Fate/Grand Order 第三部 Script of the Palimpsest   作:白瀬 綴

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【現時点の暫定勢力図】
■リボーン陣営
アルコバレーノウォッチ:リボーン
ボスウォッチ:沢田綱吉
バトラーウォッチ:獄寺隼人/山本武
ウォッチ非所持者:クローム髑髏/笹川了平/ランボ

■コロネロ陣営
アルコバレーノウォッチ:コロネロ
ボスウォッチ:???
バトラーウォッチ:???/???
ウォッチ非所持者:???

■マーモン陣営
アルコバレーノウォッチ:マーモン
ボスウォッチ:???
バトラーウォッチ:???/???
ウォッチ非所持者:???

■スカル陣営
アルコバレーノウォッチ:スカル
ボスウォッチ:???
バトラーウォッチ:???/???
ウォッチ非所持者:???

■ヴェルデ陣営
アルコバレーノウォッチ:ヴェルデ
ボスウォッチ:???
バトラーウォッチ:???/???
ウォッチ非所持者:???

■風陣営
アルコバレーノウォッチ:風
ボスウォッチ:???
バトラーウォッチ:???/???
ウォッチ非所持者:???

■ユニ陣営
アルコバレーノウォッチ:ユニ
ボスウォッチ:???
バトラーウォッチ:???/???
ウォッチ非所持者:???

■藤丸陣営
おしゃぶりウォッチ:藤丸立香
ボスウォッチ:マンドリカルド
バトラーウォッチ:エミヤ/ジャンヌ・ダルク・オルタ
ウォッチ非所持者:なし


第4話 誰が為の代理戦争

 マンドリカルドの絶叫が境内へ消えたあとも、腕の時計は外れなかった。

 

 綱吉は、自分の左腕へ視線を落とした。太いバンドが手首へぴたりと巻きつき、皮膚の上にある重さだけを残している。爪を差し込めそうな隙間はない。金具も留め具も見当たらず、肌と時計の境目だけが妙に曖昧だった。

 

 気持ち悪い。

 

 重さそのものより、そこへ役目が押し込まれている感触が嫌だった。何に使うのか、どう扱えばいいのかを聞いた覚えはない。それでも頭の奥には、押しつけられた役割だけが先に沈んでいる。

 

 綱吉の腕には太い一本。獄寺と山本には細い一本。リボーンたちの小さな手首には、おしゃぶりを模した意匠を持つ一本。藤丸の手首に巻きついた時計は似ているのに、首元へ縫い込まれた硬い異物と同じ方向へ、細い糸を伸ばしているように見えた。

 

 境内にいた全員が、自分の腕へ目を落としていた。針を刻む道具として眺める者は一人もいない。役割を勝手に押しつけ、外れないまま従わせるための枷が、腕の熱だけを奪って残っている。

 

 獄寺は二度、三度と自分の時計へ指をかけた。爪を差し込もうとしても継ぎ目が見つからず、乱暴に引けば手首の内側へ食い込む。舌打ちを喉の奥で潰してから、綱吉の腕を見た。

 

「十代目、その太いやつ……たぶん、こっちのより上の役目です」

 

 言われる前から、綱吉の手首はその重みを知っていた。知りたくもない役割が、皮膚の奥へ先回りしている。

 

 山本も自分の手首を返す。細いバンドは軽い。けれど、いつものように笑って受け流すには、手首の内側へ残る熱が強すぎた。

 

「こっちはバトラー、だったな。聞き慣れねえけど、付き添い兼戦闘って感じか」

 

 クロームは両手を胸元で重ね、小さく呼吸を整えている。了平は眠るランボを抱き直し、前へ出るべきか、一度下がるべきか、その両方を同時に測っているようだった。

 

 藤丸も、自分の腕に巻きついた一本を見つめていた。小さな指がバンドの縁に触れ、すぐに離れる。首元の硬い異物を確かめた時と同じ、触れたものが自分の奥へ入り込んでくる感触を嫌がるような反応だった。

 

 その背後では、エミヤ、ジャンヌ・オルタ、マンドリカルドも、それぞれ自分へ巻きついた時計を見ている。エミヤが一番早く冷静さを取り戻した。

 

「登録札より、拘束具に近いな。こちらが引き受ける前に、役割だけを押しつけてくる」

 

 ジャンヌ・オルタは露骨に顔をしかめる。

 

「最悪ね。了承も取らずに役割だけ押しつけてくるなんて」

 

 マンドリカルドは、まだ完全には立て直せていない。太い時計を何度も見下ろしては、情けないくらい正直な声でぼやいた。

 

「いや……でもこれ、本当に重いっすよ。いきなり『お前がボスだ』って押しつけられて、『はいそうですか』ってなるやついるっすか……?」

 

 その声に、綱吉の胸の奥が少しだけ痛んだ。

 

 自分も、似たものを何度も押しつけられてきた。ボス。十代目。継承。どれも手の中で角が立ち、いまだに掌へ痛みを残す。だから、マンドリカルドの戸惑いを笑えなかった。

 

 境内の中央では、小さな身体をした六人とユニが、それぞれ違う沈黙で同じ異物を受け止めている。

 

 コロネロは短く息を吐き、まず周囲の動きから確認していた。マーモンは自分の時計を見るより先に、誰がどう反応するかを冷静に拾っている。スカルは乱暴に引っ張ってみて外れないと分かると、ますます不機嫌そうに腕を振った。ヴェルデは時計の文字盤をじっと見ていた。針の動き、縁の刻印、腕の奥へ押し込まれた内容。それらをひとつずつ切り分けるように、短く目を細める。風だけは、静かなまま時計を見ている。動かない目が、かえって場の異常を重くしていた。

 

 リボーンは、自分に何が起きたかを一拍で飲み込み、もうその先の判断へ意識を移している。ユニは帽子のつばの下で、ほんの少しだけ呼吸を浅くしていた。

 

 綱吉は、その全員を見渡した。

 

 腕の奥へ流れ込んだ感覚は、この境内だけで止まっていない。並盛町のどこかにいる誰かの手首にも、同じようなものが巻きついている。京子とハルが消えた町。外へ出られない町。黒い炎の化け物が徘徊する町。その全部が、誰かの仕掛けへ組み込まれた場所へ変えられていく。

 

 喉の奥が重くなり、声を出す前に息が詰まった。

 

 リボーンが口を開く。

 

「頭に押し込まれた内容、整理するぞ」

 

 低い声が、境内のざわつきを切った。全員が、今ここで声に出して並べ直す必要を感じていた。頭の中へ直接流れ込んだ内容は、そのままだと足場にならない。人の声で確かめた瞬間だけ、ようやく扱えるものになる。

 

 獄寺が低く言った。

 

「十代目、曖昧なまま動く方が危険です。押し込まれた内容を、ここで確認しましょう」

 

 綱吉は頷き、左腕へ視線を落とす。知らない響きも混じっている。けれど、黙っている間にも時計は腕へ残り続ける。

 

「まず、陣営には三種類のウォッチがある」

 

 言いながら、綱吉は自分の腕、獄寺と山本の腕、そしてリボーンたちの小さな手首へ順に目を向けた。

 

・アルコバレーノウォッチ。おしゃぶりを持つ者に与えられる。

・ボスウォッチ。各陣営の中心になる代理人に与えられる。

・バトラーウォッチ。ボスを支える二人に与えられる。

 

 獄寺が自分と山本の時計を見る。山本も、いつもの軽い笑みを浮かべきれないまま小さく頷いた。

 

「次に、戦闘領域」

 

・指定された陣営同士は、戦闘領域の中で戦う。

・ウォッチを持たない者は、正式な参加者として扱われない。

・アルコバレーノウォッチを持つ者は、戦闘領域内の直接戦闘に入れない。観測、警告、自陣営への助言、領域規則の確認、自衛のための回避だけが許される。

・一定時間、攻防、死ぬ気の炎、武器の衝突、戦う意思のぶつかり合いが途切れた場合、領域は内側へ狭まる。

・領域が狭まれば、ウォッチに負荷がかかる。

 

 最後の一つを口にした時、獄寺が奥歯を噛んだ。山本の目からも、普段の柔らかさが少し消える。

 

「戦わずに時間を稼いだら、そのぶんこっちの腕を締めてくるってわけか」

 

 山本の声は軽く聞こえたが、笑いは乗っていなかった。

 

 リボーンは帽子のつばを下げた。

 

「悪趣味だな。殴り合いを命じる代わりに、守りたい相手の腕へ負荷を食い込ませてくる」

 

 綱吉は続ける。自分の口から出るたび、誰かが決めた線を喉の内側になぞらされているようで、息がざらついた。

 

「敗退の条件もある」

 

・ボスウォッチが壊れれば、その陣営は敗退する。

・バトラーウォッチが壊れれば、その持ち主は敗退する。ただし、陣営は残る。

・ウォッチの破壊以外でも、戦闘不能と判定されれば敗退になる。

・敗退した者は、戦闘領域から外される。

 

 了平がランボを抱え直す。クロームも胸元で重ねた手に力を込めた。

 

 外される、と聞いた瞬間、綱吉の腕へ巻きついた時計が少し冷えた。どこへ外されるのか。どんな状態で戻るのか。そこまでは流れ込んでこない。空いた部分だけが、かえって嫌な重さを残した。

 

「最後に、最後の一陣営になった側への報酬」

 

・アルコバレーノの呪いを解く資格。

・町の異常に関する情報。

・敗退者を解放できる人数は、最後の一陣営となった時点で残っているウォッチ保持者一名につき、一名。

 

 山本が、手首へ巻きついた時計を見下ろした。

「一回勝てば終わりじゃねえんだな。最後の一組になるまで、続けさせる気か」

 

 

 そこまで口にして、綱吉は顔をしかめた。

 

 自分の声で並べているのに、どの項目も喉へ馴染まない。願いを餌にして、必要なものだけを小出しにし、こちらが動く場所を狭めてくる。そんな冷たさが、時計の奥から滲んでいる気がした。

 

 境内の空気は重くなる。頭の中でぼんやりしていた不快さが、人の声を通ったぶんだけ逃げ場を失った。

 

 山本が最初に口を開く。

 

「呪いを解く資格と、敗退したやつを戻す権利か。断れねえ理由を、きっちり並べてくるんだな」

 

 綱吉たちは、ここにいる小さな身体の者たちが背負っている事情をまだ全部知らない。それでも、おしゃぶりへ触れる指の強さや、時計を見た時の沈黙だけで、差し出された報酬が軽い餌で済むはずもないことは伝わっていた。

 

 コロネロが短く笑った。乾いた、兵士の笑い方だった。

 

「気分の悪い餌だな」

 

 了平が顔をしかめる。師匠のその声だけで、報酬の重さは十分に伝わった。

 

 クロームは胸元の手を小さく握ったまま、ぽつりと言う。

 

「戦闘領域……町の中を、そのまま使うつもりなんでしょうか」

 

 ヴェルデが、時計の縁から視線を上げた。

 

「町そのものへ局所的な決闘領域を重ねるのだろう。自由行動の時間が残るなら、道、建物、遮蔽物、移動経路まで使われる。厄介だね」

 

 リボーンはその分析を受け、黙ったまま帽子のつばを指で押さえた。綱吉は、そこでようやくユニの方を見る。

 

「さっきの“代理戦争”って響きだけど……ユニは、それ自体を知ってるわけじゃないんだよな」

 

「はい」

 

 ユニは静かに頷いた。

 

「代理戦争、という響きだけが、先に頭へ浮かぶんです。でも、それに続くはずの説明や背景までは、うまく掴めません」

 

 ユニは胸元のおしゃぶりへ指先を添えた。自分の中にあるものを、できるだけ正確に声へ移そうとしている顔だった。

 

「……これは、わたしの予知に近い感覚なんだと思います。未来の流れや、大まかな輪郭だけが先に掴めることが、ときどきあるんです。でも、今回はそれがひどく不安定で……掴みかけたものが途中で欠けたり、急に遠ざかったりします」

 

 綱吉たちは黙って聞いた。知らない力についての話なのに、不思議と嘘には聞こえない。

 

 ユニは帽子のつばへ指先を触れたまま続ける。

 

「ここにいる人たちも、この町も、いつもの予知とは噛み合いません。知っている流れの上に、別の流れが重なっているみたいで……先を読もうとしても、途中で輪郭が崩れてしまうんです。最後まで一つの流れとしてつながりません」

 

 ほんの少しだけ視線を伏せる。

 

「だから、代理戦争という響きも、知識として知っているわけじゃありません。ただ、予知の断片の中に混ざっていて……それで引っかかっただけなんです」

 

 獄寺が眉を寄せたまま呟く。

 

「知らねえ響きなのに、頭の中には役目だけ入ってる……ほんとに気味の悪い仕組みだな」

 

「しかも、その響きと、おしゃぶりとユニと、この場の連中が全部つながってる」

 

 綱吉の声は低い。押し込まれた内容と、自分の目で見てきた事実が、胸の奥で少しずつ結びつき始めていた。

 

 白蘭という響きも、まだ胸の奥で引っかかっている。

 

 ユニは直前までγや白蘭たちと一緒にいたと言った。並盛で起きた異常は、別の場所にいた人間まで巻き込んでいる。獄寺がわずかに歯を食いしばった。

 

「γまで巻き込まれてるなら、町の外で何が起きてるかなんて、もう想像もつかねえな……」

 

 敵として戦い、最後には同じ方向を向いた相手を思い出したからこそ、その声には苛立ちと重さが混じる。

 

 その会話の途中で、マーモンが静かに口を挟んだ。

 

「少なくとも一つ言えるのは、これを丁寧な説明付きの招待状と思うだけ無駄だってことだよ」

 

 柔らかい口調なのに、内容は容赦がない。スカルも、乱暴に腕を振った。

 

「いきなり巻きつけて、はい戦えってんだからな! クソみてーな始め方だぜ!」

 

 ユニは帽子のつばへそっと触れた。

 

「でも……ここで何かが始まる気配は、あります」

 

 予知の断片と、今目の前にある現実を照らし合わせた結果の、静かな確信だった。

 

 それ以上考える時間は、ほとんど残っていなかった。

 

 境内の外、石段の下から、乾いた擦過音のようなものがいくつも重なって聞こえる。走る足音より軽く、空洞で、地面を擦るたびに中身のなさだけが耳へ残った。さっき町中で見た黒い炎の化け物たちが移動するときの、あの不快な擦れ方だ。

 

 エミヤが最初に顔を上げた。

 

「来るぞ」

 

 その一言で、全員の空気が変わる。石段の下、鳥居の柱の影、木立の隙間、塀の向こう側で、黒い炎の化け物たちが増えていた。数体を越えた影が位置を変えながら、境内を囲うようにじわじわと距離を詰めてくる。さっきまでは町の中を徘徊していたそれらが、今は明確にこの神社を目指して集まっていた。

 

 ジャンヌ・オルタが口元を歪める。

 

「最悪。考える暇もくれないわけ?」

 

 マンドリカルドはまだ顔色が悪いままだったが、それでも剣の柄へ手をかけた。

 

「いや、ほんと勘弁してほしいっすけど……来たら退けるしかないっすよね……!」

 

 リボーンの指示は早かった。

 

「散るぞ。ここで固まったら、まとめて飲まれる。向こうが分断する前に、こっちから動く」

 

 コロネロが頷く。風も静かに位置を変える。ヴェルデは境内の出口と遮蔽物の位置を確かめていた。マーモンはいつの間にか鳥居の影へ寄り、スカルは文句を言いながらも構えだけは取る。

 

 ユニは帽子のつばへ指先を添え、それから静かに顔を上げた。

 

「……先のことは、まだ全部は分かりません。でも、このままここへ留まるのは、よくないと思います」

 

 綱吉は、藤丸を抱えたまま周囲を見る。

 

 黒い炎の化け物たちが増え、境内全体へ圧をかけ始めている。腕に巻きついた役割が、もう次の行動を急かしてくるみたいだった。

 

 綱吉は、自分の腕に巻きついたウォッチへ指をかけた。

 

 外れない。

 

 指へ少し力を入れただけで、時計の縁が肌へ食い込む。普通の時計ならあるはずの隙間が、どこにもなかった。金具も、留め具も、肌との境目さえ曖昧で、腕の方がそれを拒めなくなっている。

 

 獄寺、山本、リボーンの腕には時計がある。けれど、クロームの腕にはない。了平にも、眠ったままのランボにもない。

 

 その差を見た瞬間、綱吉の喉が詰まった。

 

 守る側と、守られる側。戦う者と、戦場の外へ置かれた者。その線を、誰かが勝手に引いた。

 

 京子とハルは、まだ見つかっていない。町の人たちも戻っていない。藤丸の身体も、背後の三人も、まだ安定しているとは言い切れない。なのに、この時計だけは、何を聞いても答えないまま腕に残っている。

 

 石段の下から、黒い炎の化け物たちが近づいてくる。乾いた音が、境内の静けさを削った。

 

 獄寺が綱吉の横へ出る。

 

「十代目、どうします」

 

 綱吉は藤丸を抱え直し、石段の下へ視線を向けた。ここで足を止めても、消えた二人も町の人たちも戻らない。

 

「まずは、あれを止めよう」

 

 獄寺と山本が前へ出る。クロームは胸元で手を握り、了平は眠ったままのランボを抱え直した。藤丸の背後で、エミヤ、ジャンヌ・オルタ、マンドリカルドの輪郭が、綱吉の近くへ寄るぶんだけ濃くなる。

 

 腕に残った時計の重さを連れて、綱吉たちは石段の下へ向かった。

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