Fate/Grand Order 第三部 Script of the Palimpsest   作:白瀬 綴

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【藤丸陣営】
おしゃぶりウォッチ:藤丸立香
ボスウォッチ:マンドリカルド
バトラーウォッチ:エミヤ/ジャンヌ・オルタ

【スカル陣営】
アルコバレーノウォッチ:スカル
ボスウォッチ:古里炎真
バトラーウォッチ:鈴木アーデルハイト/青葉紅葉


第14話 小さき者たちの代理戦

 白い膜が閉じた途端、商店街を揺らしていた銃声も、遠くで鳴っていた鋼の音も切り落とされた。

 

 マンドリカルドは藤丸立香を左腕へ抱えたまま膝をつき、落下の衝撃を右肩から白い床へ逃がした。藤丸の胃が持ち上がり、首元の空の器から冷たさが胸へ流れ込む。ツナの大空の死ぬ気の炎へ近づいた際に残った反応を支えにした仮設の補助は、膜を越えても辛うじて切れていない。それでも、三騎へ伸びた接続が一度に引かれ、指先まで痺れが残った。

 

「マスター、息できます?」

 

「できる。少し待って」

 

 藤丸は胸が最後まで動くことを確かめ、マンドリカルドの肩越しへ視線を動かした。すぐ近くにエミヤとジャンヌ・オルタがいる。二騎の姿が白い膜へ溶けていないことを見届けてから、ようやく詰めていた息を吐いた。

 

「今は大丈夫。三人とも繋がってる」

 

「その『今は』、かなり胃に来るんすけど……状態が変わったら、すぐ言ってください」

 

 返事と同時に、マンドリカルドの右手が剣を抜いた。声には不安が残っているのに、藤丸を支える左腕は緩まない。手首の太いボスウォッチが皮膚へ食い込み、文字盤の奥では残り時間が減り始めていた。

 

 エミヤは弓を投影しようとしたが、弦を張る直前に輪郭が二度揺れた。一度目は手の内で収まり、二度目は赤い外套の右肩まで薄くする。彼は弓を消さず、指を弦へ掛けたまま藤丸へ告げた。

 

「射撃はできる。ただし、普段のつもりで扱えば長く保たない」

 

「私も似たようなものね」

 

 ジャンヌ・オルタが剣先へ黒い火を灯す。炎は拳ほどまで膨らみ、さらに広がろうとしたところで刃へ吸い戻された。苛立ちに眉を寄せても、無理に出力を上げようとはしない。

 

「ツナの火から離れた途端、これよ。見つけたら一発くらい文句を言わせてもらうわ」

 

「助けてもらった相手に八つ当たりするな」

 

「誰が八つ当たりですって?」

 

 言い返す声はいつも通りだったが、剣を握る指先には白さが残る。藤丸は三騎へ伸びる接続の震えを追い、力が戻るまで一度も視線を外さなかった。

 

 白い戦闘領域は、町の路地を切り取った空間に似ていた。左右には低い塀と閉じた店の壁が続き、奥では道路が緩く曲がっている。だが、曲がり角の先は白い膜に潰され、背後にも同じ境界が立っていた。両側の膜まで走れば十数歩ほど。中央には看板の支柱と倒れた自転車が残り、狭い通りをさらに二つへ分けている。

 

 白い通りの向こう側では、紫のヘルメットをかぶった赤ん坊が、赤髪の少年の背後から藤丸たちを見ている。少年の右には長い黒髪の少女、左には眼鏡をかけた少年が立ち、四人の手首にはそれぞれ異なるウォッチが巻きついていた。

 

 赤髪の少年には太いボスウォッチ。少女と眼鏡の少年には細いバトラーウォッチ。紫の赤ん坊には、直接戦闘を禁じるアルコバレーノウォッチがある。

 

「まただ……」

 

 スカルの掠れた声が狭い通りに残る。藤丸たちを見る目は、こちらの人数や装備を測る落ち着きから遠い。エミヤの弓へ視線が止まるたび、スカルは赤髪の少年へ肩を寄せる。ジャンヌ・オルタの剣先で黒い火が揺れると、今度はヘルメットの縁まで顔を引っ込めた。

 

 炎真は、スカルが膜へ入る前から何度も首元を押さえていたことを見ていた。銀色の面の奥から伸びた鎖が、おしゃぶりのすぐ手前まで迫った時の冷たさが、まだ身体へ残っている。だから弓も剣も、実際より近く見えているのだろう。

 

 それでも、スカルが炎真の背へ隠れるたび、アーデルハイトの肩が僅かに前へ出る。紅葉も拳を下げたまま、マンドリカルドの太いウォッチとジャンヌ・オルタの剣を交互に見た。アーデルハイトの目はエミヤの鏃を追い、紅葉の視線はマンドリカルドの腕へ止まっている。

 

「黒い外套の次は、弓と黒い炎と剣だぞ! どう見てもオレ様を狙ってる連中じゃねえか!」

 

「スカル。まだ、あの人たちが敵だと決まったわけじゃないよ」

 

 赤髪の少年――古里炎真は、スカルを庇う位置を保ちながら藤丸たちの腕を見た。ウォッチの種類を確かめ、次にマンドリカルドの腕の中へいる藤丸へ目を移す。戦意より先に困惑が浮かんでいた。

 

 エミヤは通りの左右を確認するために弓を動かした。鏃が膜へ向き、中央へ戻る。その軌道がスカルの目には自分を探す照準に見えたらしい。

 

「ほら見ろ! あの弓、オレ様の逃げ道を探してる!」

 

「境界を確認してるだけだと思う」

 

「敵はそう言って油断させるんだよ!」

 

 炎真が返す前に、マンドリカルドが藤丸を抱く位置を直した。左腕の内側へ小さな身体を寄せ、剣を持つ右側を相手へ向ける。藤丸を落とさないための動作だったが、スカルは息を呑んで後ろへ下がった。

 

「来るぞ! あの剣の奴が前に出る!」

 

「まだ出てないっす!」

 

「声まで怖い!」

 

「それはちょっと傷つくんすけど!」

 

 ジャンヌ・オルタは鼻で笑い、剣先をスカルへ向けた。

 

「よく分かったわね。今、一番燃やしたいのはあんたよ」

 

「ひぃっ!」

 

 黒い火が一瞬だけ伸びる。威嚇の範囲を越えず、途中で刃へ戻ったが、スカルはエミヤの弓、マンドリカルドの剣、ジャンヌ・オルタの火を続けて見て、炎真の背へさらに身体を寄せた。

 

「炎真、アーデル、紅葉! 先に止めろ! オレ様たちがやられる前にだ!」

 

「スカル、待って」

 

 炎真の制止が終わる前に、鈴木アーデルハイトが前へ出た。スカルへ返事はせず、エミヤの弓とジャンヌ・オルタの火を正面へ捉えて炎真たちの前へ立ち、そのまま振り返らずにシモンリングを掲げる。

 

「怖がって叫ぶだけじゃ、敵かどうかは決められないわ。……でも、鏃と炎はこっちを向いてる」

 

「まず防ぐわ。撃ち返すかは、それから決める」

 

 淡い青白さがリングから溢れ、白い床を低く走った。冷気は藤丸たちへ触れる前に盛り上がり、両陣営の間へ透明な氷壁を立てる。壁は一枚で止まらず、左右から細い氷柱を伸ばし、中央の支柱と塀の間を塞いでいった。

 

 エミヤは弦を引き、右側へ伸びる氷柱の根へ鏃を向けた。

 

「止めて!」

 

 藤丸の声が届くより矢が早く、鏃は氷の根へ刺さって伸びる力を横から裂いた。開いた隙間へマンドリカルドが身体を傾けると、割れた氷片が藤丸の頬へ飛ぶ。彼は剣を返して破片を払ったが、その一動作で太いウォッチの前が空いた。

 

「撃ったぞ! やっぱり敵だ!」

 

「今のは通路を――」

 

「結局、中心を守る者から崩せばよい」

 

 炎真の説明を遮り、青葉紅葉が氷の隙間へ踏み込んだ。森の炎が籠手の縁を走り、打ち出す拳の表面を覆う。最初の一発でマンドリカルドの剣を押し込み、戻り始めた刃の内側へ二発目を差し込んだ。

 

 剣を引く余裕を奪われ、マンドリカルドは鍔で拳を受ける。右肘まで衝撃が抜け、抱えた藤丸の身体が揺れた。

 

「うわ、嫌な所ばっか来る……!」

 

「怖じ気づいたか」

 

「怖いっすよ。マスター抱えたまま、手首を狙われてるんで!」

 

 紅葉は返答を聞く前に肩を沈めた。三発目は剣を避け、マンドリカルドの右肩へ向かう。腕の支えを崩せば藤丸ごと姿勢が落ち、太いウォッチも開く。マンドリカルドは腰を引き、拳を肩の表面へ滑らせたが、重い接触に右足が後ろへずれた。

 

 ずれた先には、先ほど割れた氷が残っている。踵が欠片を踏み、支えが崩れかけた瞬間、紅葉の次打が手首へ迫る。

 

 そこへ黒い旗槍が横から入り、籠手の内側を打った。ジャンヌ・オルタは柄で拳を外へ押し、返した剣先へ黒い火を絡める。炎は広がらず、刃の周囲だけを焦がす細さで紅葉の籠手へ走った。

 

「その子を落とされると困るのよ。続きは私が相手してあげる」

 

「結局、炎で距離を取るだけか」

 

「目が悪いの? 剣も見えてるでしょうが」

 

 紅葉は籠手で刃を受けた。黒い火が金属の縁へ残る前に腕を捻り、もう一方の拳をジャンヌ・オルタの顎へ返す。彼女は旗を支点に身体を回し、拳を頬の横へ流したまま紅葉の脇へ剣を滑らせた。

 

 刃が届く寸前、二人の身体へ重さが落ち、ジャンヌ・オルタの踏み込みが止まり、紅葉の腰も沈んだ。広くかけられた重力は敵味方を選びきれず、藤丸を抱えるマンドリカルドの膝まで白い床へ近づける。小さな身体にも圧が触れ、藤丸の呼吸が一拍途切れた。

 

「っ……」

 

「マスター!」

 

 マンドリカルドが左腕を引き寄せる。首元の空の器が冷え、三騎へ伸びる接続が同時に軋んだ。それを見た炎真の顔が青ざめる。

 

「ごめん!」

 

 大地の炎が収まり、藤丸へかかっていた荷重が先に抜けた。ジャンヌ・オルタとマンドリカルドには重さが残り、紅葉だけが先に動ける。敵を止めるため広げた重力を、炎真は藤丸の苦しげな息を聞いた瞬間に絞り直していた。

 

 紅葉の拳がジャンヌ・オルタへ迫る。彼女は重い脚を動かせず、旗の柄を立てて受けた。衝撃が肩まで走り、黒い火が消える。

 

「炎真、俺まで軽くしたな」

 

「紅葉も止めたかった。でも、あの子にあれ以上かけられない」

 

「結局、選び損ねたか」

 

「そうだよ。だから次は外す」

 

 炎真は迷いを隠さず、重力の範囲をマンドリカルドの剣腕だけへ狭めた。握る指へ荷重が寄り、剣先が白い床へ沈む。マンドリカルドは引き上げようとして肘を震わせたが、藤丸を支える左腕はそのまま残した。

 

 その動きを見た炎真は、マンドリカルドの太いウォッチへ視線を止める。

 

「どうして、あなたがそれを持ってるの?」

 

「こっちが聞きたいっすよ!」

 

 剣を引きずる音へ氷の割れる音が重なり、アーデルハイトの壁から二本目の氷柱が伸びて、エミヤの射線を左へ押した。彼は一本目の矢で先端を砕いたが、飛び散った破片の奥から三本目が立ち上がり、防いだ箇所の隣へ次の壁を置いて後退先まで狭めていく。

 

「一枚を壊しても、その先を塞ぐのか」

 

「矢だけ砕いても、また撃つでしょう。次は、そこを塞ぐわ」

 

 エミヤは二本目を放たず、弓を消した。投影がほどけた反動で赤い外套の肩が透ける。空いた右手へ短剣を結び、倒れかけた氷柱の下へ踏み込むと、継ぎ目へ刃を差し込んで伸長を止めた。

 

 ところが、氷柱は割れる代わりに横へ倒れた。アーデルハイトが支えを切り、氷の重みをジャンヌ・オルタの背後へ回したのだ。彼女が紅葉から距離を取れば、倒れる氷に挟まれる。

 

 エミヤは短剣を投げた。刃が氷の側面へ当たり、倒れる向きを僅かに変える。氷はジャンヌ・オルタの肩を外れたものの、砕けた先端が炎真へ飛んだ。

 

 紅葉はジャンヌ・オルタへ向けていた拳を開き、前腕で破片を弾いた。その隙に彼女の剣は脇腹へ届くはずだったが、刃は外套だけを掠めて止まる。

 

「……今のを見て斬らないのか」

 

「仲間を庇った奴の背中を斬ったら、こっちがつまらないでしょうが」

 

「余裕か」

 

「そんなもの、あるように見える?」

 

 黒い火はまだ戻らない。ジャンヌ・オルタは剣と旗だけで間合いを保ち、紅葉も炎真の前へ戻るまで追わなかった。

 

 エミヤの投げた短剣が白い床へ落ちる。新しい弓を結ぼうとした指が一度止まり、輪郭が戻るまで普段より長い時間を要した。

 

 アーデルハイトはその遅れを見逃さず、細い氷柱を一本だけ伸ばす。狙いは喉でも腕でもなく、弓を引く肘の外側だった。エミヤは完成しきらない弓を盾代わりに当て、氷柱を逸らしたが、投影は接触と同時に消えた。

 

「武器を捨てる前提で戦っているのね」

 

「この一本が届くなら、消えて構わん」

 

 エミヤは答えながら後退し、倒れた氷壁を背へ負った。氷の縁が赤い外套へ触れ、右へ引く余地が消える。もう一度同じ側から壁を伸ばされれば、弓を構える場所がない。

 

 アーデルハイトはさらに壁を重ねようとしたが、氷の端が炎真の踵の先まで伸びたところで指を止めた。新たな壁は出さず、炎真が抜けられる隙間だけを右側へ残す。

 

 エミヤはその変更を見て、鏃をアーデルハイトから氷の継ぎ目へ移した。

 

 藤丸は炎真の指から紅葉の籠手、アーデルハイトの氷壁へ視線を移した。自分へ触れた重力はすぐに抜け、氷を砕いた紅葉の背中へジャンヌ・オルタの剣も入らない。アーデルハイトが残した右側の隙間からは、炎真がいつでも退けた。

 

 三度続いた選択を見ても、次も同じとは限らなかった。藤丸はマンドリカルドの腕に残る震えを感じながら、もう一度だけ相手の出方を待った。

 

「エミヤ。次、炎真さんへ射線が通っても身体は狙わないで」

 

「承知した。君は確かめたいわけだな」

 

「うん」

 

 藤丸の声を聞いたマンドリカルドが、炎真の重力へ剣を持ち上げる。指が震え、刃先はまだ低い。それでも一歩だけ近づいた。

 

「さっきの質問ですけど。自分が向いてると思ったこと、一回もないっす」

 

 炎真が重力を増す。剣が下がり、マンドリカルドの右肩まで引かれた。彼は攻撃を続ければ藤丸を支える腕まで崩れると悟り、剣を白い床へ滑らせる。刃を捨てる代わりに左腕を締め直し、藤丸の身体を胸へ固定した。

 

 紅葉はその隙へ入り、太いウォッチへ拳を伸ばした。その瞬間、藤丸の身体が腕の中で僅かにずれた。紅葉は打点を変え、拳をウォッチから右肩へ外す。衝撃だけでマンドリカルドを倒そうとしたが、文字盤には触れなかった。藤丸は紅葉から目を逸らさずに言う。

 

「今、外した」

 

「結局、幼子ごと落とす拳では笹川了平へ届かぬ」

 

 紅葉が引いた場所へ、エミヤの矢が通る。炎真の胸を正面に捉えながら、鏃は左へ逸れ、彼の後ろで伸び始めていた氷の根だけを砕いた。

 

 アーデルハイトの視線が矢の跡を追い、炎真も自分の身体を外れた軌道を見た。

 

「こっちも外した」

 

 藤丸の声に、炎真は重力を弱めた。マンドリカルドは剣を拾い上げる余裕を得たが、すぐには踏み込まない。

 

 紅葉はその静止を罠と見て、マンドリカルドの右側へ視線を移した。

 

「結局、手を緩めたと見せて中心へ寄るつもりか」

 

 彼はジャンヌ・オルタから離れ、マンドリカルドの右側へ回る。彼女は追ったが、黒い火が戻らず、旗を引く腕も先ほどの打撃で遅れていた。紅葉の一発目が旗を外へ弾き、二発目がマンドリカルドの剣を狙う。

 

 マンドリカルドは拾い上げた刃を横へ置いた。しかし、炎真が重力を弱めた直後だったため、軽さへ身体が追いつかず、剣が想定より高く上がる。拳は刃の下を抜け、太いウォッチへ近づいた。

 

 エミヤが弓を結ぶ。紅葉を射れば止められる距離だったが、藤丸の指示どおり鏃は人へ向かわない。代わりに、紅葉の前へ伸びていた氷柱の先端を射抜いた。

 

 砕けた氷が拳の軌道へ落ち、紅葉は腕を引く。ウォッチへ届かなかった拳が氷を砕き、破片がジャンヌ・オルタへ返った。彼女は剣で弾いたが、最後の一枚が頬を切る。

 

「ずいぶん回りくどい援護をするじゃない」

 

「本人を射た方が早い。だが、そうしなかった」

 

 エミヤの返答はジャンヌ・オルタよりも向こう側へ届き、アーデルハイトは、紅葉を止めた矢が彼の身体へ向かわなかったことを見ていた。炎真も、マンドリカルドが軽くなった直後の隙へ剣を入れず、藤丸を抱え直したことを見ている。

 

 それでも、互いの手は下がらない。ここで相手を信じきれば、外れた一撃が次はウォッチへ来るかもしれない。藤丸も同じ不安を抱え、接続の震えを感じながら次の選択を待った。

 

「僕も、向いてると思ったことはない」

 

「そっちもっすか」

 

「でも、僕が手を止めたら、アーデルと紅葉が前に出たままになる」

 

 マンドリカルドは白い床へ擦っていた剣を持ち上げる。腕の震えは消えず、太いウォッチも無防備なままだ。

 

「俺も似たようなもんっす。渡された後に落とす方が、もっと嫌なんで」

 

 炎真は返さず、重力の向きを剣の腹へ移した。刃が横へ流れ、ボスウォッチへ届く軌道から外れる。マンドリカルドも剣を返し、炎真の手首を避けて肩の前へ通した。

 

 二人が互いのウォッチを外した瞬間、別の場所で拳と剣が鳴った。ジャンヌ・オルタは黒い火を戻せないまま紅葉の連打を旗で受け、紅葉は一発ごとに打点を変えて、剣を握る手首、旗を支える肩、踏み込みを作る腰へ拳を置く。三度目の打撃を受けた旗を白い床へ立てると、彼女はそれを軸に回り、紅葉の横へ出た。

 

 剣の峰が頬へ迫り、紅葉は籠手の縁で受けた。森の炎が接触点から散る中、手首を返して刃を外へ滑らせる。勢いを失った剣の内側へ拳が入るが、ジャンヌ・オルタは顎を引き、肩で受けて打点をずらした。

 

「その程度の拳で、誰を見てるの?」

 

「貴様を越えられぬ拳で、笹川了平へ届くとは思わぬ」

 

「私はそいつへ届くための踏み台じゃない」

 

 ジャンヌ・オルタは痛む肩を押さえず、紅葉の正面へ剣を戻す。

 

「今ここにいる私だけ見て殴りなさい」

 

 紅葉の眼鏡の奥で瞳が細くなり、視線がジャンヌ・オルタの肩と腰へ固定された。それ以降、了平の名は口にせず、拳だけを続ける。ジャンヌ・オルタも黒い火へ頼らず、剣と旗で真正面から受けた。

 

 接触が続くほど、二人の呼吸が荒れる。紅葉の籠手には黒い焦げ跡が残り、ジャンヌ・オルタの肩口は輪郭が薄い。互いに踏み込める距離を保ちながらも、急所とウォッチへ向かう最後の角度だけは外していた。

 

 それでも、藤丸は攻撃を止める判断を急がなかった。相手の選択が三度続いても、この戦闘領域が何を要求するか分からない。こちらから武器を下ろした瞬間に狙われれば、マンドリカルドは藤丸を抱えたまま受けきれない。

 

「炎真くん」

 

 藤丸が呼ぶと、炎真は大地の炎を残したまま顔を向ける。

 

「俺たちは、そっちを消したくない」

 

「僕たちも、誰かを消すために来たんじゃない」

 

「一度、止めてみる?」

 

 炎真はアーデルハイトと紅葉を見た。アーデルハイトが氷を収め、紅葉も拳を下げる。エミヤは弓を消し、ジャンヌ・オルタは最後まで紅葉を睨みながら剣先を白い床へ向けた。

 

 音が途切れたのは、ほんの数秒だった。白い膜が左右から滑って通りの幅を削り始め、藤丸の手首ではおしゃぶりウォッチが締まる。同じ拍で首元の空の器が冷え、胸へ伸びる接続が引かれると、息が喉で詰まり、指先から感覚が薄れていった。

 

「藤丸!」

 

 マンドリカルドが左腕へ力を込める。向こうではスカルが自分のウォッチを押さえ、ヘルメットごと飛び上がった。

 

「痛ぇぇぇ! なんで止めたら締まるんだよ!」

 

 炎真のボスウォッチも明滅し、アーデルハイトと紅葉の手首へ負荷が伝わっている。誰も攻撃しない時間が延びるほど、膜はさらに内側へ滑った。中央の看板支柱が境界へ呑まれ、戦える空間が一気に狭まる。

 

「このまま止まってたら、スカルも藤丸も先に保たない」

 

 炎真は手首を押さえながら大地の炎を灯した。マンドリカルドも剣を上げようとするが、藤丸はすぐに頷かなかった。

 

「待って。軽く当てるだけで止まるか、試そう」

 

 エミヤが細い矢を一本だけ結び、アーデルハイトは掌ほどの氷板を出した。矢が氷へ触れ、小さな音を立てる。

 

 膜は止まらない。

 

「これでは止まらない」

 

「ただ触れただけでは、戦いと見なさないらしい」

 

 エミヤは縮まり続ける膜を見て弓を引き直した。今度は氷板を砕ける威力まで矢へ乗せ、アーデルハイトも壁を厚くする。矢が突き刺さり、氷へ亀裂が広がった。

 

 膜が止まった。だが、砕けた氷の先端が藤丸へ向かう。

 

 マンドリカルドは剣で弾こうとしたものの、炎真が警戒して広げた重力に腕を引かれ、刃が遅れた。ジャンヌ・オルタが割って入り、旗の柄で破片を払う。支えきれなかった一本が肩を掠め、薄い輪郭がさらに削れた。

 

「軽すぎれば駄目、上げればこっちへ飛ぶ。とことん性格が悪いわね」

 

「今のは僕のせいだ」

 

 炎真が重力を切ると、膜は再び動き始めた。

 

「謝って止めたら、また締まる」

 

 ジャンヌ・オルタは肩の傷へ触れず、紅葉へ剣を向ける。

 

「続けるわよ。今度は外しすぎないで」

 

「結局、注文の多い女だ」

 

「燃やされたいなら、もっと言いなさい」

 

 拳と剣が鳴って膜の動きが止まる。攻防を再開した直後、エミヤはアーデルハイトの氷だけを射ち、ジャンヌ・オルタと紅葉は剣と籠手を触れさせる程度に留め、炎真もマンドリカルドの進路へ薄い重力を置いた。誰も傷つかない代わりに、次の接触までの間が伸びる。

 

 白い膜が再び滑る。

 

「まだ弱いのかよ!」

 

 スカルの叫びと同時にウォッチが締まり、炎真の肩が揺れた。アーデルハイトは氷柱を太くし、エミヤも矢へ力を戻す。今度は接触が重くなり、膜の動きは止まったものの、砕けた氷が狭い通りを塞いだ。

 

 紅葉が避けた破片はマンドリカルドの退路へ落ち、炎真の重力がそれを沈める。道を空けるために圧を寄せたことで、マンドリカルドの剣腕まで重くなり、紅葉の拳がウォッチへ近づく。ジャンヌ・オルタが割って入れば、今度はエミヤの射線が塞がれた。

 

 紅葉が拳を引けば、白い膜が動く。エミヤが氷を砕けば、破片が別の誰かへ跳ねた。手加減するたびに境界が寄り、止めようと力を戻すたび、狭い通りで射線と退路が重なる。エミヤは最後の氷片を剣で払い、全員の位置へ視線を走らせた。

 

「三つに分かれたままでは、次は味方へ当たる」

 

 藤丸は首元の冷たさへ耐えながら、全員の位置を見直した。狭まった通りでは、三組が独立して戦えば互いの攻撃がぶつかる。しかも、三騎の補助は先ほどの一撃でさらに細くなっている。

 

「一人ずつ動いて。エミヤが撃つ間は、ジャンヌ・オルタは剣だけ。マンドリカルドが前へ出る時は、エミヤは投影を止めて」

 

「接続を回すのか」

 

「たぶん、その方が保つ」

 

 確信はなかった。だが、次も三騎を同時に支えれば、さっきより早く誰かの輪郭が薄れる。

 

 最初にエミヤへ補助を寄せる。弓の輪郭が安定し、矢がアーデルハイトの氷柱を貫いた。弦が保たれているあいだ、ジャンヌ・オルタの黒い火は消え、マンドリカルドの剣も重くなる。

 

 紅葉は炎が消えた拍を見て、ジャンヌ・オルタの内側へ入った。彼女は旗で受けたが、出力を回した影響で肩が戻らず、拳が頬を掠める。藤丸は慌てて接続をジャンヌ・オルタへ寄せた。

 

 黒い火が戻った瞬間、エミヤの弓が消え、支えを失った矢は氷へ届く前にほどけた。そのままアーデルハイトの壁がマンドリカルドの退路へ伸びる。彼は藤丸を抱えたまま横へ避けたが、白い床へ残った剣先が氷に挟まれた。

 

「マスター、これ回すの、想像より忙しいっす!」

 

「ごめん、まだ上手くできない!」

 

 藤丸は接続を戻そうとしたが、三本の感触が絡まり、どこへ流した力が誰へ届いているのか一瞬分からなくなった。首元の器が冷え、視界が左右へずれる。

 

 ダ・ヴィンチちゃんの通信が途切れながら届く。

 

『藤丸くん……一度に……切り替えすぎ……』

 

「分かった。ごめん。切り替えるんじゃなくて、使う側を決める」

 

 藤丸は息を整え、三騎へ向けて告げる。

 

「次の一撃だけ、エミヤ。終わったら止めて。ジャンヌ・オルタは紅葉を剣で押し返す。マンドリカルドは、剣を抜こうとしないで俺を守って」

 

「それでは相手のウォッチまで届かんぞ」

 

「届かなくていい。今は、三人ともここにいて」

 

 エミヤは短く頷き、最後まで保てる弓を一本だけ結んだ。ジャンヌ・オルタは不満を隠さず、黒い火を刃から消す。マンドリカルドは氷に挟まれた剣を手放し、両腕で藤丸を抱え直した。

 

「俺、武器なしなんすけど」

 

「怖い?」

 

「怖いっす。でも、ここまで落としてないんで」

 

 炎真がそのやり取りを聞き、マンドリカルドへかけていた重力を弱めた。

 

「止めたら、また膜が来る。だから行く。でも、藤丸を抱いてる腕にはかけない」

 

「それ、助かるけど、攻撃する宣言としては変な感じっすね」

 

「僕も得意じゃない」

 

「また同じっすか」

 

 炎真の大地の炎はマンドリカルドの前へ細く集まり、進路だけを重くした。身体へ直接かけない分、膜が反応するほどの対立を保つには集中が要る。炎真の額へ汗が滲む。

 

 二巡目に入ると、エミヤの矢が氷へ刺さるまで、ジャンヌ・オルタは黒い火を消したまま紅葉の拳を旗で受けた。その音を合図にエミヤが弓をほどくと、空いた支えがジャンヌ・オルタへ渡り、刃へ火が戻る前に剣の峰で紅葉の籠手を押し返す。

 

 次にマンドリカルドが前へ出る。エミヤもジャンヌ・オルタも出力を落とし、藤丸は残った支えを左腕で自分を抱く騎士へ寄せる。剣を手放したマンドリカルドは肩から炎真へ当たり、ボスウォッチへ触れない距離で押し戻した。炎真も大地の炎を胸へかけず、進路だけを重くして受ける。

 

 一巡するたび、誰かの呼吸が遅れた。エミヤの肩は戻るまで時間がかかり、ジャンヌ・オルタの黒い火は点くたび小さくなる。マンドリカルドの両腕には藤丸の重みと打撃が残り、炎真も重力を細く保つため指を震わせていた。

 

 三巡目へ入っても、白い膜は止まったままだった。砕けた氷は次の壁へ吸い上げられ、紅葉の拳も、炎真の重力が収まるまでは動かない。

 

 アーデルハイトは流れを見て、自分の氷も一度に一枚だけへ変えた。エミヤが砕いた壁の破片を次の壁へ吸い上げ、通りへ残さない。紅葉もジャンヌ・オルタを押し返した後は追わず、炎真の攻防が終わるまで拳を上げたまま待つ。

 

 その流れが三巡目へ入った時、ジャンヌ・オルタの炎だけが戻らなかった。

 

 藤丸は接続を寄せようとしたが、エミヤの弓も消えかけている。ここで片方へ力を回せば、もう片方が途切れる。迷った一拍の間に、紅葉の拳がジャンヌ・オルタの肩へ届いた。

 

 彼女は旗で受けきれず、白い床へ膝をつく。紅葉は追わず、拳を引いた。藤丸はようやく接続をジャンヌ・オルタへ寄せ、黒い火を戻す。

 

「遅い」

 

「ごめん」

 

「次は迷う前に選びなさい」

 

 ジャンヌ・オルタは怒鳴らず、立ち上がるための呼吸を優先した。その静けさが、藤丸には叱責より重かった。

 

 スカルは三人の傷と、藤丸陣営で薄れていく肩や炎を見比べ、何度も口を開きかけていた。

 

「炎真、今なら――」

 

「スカル」

 

 炎真は振り返らず、「僕は、あの人たちを消したくない」と答えた。

 

「でも、勝たなきゃ呪いが――」

 

「僕たちを前へ出したのは、あの人たちが怖かったから?」

 

 問いを向けられ、スカルの声が止まる。炎真の声は静かなままだった。黒い外套と銀色の面、首元へ伸びた鎖を思い返したのか、スカルの指が再びおしゃぶりへ触れた。

 

 藤丸もスカルへ声を届けた。

 

「怖かったのは分かる。俺も怖い。でも、炎真くんたちが傷ついてるのを見て、それでも勝てって言うの?」

 

「オ、オレ様は代表だぞ。判断しなきゃ――」

 

「だったら、今の三人を見て決めて」

 

 アーデルハイトの袖には氷の裂け目が走り、紅葉の頬には剣の峰が掠めた赤みがある。炎真も重力の範囲を絞り続け、指先を震わせていた。

 

 スカルは三人から目を逸らし、すぐに戻した。

 

「……勝手に消えるなよ。オレ様の陣営なんだから、無茶していなくなるのは許さねえ。それだけだ!」

 

「分かった」

 

 炎真はそれ以上求めず、大地の炎を保った。

 

 残り時間が一分を切ったところで、エミヤの最後の矢が放たれた。アーデルハイトは炎真の前へ氷壁を立てるが、先ほどより薄い。矢は中央を貫き、亀裂を左右へ走らせた。壁を厚くすれば防げる。それでも彼女は手を上げず、砕ける氷を自分の前へ落とした。

 

 崩れた氷が紅葉とジャンヌ・オルタの間へ降り、紅葉は一歩引けば避けられたが、その後ろには炎真がいる。拳を開いて破片を受け、籠手の上で砕いた。腕が下がり、ジャンヌ・オルタの剣へ背中が開く。

 

 彼女は斬らない。剣の峰を返し、紅葉が受けきれなかった氷を外へ弾いた。弾かれた破片がマンドリカルドへ向かい、武器を手放した彼には防げない。

 

 マンドリカルドは藤丸を胸へ抱え込み、破片へ背中を向けた。その瞬間、炎真が重力の向きを変える。破片へ荷重が加わり、藤丸へ届く前に白い床へ落ちた。代わりに、マンドリカルドの前を押さえていた重さが消える。

 

「今なら、来られる」

 

 炎真は逃げずに立ち、武器を失ったマンドリカルドを正面から見た。それでも前へ出れば、太いウォッチを炎真へ当てる距離まで届く。マンドリカルドは一度だけ藤丸を見る。

 

「判断、任せてもらっていいっすか」

 

「任せる」

 

 マンドリカルドは走った。藤丸を左腕へ固定したまま、空いた右手を炎真のボスウォッチへ伸ばす。炎真も手を上げ、マンドリカルドの太いウォッチへ大地の炎を集めた。

 

 先に届いたマンドリカルドの指先が炎真の手首を掴める距離へ入る。ここで力を込めれば、ボスウォッチを壊せるかもしれない。

 

 紅葉が二人の間へ拳を入れようとしたが、ジャンヌ・オルタの旗が進路を塞ぐ。アーデルハイトも氷を出せず、エミヤの弓はすでに消えている。

 

 マンドリカルドは炎真の手首を掴まず、前腕を押してウォッチから外した。炎真も指を閉じ、大地の炎をマンドリカルドの手首から逸らす。

 

 二人の腕が交差し、そのまま互いを押し返した。

 

 残り時間が消えた。

 

 白い床へ亀裂が走り、膜が音もなく砕ける。引き戻される圧の中で、マンドリカルドは藤丸を胸へ抱え込んだ。エミヤは薄れた右肩を押さえながら二人の前へ出て、ジャンヌ・オルタは旗を白い破片へ突き立て、流される身体を支える。

 

 向こうでは、炎真がアーデルハイトと紅葉へ手を伸ばしていた。スカルの悲鳴が最後まで残り、すぐに白い膜の外へ遠ざかる。

 

 藤丸たちは戦闘開始前と異なる路地へ投げ出され、マンドリカルドは両膝をつきながらも、藤丸を落とさなかった。氷に挟まれて手放した剣は戻っているが、右手には握る力が残っていない。エミヤの弓も短剣も消え、赤い外套の右肩が空気へ薄く溶けている。ジャンヌ・オルタは壁へ旗を立てたまま、剣を握った指を開けずにいた。

 

「三人とも、いる?」

 

「いる。だが、次の戦闘を同じ調子で続けるのは無理だ」

 

 マンドリカルドの太いウォッチへ、時間切れ、敗退者なし、両陣営存続、報酬なしの表示が浮かび、数秒後に消えた。

 

 エミヤの声を聞き、藤丸は首元の空の器へ触れた。補助の接続は残っている。それでも、三騎へ伸びる感触は戦闘前より細く、どれか一騎へ力を寄せれば別の一騎が薄くなる不安定さまで残っていた。

 

「ごめん。途中で回し方を間違えた」

 

「次も同じ失敗をするなら怒るわ」

 

 ジャンヌ・オルタはようやく剣を消し、痺れた指を一本ずつ開いた。

 

「次は私の火が消える前に言いなさい。黙ったまま全員巻き込むよりはマシよ」

 

「次は、誰を動かすか先に決めておく」

 

 エミヤは薄れた肩へ手を置いた。

 

「決めていても、いつかは切れる。次は誰かが消えかけてから迷うな。撃ち切るか、止めるかを先に決めろ」

 

「うん」

 

 マンドリカルドは震える腕で藤丸を抱え直した。下ろそうとすれば手が滑りそうなのに、本人はその選択を口にしない。

 

「俺、最後まで運ぶって言ったんで。合流するまでは、このままでいいっすか」

 

「お願い」

 

 藤丸はマンドリカルドの肩越しに路地の奥を見た。ツナたちの気配も、了平たちの声も届かない。戦闘領域に入る前より補助は細く、三騎の損耗も大きい。それでも、誰も欠けていなかった。

 

「行こう。次は、三人が崩れ始める前に止める」

 

「その判断で頼む」

 

 エミヤが立ち上がり、ジャンヌ・オルタも旗から手を離す。マンドリカルドは膝を一度伸ばし、藤丸を抱えたまま歩き出した。

 

* * *

 

 別の通りへ押し出されたスカル陣営では、アーデルハイトが紅葉の頬を確認し、炎真はスカルの手首へ残る赤い跡を見ていた。

 

「その……オレ様の判断が全部間違ってたわけじゃないからな」

 

「今は聞かないわ。次に同じことをする前に、自分で考えて」

 

 アーデルハイトの返答に、スカルは肩を落とす。紅葉は焦げた籠手を見下ろし、鼻を鳴らした。

 

「結局、次に会えば決着をつける」

 

「うん。でも、あの人たちは敵じゃなかった」

 

 炎真の声に、アーデルハイトと紅葉が目を向ける。だが炎真の脳裏へ浮かんでいたのは、藤丸たちより先に遭遇した黒い外套だった。銀色の面の下から音もなく伸びた鎖は、身体を打ち倒す軌道より、スカルの首元へ真っすぐ寄っていた。

 

 あの鎖は、おしゃぶりへ向かっていたのかもしれない。だが、炎真は口を閉じた。偶然かもしれず、復讐者のこともほとんど知らない。あの軌道だけで、誰かへ話せることはなかった。

 

 ただ、藤丸たちの矢や剣よりも、あの鎖の方がずっと冷たかった。炎真はその感触を誰にも話さず、白い膜の残光が消えた通りを見つめた。

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