Fate/Grand Order 第三部 Script of the Palimpsest   作:白瀬 綴

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第2話 在りし日の再開

 管制室の自動扉が開いた瞬間、音が押し寄せてきた。

 

 警告音とスタッフの声が重なっている。正面の大型モニターには、白い霧に覆われた外部映像が映っていた。端末を叩く音は途切れず、誰もが自分の席で動き続けている。怒鳴り声はない。けれど、ひとつでも手順を間違えれば、この場所ごと霧に飲まれるのではないかと思わせる緊張があった。

 

 藤丸が入口で足を止めると、何人かが顔を上げた。目を見開いた者もいた。息を呑んだまま、すぐ端末へ戻る者もいた。

 

 誰も大きな声は出さない。けれど、作業の手が一瞬だけ乱れたことだけは、藤丸にも分かった。

 

 ムニエルだけが、端末を抱えたまま固まっていた。

 

「……マジでいる」

 

「夢の訳ないでしょ。往生際が悪い。現実を受け入れたら、ムニエル」

 

 セレシェイラ・エルロンが、端末から顔を上げずに言った。声は淡々としている。けれど、キーを叩く指が一拍だけ止まっていた。

 

「受け入れてる。受け入れてるけど、これは止まるだろ普通」

 

「止まってるのは口だけにして。ログは後で必要になる」

 

「結局しゃべるなってことじゃないか?」

 

「理解が早くて助かるわ」

 

 管制卓の端で、シルビアが短く息を吐いた。

 

「ムニエル、端末は抱えるものじゃなくて操作するものよ」

 

「してるって!」

 

「ならいい。泣くなら、ログを保存してからにして」

 

「だから泣いてない!」

 

 誰かが小さく笑った。数秒だけ、管制室の空気が緩む。その奥で、ダストンが転送系統の警告灯を睨んだまま、低く呟く。

 

「笑う余裕が戻ったのはいい。だが、装置の方はまったく笑えんぞ」

 

 その言葉で、緩みかけた空気が少しだけ戻る。藤丸も笑いそうになった。けれど、その前に名前を呼ばれた。

 

「先輩」

 

 藤丸は、声のした方へ向き直った。

 

 ――マシュがいた。

 

 白い制服姿で立っている。盾も戦闘装備もない。けれど、藤丸の中に真っ先に浮かんだ、あの盾を抱いた少女と同じように、背筋はまっすぐ伸びていた。

 

 カルデアでの旅を、始まりから共に戦い抜いてきた相手。思い出の中で何度も名前を呼んだ、大切な存在。その人が、いま目の前にいる。

 

 目が合った瞬間、マシュの表情が少しだけ揺れた。泣き出しそうになるのをこらえているのだと分かって、藤丸は胸の奥が強く詰まった。

 

 藤丸も、すぐには言葉が出なかった。会えてよかった。無事でよかった。それだけでいいはずなのに、胸の中には言葉にならないものがいくつも渦巻いていた。

 

 けれど、最初に返すべき言葉だけは分かっていた。

 

 マシュが一歩近づく。

 

「おかえりなさい、先輩」

 

 声は震えていた。けれど、最後まで崩れなかった。

 

 藤丸は息を吸った。

 

「ただいま、マシュ」

 

 言えた途端に、胸の奥が少しだけ楽になった。マシュは小さく頷く。それだけで、二人の間にあった長い時間が、ほんの少し今に戻ったような気がした。

 

「本当は、もっと色々聞きたいです」

 

「俺も。マシュがいつ目を覚ましたのかとか、ここがどうなってるのかとか、聞きたいことが多すぎる」

 

「はい。でも、今は先に状況確認です。……その、ダ・ヴィンチちゃんに止められました」

 

「ああ。僕が止めた」

 

 中央卓の向こうで、ダ・ヴィンチちゃんが片手を上げた。笑ってはいる。けれど、目はモニターから離れていない。

 

「感動の再会は大歓迎だよ。だけど、今はカルデアが丸ごと霧の中だ。泣くのはあとにしよう。僕もたぶん泣くから」

 

「ダ・ヴィンチちゃんがそう言うと、逆に心配になるんだけど」

 

「心配してくれて嬉しいけど、今だけはその心配を仕事に回そう。こっちも、君の顔を見て安心してる場合じゃない」

 

 その時、管制室の奥から別の声がした。

 

「余裕がないなら、もっと簡潔に話しなさい。あなたたち、再会のたびに会話が長いのよ」

 

 藤丸は目を見開いた。

 

 ほんの一瞬、警告音も端末の打鍵音も遠のいた。

 

 オルガマリー・アニムスフィアがいた。

 

 カルデアの最初の所長。失われたはずの名前。けれど彼女は、記憶の中の姿ではなく、いまこの管制室の奥で腕を組み、こちらを睨んでいた。

 

 堂々と立っているのに、藤丸と目が合った一瞬だけ、その視線がかすかに揺れる。

 

「所長……?」

 

「ええ。そう呼びなさい。少なくとも今、この場で指揮権を取れる人間が必要でしょう」

 

「でも、どうしてここに」

 

「知らないわ」

 

 返事は早かった。強い声だった。けれど、突き放すための言い方ではなかった。分からないことを、分からないまま認めるしかない声だった。

 

「……私が一番知りたいわ。自分がどういう状態なのかも、なぜここにいるのかも、まだ説明できない。でも、ここにいる以上、仕事はする。それだけよ」

 

 藤丸は言葉に詰まった。

 

 オルガマリーは、少しだけ目を伏せた。

 

「……何よ。その顔。化け物でも見るみたいに見られるよりは、ずっとましだけど」

 

「違います。そういう意味じゃなくて」

 

「じゃあ、何」

 

「また会えて、驚いて……それと、少し安心しました」

 

 オルガマリーは一瞬黙った。頬がわずかに強張る。

 

「……そう。なら、その驚きはあとで処理しなさい。今は報告を聞く時間よ」

 

 ムニエルが小声で「所長、照れてない?」と言いかけた。

 

「誰が照れているの。ムニエル、今の続きを言ったら減給にするわよ」

 

 オルガマリーが即座に言った。

 

「まだ言い切ってません!」

 

「言い切る前に分かるわ。貴方、顔に出るもの」

 

「予測で裁くのは横暴じゃないですか!?」

 

 セレシェイラが、端末に記録を打ち込みながら短く息を吐いた。

 

「でも、たぶん当たってる」

 

「エルロンまで!?」

 

「現実を受け入れたら、ムニエル」

 

「その台詞、今日二回目だぞ!」

 

「なら、そろそろ効果が出てもいい頃ね」

 

 短いやり取りのあと、マシュが周囲を見渡した。安心した直後だからこそ、そこにいない人たちの不在が重くなる。

 

「……ゴルドルフ新所長は?」

 

 その名が出た途端、管制室の空気が少しだけ沈んだ。

 

「施設内反応なし。シオンさん、キャプテン・ネモ、キャスター霊基のダ・ヴィンチちゃんも同じです」

 

 セレシェイラが答える。顔は端末へ向けたままだったが、声は先ほどより低かった。

 

「記録上、存在しなかったことにはなっていません。ただ、このカルデアにはいない。別座標にいるのか、そもそもこのカルデアが、彼らのいたカルデアと同じ連続性を持つのか、まだ判別できません」

 

 ムニエルが奥歯を噛んだ。

 

「つまり、いる奴といない奴の基準が分からないってことかよ」

 

「そう。そこが一番まずい」

 

 ダ・ヴィンチちゃんが頷いた。声から軽さが消えている。

 

「人員配置が偶然なら、僕たちはまだ運がいい。でも、もし何かが選んだ結果なら――何のために、誰を残して、誰を外したのかを考えなきゃいけない」

 

「考えるのは後よ」

 

 オルガマリーが言った。

 

「いない者を数えて足を止めるなとは言わない。けれど、今ここにいる者で動くしかない。ゴルドルフがいないなら、今この場の指揮は私が取る。シオンがいないなら、残った観測系を使う。ネモがいないなら、移動手段はカルデア内部で組む。……そういうことでしょう」

 

 言葉は強い。けれど、その強さの下に、同じ不在を受け止めている重みがあった。

 

 ダストンが転送系統の表示を確認し、短く言う。

 

「人員は足りない。だが、設備は動く。動くなら使える」

 

「そういうこと」

 

 ダ・ヴィンチちゃんが咳払いをした。

 

「さて。本題に入ろう。まず外部だ。画面の通り、カルデアの周囲は白い霧に包まれている。成分だけを取れば、霧に近い。でも、通信も、観測も、座標固定も、ある箇所を除いて、外へ伸ばした途端に乱れる。今のカルデアは、白いものに覆われているだけじゃない。外界と断絶されている」

 

「ある箇所、ですか?」

 

 マシュがすぐに聞き返した。

 

 藤丸も、同じところで引っかかっていた。全部が乱れるのなら、外の様子を確かめることさえできない。けれど、ダ・ヴィンチちゃんは今、たしかに例外があると言った。

 

「こういう時の“除いて”って、だいたい良い意味じゃないんだよな……」

 

 ムニエルが端末を覗き込みながら、小さく顔をしかめる。

 

「感想は分かる。けど、手は止めないで」

 

 セレシェイラが言う。

 

「止めてないって。怖がりながらでも仕事はしてる」

 

「なら十分。怖がらない人間より、怖がっても手を動かす人間の方が信用できるわ」

 

 シルビアが、端末から目を離さずに言った。

 

「褒められてる気がしないんだけど」

 

「褒めてる暇がないだけ」

 

 短いやり取りの間にも、ダ・ヴィンチちゃんの指は止まっていなかった。白く塗り潰された外部映像の上に、四つの淡い光点が重なる。

 

「完全に何も拾えないなら、まだ話は単純だった。外へ向けた観測線の大半は途中で沈む。通信も座標固定も、まともに届かない。けれど、霧の中に四つだけ、反応が残る場所がある」

 

「そこが、外へ出る道なんですか?」

 

 藤丸が聞くと、ダ・ヴィンチちゃんは首を横に振った。

 

「残念だけど、出口とは呼べない。外の状況を掴めているわけじゃない。霧の中で、そこだけが観測線に引っかかる。向こうから返事があるわけじゃないけれど、完全な空白でもない」

 

 ダストンが、投影図の端にある線の沈み方を見て顔をしかめた。

 

「観測線が折れてるわけじゃない。外へ伸ばす前に、力を抜かれてる。機材の故障なら直せるが、こいつは相手が管の途中で水を吸ってるみたいなもんだ」

 

「たとえが嫌ね」

 

 シルビアが言う。

 

「嫌な現象に、気持ちいいたとえは付けられん」

 

 オルガマリーが腕を組み、モニターを睨む。

 

「つまり、閉じ込められているうえに、変な目印だけは残されているわけね。趣味が悪いわ」

 

「同感だよ。今分かっているのは、トリスメギストスが通常の待機状態から外れて、非常時演算に入っていること。霧の中に四つの局所異常を検出したこと。それから、外へ向けた観測線のほとんどが途中で力を失うことだ」

 

 ダ・ヴィンチちゃんが別の投影図を開いた。白い霧の輪郭へ向かって伸びた観測線が、外へ抜ける直前で淡く沈んでいる。向こう側から返事があるわけではない。ただ、境界へ触れる前に、線そのものが力を失っていた。

 

 藤丸は画面を見つめた。白い線が消えていくたびに、胸の奥がざわつく。さっきまでいた白い廊下の色が、強化ガラスの向こうに広がる霧と、胸の奥で重なった。

 

「藤丸くん?」

 

 ダ・ヴィンチちゃんが気づいて、こちらを見る。

 

「……目が覚める前に、白い廊下にいたんだ。奥に扉があって、その向こうに誰かがいた」

 

 マシュが小さく息を呑んだ。ダ・ヴィンチちゃんの指が、端末の上で止まる。管制室の音が消えたわけではない。けれど、その場にいる何人かが、同じ言葉に引っかかったのが分かった。

 

「誰か、というのは?」

 

 ダ・ヴィンチちゃんが尋ねる。問い方は穏やかだったが、声の底には緊張があった。

 

「顔も名前も分からない。姿も、扉の向こうの影みたいにしか分からなかった。ただ、声は聞こえた。俺を待っていたみたいに、“来たのね”って」

 

「先輩を、知っている方だったのでしょうか」

 

「分からない。会ったことがあるのか聞いたら、会ったことがあるとは言えない、でも初めてでもないって言われた」

 

 ムニエルが思わず顔をしかめる。

 

「なにそれ、怖っ……いや、ごめん。今のは普通に怖かった」

 

「その感想、主観として別枠にする?」

 

「しなくていい!」

 

「了解。事実だけ残すわ」

 

「そういう判断は速いな!?」

 

 藤丸は、そこで一度息を整える。白い廊下の静けさと、扉の向こうの声が、まだ耳の奥に残っていた。

 

「あの場所と、この霧が同じものだとは言えない。でも、別々のものとして片づけるのも違う気がする。あの白さを思い出すと、胸の奥が同じ場所で冷える」

 

 ダ・ヴィンチちゃんは短く頷き、端末へ記録を入れた。

 

「了解。藤丸くんの体験として記録する。カルデアに戻る前に見たものなら、ただの夢として切り捨てるには早い。霧と同一視もしない。ただ、関係ないと決めつけるのも危険だ。今は、白い廊下に関する未確定証言として並べておくよ」

 

「うん。ありがとう」

 

 ダ・ヴィンチちゃんは画面を切り替えた。

 

「次に、霊基グラフの異常について話す」

 

 表示された霊基グラフには、カルデア側が現時点で比較的安定して確認できる三つの霊基反応が並んでいた。エミヤ。マンドリカルド。そして、ジャンヌ・オルタ。最初の二騎は通常反応に近い。けれど、ジャンヌ・オルタの名前だけが、通常霊基に近い値を示しているにもかかわらず、別枠の赤い警告と重なって点滅していた。

 

「通常霊基……?」

 

 その表示を見た瞬間、藤丸は息を止めた。

 

 それは、ただ懐かしい名前が戻ってきたというだけの表示ではなかった。ジャンヌ・オルタとは、あの時、新宿で――そしてイドで、確かに向き合ったはずだった。彼女は、カルデアが果たすべきだった清算を、自分の意思で引き受けてくれた。その決断があったからこそ、今、何事もなかったように通常霊基に近い反応を返していること自体が怖かった。

 

 戻ってきた、と思っていいのか。

 

 それとも、戻されたのか。

 

 胸に灯った熱が、すぐに痛みに変わる。

 

 マシュも画面を見て、表情を引き締めた。

 

「通常の復帰ではありません」

 

「マシュは、先に聞いてた?」

 

「はい。一次説明は受けました。でも、説明を聞いたからといって、簡単に受け入れられるものではありませんでした」

 

 ダ・ヴィンチちゃんが静かに続ける。

 

「問題はそこだ。彼女は、カルデアが向き合うべきだった清算を、自分の意思で引き受けてくれた。その縁が、何事もなかったように通常霊基に近い形で反応を返している。霧の影響かどうかはまだ断定できないけれど、通常接続に戻ったわけじゃない。閉じたはずの縁が、こちらの霊基グラフに通常のものとして扱われていること自体が異常なんだ」

 

 ダ・ヴィンチちゃんの声は、いつもより低かった。怒鳴ってはいない。けれど、画面を見つめる横顔には、はっきりと怒りがあった。

 

「録音の再生でも、影でもない。向こうの意思は確かに反応している。けれど、霊基パターンの輪郭に対して、グラフ上の接続だけが不自然に整いすぎている。本人が望んで戻ったのか、誰かが通常接続の形へ無理に押し込んだのかは、まだ分からない」

 

 ダストンが小さく唸った。

 

「機械屋の言い方をすると、壊れた線を直したんじゃない。切れた線を、切れる前と同じ形に整えて貼り直した感じだな。通電はする。だが、誰がどう貼ったか分からん」

 

「余計に気味が悪いわね」

 

 シルビアの声が低くなる。

 

「……誰かの意思があって、通常の霊基に戻されている可能性があるんだね」

 

 藤丸の声は、自分で思ったよりも低かった。ダ・ヴィンチちゃんは頷く。

 

「分かるかい、藤丸くん。彼女たちは、それぞれの意思で、背負うものを背負って別れや区切りを選んだ。もし、その決断まで誰かが勝手にこちら側へ戻しているのだとしたら、それは再会じゃない。背負ってきた時間に、土足で踏み込むのと同じだ」

 

 藤丸は画面の名前を見つめた。

 

 会いたい。それは間違いない。声を聞きたいと思ってしまう自分もいる。けれど、その気持ちを理由に、彼女たちが選んだ別れをなかったことにはできなかった。

 

「会いたい。会いたいけど……みんなが選んだ決断まで、こっちの都合でなかったことにはしたくない」

 

「そう。まず確かめるべきなのは、相手の意思だ」

 

 オルガマリーが腕を組んだまま言う。

 

「感傷を捨てろとは言わないわ。嬉しいなら嬉しいでいい。けれど、その嬉しさで判断を急がないこと。相手の決断まで、自分たちのために使わない。まず確かめるべきなのは、戻ってきたという事実じゃなく、その意思よ」

 

「はい。嬉しい気持ちはあります。だからこそ、そのまま受け取らない。まず、本人の声を聞きます」

 

 オルガマリーはそれ以上言わなかった。少しだけ視線を緩め、ダ・ヴィンチちゃんへ顎を向ける。

 

「それで、この三騎は第一の局所異常へ向かう候補、という理解でいいのね?」

 

「うん。霧内座標へ接続した場合の同調負荷、藤丸くんとの相性、現時点での霊基安定率を合わせると、この三騎が一番ましだ。ただし、赤い異常表示を示しているのはジャンヌ・オルタだけだ」

 

 藤丸の息が止まった。

 

「……今、確認できる?」

 

「危険はある。けれど、第一の局所異常へ向かうなら、同行戦力は必要だ。こちらの都合で呼びつけるんじゃない。声が届くか、まず確かめる。応えてくれたなら、その時に判断する」

 

 数秒後、管制室の一角に霊基の輪郭が浮かんだ。完全に実体化しているわけではない。けれど、声は届いた。

 

『状況は聞こえている。マスター、まずは呼吸を整えろ』

 

 落ち着いた声だった。藤丸は、胸に溜まっていた息をゆっくり吐いた。

 

「エミヤ」

 

『ああ。君がまた妙な場所に巻き込まれていることだけは分かった』

 

「そこは……否定できないかな」

 

『それと、管制室にいる誰かが“食堂も安心だ”と言ったのも聞こえた』

 

 ムニエルが目を逸らした。

 

「いや、だってさ。エミヤがいると、なんか全体的に安心感があるっていうか」

 

 シルビアが横から言う。

 

「それ、本人に聞こえてるわよ」

 

「……褒め言葉だからセーフだろ?」

 

「セーフかどうかは本人が決めることね」

 

 エミヤの声に、わずかな苦笑が混じった。

 

『任務前に食堂の話をする余裕があるなら、まだ最悪の状況ではないらしいな』

 

「来てくれて助かった。すごく頼りにしてる」

 

『了解した。状況が不確かならなおさら、こちらも油断はしない』

 

 その言葉に、藤丸の背筋が少し伸びた。笑って終わらせていい状況ではない。けれど、声を聞けたことまで否定しなくていい。そう思えた。

 

 次に、少し遠慮がちな声が入る。

 

『えっと……俺も、聞こえてます。なんか、その、こういう時に出てきていいのか分かんないんすけど』

 

「マンドリカルド」

 

『はい。……いや、はいって返事も変か。お久しぶり、でいいんすかね』

 

「いいと思う。来てくれてありがとう、マイフレンド」

 

『うわっ』

 

 マンドリカルドの声がひっくり返った。

 

『いや、嬉しいんすけど! 嬉しいんすけど、管制室でそれ言われると、俺の霊基安定率が別の意味で不安定になるっていうか!』

 

 セレシェイラが端末を見たまま、淡々と言った。

 

「霊基値、揺れました。原因は……今の発言かもしれません」

 

「え、今ので揺れたの?」

 

「感情反応として記録します」

 

 藤丸は今度こそ少し笑った。マンドリカルドも困ったように笑う。張り詰めていた空気の端に、人の声が戻ってくる。

 

 そして、最後の声が来た。

 

『……なに笑ってんのよ』

 

 藤丸の表情が止まった。

 

 聞き慣れた、刺々しい声。怒っているようで、そうではない。怒っている形を取らないと、うまく話せない時の声だった。

 

「……ジャンヌ・オルタ」

 

『何よ、その顔』

 

「少し、言葉を探してた」

 

『探すほどのことじゃないでしょ。私は聞いての通り、ここにいる。完全な状態じゃないけど、声は届いてる。それで十分よ』

 

 藤丸はすぐに返事ができなかった。嬉しいだけではなかった。痛みも、戸惑いも、胸の奥で同時に動いた。

 

「来てくれて、ありがとう。今は、それだけ言わせて」

 

『礼を言うのは早いわよ。私はあんたの都合で都合よく呼ばれたわけじゃない。こんな雑な繋ぎ方をされて、黙っていられないだけ』

 

「うん。分かったつもりで済ませないようにする」

 

『だったら顔を上げなさい。暗い顔でこっちを見るくらいなら、いつも通り指示を出しなさいよ、マスター』

 

 藤丸は深く息を吸った。嬉しい。痛い。怖い。全部あった。それでも、今は前を向ける。

 

「三人とも、よろしく」

 

 エミヤが頷く。マンドリカルドが小さく返事をする。ジャンヌ・オルタの返事は、最後までそっけなかった。

 

『足を引っ張ったら燃やすわよ』

 

「それ、味方に言う台詞かな?」

 

『味方だから言ってんのよ』

 

 管制室に、短い笑いが戻った。

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