2014年編#3-4
通信機から聞こえてくる三原の声は、いつも通り無駄のない簡潔なものだった。
『紫苑、ロイミュードは都心から離れた古い倉庫に向かった。今、座標データを送る。急げ』
「分かりました」
短く応答して通信を切ると、紫苑はライドストライダーのアクセルを一気に捻り込んだ。低く唸るエンジン音が夕暮れの街に響き、車体は瞬く間に速度を上げ、舗装道路を風のように駆け抜けていく。
街の明かりが次第に少なくなり、潮風の香りが強くなってくる頃、視界の先に錆びついた鉄骨造りの建物が立ち並ぶ倉庫街が見えてきた。人通りは完全に絶え、周囲には湿ったコンクリートの臭いと、古い油のにおいが漂っている。静かすぎるほどの静寂が辺りを包み、ただ風が建物の隙間を抜ける音だけが、不吉な調子で響いていた。
紫苑は倉庫の壁際にバイクを停め、素早く周囲の状況を確認する。すると、一番奥に位置する倉庫の入り口付近で、鈍い金属音を立てながら動く一つの影を捉えた。
大きさは大人ほどで、体表面は無骨な金属装甲で覆われ、特に目立った特徴や武装もない——見た瞬間、下級の個体だと判断できた。これまで何体も倒してきた、いわゆる雑魚的な存在で、単体ではさしたる脅威にならないタイプのロイミュードだ。
紫苑は腰元のドライバーに手をかけ、低く鋭い声を放つ。
「変身!」
瞬間、青い光が弾け飛ぶように膨れ上がり、紫苑の全身を包み込んだ。流線型の紺碧の装甲が瞬く間に体を覆い、軽量かつ高い機動力を誇るフォーム——タイプツーリスモが闇の中に姿を現す。バイザーの奥の瞳が鋭く光り、敵の動きを捉える。
「ガァアアッ!」
ロイミュードが紫苑の存在に気づき、低い叫び声を上げると、重い足取りでこちらに迫ってくる。動きは鈍重で、予測も容易い。
紫苑は軽やかに地面を蹴り、一気に間合いを詰めた。タイプツーリスモの真骨頂は、この圧倒的な機動力と素早さにある。敵の腕が振り下ろされるよりも早く、体をひらりとかわし、そのまま懐に滑り込む。
肉弾戦を得意とするこのフォームらしく、紫苑は足技を中心に連続攻撃を叩き込んでいく。鋭い回し蹴りが敵の側面に命中し、金属同士が激突する乾いた音が響く。体を回転させながら放つ後ろ蹴り、低い姿勢からの薙ぎ払い——次々と繰り出される技はどれも正確で、敵の装甲の弱い部分を的確に捉え、小さなひびを生み出していく。
ロイミュードは自分の攻撃がまったく届かないことに苛立ち、無闇に手足を振り回すばかりで、次第に動きが鈍くなり、体には疲労の色が濃くなっていく。紫苑はその隙を逃さず、縦横無尽に動き回りながら攻撃を重ね、完全に追い詰めていった。
「終わりだ!」
紫苑は体勢を整え、腰元のドライバーに備え付けられたグリップを力強く捻り込む。
『FULL THROTTLE!』
高らかな機械音が鳴り響き、膨大なエネルギーが紫苑の右足に集中していく。紺碧の光が渦巻きながら足元に集まり、瞬く間に鋭い青い光の刃へと変化する。紫苑は大きく跳躍し、全身の力を乗せて強烈なキックを放った。
青い軌跡を描きながら、キックはロイミュードの体にクリーンヒット。装甲は悲鳴を上げるように砕け散り、青白い液体が飛び散ると同時に、大きな爆発が起きた。轟音と共に炎が上がり、やがて煙が晴れた時には、そこにはもうロイミュードの姿はなく、ただ燃えさしの破片が地面に散らばっているだけだった。
紫苑はゆっくりと着地する。荒い息を吐きながら、辺りの様子を眺めた。
「ふぅ……終わったか」
肩で息をしながら呟いた瞬間、ヘルメット内蔵の通信機から三原の声が再び響いてきた。いつもの冷静な口調に、わずかな疑問が混ざっているのを紫苑は聞き逃さなかった。
『……妙だな。こんな弱い個体が一体だけ、こんな場所にいたなんて……これまでの行動パターンから考えても、あまりに不自然だ。』
「え? そうですか?」
紫苑は周囲を見回しながら答えた。確かに、これまでは複数体で行動することが多かったし、もっと強力な個体が現れることの方が多かった。だが、たまにはこうして一体だけで行動することもあるのではないか——そう思った矢先、紫苑の全身に悪寒が走った。
空気が変わった。さっきまでの重苦しいだけの静寂が、今は刃物のような鋭い緊張感に包まれている。背中にじっとりと汗が滲み、まるで暗闇の中から無数の視線が自分を射抜いているような感覚に襲われる。
ゆっくりと、紫苑は背後を振り返った。
倉庫の影から、一人の男がゆっくりと姿を現した。
青いラインの入った黒いローブを身に纏い、長い髪が闇に溶け込むように垂れ下がっている。顔の半分は陰になって見えないが、わずかに見える瞳は青く冷たく光り、まるで獲物を見定める獣のような鋭さを宿していた。体からは圧倒的な力の波動が放たれており、ただ立っているだけで、周囲の空気さえも重く押しつぶされるような感覚になる。
男は紫苑の前で立ち止まり、低く、それでいてよく通る声で言った。その言葉はゆっくりと、しかし確かに紫苑の耳に届き、心の奥深くに突き刺さった。
「お前が……矢切の忘れ形見か」
紫苑は息を呑んだ。
自分の父の名前を口にする者は少ない。ましてや、こんな場所で、こんな男から聞くなんて——この男は何者なのか、なぜ父のことを知っているのか、そして自分に何をしようというのか。
様々な疑問が頭の中を駆け巡るが、それよりも先に、紫苑の体は本能的な警戒心で固まっていた。目の前にいる男は、今まで自分が戦ってきたどんな敵よりも、はるかに危険な存在だということが、肌で感じ取れた。
男の冷たい声が闇に響き、紫苑は再び気を引き締める。今度の戦いは、今までとはまったく違うものになる——そんな予感が、確信へと変わろうとしていた。
(続)