仮面ライダーGT   作:カッティングカマター

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2014年編#4-2

2014年編#4-2

 

三原の家を後にした紫苑は、大学へと向かった。キャンパス内は昼下がりの穏やかな空気に包まれ、学生たちの笑い声や、遠くで運動部が活動する音が心地よいリズムを刻んでいる。しかし、今の紫苑にとって、その平和な音色はどこか現実味を欠いた、ガラス細工のような脆いものに感じられた。

彼は中庭の隅にある、少し古びた木製のベンチに腰を下ろした。五月の柔らかな木漏れ日が、木の葉の隙間から差し込み、彼の足元で不規則な模様を描いている。紫苑は深く息を吐き、背もたれに体を預けて空を見上げた。

昨夜の巨大ロイミュードとの死闘、そして三原から聞かされた「四人の幹部」という絶望的な真実。さらには、自分が戦いに適応していくことで人間性を失っていくのではないかという、拭いきれない恐怖。それらが複雑に絡み合い、彼の心を暗く沈ませていた。

「紫苑くん、おーはよ!」

不意に、弾けるような明るい声が静寂を破った。紫苑が顔を上げると、そこには屈託のない笑顔を浮かべたちひろが立っていた。彼女の存在は、まるでこの淀んだ空気を一瞬で浄化してしまう太陽のようだった。

「ちひろ……」

「おはよ、じゃないね。もうお昼過ぎだし。なんだか難しい顔して、また考え事?」

ちひろはそう言って、紫苑の隣に遠慮がちに腰を下ろした。そして、大切そうに抱えていた小さな紙袋を彼の方へと差し出す。

「はい、これ。今度こそ食べてよ? 前に渡した時は、結局どこか行っちゃって食べてもらえなかったし」

袋の中から漂ってきたのは、バターの香ばしい、甘い匂いだった。

「これ、クッキー……?」

「そう! 美穂ちゃんと一緒に作ったんだ。形はちょっと不揃いかもしれないけど、味は保証するよ。美穂ちゃん、ああ見えてお菓子作りにはすごく厳しいんだから」

ちひろはいたずらっぽく笑った。紫苑はその袋を受け取ると、中に入ったクッキーの温もり——いや、それは作り手の体温のような温かさ——を掌に感じた。その些細な重みが、戦いの中で冷え切っていた彼の心を、不思議とじんわりと解きほぐしていく。

「ありがとう。……嬉しいよ」

「えへへ、なら良かった」

ちひろは嬉しそうに足をぶらつかせながら、紫苑の横顔をじっと見つめた。彼女の瞳は澄んでいて、そこには紫苑を心から案じる優しさが宿っていた。その真っ直ぐな視線に、紫苑は胸の奥が締め付けられるような感覚を覚えた。

三原は「意思があれば力に飲み込まれない」と言った。しかし、自分が今守ろうとしているこの「日常」の住人に、自分はどれほど多くの嘘を重ねているのだろうか。

「なあ、ちひろ」

紫苑は、クッキーの袋を握りしめたまま、ポツリと口を開いた。

「ん? なに?」

「俺さ……ちょっと、怖いんだ」

その言葉は、彼自身の意図に反して、零れ落ちるように口から出た。

「怖い……?」

ちひろが小首をかしげる。紫苑は、その先をどう言えばいいのか分からず、言葉に詰まった。

自分は今、人知れず人類を脅かす怪物と戦っている。昨夜はビルのような巨体を相手にし、巨大な鋼鉄の獣を操ってそれを破壊した。自分の手は、もはや普通の大学生のそれではなく、効率的に命を奪うための技術を刻み込まれ始めている。いつかこの手が、君の差し出してくれたクッキーを、あるいは君自身の手を、同じように冷徹な「物体」としてしか認識できなくなってしまうのではないか——。

しかし、そんな真実を言えるはずがなかった。彼女をこの血生臭い世界に引きずり込むわけにはいかない。この平和なキャンパスの空気を、恐怖の色で染めたくはなかった。

「……いや、なんでもないんだ。ごめんな、変なこと言って。ちょっと最近、レポートの締め切りとか、将来のこととか考えすぎちゃってさ」

紫苑は無理に口角を上げ、努めて明るい声を作った。そのもどかしさが、喉の奥で苦い味を立てる。自分と彼女の間には、もはや越えられない深い溝が横たわっているような、そんな孤独感が彼を襲った。

「なんだ、そんなこと? 紫苑くんなら大丈夫だよ。私たちがついてるんだから」

ちひろはそう言って笑ったが、その笑顔の奥には、紫苑の嘘を見抜いているような、どこか寂しげな色が混じっていた。彼女はゆっくりと立ち上がると、ベンチの前に回り込み、紫苑の目を真っ直ぐに見つめた。

「紫苑くん」

その呼び声は、いつになく真剣で、重みがあった。

「本当のことが言えないくらい、大変なことがあっても……。私は、紫苑くんが紫苑くんのままでいてくれたら、それでいい。紫苑くんが一人で頑張ってるなら、私はここで、いつでもクッキー焼いて待ってるから。それくらいしかできないけど……」

ちひろの声は少しだけ震えていた。彼女は、紫苑が何か大きな、取り返しのつかない重荷を背負っていることを、言葉ではなく直感で悟っているようだった。

「……ちひろ」

紫苑は顔を上げ、彼女を見つめ返した。彼女の瞳の中に映る自分は、まだ「戦士」ではなく、ただの「青年」の顔をしていた。その事実が、今の彼にとってどれほどの救いになったか計り知れない。

たとえ世界が変わり、自分の体が兵器へと近づいていったとしても、自分を「紫苑くん」と呼ぶ彼女がいる限り、自分はまだ人間でいられる。三原の言った「守りたいという意思」とは、まさに目の前にあるこの細い肩や、不揃いなクッキーに込められた想いそのものなのだと、彼は理解した。

「……ありがとう。このクッキー、大事に食べるよ」

紫苑は今度は、嘘偽りのない心からの笑みを浮かべた。

「うん! 絶対だよ? 感想、ちゃんと聞かせてね」

ちひろはパッと顔を輝かせると、紫苑の腕を軽く叩いて促した。

「早く行こ! 学食でみんな待ってるよ!」

彼女に引っ張られるようにして立ち上がった紫苑は、カバンの中のクッキーの重みをもう一度確かめた。

学食へ続く並木道。先を歩きながら「今日のA定食、何かな!」とはしゃぐ彼女の背中を見つめながら、紫苑は小さく息を吸い込んだ。

目の前にあるのは、どこにでもある大学生の昼下がりだ。でも、この平凡な景色こそが、自分が命を懸けて、そして「自分」を削ってでも守るべきものなのだと、今は確信できる。

「おい、待てよちひろ。そんなに急がなくても売り切れないだろ」

「甘いよ紫苑くん! 人気メニューは戦いなんだから!」

冗談めかして笑うちひろに、紫苑は力強く一歩を踏み出した。

バイザー越しに見る夜の街は2ヵ月前とは違って見えたかもしれない。だが、この日差しと、彼女の笑い声と、手の中にあるクッキーの温もり。これらがある限り、自分はまだ、自分として戦い続けることができる。

紫苑は、柔らかな木漏れ日の中、自分を待つ仲間たちのもとへと歩き出した。

(続)

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