青春とは 作:やはり
「比企谷、君を呼び出すのには苦労をしたぞ。君は教室からすぐに消えるからな」
だからといって、授業の終わった途端に大勢のクラスメイトの前で私を呼ぶのはいかがなものか。そして教員に呼び出される私の印象を考慮しようとは思わないのか。私は口を尖らして抗議をした。
「常に単独行動の君が他人の印象を気にするとは思えないがな。だが此処ーー職員室は生徒の個人的な話をするのには丁度いいだろう?」
女教師ーー平塚静は安物の事務椅子に腰かけながら私を見上げる。本当にそれが安物かどうかはわからないが、この学校のあらゆる備品は使い古されており、独特の小汚さが見受けられたのは事実である。それに彼女が体重を掛けるたびに椅子はミシミシと音を上げたところからも消耗具合が伝わる。しかしその音が彼女の男勝りな口調によって生まれていた緊張感を少し和らげていた。
「……その、学校は楽しいか?」
私は反抗期の子の親がするような質問の真意が読めないまま、頷いた。こうして先生と話すことが楽しいのだと付け加えて。
「っ君は冗談が上手いな・・・友達や彼女はいるか?」
先生はお綺麗ですし出会いも多いのでしょうね、と返した。髪型やメイクを素人なりに判断すると特におしゃれに気を配っているようには見えない。だがその飾り気のないな印象がむしろ彼女の高潔さを伝え、私は学生と教師の立場の違いを顧みず好ましく思ってしまっているのだ。
「こういう質問をした私も悪いがその手の話は振らないでくれ、悲しくなるからな。ってさっきから君は話をそらそうとしているな!? もうその手は通用しないぞ!」
「……比企谷八幡。2年F組。前の試験では国語科目では学年3位と好成績。文理問わずどの科目も優秀。生活態度も良好。前回の作文もよく書けている。
「だが君にも直すべき点がある」
この腐った目のことですか、そう尋ねた。これはもはや私のアイデンティティの核の中の核となっている。簡単に直されては困るのだと説明した。
私のそのような言葉には耳を傾けず彼女は話を続けた。
「君の極度な孤独体質だ。人付き合いも高校で学ぶことの一つだ。授業でペアワークがあったり、休み時間が設けられたりしている意味を考えたことがあるか?」
この教師はその二つが欺瞞に満ちたコミュニケーションのためにあるとでも言いたいのか。
「……なあ比企谷、君は何故人を拒絶する? 何を恐れている?」
彼女の無遠慮な発言に対して、一笑に付すといった対応をすることがこの時の私にはできなかった。暗い面に迫りたいという彼女の勇気が私の目を覗き込む形で感じられたからだ。これは彼女なりの施しの一部なのか教師なりの使命が面倒な確認作業をさせているのかわからない。何はともあれ今まで近しい人を除いて向けられてこなかった感情を受けたことへの驚き、私を知ってほしいという都合の良い欲、一方で相手に踏み込ませたくない拒絶感。さまざまなものが混ざり合いうまく返事ができなかったのだ。
辛うじて私はあなたに何がわかるのですか、と殆ど捨て台詞に似たことを言った。全身で言葉を絞り出したからといって感情の揺れはさほどなく、我ながら極めて冷静に返答しているはずだ。これ以上の回答はないだろう。
「……重症だな。少々荒治療だが君には奉仕活動を兼ねて部活動に入ってもらう。ついてきたまえ」
数秒の沈黙の後、やむを得ず非情な選択肢しか存在していないと言いたげに、やれやれと平塚は言った。結局ここに呼ばれ彼女と言葉を交わした時点でそれは確定事項であるようだった。何をしても変わらぬ未来があるのならそれまでの前置きは何だったのか、先生を持ち上げるキザなことも言うものじゃなかったと内心ぼやく。
「……ぐずぐずするな。早くついて来なさい」
どうやら彼女にはいくつかの肩書があるのかもしれない。国語教師、心理カウンセラー。そして有無を言わさぬ発言には人権を知らぬ刑務官を感じさせる。付いてこい、奉仕活動だ、と。制服を着ている私がそのうち囚人らしい粗末な恰好に変わってしまうのを想像すると、顔がにやけてしまった。
「・・・何が可笑しい? さっさと歩け!」
彼女の美しい背中を見つめながら歩く。その後ろ姿だけで頼もしさが感じられた。どうしてここまで男前の女性が独身なのか改めて考えたが答えは出なかった。
私は何を恐れているのか。彼女の問いを再び自問自答する。彼女がもし私のあらゆる所に踏み込むつもりでいるのなら、いずれはこの背中に少しは身を預ける覚悟も必要なのかもしれない。