2014年編#3-3
1ヶ月の月日が流れた。季節は少しずつ夏の気配を濃くし、キャンパスの木々は青々と茂り、昼下がりの日差しは柔らかく、それでいて力強く地面を照らしていた。講義が早めに終わったその日、紫苑たちはいつものように大学中央の広場に集まり、特に目的もなくただゆったりと時間を過ごしていた。
青空の下、笑い声が風に乗って響く中、悠真が何やら誇らしげな顔で手に持っていたのは、カラフルな色の縁取りがされた大きなフラフープだった。どこで手に入れたのか、そんなものを突然持ってきたものだから、皆が一斉に不思議そうな視線を向ける。
「なあ、見て見ろ! これ懐かしくね? 子供の頃よく遊んだだろ?」
悠真はフラフープを空高く掲げ、まるで貴重な宝物でも披露するかのように言う。
朔也が呆れたようにため息をつきながら問いかける。
「どこから持ってきたんだよ、そんなもん。まさかわざわざ買ってきたのか?」
「まあ細かいことは気にするな。久しぶりにやってみたくなってな! ほら、やってみようぜ!」
そう言って悠真はさっそく自分で腰にフラフープを回し始めたが、体がくるくると回るばかりで輪はすぐに足元に落ちてしまい、うまくいかない。続いて朔也も試してみたが、同じようなもので、数回転させるのがやっとだ。紫苑も試してみたが、思ったよりもコツが必要なようで、安定して回し続けることはできなかった。
結局、男性陣は全員軒並み下手くそで、お互いに笑い合いながら悪戦苦闘するばかりだった。
「はは、こういうのは女子の方が得意なもんだよな」
悠真が額の汗を拭きながら言うと、すぐにちひろに向かって手招きする。
「ちひろ、お前やってみろよ! さぞ上手いんだろ?」
ちひろは少し鼻息を荒くして、得意げな笑顔を浮かべながらフラフープを受け取った。
「まあ、任せといて! 私、昔からこういうの得意なんだから」
彼女はさっと身構え、腰にフラフープを通して軽く体を回すと、次の瞬間には輪は滑らかに回り始め、まったく乱れることなく安定して動き続けた。それだけではなく、
「私これで歩けちゃうから」
と言うや、フラフープを回し続けたままゆっくりと前に歩き出し、さらにはくるりと方向転換までして見せた。
「おぉ~! すげえ!」
「さすがだな!」
と、周りからは驚きと称賛の声が上がり、ちひろはますます得意げな表情になって、さらにスピードを上げたり複雑な動きをしたりして皆を楽しませた。
それを見ていた悠真は、隣にいた美穂に向かって言う。
「美穂もやってみろよ。ちひろがこんなに上手いんだから、お前もきっとできるだろ?」
「え...!? 私?」
突然話を振られた美穂は、驚いて目を丸くし、少し慌てた様子で後ずさりする。
紫苑は笑顔で彼女を励ますように言った。
「確かに。美穂は普段から何でもそつなくこなしちゃうイメージがあるから、きっとすぐに上手く回せるようになるよ」
「え~...うん....」
美穂は歯切れ悪くそう答えながら、しぶしぶといった様子でフラフープを受け取った。
だが、結果は予想外のものだった。何度挑戦しても、フラフープは美穂の腰に巻きつくことなく、すぐにぽろりと落ちてしまう。体の動かし方が違うのか、力加減が悪いのか、どうしてもうまくいかない。何回か試してみたものの、結局まともに回すことすらできず、美穂は頬を少し膨らませて、不満そうにフラフープを地面に置いた。
「もう! この輪っかがおかしいのよ! きっと不良品だよ!」
その言葉に皆が一斉に笑い出し、広場には明るい笑い声が溢れた。それぞれが他愛もないことで笑い合い、何の心配事もなく、ただこの瞬間を楽しんでいた——少し前までは、こんな時間が当たり前で、永遠に続くものだと思っていた。
だが、紫苑の胸の奥には、いつも小さな棘のようなものが刺さったままだった。
その時、ポケットに入れていた通信機が微かな振動と音を立てた。紫苑は周りに気づかれないように素早く取り出して画面を見ると、そこには三原からのメッセージが表示されていた。
『都心部にロイミュード出現。至急現場へ向かえ』
紫苑は一瞬で表情を引き締め、すぐに普段の柔らかな雰囲気に戻すと、皆に向かって頭を下げた。
「ごめん、俺、ちょっと用事ができちゃったから、今日はもう帰るわ」
「おう、またな! 明日も会うだろ?」
悠真が気軽に手を振る。
「紫苑くん、また明日ね! 気をつけて帰ってね!」
ちひろも笑顔で手を振ってくれた。
「ああ、また明日」
紫苑は短く答えると、足早に広場を後にした。
紫苑の背中が遠ざかっていくのを見ながら、朔也がぽつりと呟いた。
「あいつ、最近なんだか忙しそうだよな。急に帰ることが増えたし、……何かあったのかな」
「さあ……本人が言わない限り、分からないよ」
美穂も少し心配そうな顔で紫苑の方を見ていた。
ちひろは何も言わず、ただ紫苑の背中が建物の陰に隠れ、完全に見えなくなるまで、じっと見つめ続けていた。その瞳の中には、言葉にできない不安と、それでも信じたいという気持ちが複雑に交錯していた。
グローバルフリーズの夜、破壊された街の中心地で、矢切周平からGTシステムを託されてから、もう2ヶ月近くが経とうとしていた。
最初の頃は、この二つの世界の行き来に戸惑うことばかりだった。朝になれば仲間たちと笑い合い、講義を受け、普通の学生として過ごす——そんな日常の中にいながら、呼び出しがあれば瞬時に戦いの世界へと身を投じ、命がけで怪物たちと戦う。昼と夜、光と影、平和と危険——これほどまでに対照的な二つの世界を行き来することは、想像以上に心身に負担をかけ、毎日が葛藤の連続だった。
自分は何者なのか、なぜ自分がこんな運命を背負わなければならないのか、この力は誰かを守るためのものなのか、それともただ破壊をもたらすためのものなのか——眠れない夜には、そんな疑問が次から次へと浮かんできて、答えのない問いに押しつぶされそうになることも何度もあった。戦いが終わるたびに体は疲れ果て、心はすり減り、もう逃げ出してしまいたいと思ったことも一度や二度ではない。
だが2ヶ月が経った今、そんな戸惑いや葛藤、絶望感や疲労感は、次第に薄れていくのを感じていた。いつの間にか、日常と非日常の行き来はすっかり板につき、呼び出しがあれば自然に身構え、変身し、戦い、そして何事もなかったかのように日常に戻る——そんな流れが、自分の中で当たり前のものになりつつあった。
だがそれと同時に、そんな自分の「慣れ」に対して、言葉にできない不安感が胸の中に生まれているのも確かだった。
戦うことに慣れ、危険に慣れ、嘘をつき続けることに慣れていく——それはつまり、自分自身が少しずつ変わっていっているということではないのか? 昔のように何も知らず、無邪気に笑っていた自分は、もうどこかに消えてしまっているのではないか? いつか自分は、この日常の中にいる仲間たちのことを、遠い世界の出来事のように感じるようになってしまうのではないか? そして最悪の場合、この平和な日常そのものを守るために戦っているはずなのに、いつの間にか自分がその日常から最も遠い場所に立つ人間になってしまうのではないか——
そんな暗い考えが頭をよぎるたびに、紫苑は自分の手を見つめた。その手は、仲間たちと笑い合うために使うこともあれば、敵と戦い、破壊するために使うこともある。同じ手なのに、使われる場所によってこれほどまでに意味が変わってしまうなんて、それはあまりにも残酷なことのように思えた。
だが、不安に思っているだけでは何も変わらないことも、2ヶ月の間に嫌というほど思い知らされた。自分が戦わなければ、大切な人たちが危険にさらされる。自分が守らなければ、この笑顔に溢れた日常は、簡単に崩れ去ってしまうのだ。
紫苑は足早にキャンパスを出て、人目につかない場所に停めておいたライドストライダーに跨る。エンジンをかけると、低く力強い音が響き、紫苑は一度だけ大学の方角を振り返った。青空の下、仲間たちが笑い合っている場所——その光景を心に焼き付け、紫苑はアクセルを回し、再び闇の中へと走り出した。
この慣れが良いことなのか悪いことなのか、まだ誰にも分からない。だが今はただ、自分にできることをするしかない。大切な人たちの笑顔を守るために、自分が選んだ道を、一歩ずつ進み続けるだけなのだ——
(続)