Fate/Grand Order 第三部 Script of the Palimpsest   作:白瀬 綴

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第13話 二つのX

 獄寺の爆発とスクアーロの怒号が白い膜の内側へ重なる中、二丁の銃声が商店街を叩いた。

 

 赤黒い炎弾が商店街を横断し、閉じたシャッターを内側から吹き飛ばす。爆炎の向こうで沢田綱吉が両手のXグローブを噴かせると、掌から噴いた硬の炎が身体を持ち上げ、飛び散った鉄片の間を抜けた。

 

 右の銃口がその上昇を追い、左の銃口は頭上へ先回りする。

 

「遅ぇ」

 

 XANXUS(ザンザス)が引き金を絞った。二発はツナの手前で衝突し、赤黒い爆炎が逃げ道ごと膨らむ。ツナは肘側の柔の炎を強めた。前へ押す掌と、反動を受け持つ肘。二つの噴射の釣り合いが崩れ、身体が横へ倒れる。それでも背を押した爆風が右肩を焼き、流された着地点へ三発目が落ちた。

 

 目の前のアスファルトが跳ね上がる。靴底を置けずに着地がずれたところへ、XANXUSは歩みを進めながら次の銃口を向けた。二丁の銃がツナの選んだ退路を順に焼き、空いた場所だけを残していく。

 

 ツナは両手を前へ出し、大空の死ぬ気の炎を広げた。

 

 炎弾が橙の防壁へ食い込むと、弾核を覆う大空の死ぬ気の炎が調和へ絡みつき、爆発を外へ逃がす角度を狭めた。その内側から嵐の分解が食い破り、橙の縁を細かく裂いていく。腕から肩へ熱が走るなか、ツナは防壁ごと右上へ傾け、爆発を逃がした。

 

「ぐっ……!」

 

 反動で横へ滑った頬を鉄片が掠め、血が一筋落ちる。

 

「逃げ回って、何を守った気だ。カス」

 

 XANXUSの低い声が銃声の合間へ沈んだ。ツナは荒い息を押さえ、拳を握る。

 

「まだ誰も倒れてない。なら、まだ守れる」

 

「だから何だ」

 

「だから、ここでは退かない」

 

 XANXUSの眉間へ古傷が濃く浮かび、持ち上がった右の銃口がツナの胸を捉えた。

 

「その甘ぇ口ごと、吹き飛ばす」

 

 放たれた炎弾へ、ツナは正面から踏み込んだ。超直感が肌を刺す。右、左、下。爆発する前の弾道を縫い、頬へ届く熱の間を抜ける。

 

 超直感は未来そのものを見せる力ではない。迫る危険と、その瞬間に選べる一手を、理屈より早く身体へ突きつける。正しい道を知っても、傷んだ腕と脚がそこへ届くとは限らない。

 

 XANXUSの懐まで、あと一歩。

 

 拳を引いた瞬間、銃床が左腕へ叩き込まれた。骨へ鈍い衝撃が沈み、外れた拳の下へ膝が入る。呼吸を奪われたツナの肩をXANXUSが押し込み、そのまま蹴り飛ばした。

 

 銃口、銃床、膝、肩、憤怒の炎。その全てが一つの攻撃として繋がり、銃撃の間合いへ近づいたはずのツナを、二丁の正面へ戻していく。

 

 ツナは右手の噴射で落下だけを止めた。そこへ二丁の銃口が重なり、胸と背後の通りを同じ射線へ収める。上へ抜ける余裕も、爆発を横へ逃がす角度も残っていない。右の掌と左手の甲を合わせる。

 

死ぬ気の零地点突破・改(しぬきのゼロちてんとっぱ・かい)!」

 

 XANXUSが引き金を絞った。二発が胸元で重なり、赤黒い爆炎がツナを呑み込む。閉じたシャッターがめくれ、噴き上がった煙が二人の間を塞いだ。

 

 XANXUSは爆煙の中心へ銃口を向け続ける。

 

 その背後で、靴底がアスファルトを噛んだ。

 

「――ッ!?」

 

 振り向いた赤い目が見開かれ、煙を抜けたツナの拳が右肩へ叩き込まれる。XANXUSの上体が傾き、銃口から逸れた炎弾が街灯を根元から吹き飛ばした。

 

 直撃する寸前、ツナの両手は赤黒い炎の芯を挟んでいた。奪った熱がXグローブへ流れ込み、抱えきれない分が肘から噴き出す。その反動が、爆煙の上へ身体を押し上げた。

 

 相手の炎を受け入れ、自分の出力へ組み替える。それが零地点突破・改だった。

 

 だが、腕の内側では押し潰す大空と裂こうとする嵐が暴れている。指が痺れ、肩が沈む。吸収の経路を僅かに外すだけで、抱え込んだ憤怒が身体の中から破裂する。

 

「やっと死ぬ気になったか、カス」

 

 拳を受けた肩を戻しながら、XANXUSの口元が歪んだ。細められた赤い目はすぐ二丁の銃口へ戻り、傷痕の縁で憤怒の炎が濃くなる。

 

「その面ごと潰す」

 

 ベルが獄寺を狙っている。スクアーロが山本へ剣を振るい、白い膜の向こうでは藤丸も、炎真も、ユニも、それぞれの戦場へ引き離されていた。

 

 獄寺も山本も、まだ戦っている。ここで退けば、二人の背中まで赤黒い炎に晒す。

 

 XANXUSは右の銃口でツナの胸を捉え、左を次の逃げ先へ向けた。額の炎を静かに揺らし、ツナは二つの銃口を見返す。

 

「……行くよ、XANXUS。獄寺君も山本も、まだ戦ってる」

 

「全員連れて帰る気か、カス」

 

「……怖いよ」

 

 XANXUSの目が細くなる。

 

「あんたの炎も、このまま二人が戻らないことも。だけど――」

 

 ツナは二つの銃口の間へ踏み込んだ。

 

「獄寺君と山本を置いて帰る方が、もっとイヤだ!」

 

 横から食らいついた炎弾を零地点突破・改で受け、吸いきれない熱を身体の傾きで逃がしながら、拳をXANXUSの胸へ運んだ。拳と銃身が衝突し、橙と赤黒い炎が至近距離で爆ぜる。二人の靴裏でアスファルトが陥没し、ツナの腕が押し返される一方で、XANXUSの肘も僅かに沈んだ。

 

「軽い」

 

「来い、カス」

 

 脇腹へ迫る蹴りを肘で受け、浮いた身体を炎で回す。その回転へ乗せた拳をXANXUSは銃把で弾き、額を叩きつけた。視界が白く弾けたところへ、腹を狙う銃口が押し込まれる。

 

「目ぇ逸らすな!」

 

 ツナは膝で銃身を跳ね上げた。炎弾が頭上へ抜け、白い膜を赤く染める。

 

「守ると吠えて、このザマか!」

 

 ツナはXANXUSの手首を掴み、銃口を腹から引き剥がした。

 

「このザマでも、退かない。獄寺君も山本も、必ず帰す!」

 

「だから甘ぇんだよ!」

 

 憤怒の炎が二人の間で爆ぜ、ツナは路面を転がって片膝をついた。腹が痛み、左腕の感覚も薄い。炎を噴かせて立ち上がると、XANXUSの背後で黄金と赤黒い光が渦を巻いていた。

 

 匣が開く。

 

 黄金の鬣を持つ巨大なライガー、ベスターが低く唸った。鬣から広がる赤黒い炎が周囲を巻き込み、爪と牙の先では別の火が鋭く瞬いている。

 

「来い、ベスター」

 

 獣の咆哮が白い膜を震わせる。その振動の中で、ツナも胸元へ手を当てた。

 

「ナッツ」

 

 |大空ライオンVer.V《レオネ・ディ・チエーリ・バージョン・ボンゴレ》が橙の炎から飛び出した。小さな身体が一度だけ身を竦める。ベスターの圧に耳を伏せながらも、ツナが前へ出ると、ナッツも爪を立てて並んだ。

 

 赤黒い炎を纏うベスターと、橙の炎を背負うナッツが通りの中央で向き合う。二人のボスが連れてきた大空の獣は、互いの爪が届く距離まで身を低くした。

 

 XANXUSは獣の牙を見せるように笑った。

 

「まだ立つか、カス」

 

 ベスターが路面を蹴ると、ナッツも橙の炎を残して跳び、爪と牙が正面で衝突した。橙の炎が赤黒い火を包む。だが、包まれた火は消えず、その内側から嵐の分解が調和の表面を噛み破っていく。

 

 包みながら、喰い破る。相反する二つの働きが、一頭の獣から同時に押し寄せていた。黄金の鬣には大空、爪と牙には嵐の死ぬ気の炎。天空嵐ライガー・ベスターの炎だった。

 

 ナッツの身体が押し込まれ、後ろ脚が路面を削っても爪を離さない。

 

 爪と牙が噛み合う横をツナが抜けると、XANXUSの銃撃が追った。ナッツの炎を足場に跳び、右手で一発を吸収したところへ、ベスターの咆哮が重なった。嵐の分解が吸収の経路へ食い込み、掌の内側から腕の奥まで焼く。

 

「っ……!」

 

「遅ぇ!」

 

 XANXUSの拳を腕で受け、肩まで押し込まれながら、ツナはナッツへ叫んだ。

 

「ナッツ!」

 

 呼び声に応じ、ナッツの輪郭が橙の炎へほどけた。四肢も鬣も火へ変わり、その流れがツナの背後へ回る。

 

「防御形態――I世のマント(マンテッロ・ディ・ボンゴレ・プリーモ)!」

 

 小さな獅子の代わりに、大空の死ぬ気の炎を纏った一枚のマントがツナの背へ翻った。ナッツはツナの炎に応じ、戦う獣から初代ボンゴレの装備へその身を組み替える。

 

 横から来た炎弾がマントへ触れた瞬間、爆発がツナの背を押すはずの角度から外れ、斜め上へ滑った。大空の調和が炎を包み、衝撃の流れる先を変えている。熱と圧力は薄まったが、赤黒い火の内側で燃える嵐だけは、包まれたまま調和へ裂け目を作り、マントの縁を焦がしていく。

 

 そこへベスターの爪が重なった。ナッツが受け止め、マントが調和する。二つの大空が噛み合った一瞬に、ツナはXANXUSの懐へ潜った。

 

 一撃目を銃身で受けられても、その反発が戻り切る前に二撃目を胸元へ滑り込ませる。XANXUSは肩で外し、もう一方の銃口をツナの胸へ押し当てた。

 

 ツナはマントを巻き込み、銃口を脇へずらす。炎弾が胸元を掠め、爆風が肺の空気を奪ったが、掴んだ手首を離さずに拳を押し込む。

 

 XANXUSは額で拳を逸らし、膝を腹へ入れた。ツナの身体が浮いたところへ銃床が追い、路面へ叩き落とす。

 

「その目が気に食わねぇ」

 

「オレだって、あんたを殴りたいわけじゃない」

 

「なら消えろ」

 

 XANXUSの銃口が上がる。

 

「でも、これ以上あの二人の方へ撃たせるわけにはいかない!」

 

 炎弾が放たれた。ツナはマントで爆発の向きを上へ流し、零地点突破・改で拾える炎だけを両手へ取り込む。腕が焼け、靴底が滑っても、掌を閉じずに押し返した。

 

「う、ああああああッ!」

 

 橙の炎が膨れ上がり、憤怒の爆発を包む。押し返す力を爆炎の上昇へ変えると、赤黒い火柱が白い膜の天井を打ち、通り全体が鳴った。

 

 XANXUSの目が僅かに見開かれ、その視線が火柱へ上がる間に、ツナは炎の下を駆けた。

 

「ナッツ!」

 

 マントが橙の炎へ崩れ、その火がツナの両腕へ巻きついた。背を覆っていた大空の死ぬ気の炎が、今度は手甲の内側を巡り、右拳の前へ球状に集まっていく。

 

「攻撃形態――I世のガントレット(ミテーナ・ディ・ボンゴレ・プリーモ)!」

 

 防御へ広げていた炎を、一点へ。右拳の前で橙の火が圧し縮められ、踏み込むたび密度を増した。

 

 離れたまま届かせるなら、X BURNERがある。掌の硬の炎を正面へ撃ち、反対側の柔の炎で反動を支える一撃だ。

 

 だが、撃ち出す前から二つの銃口は左右へ開いている。直線で届く炎ほどXANXUSには読みやすく、弾道を裂かれ、爆発から逃げた先へ次弾を置かれる。必要なのは、撃つ距離ではない。拳が届く距離だった。

 

 ナッツがベスターの爪へ食らいつき、調和の炎を一瞬だけ強める。獣の体勢が止まり、ツナの前に細い道が開いた。

 

「ビッグバンアクセル!」

 

 橙の拳がXANXUSの胸へ突き刺さり、拳の前へ圧し縮めていた炎が接触点から球状に爆ぜた。靴底がアスファルトを削り、王を初めて一歩退かせる。

 

 X BURNERで遠くへ撃つはずの火力を、拳の先まで抱えて運ぶ。射線を読ませず、触れた場所で全てを炸裂させるための一撃だった。

 

 ツナが拳を引くと、XANXUSは焦げた胸元へ目を落とし、ゆっくり顔を上げる。

 

「……カスが」

 

 爆発した憤怒がツナを吹き飛ばした。背中からアスファルトへ落ち、何度も転がる。ナッツが駆け寄ろうとするが、ベスターが牙を剥いて阻んだ。

 

 XANXUSは胸元を焦がしたまま歩いてくる。

 

「その程度か」

 

 焦げ跡を一瞥し、二丁の銃口を再び持ち上げる。ツナも焼けた拳を握り直した。

 

「……まだ足りない」

 

 XANXUSの笑みが獣の牙を見せるように歪んだ。

 

「潰れろ」

 

 二丁拳銃が交差し、憤怒の炎が房のように伸びて銃口の先で幾重にも束ねられる。

 

炎の鉄槌(マルテーロ・ディ・フィアンマ)

 

 二丁から吐き出された憤怒が空中で幾重にも重なり、商店街を横断する火の束へ膨れ上がった。

 

 一筋を避ければ、反対の銃口がその着地点へ次の炎を重ねる。上へ逃げれば頭上から、路面へ降りれば横から叩きつけられた。ツナは肘の噴射で空中を滑り、マントの残滓で爆発を逸らす。背中を焼かれ、左腕が痺れても、炎の間を抜けた先には獣の牙を思わせる二つの銃口が待っていた。

 

 二丁の連射は、炎弾を当てるためだけに続いているのではない。回避するたびに狭まる場所へ、次の一撃を振り下ろし続けていた。

 

 XANXUSの大空のヴァリアーリングが黒ずんだ光を帯びた。

 

 ベスターの身体が炎へほどけ、二丁拳銃へ吸い込まれていく。白金の装甲が銃身を覆い、銃口の周囲では獣の牙を思わせる機構が噛み合った。大空の死ぬ気の炎が周囲を巻き込み、嵐の分解が炎弾の中心で赤黒く燃える。

 

形態変化(カンビオ・フォルマ)

 

 獣の唸りへ声を重ね、XANXUSが二丁を持ち上げる。

 

獣帝銃(ピストラ・インペラトーレ・アニマーレ)

 

 銃声が変わった。

 

 赤黒い炎弾が着弾する前から路面を沈め、避けた先では嵐の分解が橙の噴射を裂く。その僅かな傾きへ次弾が置かれ、左右と頭上で連続した爆発が踏み込める路面と拳を振り抜く進路を先に潰していった。

 

 ベスターの大空と嵐は、そのまま二丁の一発一発へ移っていた。爆発で周囲を巻き込み、その中心から防御と噴射を削る。獣の姿が消えた後も、爪と牙だけが銃撃の中で生きている。

 

 左右から迫る二発へ零地点突破・改を向ければ、片方を取り込む間にもう片方が身体へ届く。しかも、獣帝銃の大空と嵐を同時に抱え込めば、吸収の経路そのものを内側から裂かれる。超直感が、取り込むなと全身へ告げた。ツナは噴射を切り、両手を前へ出す。

 

零地点突破・初代エディション(ゼロちてんとっぱ・ファーストエディション)!」

 

 掌へ触れた一発目の憤怒が、赤黒い光を残したまま白く固まった。遅れて飛び込んだ二発目も氷へ触れた端から色を失い、そこへ続いていた炎まで空中で止まっていく。

 

 冷気は熱とともに、炎が燃え続ける働きまで奪っていた。火力を重ねても、その炎が氷へ触れれば新たな凍結へ変わる。かつて九代目がXANXUSを封じた、初代ボンゴレの零地点突破だった。

 

 燃え盛るはずの憤怒が音を失い、巨大な氷塊となって二人の間へせり上がった。

 

 氷の向こうで、XANXUSの古傷が赤黒い炎に浮かび上がった。顔から首へ、さらにコートの奥まで走る傷痕は、九代目の零地点突破が全身を封じた痕だった。

 

「またその氷を、オレに向けるか。沢田綱吉」

 

 白い氷塊はツナの胸元までせり上がり、XANXUSへ続く正面を塞いでいた。その右縁から銃火が迸り、ツナは身を伏せて爆風の下へ潜る。

 

「……止めるのは、あんたの炎だけだ」

 

 氷塊の側面を回り込みながら、ツナは焼けた腕を上げた。XANXUSの古傷へ赤黒い火が集まる。

 

「情けをかける気か、ドカス」

 

「違う」

 

 ツナは氷塊越しにXANXUSを見た。

 

「オレが、またあんたを氷の中へ置いて終わりにしたくないんだ」

 

「なら――」

 

 XANXUSは氷塊の右へ滑り、二丁の獣帝銃を左右へ開いた。凍結した炎を正面へ残したまま、右の銃口がツナを左へ追い、氷塊に隠れていた左の銃口もXANXUSが一歩ずれた瞬間に火を噴く。

 

「氷ごとてめぇをかっ消す」

 

 右の一発が先に来る。左は氷塊の縁を越えてから届く。その僅かな到達差を、ツナの超直感が捉えた。

 

 先行した炎弾を零地点突破・改で掠め取り、奪った炎を肘側の噴射へ回す。遅れて放たれた左の爆発との間へ、僅かな隙間が開いた。

 

 そこへ身体をねじ込み、橙の炎を右拳へ集めたまま獣帝銃の間合いへ飛び込む。XANXUSも二丁を正面で揃え、牙状装甲を噛み合わせた。

 

「ビッグバンアクセルッ!」

 

決別の一撃(コルボ・ダッディオ)

 

 二つの銃口から放たれた憤怒が赤黒い塊となって空気を押し潰す。外へ逃れようとした炎を大空が巻き込み、中心へ拳を入れれば嵐がガントレットの表面へ喰らいついた。

 

 横へ逃げても、正面で受けても、片方が残る。二つの死ぬ気の炎が、一発の中で退路と防御を同時に奪っていた。

 

 超直感が全身へ警鐘を響かせる。それでもツナは拳を引かず、正面から迫る憤怒へ叩き込んだ。

 

 橙の炎が赤黒い塊を包み、零地点突破・改が吸える分だけを奪う。抱えきれない熱はガントレットを削り、前腕の皮膚を裂いた。

 

「うおおおおおおッ!」

 

 拳を振り抜く。決別の一撃が中心から割れ、爆炎が上空へ逸れた。その中を橙の拳が貫き、XANXUSの胸へ二度目の衝撃を叩き込む。

 

 今度は一歩で止まらなかった。

 

 XANXUSの身体が数メートル滑り、靴裏を追ってアスファルトが連続して砕ける。それでも膝はつかず、ツナも肩で息をしながら炎を消さなかった。

 

 遠くで赤い光が細くほどけ、獄寺の戦場からベルの気配が途切れた。炎の残滓は消えきらず、白い膜の奥へ引かれながら細い尾を残している。勝者の側へ戻る熱も、敗退した者が退く静けさもない。戦いの痕跡ごと、別の場所へ抜き取られていく。

 

 XANXUSの銃口が一瞬止まった。

 

「ベルが落ちたか」

 

 低く吐き捨てても銃身の赤黒い炎は揺らがず、むしろ一段濃く集まる。

 

「使えねぇ」

 

 片方の獣帝銃が背後へ火を噴き、その反動でXANXUSの身体がツナの周囲を横へ滑った。正面にいたはずの赤い目が右へ回り、もう一丁の銃口から一発目が放たれる。

 

 XANXUSが周囲を巡るたび、炎弾が左、頭上、背後から路面へ突き刺さり、赤黒い爆発が花弁のように立ち上がった。

 

炎の蕾(ボッチョーロ・ディ・フィアンマ)

 

 最後の一発が中心へ撃ち込まれ、開いていた炎の花弁がツナを包んで閉じる。ツナは一発をマントで流し、次を零地点突破・改で拾った。その反動を肘へ回して飛び込み、拳を振るう。XANXUSは銃身で受け、銃床で肩を打ち、膝で腹を崩して至近距離から撃った。

 

 傷が増えるたび、二人の動きから余分な幅が消えていく。ツナの左腕は上がりにくい。XANXUSの胸元には二度の拳の焦げ跡が残り、銃を戻す右腕が僅かに遅れた。

 

 その遅れへツナが踏み込んだ瞬間、待たせていた左の銃口が火を噴く。

 

「――ッ!」

 

 身を伏せた頭上を炎弾が抜け、髪を焼く爆風が背中を押した。その勢いでXANXUSの脇へ回り、拳を胸へ運ぶが、届くより早く銃床が頬を打つ。互いの血が爆炎へ散った。

 

 ウォッチの表示が一桁へ落ち、赤い警告光が瞬き始める。

 

 遠くで青い雨の音が途切れ、スクアーロの気配がほどけた。山本の雨の死ぬ気の炎だけが戦闘領域に残ったと悟った胸へ安堵が走るが、すぐベルの時と同じ冷たさが刺さる。スクアーロほどの雨と剣の残滓まで、白い膜の奥へ細く引かれていた。

 

 XANXUSが初めてそちらを見て、静かに告げる。

 

「スクアーロまで落ちたか」

 

 抑えられた声とは逆に、獣帝銃の憤怒が膨れ上がった。

 

「XANXUS……」

 

「黙れ」

 

 獣帝銃の牙を開き、XANXUSはツナへ銃口を戻した。

 

「まだオレがいる」

 

 二人の気配が消えても、XANXUSは銃口を下ろさなかった。警告光が赤く明滅するたび、獣帝銃へ集まる憤怒だけが膨らみ、最後までツナの胸を外さない。

 

 ツナは拳へ集めていた炎を落とし、両手を組んで零地点突破・改へ切り替えた。流れ込む憤怒が腕を内側から焼き、骨まで軋ませる。吸収した炎を留めず、肘側の柔の炎へ混ぜて踏み込むための噴射へ回した。

 

「まだ来るか」

 

「行く。今度こそ、ここで止める」

 

 XANXUSが引き金を絞り、二度目の決別の一撃を逃げ場のない距離から叩きつけた。ツナはマントの残滓を広げ、爆発の外側だけを上へ流す。脇腹が焼け、視界が赤く染まっても、零地点突破・改で奪った炎を右拳へ重ねた。

 

「ビッグバンアクセルッ!!」

 

 XANXUSは銃身を交差させ、拳を迎え撃つ。

 

 橙と赤黒い炎が互いの顔を焼く距離でぶつかり、ツナの拳が獣帝銃を押し込んだ。だが、二つの銃身から噴く憤怒が腕を押し戻し、拮抗したまま警告音が残り時間の終わりを告げる。

 

 押し返す憤怒の向こうで、ツナはXANXUSの赤い目を捉えた。

 

「ベルとスクアーロの炎が、消えてない」

 

「何が言いてぇ」

 

「白い膜の奥へ引かれてる。負けたあとまで、二人から何かを持っていってるんだ」

 

「だから何だ」

 

 ツナは一瞬、息を詰めた。

 

 ベルもスクアーロも、さっきまで本気で自分たちを潰そうとしていた。その二人の炎が、敗北した後まで白い膜の奥へ奪われていく。

 

「負けたからって、あんなふうに持っていかれていいわけないだろ!」

 

 XANXUSの目が一瞬だけ変わった。

 

 白い膜が砕ける。

 

   * * *

 

 戦闘領域の白が剥がれ、商店街の景色が一気に戻った。

 

 ツナとXANXUSは互いに倒れておらず、二つのウォッチも残っている。拳と銃身が離れても、銃口はツナへ向いたままだった。

 

 撃とうと思えば撃てる距離で、ツナは息を切らしながら目を逸らさない。

 

 XANXUSの炎は消えず、赤黒い火が銃口で燃え続ける。その矛先だけがツナから白い膜の奥へゆっくり動き、ベルとスクアーロの炎が引かれていった先で止まった。

 

「オレのカス共を、誰の許しで持っていった」

 

「XANXUS……」

 

「負けたカスに用はねぇ」

 

 二丁の銃口が白い膜の奥へ揃う。

 

「だが、勝手に手ェ出したドカスはかっ消す」

 

「オレも行く。ベルとスクアーロを連れ戻す」

 

「引っ込んでろ、沢田綱吉。邪魔した奴はオレがかっ消す」

 

「だったら、オレは二人を先に連れ出す」

 

 XANXUSの赤い目がツナへ向いた。

 

「足手まといになったら撃つ」

 

「その前に見つける」

 

 白い膜の向こうから足音が近づく。

 

「十代目!」

 

 獄寺が膝をつきそうな身体で駆け込んできた。肩から血を流し、腕も切られている。それでも目の奥の火は消えていない。

 

 続いて山本が長刀へ体重を預けながら姿を見せる。首筋と左肩を血で染め、右手もまともに握れない。それでもツナを見ると、苦しそうに笑った。

 

「ツナ……大丈夫か?」

 

「まだ動ける。二人とも……無事でよかった」

 

「十代目こそ、その怪我――!」

 

 ツナは大丈夫だと答えかけ、膝から力が抜けた。獄寺が手を伸ばし、山本も動こうとする。その前へXANXUSの低い声が落ちる。

 

「群れてんじゃねぇぞ、カスども」

 

 胸元には二度の拳による焦げ跡が残り、両腕には火傷が広がり、顔の傷痕が赤黒い炎に浮かび上がっている。それでも立つ姿から圧は抜けていなかった。

 

 獄寺は傷ついた腕を上げ、XANXUSを睨んだ。

 

「てめぇ、まだやる気か……!」

 

 XANXUSは獄寺を見て、次に山本へ目を移した。

 

「ベルとスクアーロを落としたのは、てめぇらか」

 

「だったら何だ」

 

 獄寺が拳を握り、山本も長刀の柄を握り直す。

 

 XANXUSは二人の傷を見渡し、鼻を鳴らした。

 

「あのドカス共の炎が、どこへ消えたか見たな」

 

 山本の目が僅かに揺れ、スクアーロの最後の声が胸の奥で蘇る。

 

「あのドカス共を持っていった奴は、オレがかっ消す」

 

 獄寺が口を開くより早く、別の声が割り込んだ。

 

「ボス」

 

 マーモンの声が割り込んだ。フードの奥からXANXUSを見上げる調子は、普段より硬い。

 

「今ここで続けたら、あの二人を追う糸が切れる」

 

「命令してんのか」

 

「忠告だよ。ベルとスクアーロの消えた先を放っておく方が、損が大きい」

 

 XANXUSの怒りがマーモンへ向く。小さなアルコバレーノは退かなかった。

 

「ボスが自分のウォッチを壊して戦いを続けても、向こうは待たない。今なら、まだ炎の尾を追える」

 

「オレが損得で動くと思ってんのか」

 

「思ってない」

 

「ベルとスクアーロを持っていった奴を逃がしたくないなら、今すぐ追うべきだ」

 

 沈黙が落ちる。

 

 リボーンは帽子のつばを僅かに下げ、残された炎の尾を見る。XANXUSは銃口を尾へ向けたまま、マーモンへ赤い目を向けた。

 

「マーモン。てめぇも見たんだな」

 

「見たというより、引っかかった。炎が途切れた後も、流れが残りすぎている。普通に退場しただけなら、あんな尾は引かない」

 

 獄寺は白い膜の奥へ残る尾を睨み、舌打ちした。

 

「負けた後まで、何か仕込まれてやがるってことかよ」

 

「スクアーロも同じだった」

 

 山本は長刀の柄を握り直し、剣帝が消えた方へ目を向ける。スクアーロの雨の死ぬ気の炎は消えても、白い膜の奥には細い尾だけが残っていた。

 

「炎が白い膜の奥へ持っていかれた」

 

 ツナも二人の残滓へ目を向ける。色は違っても、引かれていく先は重なっていた。

 

「ベルも同じだった。炎が消えたあとも、二人とも同じ先へ引かれてた」

 

 XANXUSは黙っている。炎は消えていないが、銃口はもうツナを向いていなかった。

 

「マーモン」

 

「何」

 

「あのドカス共の反応を追え」

 

「言われなくてもやるよ」

 

 XANXUSは銃口を白い膜へ向けたまま、リボーンを見た。

 

「この件でオレの邪魔をしたら撃つ」

 

「そっちこそ、ツナの邪魔をするな」

 

「カスの邪魔なんざする価値もねぇ」

 

「なら話は早い」

 

「ベルとスクアーロを持っていった奴を追う。今はそっちが先だ」

 

 XANXUSはしばらくリボーンを見据え、やがて背を向けた。

 

「行くぞ、マーモン」

 

 マーモンが応じ、XANXUSの後ろへ浮かんだ。

 

 獄寺が前へ出かけたが、ツナが腕を広げて止めた。遠くで別の戦闘領域が震え、炎と鉄球の衝突音が届く。XANXUSの銃口はもうツナたちを外れ、ベルとスクアーロの炎が引かれた先だけを捉えていた。

 

 XANXUSは振り返らず、足だけを止めた。

 

「沢田綱吉」

 

「……何」

 

「次は時間切れで済むと思うな」

 

 ツナが黙って背中を見返すと、XANXUSは肩越しに告げた。

 

「その首は残しとけ、沢田綱吉」

 

 それだけを残し、XANXUSとマーモンは商店街の奥へ去った。

 

   * * *

 

 二人の気配が遠ざかった後、ツナはようやく膝をついた。

 

「十代目!」

 

 獄寺が駆け寄り、倒れかけた肩を支えた。だが、支える側の膝も傷と疲労で揺れている。

 

「大丈夫。ちょっと、力が抜けただけ」

 

「大丈夫なわけないでしょう! 今すぐ手当てを――」

 

 声の途中で、獄寺自身の膝が揺れた。山本も壁へ手をつき、息を整えている。三人とも、勝利を喜ぶ余裕が残っていなかった。

 

 リボーンは傷だらけの三人の前まで歩み寄った。

 

「よく生き残ったな」

 

「褒めてるの、それ……?」

 

「半分はな」

 

 リボーンはベルとスクアーロが消えた方へ目を向ける。

 

「残りは反省しろ。XANXUSが最後までウォッチだけを狙っていたら、結果は変わっていた」

 

 ツナは小さく頷き、焼けた拳を握る。XANXUSを押し切れなかった痛みが、指を曲げるたびに残っていた。

 

 XANXUSは敵のまま去った。それでも、最後に銃口が向いた先だけはツナたちと同じだった。

 

 獄寺は切られた手を握り、消えた戦場へ顔を向ける。

 

「ベルの奴、最後に妙なことを言ってました。負けた後、どっかへ持っていかれる感じがするって」

 

「スクアーロも同じだった」

 

 山本は長刀へ目を落とし、柄に残る震えを押さえた。

 

「消える直前まで、あの流れに抗ってた」

 

 リボーンは帽子のつばを下げ、白い膜の奥へ残る尾を見た。

 

「まずは、消えた先を追うぞ」

 

 ツナは焼けた拳を握り、残された尾から目を離さなかった。

 

「追う」

 

 傷んだ喉から出た声は掠れていたが、獄寺と山本は聞き漏らさなかった。

 

「ベルも、スクアーロも。あの奥へ持っていかれた人たちも、必ず取り戻す」

 

「当然です」

 

 獄寺は傷だらけの身体を起こし、よろめく足を踏み止めた。

 

「十代目の行く手を塞ぐ奴は、俺が全部吹き飛ばします」

 

 山本も長刀で身体を支え、苦しそうに笑った。

 

「俺も行く。スクアーロが消えた先を、この目で確かめる」

 

 リボーンは三人を見渡し、別の戦闘領域が揺れた方へ顔を向ける。

 

「なら立て。休むのは後だ」

 

 遠くで炎と鉄球が衝突する音がした。ユニたちの戦場も、コロネロたちの戦場も、まだ閉じている。戦闘領域の外では影炎体と戦う者たちの気配も途切れず、炎が弾けるたび白い町の屋根が低く震えた。

 

 ツナは膝へ力を戻す。焼けた両腕を下ろしても、額の橙色は揺らがない。獄寺と山本の間へ入り、次の戦闘領域へ顔を向けた。

 

 白い町の屋根の上で、黒い外套が一度だけ揺れた。

 

 包帯に覆われた者たちが、砕けた戦闘領域と、ベルとスクアーロの炎が引かれた先を見下ろしている。誰も声を発さず、消えた二人の残滓が白い膜の奥へ細く引かれていく様子だけを追っていた。

 

 背中へ刺さる冷たさにツナが振り返る。

 

 屋根の上には、もう何もいない。

 

 リボーンだけが同じ方向へ目を向け、帽子のつばを下げた。

 

「……屋根の奴らは、今は追うな」

 

 獄寺と山本が足を止める。屋根の上には誰もいないが、背中へ刺さった冷たさだけは熱の抜けた通りへ残っていた。

 

 別の戦闘領域で、藤丸の首元に下がる空の器が冷たく軋む。

 

 敗退した二人の炎が白い膜の奥へ引かれるたび、器の内側では冷たさが一段ずつ増していた。

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