のぶれを失った。マンドリカルドが剣を握り直すと、柄を包む指が今度は滑らない。

 

「完全とは程遠いが、行動範囲は広がった」

 

 エミヤが自分の腕を確かめる。

 

「まだ足りないけど、さっきよりはマシね」

 

 ジャンヌ・オルタが続いた。

 

 マンドリカルドは手を開閉し、藤丸へ顔を向ける。

 

「マスター、どうです?」

 

「ちょっと気持ち悪い。でも、さっきより自分の手がどこにあるか分かる」

 

 綱吉の肩から力が抜けた。

 

「よかった」

 

「なら、役割を移す。マンドリカルド」

 

 エミヤの声は早い。

 

「今っすか」

 

「今だ。補助が保たれている間に移動方法を変える。綱吉の両腕を塞ぎ続ければ、襲撃への初動が遅れる」

 

 マンドリカルドは口を開き、閉じた。

 

「……マスター、こっち来てください。俺が運びます」

 

 藤丸は綱吉の腕の中からマンドリカルドの肩を見る。

 

「肩、大丈夫?」

 

「大丈夫じゃなくてもやる場面ってあるじゃないスか」

 

「それ、大丈夫じゃないって言ってるよ」

 

「そこは聞き流してください」

 

 綱吉が慎重に藤丸を渡す。 マンドリカルドは剣を持つ右腕を空け、左腕で藤丸の背と腰を支えた。受け取る直前まで固かった肩が、重みを預かった途端に下がる。藤丸の身体を脇へ寄せ、自分の胸と左腕の間へ固定する。 藤丸は肩口の布を掴んだ。

 

 視界が少し高くなり、呼吸のたびにマンドリカルドの胸が動く。

 

「重くない?」

 

「マスター、今のサイズでその質問は逆に心に来るんでやめてください」

 

「ごめん」

 

「謝られるのもキツいっす……!」

 

「落としたら燃やすわよ」

 

 ジャンヌ・オルタが横目で告げる。

 

「そういうプレッシャー追加しないでください!」

 

 山本の口元が緩み、藤丸も小さく笑った。

 

 その時、綱吉の手首でウォッチが震えた。

 

「え……?」

 

 淡い光が文字盤の奥へ走る。

 

 獄寺と山本の手首でも、ほぼ同時に振動が起きた。リボーンのアルコバレーノウォッチが短く鳴り、マンドリカルドのボスウォッチ、エミヤとジャンヌ・オルタのバトラーウォッチへ同じ光が移る。 表示が切り替わる。

 

 残り時間を示す数字が、一斉に減り始めた。

 

 商店街の奥で、硬い破裂音が鳴った。 一つ。

 

 続いて右手の通りから、さらに二つ。

 

 白い膜が建物の間を走り、遠くの景色を縦に断つ。最初の膜が閉じきる前に、別の通りでも白い光が立ち上がった。 クロームが息を呑む。

 

「……閉じていく。あっちも、その先も」

 

 リボーンが脇道から表通りを覗く。

 

「戦闘領域か」

 

『空間反応が同時に増えた!』

 

 ダ・ヴィンチちゃんの声が跳ねる。

 

『一地点だけが広がっている反応じゃない。複数の膜が、それぞれ別の範囲を閉じている!』

 

『待て、こっちの反応表示も散ったぞ!』

 

 ムニエルの声へ、オルガマリーが重なる。

 

『全員、互いの位置を見失わないで! 膜の間へ入れば――』

 

 脇道の出口に銀光が走った。 山本が時雨金時を抜く。

 

 振り下ろされた長剣と刃が噛み合い、甲高い金属音が狭い道を突き抜けた。山本の右肘が沈み、靴底が路面を擦る。押し込まれる寸前、左肩を引いて受け流すと、長剣の切っ先が壁のポスターを縦に裂いた。

 

「う゛おおおおおい!」

 

 怒号が金属音を追い越す。 白い長髪が翻り、スクアーロの目が山本だけを捉えていた。

 

「スクアーロ……!」

 

「てめぇと斬り合う機会が来たんだ。逃げんじゃねぇぞぉ、山本武!」

 

 スクアーロが長剣を引く。 刃が離れた瞬間、上から軽い笑い声が降った。

 

「ししっ。こっちは王子がもらうね」

 

 獄寺が顔を上げる。 屋根の縁から銀のナイフが落ちた。一本目が獄寺の肩を狙い、二本目は退いた先の壁へ伸びる。細いワイヤーが光を拾った。 獄寺は爆薬を投げる。

 

 爆風が一本目の軌道を外へ押し、壁へ刺さるはずだった二本目がワイヤーごと弾かれた。獄寺は爆炎の向こうへ目を凝らす。

 

「ベル……!」

 

「久しぶり。まだ怒るだけの雑魚だったら、王子すぐ飽きちゃうよ」

 

「てめぇ……!」

 

 獄寺のこめかみに筋が浮く。

 

 右手の爆薬は投げない。ベルの指先と、壁へ残ったワイヤーの位置を交互に追い、左手へ別の爆薬を滑らせた。 重い銃声が鳴った。

 

 綱吉の頬を熱い空気が叩く。

 

 直前まで立っていた壁際が抉れ、細かな破片が袖へ当たった。綱吉は身を引き、藤丸を探そうとした視線を正面へ戻す。

 

 硝煙の向こうに、XANXUS(ザンザス)が立っていた。

 

 片手の銃口が綱吉の胸へ向いている。

 

「ようやく面見せやがったか、沢田綱吉」

 

「XANXUS……!」

 

 綱吉の喉が詰まる。 XANXUSの背後にはマーモンが浮かんでいた。フードの下から、リボーンの手首へ視線が向く。

 

「報酬が本物か確かめるなら、勝つのが早い。呪いを解く権利があるなら、僕は取りに行くよ」

 

「マーモン、お前」

 

 リボーンが睨む。

 

「ただ働きはしない主義なんだ。君なら知ってるだろ」

 

 スクアーロは山本へ長剣を向け、ベルは壁へ残ったワイヤーを指先で弾く。XANXUSだけが綱吉から目を外さない。

 

 綱吉は藤丸の方へ顔を向けかけた。 ウォッチが強く震える。 白い膜が脇道を横切った。

 

「藤丸!」

 

「ツナ!」

 

 マンドリカルドが藤丸を胸へ引き寄せて後退する。エミヤが二人の前へ入り、ジャンヌ・オルタの炎が膜へ走った。黒い炎は白い表面へ触れた途端、横へ滑って壁を焼く。

 

 膜の向こうで綱吉の姿が白く滲む。

 

「ツナ! そっちはそっちで耐えろ!」

 

 リボーンの声が飛ぶ。

 

「藤丸たちは離脱を優先しろ!」

 

「でも!」

 

「迷うな!」

 

 綱吉の歯が鳴る。 銃口が再び上がった。

 

「余所見してんじゃねぇぞ、カス」

 

 XANXUSが引き金を引く。

 

 綱吉は身体を捻り、炎弾の射線から肩を外した。熱が制服の袖を掠める。右手はもう死ぬ気丸へ伸びていた。

 

 白い膜の向こうで、藤丸たちの周囲にも別の光が走る。

 

 一本の膜が綱吉たちとの間を閉じ、もう一本がエミヤの背後で建物を横切る。マンドリカルドが開いている通りへ走ると、左側の路地で白い光が立ち上がった。

 

『藤丸くん、補助式を維持する! マンドリカルド、藤丸くんを落とさないで!』

 

「言われなくてもっす!」

 

 声は裏返りかけた。それでも左腕は藤丸の背を支え、右手の剣は前へ向いている。

 

 藤丸は肩口の布を掴み、閉じていく白い膜の隙間から綱吉を見た。 銃声が一発。 金属音が続く。

 

 さらに、獄寺の爆薬が弾けた。

 

 白い膜が閉じ、三つの音が遠くなる。

 

   * * *

 

 別の住宅街では、白い光が低い塀と電柱の間へ伸びていた。

 

 ユニの前で、γがビリヤードキューを右手に構える。右手の雷のマーレリングには緑色の光が走り、背後では大空のおしゃぶりが淡く揺れた。白蘭はボスウォッチを着けた左手を下ろし、大空のマーレリングへ親指を触れている。桔梗も雲のマーレリングから目を離さず、白い膜が近づく側へ身体を向けていた。

 

 向かい側には、六道骸、フラン、柿本千種、ヴェルデがいる。骸の三叉槍は路面へ石突を置き、フランは手袋に包まれた指を軽く動かした。千種の手にはヨーヨーがあり、ヴェルデだけが小型端末へ視線を落としている。

 

 白い膜が両陣営の間へせり上がる。最後まで残った隙間の向こうで骸の右眼が細まり、白蘭の笑みも消えない。

 

 膜が閉じる直前、γの右手で雷のマーレリングが強く光った。ユニのおしゃぶりが、その光へ応じるように小さく震えた。

 

   * * *

 

 鎖が鳴り、鉄球が路面へ落ちた。

 

 ランチアが鎖を握っている。その隣では、十年先の身体へ引き上げられたイーピンが長くなった指を開き、掌へ嵐の死ぬ気の炎を薄く通そうとしていた。少し後ろには風が立ち、ウォッチを着けた腕を袖の内側へ収めている。

 

 その背後で、雲雀がトンファーを下げたままランチアへ視線を向けた。

 

「君、黒曜の時にいたね」

 

「ああ。あの時は、俺も自分の意志で立っていたとは言えなかった」

 

「なら、今は?」

 

「俺の足で立っている」

 

 雲雀の口角が僅かに上がった。

 

「なら、後で咬み殺す」

 

 向かい側では、成人時代の肉体へ引き上げられたラル・ミルチが長い銃を肩へ収めている。沢田家光がその横で肩を回し、バジルは小太刀の柄へ指を添えた。コロネロも銃を抱えていたが、アルコバレーノウォッチを着けた腕は前へ出さない。

 

「……おいおい、随分懐かしい顔がいるじゃねぇか」

 

 家光の声にも、ランチアは鎖から手を離さなかった。バジルは鉄球とイーピンを交互に見て、腰の匣兵器へ触れる。

 

 白い膜が狭まり、ラルの照準器へイーピンの掌が収まった。ランチアの鉄球が低く回り、雲雀のトンファーが上がる。

 

 閉じる寸前、イーピンは一度だけ風を見た。風は静かに頷いた。

 

   * * *

 

 さらに別の通りでは、白い膜が狭い路地を囲み始めていた。

 

 中央に古里炎真。右に鈴木アーデルハイト、左に青葉紅葉。スカルは炎真の後ろでおしゃぶりを押さえ、白い膜の向こうへ何度も視線を走らせている。

 

 残った隙間から複数の靴音が近づいた。先頭を走るマンドリカルドの左腕には藤丸がいる。エミヤは斜め後ろで弓を構え、ジャンヌ・オルタの剣先には黒い炎が揺れていた。

 

 藤丸の首元では補助式の薄い熱が脈打っている。膜へ近づくほどエミヤの肩口がざらつき、ジャンヌ・オルタの炎も輪郭を崩した。マンドリカルドは藤丸を抱く左腕を緩めず、右手の剣だけを前へ向ける。

 

 スカルの指がおしゃぶりへ食い込んだ。黒い外套、銀色の面、首元へ迫った鎖。その直後に現れた弓と黒い炎と剣を前に、呼吸が浅くなる。

 

 炎真はスカルを一度見てから、向かってくる四人へ顔を戻した。アーデルハイトは炎真より僅かに前へ立ち、紅葉も拳を下げたままマンドリカルドの太いウォッチとジャンヌ・オルタの剣を追っている。

 

 誰もまだ踏み込まない。白い膜だけが両側から距離を削った。

 

 答えが出る前に、ウォッチが鳴った。

 

 町の各所で、同じ振動が参加者の手首へ走る。

 

 綱吉の前でXANXUS(ザンザス)の銃口が火を噴く。

 

 山本の時雨金時へスクアーロの長剣が落ちる。

 

 獄寺の肩を狙い、ベルのワイヤーが壁から剥がれた。

 

 白蘭の大空のマーレリングが灯り、γはユニの前から動かない。向かい側で、骸の三叉槍の石突が路面を叩いた。

 

 ラルの長い銃がイーピンへ向く。ランチアの鉄球が鎖を引き、バジルの指が小太刀へ掛かる。家光が腰を落とし、雲雀のトンファーが持ち上がった。

 

 藤丸はマンドリカルドの肩口を掴む。エミヤが前へ出て、ジャンヌ・オルタの黒い炎が細く伸びた。向かい側では、炎真たちの前でスカルがさらに身を縮める。

 

 遠く、閉じきる白い膜の向こうからリボーンの声が届く。

 

「生き残れ。話はそれからだ」

 

 膜が閉じた。最初の銃声に、銀のナイフが壁を打つ音が重なる。

 

 遅れて、剣帝の咆哮が白い町を震わせた。

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