Fate/Grand Order 第三部 Script of the Palimpsest   作:白瀬 綴

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沢田綱吉の非日常

朝だった。

 

 並盛町の住宅街は、いつもと変わらない速さで目を覚ますはずの時間帯にあった。道沿いの塀には昨夜の雨を引きずったような湿り気が残り、電柱の影はまだ短くなりきらず、曲がり角の先からは通学に急ぐ足音や、自転車のブレーキが鳴る乾いた音が混ざって聞こえてきてもおかしくない。綱吉は学校鞄の肩紐を直しながら、半歩前を歩く獄寺と、その横で気楽そうに周囲を眺めている山本の背中を見ていた。少し離れた位置には京子とハルがいて、会話の断片だけが風に乗ってくる。さらに後ろからは、クロームの控えめな足音が続いている。

 

 見慣れた朝の並びだった。

 

 だからこそ、最初の違和感は、何が起きたのか分からないまま身体の方へ先に残った。

 

 白い。

 

 視界の端で、何かが膨らんだように見えた。遠くから霧が流れ込んでくるのではない。目の前にあった空気そのものが、内側から白く濁り始める。輪郭がぼやけるのではなく、見えているものの意味だけが一瞬遅れるような、嫌な白さだった。

 

「……え?」

 

 綱吉が足を止めるのと、獄寺が舌打ち混じりに振り返るのはほとんど同時だった。山本の笑みが消え、京子とハルの会話が途中で切れる。クロームも小さく息を呑む。次の瞬間には、通学路全体が一息に白へ呑まれていた。

 

 見えないわけじゃない。近くの電柱も、塀も、人の影も、全部“ある”とは分かる。なのに距離だけが狂う。手を伸ばせば届くはずのものが一歩ぶん遠く、角を曲がれば見えるはずの道が一枚向こう側へずれているように感じる。吸い込んだ空気は肺へ入る。だが、その手応えが薄い。耳に届く音もおかしかった。足音は聞こえるのに、自分が踏んでいる地面の感触と一致しない。

 

「十代目、下がってください!」

 

 獄寺の声が白の向こうから飛ぶ。だがその位置が、声の大きさほど近くない。

 

 綱吉は返事をしようとして、喉の奥で言葉を止めた。隣にいるはずの京子とハルの姿が、さっき見た位置にもうない。白い中へ溶けたというより、最初からそこにいなかったかのような、不自然な見失い方だった。

 

「京子ちゃん! ハル!」

 

 呼ぶ。声は出た。だが返事はない。

 

 その一拍のあとで、白は来たときと同じくらい唐突に引いた。

 

 霧が晴れた、というより、世界の上へ重ねられていたものが一枚だけ剥がれ落ちたような感覚だった。色が戻る。道路が戻る。塀や家並みも元の位置に近い形で視界へ収まる。

 

 そして、静かすぎる朝だけが残った。

 

 綱吉は最初に、声を上げかけた喉の残りを飲み込んだ。人がいない。車の音がない。近所の話し声も、遠くの信号待ちのざわめきも、犬の鳴き声もない。家はある。窓もある。洗濯物も干されたままだし、自転車も止まっている。生活の痕跡はそこらじゅうへ残っているのに、“今ここにいるはずの人間”だけが綺麗に抜け落ちていた。

 

 しかも、全員ではない。

 

 目の前には獄寺がいる。山本がいる。少し離れてクロームも立っている。だが、京子とハルの姿だけが、どこにも見えない。

 

 綱吉の胸の奥が、きゅっと細く縮んだ。

 

「……京子ちゃんとハルは?」

 

 口に出した瞬間、その確認自体が正常じゃないと分かる。さっきまで確かに同じ通学路にいた。少なくとも、霧が視界を全部奪う直前までは。

 

 獄寺が周囲を切るように見回す。視線は速い。だが焦っているのではなく、見落としを潰していく動きだった。

 

「……いねえ。霧が出る直前までは、そこにいた」

 

 言いながら、塀の内側、路地の角、家の影を順に確認していく。見失った、では済まない綺麗な消え方だった。

 

 山本が小さく息を吐く。

 

「はぐれたって感じじゃねーな。気配ごと消えてる」

 

 軽い声色に聞こえるのに、内容は重い。綱吉も同じことを感じていた。見失ったんじゃない。そこから外されたみたいに、存在の方が抜かれている。

 

 クロームがかすかに俯く。

 

「……外側が、変です。町のまわりだけ、何か……残ってる」

 

 その言葉に綱吉たちは一斉に振り向いた。並盛町の外へ続く道の先、普段なら遠くまで見通せるはずの外周だけが、まだ白く沈んでいる。町じゅうへ濃く立ち込めていた霧は消えているのに、境界線だけをなぞるようにして、白い靄がぐるりと町の外側を囲っていた。

 

 行き止まりになったわけではない。道路は見える。家並みも見える。けれど、その先だけが、見えているのに遠い。綱吉は一歩踏み出そうとして、足裏に返る距離感の気持ち悪さに眉をひそめた。まっすぐ続いているはずの道なのに、そこへ近づこうとした瞬間、景色の奥行きだけが薄く引き延ばされる。進めるのか、戻されるのか、まだ分からない。ただ、普通に町の外へ出られる状態ではないことだけは、全員の身体に同じ重さで残った。

 

 綱吉は答えを出す前に、もう一度だけ京子とハルが立っていた辺りを見た。いない。返事もない。胸の奥で不安がじわじわ広がる。だが、立ち止まっているだけでは何も分からない。

 

「……探そう」

 

 短く言う。理由を並べる必要はなかった。この状況で、消えた二人も、町そのものの異常も、そのままにはしておけない。

 

 獄寺が頷く。

 

「当然です。十代目、町の中を見て回りましょう。外へ出られないなら、原因は中にある」

 

 山本も肩を竦めるようにして視線を巡らせた。

 

「人が消えてて、町の外は白いまんま。しかも、さっきの霧、普通じゃなかったしな」

 

 クロームは小さく頷き、言葉を継ぐ。

 

「この中だけ、切り取られてるみたいです……」

 

 その表現が、一番しっくりきた。もちろん、それが正しいのかは誰にも分からない。ただ、この町だけが外側から隔てられ、人の気配だけを抜かれたように残っている現実を言うなら、それ以外に近い言葉がなかった。

 

 異常の調査は、まず“何が普通で、何が消えているのか”を確かめるところから始まった。

 

 並盛の住宅街は見た目だけならほとんど変わらない。商店の看板も、通学路の角も、見慣れた建物も全部ある。だが人がいない。家の窓の内側には朝の生活の名残があるのに、街路には気配がない。しかも、町の外周へ近づくと白い靄が濃くなる。霧に触れた、という感触はない。ただ、空気の方がこちらを押し返すみたいに、位置の情報だけが歪む。

 

 獄寺と山本は外へ出ようとしてみて、すぐに戻ってきた。正確には、戻ったつもりはないのに、いつの間にか同じ角の前へ立たされていた。

 

「……チッ、壁ってわけでもねえのに進めねえ」

 

 獄寺が苛立ちを抑えきれずに吐き捨てる。

 

 山本は笑ってはいない。

 

「真っ直ぐ歩いてるはずなのに、景色だけがぐるっと戻る。感覚が気持ち悪いな、これ」

 

 綱吉はその報告を聞きながらも、意識の一部をずっと別方向へ割いていた。京子とハル。消えた二人のことが頭から離れない。目の前で消えた、という事実だけが胸の奥へ刺さっている。

 

 そのとき、遠くから音がした。

 

 何かが倒れるような、乾いた重い音。

 

 全員が同時に顔を上げる。住宅街の奥、一本入った細い路地の向こう側。風向きに紛れて、焼ける匂いではない、もっと空虚な臭いが届いた。

 

 綱吉が一歩踏み出す。

 

 獄寺が止めるより先に、身体が先へ動いていた。

 

 路地を抜けた先で、それは見えた。

 

 黒い。

 

 炎のように揺れるのに熱がない。人の形をしているのに、骨格がない。影だけが人型を真似しているような、不気味な化け物だった。ひとつではない。電柱の陰、塀の向こう、屋根の縁。視線を向ける先々に、同じ黒が位置を変えながら立っている。

 

 そのさらに手前で、小さな影がもつれていた。

 

 赤ん坊。

 

 だが、赤ん坊というには服装も雰囲気も異質だった。サイズだけが幼い。身体の動かし方が上手く噛み合っていない。走ろうとしているのに足が前へ出ず、踏み込んだ一歩が短く、次の瞬間にはそのまま前のめりに崩れかける。

 

「……!」

 

 綱吉の中で、考えるより先に決まる。

 

 助けないとまずい。

 

 距離も、敵の数も、その判断の後ろへ押しやられた。

 

 綱吉の指先が、反射みたいな速さで懐へ入る。取り出した小さな丸薬を、迷う間もなく口へ放り込む。噛むより早く喉の奥へ流し込まれたそれが、次の瞬間には身体の芯へ火を点けた。

 

 熱い、という感覚ではない。むしろ逆だ。余計な迷いだけが一気に焼き払われ、視界の輪郭が鋭く立ち上がる。呼吸が整う。足裏に返る地面の情報が一瞬で噛み合い、遅れていた思考が身体へ追いつく。

 

 額に橙色の炎が灯る。

 

 その時点で、もう沢田綱吉の動きは、さっきまでとは別の精度に切り替わっていた。

 

 地面を蹴る。視界が狭まり、余計なものが削がれていく。黒い化け物の位置、踏み込む角度、間に合う距離だけが細い線になって浮く。

 

 獄寺が後ろで何か叫んだ。山本が動く気配もある。だが、その声はもう綱吉の耳には遠い。

 

 間合いへ入る。黒い化け物の腕が振り下ろされる。その軌道を半歩で外し、拳を叩き込む。

 

 触れた瞬間、手応えが消える。

 

 殴った感触ではない。相手の“形を保つ前提”だけが崩れたように、黒い化け物は内側からほどけ、そのまま音もなく消えた。

 

 ただ、その消え方は、普通ではなかった。ほどけた黒は空気に溶けきらず、細い粒の流れになって、どこかへ引かれていく。綱吉にはそれが何なのか分からない。ただ、倒したはずのものが完全に消えたわけではない、という嫌な感覚だけが残った。

 

 綱吉は着地し、倒れかけた赤ん坊を抱き留める。

 

 軽い。思ったよりずっと軽い。だが、ただ軽いだけではなかった。手の中に収まるのに、妙な重みがある。中身の密度だけが違うみたいな、説明しにくい手応えだった。

 

 その瞬間、空気が揺れた。

 

 何もいないはずに見えた場所へ、歪みが立つ。最初に来たのは違和感だ。次に、線。ひび割れのような細い揺れが空間へ走り、白い霧の中でほどけかけていた同行者たちの輪郭が、その奥から浮かび上がる。

 

 赤い外套をまとい、鋭い眼差しで周囲を測る男。

 

 黒を基調とした衣装に、燃えるような気配を宿した女。

 

 無骨な剣を携えた、どこか頼りなさと誠実さが同居する男。

 

 三つ。

 

 完全ではない。輪郭の端はまだ薄く、肩口が少し空気へ溶けている。だが、確かに“人の形”として見えた。

 

 綱吉の目が見開かれる。

 

 驚いた。

 

 何もなかった場所に、いきなり人が現れたように見えたのだから当然だ。けれど、彼らはこの町で新しく喚ばれた存在ではなかった。赤ん坊と一緒に落ちてきて、白い霧の中で見えなくなっていたものが、橙色の炎に触れて急に形を取り戻したように見えたのだ。次の瞬間には、彼の呼吸が変わる。敵意ではない。むしろ逆だ。目の前の赤ん坊を守る側に立っている“何か”だと、理屈より先に身体が理解している。

 

 超直感が、答えだけを掴んでいた。

 

 赤ん坊も、その変化を見ていた。綱吉の炎が近くにある時だけ、三騎の輪郭が少しずつ現実へ寄る。存在が安定する。

 

 赤い外套の男が低く息を吐く。

 

「……少しずつだが、ようやくまともに実体化ができる」

 

 赤ん坊の胸の奥が、じわりと熱くなったように見えた。彼らに何が起きていたのか、綱吉にはまだ分からない。けれど、さっきまで崩れかけていた三つの人影が、綱吉の大空の炎に引かれるようにして、少しだけ現実側へ繋ぎ止められていることだけは分かった。

 

 それは、何かを補充しているというより、この場へ繋ぎ止める最低限の足場だけを辛うじて支えているように見えた。

 

 黒衣の女が、苛立ちと驚きを半分ずつ混ぜたような声で吐き捨てる。

 

「最悪。けど、さっきよりはずっとマシね」

 

 無骨な剣を持つ男も、剣の柄へ手をかけ直しながら、赤ん坊へ視線を向ける。

 

「よかった……いや、全然よくはねえんだけど、今は少しマシだ」

 

 そのやり取りを、綱吉は完全には理解していない。だが、見えている。少なくとも“何もない空間から三人の人影が現れた”ことだけは、はっきりと見た。

 

 獄寺が息を呑む。

 

「……何だ、今の」

 

 山本もさすがに笑わない。

 

「これは、驚くな」

 

 クロームだけが、わずかに安堵を滲ませた目をしていた。彼女には最初から、薄くではあってもそこに何かがいると分かっていたからだ。

 

 その直後、獄寺たちが追いつく。

 

 綱吉は赤ん坊を抱えたまま振り返り、その時ようやく、額に灯っていた炎が静かに細る。圧が薄くなり、空気の張りがほどけていく。呼吸が、もっと人間らしいリズムへ戻る。鋭利に削ぎ落とされていた迷いのなさが少しだけ緩み、そのぶん、もともとそこにあった柔らかさが表へ戻ってくる。

 

 赤ん坊はその変化を、腕の中で間近に見ていた。

 

 別人になるわけじゃない。けれど、明らかに雰囲気が違う。さっきまでの綱吉は、躊躇いを燃やし切ったみたいに真っ直ぐだった。今はそこへ、戸惑いや優しさが自然に戻ってくる。なのに、本質は変わっていない。助けようとする意志も、誰かを守るために前へ出る姿勢も、何ひとつ失われていない。

 

 赤ん坊は小さく息を吸う。

 

 驚きはある。だがそれ以上に、納得の方が近かった。強さだけが別にあるんじゃない。優しさが、そのまま鋭くなった結果として、さっきの姿がある。

 

 綱吉は一度だけ赤ん坊を抱え直し、呼吸を整える。そこでようやく、周囲を見る余裕が戻った。

 

 そのタイミングで、別方向から荒い足音が近づいてくる。

 

「極限だァ!」

 

 聞き慣れた大声と一緒に、笹川了平が路地の角を曲がって飛び込んできた。腕の中には、泣き疲れて眠ってしまったランボが抱えられている。小さな身体は力なく了平へ預けられたままで、頬には涙の跡が乾ききらずに残っていた。

 

 了平は全員の姿を確認すると、一瞬だけ安堵の息を漏らし、それから周囲の異常へすぐに顔を引き締める。

 

「また極限に妙なことになっているな……!」

 

 雑な言い方だが、認識は外していない。

 

 これで、この場の面子は一通り揃った。

 

 綱吉、獄寺、山本、クローム、了平、ランボ。そして、綱吉に抱えられた赤ん坊と、その背後で辛うじて輪郭を保つ三つの人影。

 

 息を整え直しながら、綱吉は短く現状を説明する。白い霧が町を覆ったこと。晴れたら人が消えていたこと。町の外周だけ、まだ白いものに囲まれていること。黒い炎の化け物が町を徘徊していること。そして、その化け物に襲われそうになっていた赤ん坊を助けたこと。

 

 それを受けて、今度は全員が思い思いに赤ん坊を見る。

 

 獄寺は特にじっくり見ていた。最初に浮かんだのは、おそらくリボーン関係の誰かか、別のマフィア絡みの厄介ごとだろう。見た目だけなら、十分そう思える。だが、雰囲気が違う。穏やかすぎる。無防備ではない。けれど、“裏”の人間が隠し持つ種類の張りとはズレている。警戒はする。だが、敵のように切り捨てるには違和感が強い。獄寺はその微妙な位置で判断を止めた。

 

 山本はあからさまに問い詰めることはしない。けれど、視線は柔らかく見えて、肝心なところを見逃していない。

 

「普通の赤ん坊、って感じじゃないよな」

 

 言い方は軽いが、意味は重い。

 

 了平は腕を組みかけ、ランボを抱えていることを思い出してやめる。

 

「極限に小さいが、ただの子どもではない、ということか」

 

 クロームは少しだけ躊躇ったあと、小さく口を開いた。

 

「……後ろの人たち、その子を守ろうとしてるように見えます」

 

 見えている範囲での、できるだけ正確な言い方だった。

 

 沈黙を破ったのは、綱吉だった。

 

「えっと……まず、名前を聞いてもいいかな。俺は沢田綱吉。こっちは獄寺くん、山本、クローム、お兄さん。それで、今寝てるのがランボ」

 

 藤丸は綱吉の腕の中で、小さく頷いた。自分の声がまだ幼い響きになることに違和感を覚えながら、それでも言葉を選ぶ。

 

「藤丸立香、です。さっき、この町に落ちてきました。……見た目はこうですけど、元から赤ん坊だったわけじゃありません」

 

「落ちてきた?」

 

 山本が聞き返す。責める声ではない。だが、軽く流していい言葉でもなかった。

 

 藤丸は首元の空の器へ指を添えた。触れれば、嫌な接続感がまだ残っている。

 

「白い霧みたいな場所で、身体をいじられました。小さくされて、力みたいなものも少し奪われて……これを付けられたんだと思います」

 

 獄寺の目が鋭くなる。

 

「誰にだ」

 

「姿は見てません。声も聞いてないです。ただ、こっちの中身を測られてる感じがしました」

 

 その答えに、獄寺は舌打ちを飲み込んだ。相手の正体が分からない。だからこそ厄介だ。

 

 クロームは藤丸の背後を見つめる。霧の中に揺れる三つの輪郭は、まだ完全ではない。けれど、藤丸の近くから離れようとはしていなかった。

 

「……その人たちは?」

 

「俺の味方です。赤い外套の人がエミヤ。黒い服の人がジャンヌ・オルタ。剣を持ってる人がマンドリカルド。今はうまく動けないけど、ずっと守ってくれていました」

 

 綱吉は、その名前に一瞬だけ眉を寄せた。ジャンヌ・ダルク――歴史の授業で聞いたことくらいはある名前だ。だが、目の前の黒い服の女は、教科書に載っていた聖女の印象とはあまりにもかけ離れていた。

 

 エミヤは周囲の距離を測るように目を細め、軽く会釈だけを返す。ジャンヌ・オルタは不機嫌そうに鼻を鳴らし、マンドリカルドは所在なさげに剣の柄へ触れた。

 

「……まあ、味方っす。たぶん今は、それだけ分かってもらえれば助かるっす」

 

 了平はランボを抱え直しながら、大きく頷いた。

 

「極限に事情は分からん! だが、襲われていた子を見捨てる理由にはならんな!」

 

「了平さん、声大きいです……」

 

 クロームの小さな注意に、了平は一瞬だけ口を閉じる。ランボがむずがるように身じろぎしたからだ。

 

 獄寺はまだ警戒を解かない。だが、藤丸の怯え方と、背後の三人が彼を守る位置から動かないことを見て、すぐに敵と断じることもできなかった。

 

「十代目、信用しきるのは危険です」

 

「分かってる。でも、このまま置いていく方が危ないよ」

 

 ひとしきり会話が途切れかけた、その時だった。

 

 藤丸は、綱吉たちの空気が一瞬で変わったことに気づいた。言葉が止まったのではない。何かが、彼らの内側へ触れた。綱吉の腕に抱えられたまま、藤丸は反射的に首元の空の器を握る。自分へ縫い込まれたものと、彼らの指輪が震わせているものが、同じ町の奥へ向いている気がした。

 

 綱吉の左手が、ぴくりと震える。

 

 次いで、熱。

 

 指輪――いや、ボンゴレギアが、内側から脈打つように熱を帯びる。

 

「……っ」

 

 綱吉が息を止める。

 

 獄寺もほとんど同時に自分の手元を見る。山本も顔を上げる。クロームも、わずかに目を見開いた。

 

 全員のボンゴレギアが反応していた。

 

 特に、大空のそれが強い。

 

 まるで“向き”を持っているみたいに、熱の流れが一点を指している。

 

 綱吉が顔を上げる。

 

 視線の先は、住宅街の奥。坂の上。

 

「……神社か」

 

 了平が同じ方向を見る。獄寺は歯を食いしばったまま、すぐに結論へ飛ぶ。

 

「行くしかねえですね。これだけ露骨に反応するなら、何かある」

 

 山本も頷く。

 

「異常の原因に近いものか、少なくとも鍵にはなってるだろうな」

 

 綱吉は藤丸を見る。

 

 小さくなった身体は相変わらず思うように動かせない。自力で歩けないわけではないかもしれない。だが、今この状況で無理をさせていい状態じゃないことは、見れば分かる。

 

 綱吉はしゃがみ込まず、そのまま藤丸を抱え直した。

 

「だったら、行こう」

 

 言い方は静かだった。押しつけではない。ここで足を止める理由がないと、自然に分かっている声だ。

 

 藤丸は小さく頷く。

 

 その背後で、赤い外套の男、黒衣の女、剣を携えた男の輪郭が、綱吉の近くへ寄るぶんだけまた少し安定する。完全には程遠い。けれど、今の彼らにとっては、それでも十分大きい。

 

 並盛神社。

 

 そこに何があるのかは分からない。

 

 だが、京子とハルの行方も、町を囲う白い靄も、黒い炎の化け物も、全部の線がそこへ集まり始めている。

 

 全員が警戒を解かないまま、住宅街の奥へ向かった。

 

 坂の上へ。

 

 神社へ。

 

 この異常を解く鍵があるかもしれない場所へ。

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