2014年編#4-5
白昼の太陽が、落下する紫苑の瞳を刺すように照らしていた。
ビルから投げ出された体は、重力に引かれるまま加速していく。吹き抜ける猛烈な風が鼓膜を震わせ、視界は真っ逆さまに落ちていく空の青さとビルの外壁を交互に映し出していた。死がすぐそばに迫っている。しかし、紫苑にとって、この一瞬は永遠のような静寂に包まれていた。
走馬灯——かつて聞いたことのある現象が、彼の脳裏を駆け巡る。
激しい炎の中、崩れゆく瓦礫の向こうで自分にベルトを託し、「生きろ」と告げて息を引き取った父、矢切。その最期の温もり。
学食で試験の心配をしていた朔也、水着を恥ずかしがっていた美穂。そして、今まさに瓦礫の下で意識を失っている親友、悠真の姿。
そして、脳裏に響くのは三原の重苦しくも切実な言葉だった。
『「誰かを守りたい」という目的、その痛みを失わない限り、お前は力に飲み込まれはしない』
続いて、ちひろの屈託のない笑顔と、震えながらも紡がれた決意の声が蘇る。
『紫苑くんが紫苑くんのままでいてくれたら…』
『いっぱい泳ぎたいな〜!』
日常の、なんてことのない断片。けれど、それこそが今の紫苑をこの世に繋ぎ止めている楔だった。
(俺は……死ねない。あいつらが笑っていられる世界を、俺が壊すわけにはいかないんだ!)
恐怖に支配されかけていた紫苑の心に、熱い火が灯る。落下しながらも、震える手で左腕のブレスを掴んだ。ボロボロになったタイプツーリスモを抜き取り、取り出したもう一つのシフトカーを、全神経を集中させて装填する。
「……俺は……俺の意志で、お前たちを止める!」
空中でバックルのグリップを強く捻る。
『TYPE AEGIS』
落下速度が限界に達し、地面に叩きつけられる寸前、紫苑の体をオレンジの重装甲が覆い尽くした。
ドォォォォォン!!
地面のコンクリートが蜘蛛の巣状に砕け散り、凄まじい土煙が舞い上がる。重厚な膝当てが地面を抉り、衝撃が周囲の空気を震わせた。並の人間であれば即死、並のスーツであれば粉砕されていたであろう衝撃を、タイプイージスの圧倒的な防御力が無効化していた。
通信機越しに、三原の悲鳴に近い叫びが響く。
『紫苑! 紫苑、大丈夫か!? 応答しろ!』
土煙の中から、金属が擦れ合う重々しい音が聞こえた。
「……三原さん。聞こえています。」
「何だと……!?」
屋上から見下ろしていたクライロイミュードが、信じられないものを見たかのようにその青い眼を大きく見開いた。あの高さから落下し、生身を晒しながらも、着地の瞬間に変身を完了させて生き延びる。それは計算を超えた、人間の生存本能と執念が生んだ奇跡だった。
ゆっくりと、紫苑が立ち上がる。オレンジの装甲を纏ったその姿は、先ほどまでの「翻弄される青年」ではなく、大地に根を張った「守護者」の風格を纏っていた。
「俺は、戦う。この身を投げ打ってでも、俺の中にあるこの『痛み』を忘れない。これが、俺の意志だ!」
ビルの屋上から、クライと二体のロイミュードが重力に逆らうように滑らかに降り立ち、紫苑の前に立ちはだかる。
「面白い。それでこそ矢切を継ぐ者だ。お前のその意志、どこまで保つか試してやろう」
クライが嘲笑するように鎌を構える。
紫苑は背中にマウントされた重棍、イージスシャフトを抜き放った。ガシャン、と重厚なロック音が響き、シャフトにエネルギーが充填される。
「行くぞ……!」
紺碧の速度を捨て、灼熱の剛勇を纏った紫苑は、迫りくる怪物たちへ向かって、一歩も退かぬ覚悟で足を踏み出した。
(続)