Fate/Grand Order 第三部 Script of the Palimpsest   作:白瀬 綴

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第5話 掟の鎖

 綱吉たちが足を止めたのは、住宅街の奥にある小さな公園だった。

 

 低い鉄棒。古びた滑り台。砂場の端に転がったままの赤いバケツ。朝なら子どもの声が混じる場所に、今は靴音ひとつ返ってこない。ブランコの鎖は垂れたまま動かず、風の抜けるはずの隙間まで、薄い膜に押さえられている。町の外周を囲う白い包囲層はここから見えない。それでも、空気の奥に一枚だけ冷えたものが挟まっていた。

 

 綱吉はベンチの近くで藤丸を抱え直した。腕の中の藤丸は、浅い息を繰り返している。目は開いている。けれど、指を握る力は弱く、肩も自分で支えきれない。軽すぎる身体の重みが、綱吉の腕へかえって強く残った。

 

 獄寺は公園の入口側に立ち、山本は反対側の路地へ目を向けている。了平は泣き疲れて眠ったランボを背負い直し、クロームは少し離れた場所で霧の死ぬ気の炎を細く保っていた。綱吉の手元では、小型中継機からざらついたノイズが続いている。誰も急かさなかった。

 

 リボーンは、フェンスの上にいた。

 

 神社から離れたあと、綱吉たちより少し先へ出て、屋根や塀の上から周囲を拾っていた。影炎体の足音、ほかの赤ん坊たちの反応、町の異常が次にどこへ滲み出すか。小さな身体のまま、当たり前のように全体を押さえている。

 

 通信は、まだ繋がっていた。

 

 ノイズ混じりの向こうで、ダ・ヴィンチちゃんの声が続く。

 

『通信状態は不安定だけど、さっきより少し拾えている。ツナくん、君の近くにある装備と、リボーンくんたちの首元にある器。それから、藤丸くんの首元にある小さな器。少なくとも、その三つに強い反応がある』

 

 綱吉は自分の手へ視線を落とした。

 

 ボンゴレギア。

 

 大空のリングから変化した、今の自分の武器。指輪だった頃の感触も覚えている。ボンゴレリングとして受け継いだ時の重さも、シモンとの戦いを経てボンゴレギアになった時の変化も、身体の奥に残っていた。それでも、カルデア側から強い反応と呼ばれると、胸の内側に別の重さが増える。

 

「俺のこれと、リボーンたちのおしゃぶりってこと?」

 

『まずは別々に見ている。ツナくんの装備は本人の死ぬ気の炎と強く連動する。リボーンくんたちのおしゃぶりも、持ち主の変化に合わせて外へ出る反応が変わっている。ただ、内部の構造や機能まではこちらから決めない方がいい』

 

 ムニエルの声が混ざる。

 

『維持装置? あんな小さいのに?』

 

『外へ漏れる反応の強さだけなら、小型の聖杯を連想するほど大きい。ただ、内部の構造や機能は読めない。願望器と同じものだと見るのは危険だね』

 

 フェンスの上のリボーンが口を開いた。

 

「いい線いってるな」

 

 綱吉は顔を上げた。

 

「リボーン……」

 

「ツナ。未来で白蘭が狙っていたもの、覚えてるな」

 

「……うん」

 

「俺たちのおしゃぶり、ボンゴレリング、マーレリング。三つをまとめて7³(トゥリニセッテ)と呼ぶ」

 

 綱吉の指が、自分のボンゴレギアへ触れた。聞き覚えのある呼称が、白い町で再び出たことに眉が寄る。

 

7³(トゥリニセッテ)……」

 

 藤丸が小さく繰り返すと、リボーンの視線が首元へ落ちた。

 

「ただし、お前のそれまで同じだと思うな」

 

「藤丸にも、似たのがついてるけど……」

 

 綱吉も空の器を見る。獄寺はリボーンのおしゃぶりと見比べ、すぐに首を振った。

 

「反応が違います。見た目だけ似せてあるってことですか?」

 

「そこから先は分からねえ」

 

 ヴェルデが通信へ割り込む。

 

『縮小した時刻、三騎が不安定になった時刻、首元の器が現れた時刻は近い。外見はおしゃぶりへ寄せてある。観測できたのはそこまでだ』

 

「これ、外したら戻ったりしないかな」

 

『却下』

 

 ダ・ヴィンチちゃんの返事が早かった。

 

「まだ何もしてないよ」

 

『しようとした顔だったとも。外した時に何が起きるかも分からない。反動が君や三騎へ返ったら、試し直しは利かないよ』

 

 藤丸は器から指を離した。気持ち悪さは残る。それでも、自分を元へ戻す手掛かりまで切り落とす方が怖かった。

 

 綱吉が自分の手首を返す。

 

「じゃあ、こっちのウォッチは?」

 

「別物だ」

 

 リボーンは即答した。

 

「こいつは俺たちを戦いへ巻き込むための道具だ。7³(トゥリニセッテ)と一緒にするな」

 

『観測上も系統が違う』

 

 ダ・ヴィンチちゃんはそれだけ補足し、話を広げなかった。

 

 マンドリカルドが太いボスウォッチを見下ろす。

 

「別物でも外れないのは同じなんすね……」

 

「嬉しくない共通点ね」

 

 ジャンヌ・オルタが吐き捨てた。

 

 その時、ベンチの方でランボが小さく呻いた。

 

「……ママン……」

 

 眠ったままの声だった。

 

 了平が背負い直しながら、顔を曇らせる。

 

「極限に疲れている。まだ眠らせておくぞ」

 

 綱吉の表情も沈む。

 

「母さんも消えたから……ランボ、ずっと泣いてたんだ」

 

 藤丸はその声を聞いて、胸が痛くなった。町の人たちが消えた。その中には、綱吉の家族もいる。ランボにとって母親のような存在もいる。彼らはその重さを抱えたまま、戦いの話を続けている。

 

 ダ・ヴィンチちゃんが慎重に言う。

 

『その子にもボンゴレギアがあるのかい?』

 

「雷のボンゴレギアがあります。でも……」

 

 獄寺は眠ったランボを見て、その先を飲み込んだ。

 

「ランボは戦わせない」

 

 綱吉の返事は早かった。

 

 リボーンはフェンスの上からランボの手首を見た。

 

「お前がそう決めても、この町が聞くとは限らねえ。ウォッチがこいつをどう扱うかだけは見とけ」

 

 綱吉は答えず、了平の背で眠るランボを見つめた。

 

 藤丸もその横顔を見る。自分と同じように身体の都合を無視され、戦いの側へ置かれた子どもがいる。その事実だけで胸の奥が痛んだ。

 

「藤丸」

 

「なに?」

 

「怖いか」

 

「うん」

 

「即答か」

 

「だって、怖いものは怖いよ。……ただ、一人じゃないのは知ってる」

 

 リボーンの視線が藤丸から綱吉へ移った。帽子のつばへ触れ、それ以上は聞かなかった。

 

 その時、ダ・ヴィンチちゃんの声がわずかに揺れた。

 

『……待って。遠くにもう一つある。おしゃぶりやツナくんの装備に近い反応だけど、かなり乱れてる』

 

 獄寺の目つきが変わった。

 

「……マーレリング」

 

 綱吉の腕に力が入る。未来で見た白い制服と、笑う白蘭の顔が一瞬だけ蘇った。

 

「白蘭たちも、この町にいるの?」

 

「探しに行く気か」

 

 リボーンの問いに、綱吉が口を閉じた。

 

「藤丸を抱えたまま、ランボは寝てる。クロームも消耗してる。今のお前らでか」

 

 綱吉は仲間を見回し、唇を噛んだ。

 

「……行かない」

 

『助かるよ。こっちも追える精度じゃない』

 

 ダ・ヴィンチちゃんの返事に、リボーンはフェンスから飛び降りた。

 

「なら動くぞ」

 

「うん」

 

 綱吉は藤丸を抱え直し、公園の出口へ向かった。

 

 公園を離れると、クロームの歩幅が少しずつ短くなった。霧の死ぬ気の炎も細くなり、綱吉の手元の小型中継機から届く通信には再びざらついたノイズが混じり始める。

 

 藤丸は硬い器へ指を添えた。触れた場所から細い疼きが返り、幼く縮んだ身体の奥まで冷たさが落ちる。公園で得た手掛かりが増えても、この異物が自分へ何をしたのかまでは掴めない。

 

 綱吉は藤丸を抱え直した。身体を近くへ寄せると、背後の三騎の揺れが僅かに小さくなる。自分の腕へ預かる重さは軽いのに、藤丸と三騎をまとめて支えている感覚だけが少しずつ重くなっていた。

 

 少し先を歩いていたリボーンが振り返る。

 

「ヴェルデとの通信は切れたか」

 

 クロームの肩が小さく揺れた。公園では、綱吉が持つ小型中継機とヴェルデの端末が辛うじて通じていた。いまは建物を挟むたび雑音が増え、ヴェルデ側の声から先に切れかけている。

 

 藤丸は首元へ指を添えた。

 

「ダ・ヴィンチちゃんたちの声も遠い。ヴェルデさんは、もうほとんど聞こえない」

 

 小型中継機のスピーカーが、ざり、と掠れた。

 

『藤丸くん、こちらでも確認した。ヴェルデの端末との中継は維持できていない。こちらの通信も断続的だ。建物と白い層を挟むたび、機械側の信号が削られている』

 

 ダ・ヴィンチちゃんの声は細い。それでも、カルデアから届く音が胸の奥に残っていた緊張を少しだけ緩めた。

 

 獄寺が眉を寄せる。

 

「要するに、あの眼鏡の赤ん坊はもう割り込めねえのか」

 

「その言い方はどうかと思うけど……」

 

 綱吉が苦く返すと、リボーンは帽子のつばを下げた。

 

「ヴェルデも自分の陣営へ戻る頃だ。こっちの回線へ居座っている余裕はねえだろ」

 

 獄寺は奥歯を噛み、続きかけた悪態を飲み込んだ。解析役が減る痛手まで否定する気はなかった。

 

 山本は人影の消えた通りへ視線を流した。

 

「なら、ここからは自分たちで進むしかねえな」

 

「極限に進むぞ!」

 

 了平が眠るランボを背負い直す。大声に眉を寄せたクロームが、「了平さん、少しだけ静かに」と細く制した。

 

 綱吉は、その声に混じる息の浅さを聞き取った。

 

「クローム、大丈夫?」

 

「……はい」

 

 返事の直後、クロームは唇を閉じた。白い頬からさらに血の気が抜け、腹部へ寄りかけた指が途中で止まる。公園からここまで霧の死ぬ気の炎を保ち続けた負荷が、まだ身体の内側へ残っていた。

 

 リボーンも一度だけ彼女を見たが、問い詰めなかった。藤丸も声をかけず、短く乱れる呼吸と、立ち続けようとする膝の力を見ていた。

 

 公園から商店街へ向かう通りには、低い塀と住宅が並び、角には古い自動販売機が残っていた。店先のシャッターも郵便受けも壊れていない。生活に使われていた物だけが朝の位置を保ち、人の気配だけが抜け落ちている。

 

 曲がり角へ近づいたところで、クロームが足を止めた。

 

「……膜が、あります」

 

 前方の景色へ、薄い層が重なっていた。商店街へ続く道路の表面だけが張り詰め、電柱と看板の輪郭が二重にずれる。風は通っているのに、その境目だけが硬い。

 

 獄寺が綱吉の前へ出た。

 

「十代目、下がってください」

 

 綱吉は藤丸を抱いたまま足を引き、山本が隣へ並ぶ。了平はランボを背負った身体を後方へ置き、クロームは膜の縁へ目を凝らした。

 

 エミヤの手に弓が現れる。肩口はまだ薄く、矢を番える指先が一度だけ透けたが、照準は揺れない。

 

「戦闘領域に近い遮断層か」

 

「呼び方なんてどうでもいいわ。閉じ込めるつもりなら、焼くまでよ」

 

 ジャンヌ・オルタが指先へ炎を滲ませる。マンドリカルドは剣の柄を握り、綱吉の近くへ寄った。

 

「ツナさん、マスターを前へ出しすぎないでください。今の身体だと、揺さぶられるだけでも息を持っていかれるんで」

 

 藤丸が短く頷いた直後、膜の向こうで三つの黒い輪郭が起き上がった。

 

 影炎体は商店街へ続く道を塞ぎ、左右へ広がる。一体の腕には刀身を思わせる黒い棒が伸びていた。肩の落とし方、踏み込みへ入る前の腰、間合いを測る視線まで、山本の動作を粗くなぞっている。

 

 山本の目が細くなった。

 

「……俺の真似か」

 

「覚えたのか、さっきの動きを……」

 

 綱吉の腕へ力が入る。山本は笑みを作らず、時雨金時の柄へ指を掛けた。

 

「見せたつもりはなかったんだけどな」

 

 影炎体が踏み込む。黒い刀身が山本の肩口へ走り、時雨金時が外側から受け流した。金属音は響かず、接触した空気だけが濁って軋む。影炎体は受けた腕を戻し、山本の次の斬線へ合わせて角度を変えた。

 

 獄寺が横から爆薬を投げる。二体目が割り込み、胴で爆風を受けた。黒い輪郭は崩れたが、散った粒子は路面へ落ちず、細い流れになって膜の奥へ吸い戻されていく。

 

 藤丸の喉が狭くなる。エミヤも粒子の行方を追い、眉間へ皺を寄せた。

 

「散った粒子が、膜の奥へ吸い戻されている」

 

「それ、いま聞くと最高に気分が悪いんだけど」

 

 ジャンヌ・オルタの炎が影炎体の進路を横切る。出力は細いが、踏み込む脚を止めるには足りた。

 

 膜の内側は狭く、綱吉は藤丸を抱いたまま前へ入れない。了平はランボを背負い、エミヤたち三騎も互いの射線を譲りながら動く。クロームは戦闘の向こうで、閉じかける膜の縁だけを追っていた。

 

「このまま閉じたら、中と外へ分けられます」

 

「分けられる?」

 

「境界が狭まっています。全員で同じ出口を通れる時間が、長くありません」

 

 獄寺が爆薬を握り直す。

 

「なら、ぶち抜く!」

 

「待って、獄寺くん!」

 

 綱吉の制止と同時に、膜の表面が脈打った。爆薬が触れる先へ、超直感が嫌なざわつきを返す。何が起きるかまでは掴めない。それでも、今は正面からぶつけるのを避けろと身体が先に告げていた。

 

 山本は黒い刀を流しながら、クロームへ問う。

 

「通り道を作れるか?」

 

 クロームは腹部へ寄った手を下ろした。指先が震え、呼吸も浅い。それでも、前方へ一歩出る。

 

「……少しだけなら」

 

 霧の死ぬ気の炎が、紫の薄光となって彼女の周囲へ広がった。膜を砕く力は持たない。代わりに、内と外を分ける境界へ幻覚を重ね、閉じようとする縁を僅かに曖昧にする。

 

 膜の継ぎ目が揺れ、商店街へ続く曲がり角に人ひとり分の隙間が開いた。

 

「今です!」

 

 山本が黒い刀を弾き上げ、獄寺の爆風が二体目を横へ押す。ジャンヌ・オルタの炎が三体目の進路を塞ぎ、エミヤの矢が肩口を貫いた。マンドリカルドは綱吉たちの横を固め、了平がランボを背負ったまま先に隙間へ飛び込む。

 

 綱吉も藤丸を抱え直して続いた。境界を抜けた瞬間、冷たい圧が皮膚へ貼りつき、自分の立っていた位置だけを後ろへ剥がされる感覚が走る。

 

 最後にクロームが抜けると、膝が崩れた。

 

「クローム!」

 

 山本が肩を支え、路面へ落ちる寸前で受け止める。クロームは立とうとしたが、唇の色まで薄くなっていた。

 

「……まだ、立てます」

 

 リボーンが彼女の前へ視線を置く。

 

「負荷を見誤るな。お前が倒れれば、ランボへ手を伸ばす余力も消える」

 

 クロームは了平の背で眠るランボを見た。頬に残る涙の跡が揺れ、細い指から力が抜ける。

 

「……はい」

 

 膜の向こうで影炎体が蠢いていたが、境界へ重ねられた幻覚に狙いを迷わせ、すぐには追ってこなかった。

 

 商店街へ入ると、住宅街よりも空白が濃くなった。魚屋の発泡スチロール箱、八百屋の値札、文房具屋の色褪せたポスター。人の手を待つ品だけが店先へ残り、アーケードの長さは視線を向け直すたび僅かにずれる。

 

『藤丸くん、聞こえるかい』

 

 ノイズの奥からダ・ヴィンチちゃんの声が届く。

 

「聞こえる。さっきより遠いけど」

 

『君たちの位置情報が一瞬ごとにずれている。膜を抜けた際、観測座標まで引っ張られたようだ』

 

 奥でムニエルが呻く。

 

『座標が酔ってるみたいに揺れてるぞ、これ……』

 

『例えは雑だけど、現象は近い。空間上の住所が固定されていない』

 

 オルガマリーの声が割り込んだ。

 

『断定はしない。でも、あれは山本くんの動きを覚えているように見えた。倒した後の粒子も膜の奥へ戻ってる。――同じ手をもう一度見せるのはやめなさい』

 

「やっぱり、見られてたんだ」

 

 藤丸の表情が強張り、綱吉たちにも通信の緊張が伝わった。

 

 リボーンが商店街の奥へ目を向ける。

 

「長居はしねえ。抜けるぞ」

 

 その直後、古びた蛍光灯が一斉に明滅した。看板の影がアーケードの床へ伸び、その暗がりの中に黒い外套が立っていた。

 

 顔を覆う銀色の面が、ちらつく照明を鈍く返す。人間に近い輪郭を持ちながら、そこにいると気づくまで、視線の方が遅れた。影炎体にあった黒い揺らぎはなく、外套の裾も鎖も静止していた。

 

 綱吉の背中へ、シモンとの抗争で触れた冷たい記憶が上がる。沈黙の掟を破った者へ刑を執行する存在。獄寺の肩が強張り、山本の指が時雨金時の柄へ沈む。リボーンの目も細くなった。

 

「あいつは……」

 

 黒衣の奥から乾いた声が落ちる。

 

「――復讐者(ヴィンディチェ)

 

 銀色の面は動かない。名乗りが響いた瞬間、了平は背中のランボを支える腕へ力を込め、獄寺は一歩ぶん綱吉へ寄った。

 

 黒衣が鎖を鳴らす。

 

「掟に背く者に、裁きを――」

 

 藤丸は綱吉たちの反応を見上げた。カルデアで知るアヴェンジャーとは文脈が違う。銀色の面へ向く視線と、綱吉の腕に入った力だけで、その呼称が重いものだと分かった。

 

『復讐者って、アヴェンジャーの話じゃないよな?』

 

「ヴィンディチェだ。マフィアの掟を破った奴を連れていく連中だ」

 

 リボーンは黒衣から目を外さなかった。

 

 黒衣は沈黙したまま、外套の下から腕を上げる。鎖へ薄い炎がまとわりついた。綱吉たちが知る七属性の死ぬ気の炎とも、大地側の気配とも噛み合わず、色を捉えようとした視線だけが滑る。

 

 リボーンが低く問う。

 

「俺たちは沈黙の掟を破っちゃいねえ。何を違反と見てやがる」

 

 返答の代わりに、鎖が商店街の床を擦った。

 

 直後、鎖が藤丸を抱える綱吉の前腕へ走る。輪は腕の外側へ回り込み、藤丸ごと引き剥がす角度で閉じようとした。

 

 山本が割って入り、時雨金時で鎖を弾く。濁った金属音が響き、柄を握る手首へ震えが残った。

 

「重い……!」

 

 獄寺の爆薬が横から飛ぶ。鎖は輪を返して爆薬を弾き、爆風を綱吉たちから外へ逃がした。続けて飛んだエミヤの矢も、別の輪が軌道を折る。ジャンヌ・オルタの炎が迫ると、黒衣は片足を後ろへ滑らせ、燃える線から外れた。

 

「裁きだの掟だの、趣味が悪いのよ!」

 

 マンドリカルドは剣を抜きかけたが、藤丸のそばを離れられない。綱吉も腕の中の幼い身体を庇い、踏み込む幅を失っていた。

 

 鎖が二筋へ分かれる。一筋は山本の刀を外側から縛り、もう一筋は了平の背へ回った。

 

「ランボ!」

 

 クロームの霧の死ぬ気の炎が紫の幕を作り、鎖の先を僅かに逸らす。了平は身体を横へ投げ、空いた拳で鎖を弾いた。鈍い衝撃が腕へ残り、眉間が歪む。それでもランボの身体は背から離れない。

 

「極限に危ないだろうが!」

 

「追いすぎるな!」

 

 リボーンの声に、黒衣の銀面が僅かに向く。鎖が引かれた直後、商店街の床へ黒い粒子が寄り集まり、三体の影炎体が立ち上がった。黒衣を守るように左右へ広がり、こちらの退路へ腕を伸ばす。

 

 獄寺が怒鳴る。

 

「てめえ、何者だ!」

 

 鎖が床を叩き、影炎体が一斉に前へ出た。山本が黒い刀を受け、獄寺の爆風が二体目の踏み込みを止める。ジャンヌ・オルタの炎が三体目の進路を焼き、エミヤの矢が肩を貫いた。マンドリカルドは綱吉と藤丸の前へ身体を入れる。

 

 綱吉は黒衣の銀面を見た。死ぬ気丸へ手を伸ばせば戦える。それでも、腕の中の藤丸は揺れるたび呼吸を乱し、相手の鎖は殺傷よりも奪取へ向いている。

 

「ツナ、脇道へ抜けろ。狙いが読めねえうちに、藤丸を抱えたまま受け続けるな」

 

「でも――」

 

「連れて帰るために退け」

 

 綱吉は歯を食いしばり、仲間へ声を飛ばした。

 

「みんな、抜ける!」

 

 山本が影炎体の刀を押し返し、獄寺は商店街の脇道へ爆風を通す。

 

「十代目の道を開ける!」

 

 散った影炎体の粒子が再び奥へ引かれたが、追う余裕はない。クロームは薄く広げた霧の死ぬ気の炎で黒衣の視界をずらし、ランボと藤丸が通る数秒を作った。

 

 銀色の面がクロームへ向く。その視線を受けた瞬間、クロームの腹部から支えが遠のき、息が喉で詰まった。膝が沈みかけても、槍を握る指は離れない。

 

「クローム!」

 

 綱吉が踏み出しかける。腕の中の藤丸と、背後から迫る影炎体が、その足を止めた。

 

 クロームは唇を噛み、顔を上げる。

 

「私も、みんなと行きます。少しだけ、持たせます」

 

「負荷を越えるな。倒れたら、その先へ手を伸ばせねえぞ」

 

 リボーンの声に、クロームはランボと藤丸を見た。霧の死ぬ気の炎を細く絞り、脇道の入口へ幻覚を重ねる。

 

 綱吉たちはその隙へ飛び込んだ。了平がランボを背負って続き、エミヤとジャンヌ・オルタが後方を牽制する。マンドリカルドは藤丸のそばを離れず、山本と獄寺が最後に脇道へ入った。

 

 黒衣は追ってこなかった。遠ざかる一行へ銀色の面を向け、鎖を静かに引き戻している。

 

 脇道へ抜けたところで、綱吉はようやく足を緩めた。山本は時雨金時を下ろし、了平もランボの位置を背中で確かめる。

 

 藤丸は綱吉の腕の中で浅く息を繰り返した。走っていないのに、揺れだけで身体の芯が消耗している。

 

 振り返っても、黒衣は追ってこなかった。遠いアーケードの奥で、銀色の面だけがこちらを向いている。

 

 獄寺が何か言いかけた時、リボーンが帽子のつばを下げて先へ顎を向けた。

 

 誰もその場で答えを作ろうとはしなかった。鎖の重さも、黒衣が追わなかった理由も、今は持ったまま進むしかない。

 

 綱吉は藤丸を抱え直し、白い残光の残る通りへ足を向けた。

 

   * * *

 

 その背後、路地の角で銀の鎖が外套の内側へ静かに収まった。黒衣は遠ざかる一行へ銀色の面を向けたまま、アーケードの暗がりへ姿を沈めた。

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