2014年編#5-2
薄暗いモニターの光が部屋を青白く染める中、三原の隠れ家は相変わらず静寂に包まれていた。いくつもの画面に映し出される膨大なデータや、街の監視カメラの映像。そこは、紫苑が通う大学の穏やかな空気とは正反対の、戦いの最前線というべき場所だ。
三原はキーボードを叩く手を止め、入り口に立つ紫苑の方を向いた。その鋭い眼差しは、数日前とは明らかに異なる色を帯びていた。
「先日のお前の戦いぶり、正直驚いた。あのような機転を利かせるとはな。お前の中で何か吹っ切れたか?」
三原の問いは淡々としていたが、そこには確かな評価が含まれていた。紫苑は少し照れくさそうに頭をかき、視線を落とした。
「あの時は、仲間が傷付いたのを見て、ただただ夢中だっただけです。恐怖がなかったと言えば嘘になりますけど、それ以上に……体が勝手に動いていました」
紫苑の答えを聞き、三原はふっと口角をわずかに上げた。それは彼が見せる、極めて稀な微笑だった。
「矢切もな、かつては熱のある科学者だった。理論だけでは辿り着けない場所に、情熱で突き進もうとする男だったよ。お前にも父親譲りの熱があったんだな」
普段、数字と論理でしか物事を語らない冷徹な三原が、珍しく穏やかな口調で語る。その響きには、かつての友であり、紫苑の父であった矢切への深い敬意が滲んでいた。
紫苑は窓の外に広がる、夕闇に沈み始めた街の明かりを見つめた。
「……やるしか、ないんですよね」
「ん?」
「正直、何で自分だけがこんな目に、って思わないこともありません。普通の大学生として、ただ笑って過ごしていたかったって。でも、やらなきゃ、大切なものが傷付く。目を瞑って、誰かが解決してくれるのを待っているだけじゃ、状況は良くならない。それどころか、もっと悪くなってるかもしれない。だったら……」
紫苑の言葉は静かだったが、その奥底には鋼のような決意が宿っていた。逃げ場のない運命を嘆く段階は、もう終わったのだ。
「……それがお前の『痛み』であり、『答え』か。ならば俺は、お前がその意志を貫けるよう、全力を尽くしてバックアップしよう。だが忘れるな、紫苑。お前が守ろうとしている日常は、お前自身もその中にいて初めて成立するものだということを。お前が欠けた平和など、彼らにとっては完成された日常ではない」
三原の言葉は、戦士としての助言であり、同時に一人の大人としての親心に近いものだった。自分を犠牲にすることを美徳とするな――。その戒めは、紫苑の心に深く刺さった。
「わかってます。……海、行くって約束しましたから。みんなで、一緒に笑うって決めたんです」
紫苑は小さく笑った。過酷な運命を受け入れた青年の肩からは、ほんの少しだけ余計な力が抜けていた。死を覚悟するのではなく、生きるために戦う。その転換が、彼をまた一回り大きくさせていた。
「準備をしておけ。四幹部の動きが活発化している。私の観測によれば、奴らはすでに次の段階へと移行しつつある。夏休みといえど、平和な時間は長くは続かないぞ」
三原は再びモニターに向き直った。キーボードを叩く音が室内に戻り、いつもの事務的な態度に戻ったが、その背中はどこか紫苑という一人の男を信頼し、背中を預けているように見えた。
紫苑は三原の背中に一礼し、隠れ家を後にした。
外に出ると、夏の夜風が頬を撫でる。明日から始まる夏休み。戦いの日々は続く。それでも、彼には帰るべき場所があり、守るべき約束がある。
「行くか……。みんなが待ってる」
紫苑は空を見上げ、力強く歩き出した。夜の闇は深いが、その先にある明日を信じる瞳に、迷いはもうなかった。
(続)