Fate/Grand Order 第三部 Script of the Palimpsest 作:白瀬 綴
■リボーン陣営
アルコバレーノウォッチ:リボーン
ボスウォッチ:沢田綱吉
バトラーウォッチ:獄寺隼人/山本武
ウォッチ非所持者:クローム髑髏/笹川了平/ランボ
■コロネロ陣営
アルコバレーノウォッチ:コロネロ
ボスウォッチ:???
バトラーウォッチ:???/???
ウォッチ非所持者:???
■マーモン陣営
アルコバレーノウォッチ:マーモン
ボスウォッチ:???
バトラーウォッチ:???/???
ウォッチ非所持者:???
■スカル陣営
アルコバレーノウォッチ:スカル
ボスウォッチ:???
バトラーウォッチ:???/???
ウォッチ非所持者:???
■ヴェルデ陣営
アルコバレーノウォッチ:ヴェルデ
ボスウォッチ:???
バトラーウォッチ:???/???
ウォッチ非所持者:???
■風陣営
アルコバレーノウォッチ:風
ボスウォッチ:???
バトラーウォッチ:???/???
ウォッチ非所持者:???
■ユニ陣営
アルコバレーノウォッチ:ユニ
ボスウォッチ:???
バトラーウォッチ:???/???
ウォッチ非所持者:???
■藤丸陣営
おしゃぶりウォッチ:藤丸立香
ボスウォッチ:マンドリカルド
バトラーウォッチ:エミヤ/ジャンヌ・ダルク・オルタ
ウォッチ非所持者:なし
マンドリカルドの絶叫が境内へ消えたあとも、腕の時計は外れなかった。
綱吉は、自分の左腕へ視線を落とした。
太いバンドが、手首へぴたりと巻きついている。引けば外れるような軽さはない。皮膚へ触れている感覚はあるのに、あとから巻きついた異物という違和感だけが薄かった。最初からそこにあったものへ、遅れて意識が追いついたみたいな、不自然な馴染み方をしている。
気持ち悪い。
重さそのものより、その重さに意味があることの方が嫌だった。何に使うのか、どう扱えばいいのか、誰かに説明されたわけではない。なのに、頭の奥には、役目だけが先に押し込まれている。
綱吉の腕に巻きついた太い一本。
獄寺や山本の腕にある、細い一本。
リボーンたちの手首へ嵌まったもの。
藤丸の手首で、他と似ているのに、どこかだけ噛み合わない一本。
境内にいた全員が、同じように自分の腕を見ていた。誰も、それをただの時計だとは思っていない。数字を刻む道具ではない。役割を勝手に押しつけ、外れないまま従わせるための枷だ。
獄寺はすでに二度、三度と自分の時計へ指をかけていた。爪を差し込もうとしても継ぎ目が見つからず、乱暴に引けば手首へ食い込むだけで、外れる気配がない。舌打ちを飲み込むように息を吐いてから、綱吉の腕を見る。
「十代目、その太いやつ……たぶん、こっちのより上の役目です」
言われなくても、綱吉にも分かっていた。
分かってしまうことが、気持ち悪かった。
山本も自分の手首を返す。細いバンド。補助側に回る形。軽い調子で受け流せる類のものではないはずなのに、声色だけはいつもに近い。
「こっちはバトラー、だったな。言葉は知らねえけど、付き添い兼戦闘って感じか」
クロームは両手を胸元で重ね、小さく呼吸を整えている。了平は眠るランボを抱き直し、前へ出るべきか、一度下がるべきか、その両方を同時に測っているようだった。
藤丸も、自分の腕に巻きついた一本を見つめていた。小さな指がバンドの縁に触れ、すぐに離れる。首元の硬い異物を確かめた時と同じ、触れたものが自分の奥へまで入り込んでくるのを嫌がるような反応だった。
その背後では、エミヤ、ジャンヌ・オルタ、マンドリカルドも、それぞれ自分へ巻きついた時計を見ている。
エミヤが一番早く冷静さを取り戻した。
「……登録札というより、拘束具に近いな。こちらが引き受ける前に、役割だけを押しつけてくる」
ジャンヌ・オルタは露骨に顔をしかめる。
「最悪ね。こっちが引き受けるなんて一言も言ってないのに、役割だけ押しつけてくるなんて」
マンドリカルドは、まだ完全には立て直せていない。太い時計を何度も見下ろしては、情けないくらい正直な声でぼやいた。
「いや……でもこれ、本当に重いっすよ。いきなり『お前がボスだ』って言われて、『はいそうですか』ってなるやついるっすか……?」
その声に、綱吉の胸の奥が少しだけ痛んだ。
自分も、似たようなものを何度も押しつけられてきた。ボスだとか、十代目だとか、継承だとか、そういう言葉に慣れたわけではない。今でも、軽く受け取れるものではない。
だからこそ、マンドリカルドの戸惑いを笑えなかった。
境内の中央では、小さな身体をした六人とユニが、それぞれ違う沈黙で同じ異物を受け止めている。
コロネロは息を短く吐き、まず周囲の動きから確認していた。
黒いフードを被った赤ん坊は、自分の時計を見るより先に、誰がどう反応するかを冷静に拾っている。
フルフェイスヘルメットとライダースーツの赤ん坊は、乱暴に引っ張ってみて外れないと分かると、ますます不機嫌そうに腕を振った。
白衣の赤ん坊は、時計の文字盤をじっと見ていた。針の動き、縁の刻印、腕の奥へ押し込まれた内容。それらをひとつずつ切り分けるように、短く目を細める。
三つ編みの赤ん坊だけは、静かなまま時計を見ている。動かない目が、かえって場の異常を重くしていた。
リボーンは、自分に何が起きたかを一拍で飲み込み、もうその先の判断へ意識を移している。
ユニは帽子のつばの下で、ほんの少しだけ呼吸を浅くしていた。
綱吉は、その全員を見渡した。
この場にいる者だけではない。綱吉の頭に流れ込んだ感覚は、並盛町のどこかにいる誰かの手首にも、同じようなものが巻きついていることを伝えてくる。京子とハルが消えた町。外へ出られない町。黒い炎の化け物が徘徊する町。その全部が、ただの背景ではなく、誰かに使われる場所へ変えられている。
言葉にする前から、喉の奥が重かった。
リボーンが口を開く。
「頭に押し込まれた内容、整理するぞ」
声は低い。だが、場を切るには十分だった。
全員が、今ここで声に出して整理しないとまずいと分かっていた。頭の中へ直接流れ込んだ内容は、そのままだと曖昧なまま足場を奪ってくる。なら、いったん人の口で並べ直すしかない。
獄寺が低く言った。
「だったら、曖昧なままにしない方がいいですね。十代目、順に出しましょう」
綱吉は頷き、左腕へ視線を落とす。知らない単語も混じっている。だが、分からないから黙るより、今は並べる方が先だった。
「まず、陣営には三種類のウォッチがある」
言いながら、綱吉は自分の腕、獄寺と山本の腕、そしてリボーンたちの小さな手首へ順に目を向けた。
・アルコバレーノウォッチ。おしゃぶりを持つ者に与えられる。
・ボスウォッチ。各陣営の中心になる代理人に与えられる。
・バトラーウォッチ。ボスを支える二人に与えられる。
獄寺が自分と山本の時計を見る。山本も、いつもの軽い笑みを浮かべきれないまま小さく頷いた。
「次に、戦闘領域」
・指定された陣営同士は、戦闘領域の中で戦う。
・ウォッチを持たない者は、正式な参加者として扱われない。
・一定時間、攻防、死ぬ気の炎、武器の衝突、戦う意思のぶつかり合いが途切れた場合、領域は内側へ狭まる。
・領域が狭まれば、ウォッチに負荷がかかる。
最後の一つを口にした時、獄寺が奥歯を噛んだ。山本の目からも、普段の柔らかさが少し消える。
「つまり、戦わないで済ませようとしても、時間を稼ぐほどこっちが削られるってことか」
軽く言ったように聞こえる。けれど、声は笑っていない。
リボーンは帽子のつばを下げた。
「ああ。戦えって命令じゃねえ。戦わなければ、守る相手を締め上げる仕組みだ。悪趣味だな」
綱吉は続ける。言葉にするたび、自分の口から、自分ではない誰かの決めた線をなぞらされているようで、喉の奥がざらついた。
「敗退の条件もある」
・ボスウォッチが壊れれば、その陣営は敗退する。
・バトラーウォッチが壊れれば、その持ち主は敗退する。ただし、陣営は残る。
・ウォッチの破壊以外でも、戦闘不能と判定されれば敗退になる。
・敗退した者は、戦闘領域から外される。
了平がランボを抱え直す。クロームも胸元で重ねた手に力を込めた。
外される。
その短い言葉だけで済ませるには、嫌な響きだった。どこへ外されるのか。どんな状態で戻るのか。そこまでは分からない。だからこそ、余計に気味が悪い。
「最後に、勝った陣営への報酬」
・アルコバレーノの呪いを解く資格。
・町の異常に関する情報。
・敗退者を解放できる人数は、優勝陣営に残っているウォッチ保持者一名につき、一名。
・他陣営の位置情報。
・次に開く戦闘領域の情報。
そこまで言って、綱吉は顔をしかめた。
自分の声で並べているのに、どれも自分の言葉ではない。願いを餌にして、必要なものだけを小出しにして、こちらが動くしかない場所へ追い込んでくる。そんな冷たさが、時計の奥から滲んでいる気がした。
境内の空気は重くなる。
頭の中でぼんやりしていた不快さが、人の声を通ったぶんだけ逃げ場を失ったのだ。
山本が最初に口を開く。
「呪いを解く資格と、敗退したやつを戻す権利か。断れねえ理由を、きっちり並べてくるんだな」
誰が何を背負っているのか、綱吉たちはまだ全部を知らない。だが、ここにいる小さな身体の者たちが、普通では済まない事情を抱えていることくらいは分かる。そういう相手に、解く方法をやる、と差し出せば、本気で乗らざるを得ない。
コロネロが短く笑った。
乾いた、兵士の笑い方だった。
「気分の悪い餌だな」
了平が、その一言の意味を噛みしめるように顔をしかめる。師匠の言い方だけで、この報酬が軽いものではないことは十分伝わった。
クロームは小さく胸元の手を握ったまま、ぽつりと言う。
「戦闘領域……っていうのも、嫌です。町の中を、そのまま使うつもりなんでしょうか」
白衣の赤ん坊が答えた。
「町そのものを盤面化し、そこへ局所的な決闘領域を重ねる、と考えるのが自然だろうな。自由行動の時間があるのなら、なおさら厄介だ」
リボーンはその分析へ否定を入れない。
むしろ、すでに同じ結論へ着いている顔だった。
綱吉は、そこでようやくユニの方を見る。
「さっきの“代理戦争”って単語だけど……ユニは、それ自体は知ってるわけじゃないんだよな」
「はい」
ユニは静かに頷く。
「“代理戦争”という単語だけが、先に頭へ浮かぶんです。でも、それに続くはずの説明や背景までは、うまく掴めません」
そこで一度、息を整える。自分の中にあるものを、できるだけ正確に言葉へ変えようとしている顔だった。
「……これは、わたしの“予知”に近い感覚なんだと思います。未来の流れや、大まかな形だけが先に掴めることが、ときどきあるんです。でも、今回はそれがひどく不安定で……掴みかけたものが途中で欠けたり、急に遠ざかったりします」
綱吉たちは黙って聞いた。
知らない力についての話なのに、不思議と嘘には聞こえない。
ユニは帽子のつばへ指先を触れたまま続ける。
「ここにいる人たちも、この町も、いつもの予知とは噛み合いません。知らない場所を見ているというより、知っているはずの形に別のものが重なっているみたいで……だから、先を読もうとしても、途中で輪郭が崩れてしまうんです。最後まで一つの流れとしてつながらないというか……」
そこで、ほんの少しだけ視線を伏せた。
「だから、“代理戦争”っていう単語も、知識として知っているわけじゃありません。ただ、予知の断片の中に、その形に近いものが混ざっていて……それで引っかかっただけなんです」
獄寺が眉を寄せたまま呟く。
「知らねえ単語なのに、頭の中には役目だけ入ってる……ほんとに気味の悪い仕組みだな」
「しかも、その知らない単語と、おしゃぶりとユニと、この場の連中が全部つながってる」
綱吉の声は低い。
ただ困惑しているだけではない。押し込まれた内容と、自分の目で見てきた事実を繋ぎ始めている声だった。
白蘭の名前も、まだ胸の奥で引っかかっている。
ユニは直前までγや白蘭たちと一緒にいたと言った。つまり、この異常は並盛だけで閉じていない。少なくとも、別の場所にいたはずの人間まで巻き込める規模で動いている。
獄寺がわずかに歯を食いしばった。
「γまで巻き込まれてるなら、町の外で何が起きてるかなんて、もう想像もつかねえな……」
敵として戦い、最後には同じ方向を向いた相手の名だからこそ、その声には苛立ちと重さが混じる。
その会話の途中で、黒いフードを被った赤ん坊が静かに口を挟んだ。
「少なくとも一つ言えるのは、これが“ちゃんとした説明を受けて参加する類のものじゃない”ってことだよ」
柔らかい口調なのに、言っていることは容赦がない。
フルフェイスヘルメットの赤ん坊も、乱暴に腕を振る。
「いきなり巻きつけて、はい戦えってんだからな! クソみてーな始め方だぜ!」
ユニは、帽子のつばへそっと触れた。
「でも……それでも、ここで何かが始まるのは確かです」
断定ではない。
予知の断片と、今目の前にある現実を照らし合わせた結果の、静かな確信だった。
それを否定する時間は、ほとんど残っていなかった。
境内の外、石段の下から、乾いた擦過音のようなものがいくつも重なって聞こえる。
誰かが走る足音ではない。もっと軽く、もっと空洞で、中身のない音。さっき町中で見た黒い炎の化け物たちが移動するときの、あの不快な擦れ方だ。
エミヤが最初に顔を上げた。
「来るぞ」
その一言で、全員の空気が変わる。
石段の下。
鳥居の柱の影。
木立の隙間。
塀の向こう側。
黒い炎の化け物たちが増えていた。一体二体ではない。位置を変えながら、境内を囲うようにじわじわと距離を詰めてくる。さっきまでは町の中を徘徊していたそれらが、今は明確にこの神社を目指して集まっていた。
ジャンヌ・オルタが口元を歪める。
「最悪。考える暇もくれないわけ?」
マンドリカルドはまだ顔色が悪いままだったが、それでも剣の柄へ手をかけた。
「いや、ほんと勘弁してほしいっすけど……来るならやるしかないっすよね……!」
リボーンが即座に言う。
「散るぞ」
短い指示だった。
「ここで固まってたら、まとめて飲まれる。どうせ向こうは最初から分断するつもりだ。なら、こっちも先に動く」
それで十分だった。
コロネロが頷く。三つ編みの赤ん坊も静かに位置を変える。白衣の赤ん坊は境内の出口と遮蔽物の位置を確かめていた。黒いフードの赤ん坊はいつの間にか鳥居の影へ半歩寄り、フルフェイスヘルメットの赤ん坊は文句を言いながらも構えだけは取る。
ユニは帽子のつばへ指先を添え、それから静かに顔を上げた。
「……先のことは、まだ全部は分かりません。でも、このままここへ留まるのは、よくないと思います」
綱吉は、藤丸を抱えたまま周囲を見る。
黒い炎の化け物たちが増え、境内全体へ圧をかけ始めている。腕に巻きついた役割が、もう次の行動を急かしてくるみたいだった。
綱吉は、自分の腕に巻きついたウォッチへ指をかけた。
外れない。
強く引いたわけではない。それでも、普通の時計ならあるはずの隙間が、どこにもなかった。金具も、留め具も、肌との境目さえ曖昧で、腕に巻かれているというより、腕の方がそれを拒めなくなっている。
獄寺の腕にもある。
山本の腕にもある。
リボーンの小さな腕にも、同じように刻まれている。
けれど、クロームの腕にはなかった。了平にも、眠ったままのランボにもない。
その差を見た瞬間、綱吉の喉が詰まった。
選ばれた、なんて言葉では済まない。守る側と、守られる側。戦う者と、戦場の外へ置かれた者。その線を、誰かが勝手に引いたのだ。
綱吉は歯を食いしばる。
京子とハルは、まだ見つかっていない。
町の人たちも戻っていない。
藤丸の身体も、背後の三人も、まだ安定しているとは言えない。
なのに、この時計だけは、何を聞いても答えないまま腕に残っている。
石段の下から、黒い炎の化け物たちが近づいてくる。
乾いた音が、境内の静けさを削った。
獄寺が綱吉の横へ出る。
「十代目、どうします」
ここで足を止めていても、何も戻らない。
綱吉は藤丸を抱え直し、石段の下へ視線を向けた。
「まずは、あれを止めよう」
獄寺と山本が前へ出る。クロームは胸元で手を握り、了平は眠ったままのランボを抱え直した。藤丸の背後で、エミヤ、ジャンヌ・オルタ、マンドリカルドの輪郭が、綱吉の近くへ寄るぶんだけ濃くなる。
このまま立ち止まっていても、京子とハルも、町の人たちも戻らない。
だから、動くしかなかった。