仮面ライダーGT   作:カッティングカマター

10 / 62
2014年編#2-4

2014年編#2-4

 

グローバルフリーズと呼ばれた悪夢の夜から、早くも一週間が過ぎ去っていた。

あの日、街の至る所で炎が上がり、コンクリートが砕け、人々の叫び声が空気を震わせた光景は、まるで長く重い悪夢のようで、目が覚めれば元通りの日常が待っている——そう思いたくなるようなものだった。実際、表面的に見れば世界はすでに平穏さを取り戻しつつあった。破壊された道路や建物は急ピッチで修復され、ニュースでも最初こそ大きく取り上げられた怪事件の話題は次第に減り、人々は再び自分たちの生活に追われ、昨日と同じように会社へ向かい、店で買い物をし、笑い合い、時には些細なことで揉めたりもする。まるで何もなかったかのように、時間はゆっくりと、だが確実に流れ続けていた。

三原の古い家を訪れて以来、彼からの連絡は一度もなかった。

紫苑は毎日大学へ通い、講義を受け、友人たちとくだらない話をして笑い合い、期限の迫ったレポートや課題に追われ、時には食堂で安い定食を食べながら一日の疲れを癒す——そんな誰もが送っている普通の日常を繰り返していた。その中で紫苑の心には、次第にある疑念が芽生え、日に日に大きくなっていった。

——あの夜の出来事は、本当に現実だったのだろうか。

燃え盛る街並み、自分に襲いかかってきた金属の怪物たち、全身を包んだ青い装甲、体中に漲ったあの途方もない力、そして最期に自分に笑顔を向けて息を引き取った父の姿……それらすべてが、自分が見た質の悪い白昼夢や、幻覚だったのではないかと思えてくるのだ。腰に巻いたベルトの冷たい感触も、手の中に残るシフトカーの重みも、三原から聞かされた数々の言葉も、何もかもが曖昧で、現実味がない。

もしかすると自分は精神を病んでしまったのではないか、そんなことまで考えるようになった。そうであればどんなに楽だろう——何の力もなく、特別な運命も背負っておらず、ただの大学生として、これからも平穏な日々を送っていけるのだから。だが、リュックの奥深くにしまい込んだ通信端末の存在が、そんな彼の淡い期待を冷酷に打ち砕き続けていた。

その日も夕暮れ時になり、講義室には赤みがかった柔らかな光が差し込んでいた。一日の授業が全て終わりを告げ、学生たちは次々と席を立ち、おしゃべりをしながら足早に部屋を出ていく。やがて騒がしかった室内は静かになり、残っているのは紫苑一人だけになった。

彼は教科書もノートも閉じることなく、机の上に広げたまま、ぽつんと椅子に腰かけ、ただ窓の外を眺め続けていた。空は茜色から薄い紺色へと変わり始め、街の灯りが一つ、また一つと灯っていく様子を、何も考えずにぼんやりと見つめていた。心の中はまるで霧がかかったようで、何かを考えようとしてもうまくまとまらず、ただ漠然とした不安と虚しさだけが漂っている。

「紫苑くん……?」

不意に柔らかな声が耳元に届き、紫苑ははっと我に返って顔を上げた。

そこには、心配そうに眉を少し下げ、こちらの様子を覗き込むように立っているちひろの姿があった。彼女はまだ帰る準備をしておらず、自分の鞄を両手で持ったまま、じっと紫苑の顔を見つめている。

「どうしたの、まだここにいたの? もう誰も残ってないよ……それに、なんだかずっと元気がないみたい。ちょっと疲れてるんじゃない?」

心から自分のことを案じてくれる彼女の瞳を見て、紫苑の胸の奥が温かくなると同時に、鋭く痛むような感覚が走った。こんな風に自分のことを思ってくれる人がいる、こんなにも穏やかで暖かい時間が流れている——それが何よりも貴重なことだと分かっているからこそ、自分が背負っているものの重さが、より一層重苦しく感じられた。

ちひろは紫苑の返事を待つ間、自分の鞄をごそごそと探り始めた。やがて「あった」と小さく声を上げ、手の平には数個の個包装されたクッキーが乗っていた。彼女は少し頬を染め、照れくさそうに笑いながら、それらを紫苑の机の上にそっと置いた。

「はい、これあげる。私のお気に入りのお店のクッキーなの。ちょっと甘いけど、糖分補給にはちょうどいいと思って……最近の紫苑くん、時々すごく遠い目をしてるから。まるで私の知らない世界に行っちゃってるみたいで、話しかけてもなかなか気づいてくれないこともあるの。だからね、ちゃんとこっち見てくれないと、寂しいよ?」

そう言って、ちひろは悪戯っぽく、けれどその奥には深い慈しみと真っ直ぐな想いを込めた眼差しで、紫苑をじっと見つめた。夕暮れの光に照らされた彼女の髪は柔らかく輝き、そこからはいつもの甘い花のような香りがふわりと漂ってくる。

彼女の言葉には、単なる友人同士の気遣いを超えた熱量が込められているのがはっきりと分かった。紫苑は突然のことに戸惑い、彼女の真っ直ぐな好意にどう応えれば良いのか分からず、一瞬言葉に詰まってしまった。胸の中は嬉しさでいっぱいになると同時に、この暖かな想いをいつか自分が裏切ってしまう日が来るのではないか、そんな恐れが押し寄せてくる。自分には彼女が知らない秘密があり、いつ危険が迫ってくるかも分からない身なのだから。

「……ああ、ありがとう。大丈夫だよ」

紫苑は机の上に置かれたクッキーを一つ手に取り、できるだけ柔らかく、自然な笑顔を作って答えた。それが本心からの笑顔であることに違いはなかったが、その裏に隠された複雑な感情に、彼女が気づくことはなかった。

「ただちょっと、色々考え事してただけだから、心配しすぎだよ。元気だから」

 

その言葉を聞いて、ちひろはぱあっと顔を明るくし、「ならいいんだけど」と嬉しそうに頬を緩める。そんな彼女の笑顔を見ていると、このまま何も知らないふりをして、この穏やかな日常に身を委ね続けたい——そんな誘惑が強く紫苑に迫ってくる。

目の前にいる彼女こそが、自分が守りたい日常そのものの象徴だった。彼女が笑ってくれること、話しかけてくれること、隣にいてくれること——それら全てが、自分にとって何よりも大切なものだ。これから先も、この温かな時間がずっと続いていくように、彼女が自分に向けてくれるこの純粋な想いを、絶対に踏みにじったり傷つけたりしたくはない。そう強く願えば願うほど、自分の背中にかけたリュックの中に潜む「非日常」の重みが、より一層際立って感じられ、心の奥底に冷たい影を落とすのだった。

今、こうして何事もなく穏やかな時間が流れているのは、あの日、父が命を懸けて自分に力を託し、道を示してくれたからなのだろうか。そう思うと、亡くなった父への感謝の気持ちと共に、自分がこの力を使って何をすべきなのか、という重い責任感が改めて胸に迫ってくる。

ちひろは自分の心配が杞憂だったと分かると、機嫌良く話し始めた。

「そういえば明日なんだけど、新しくできたケーキ屋さんに行ってみようと思ってるの。すごく人気で、いつも行列ができてるらしいんだけど……もし良かったら、一緒に行かない? 紫苑くんが好きなチョコレートケーキもあるって聞いたの」

彼女が楽しそうに明日の予定を話し、期待に満ちた瞳でこちらを見つめてくる——その瞬間だった。

静まり返った講義室の中に、突然、聞き慣れない、無機質で冷たい電子音が低く響き渡った。ピッ、ピッ、と規則的なその音は、最初は小さかったものの、次第にはっきりと耳に届くようになり、夕暮れの柔らかな雰囲気を無残に打ち砕いていく。

紫苑の体は瞬時に強張った。この音が何を意味するのか、彼にはすぐに分かった。

リュックの奥深く、三原から渡されて以来、一度も音を発したことのなかった通信端末が、ついに長い沈黙を破ったのだ。それは彼にとって、平和な放課後の終わりを告げる鐘の音のようであり、また、新たな戦いの始まりを告げる冷徹な合図のようでもあった。

紫苑はゆっくりとリュックに手をかけ、その重みがさっきまでとは比べものにならないほど重く感じられることに気がついた。

——来たんだ。ついに、あの日常が終わる時が来たんだ。

目の前には自分を待ってくれている少女がいる。この瞬間だけでも、この暖かな時間に留まっていたい——そんな気持ちが渦巻く中、端末の電子音は変わらず鳴り続け、紫苑に逃れることのできない運命を突きつけ続けていた。

 

(続)

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。