仮面ライダーGT   作:カッティングカマター

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2014年編#5-4

2014年編 #5-4

8月の太陽が、容赦なく地上を照りつけている。

真夏の日差しは強烈で、アスファルトの道路は熱せられ、陽炎がゆらゆらと立ち上っていた。視界いっぱいに広がる白い光の中を、紫苑は愛用のバイクで一気に駆け抜けていく。

待ちに待った夏休みが始まり、数日が経ったこの日。彼らがずっと前から計画し、約束していた「海へ行く日」がやっと訪れたのだ。

バイクのスピードを上げるたびに、潮風を含んだ生温かい風が頬を撫でていく。カバンの中には、宿泊のための荷物、みんなで食べる予定のおやつ、そして万が一の事態に備えて常に持ち歩いているベルトが入っている。

「……早く、みんなに会いたいな」

紫苑は自然と口元を緩め、前を向く。待ち合わせ場所に着けば、ちひろをはじめ、悠真、朔也、美穂たちが笑顔で待っていることだろう。青い空、青い海、白い砂浜……そんな光景を思い浮かべるだけで、胸の奥が温かくなり、日常の疲れや戦いの緊張が溶けていくように感じられた。

だが、そんな穏やかな時間は、突然、無機質な電子音によって打ち砕かれた。

――ピピピピッ。

耳の奥、インカムを通じて、三原の声が直接響いてくる。その声はいつも以上に硬く、緊迫した響きを帯びていた。

『紫苑、聞こえるか。緊急事態だ。都内の旧市街地にある、古い多層階アパートの周辺で、ロイミュードの反応を確認した』

紫苑はハンドルを握る手に、思わず力が入る。

『規模は一機、だがエネルギー反応が特異だ。これまでの個体とは明らかに異なるパターンを示している。至急、その場所へ向かってくれ』

「……わかりました」

紫苑は唇を噛みしめる。今からそのアパートへ向かえば、待ち合わせには確実に遅れるだろう。場合によっては、昼前の楽しい時間が丸ごと潰れてしまうかもしれない。

それでも、断るという選択肢は紫苑の頭にはなかった。

頭をよぎったのは、数週間前、瓦礫の下敷きになり、血まみれになって意識を失っていた悠真の姿。もし自分が現場に到着するのが遅れていたら、あるいは戦いから逃げ出していたら、彼は今この世にいなかったかもしれないのだ。

「……みんな、待っててくれ。必ず、後から合流するから」

紫苑は心の中でそう呟くと、バイクの向きを急激に変え、本来とは逆の方向、古びたアパート街へと向かってアクセルを捻った。

 

現場に到着すると、そこはすでに緊迫した空気に包まれていた。

老朽化したコンクリート造りのアパートの周囲には立ち入り禁止のテープが張られ、住民たちが不安そうな表情で建物を見上げながら避難している。彼らの顔に浮かんでいるのは、紛れもない恐怖の色だ。

紫苑はバイクを路肩に停めると、走りながらカバンからベルトを取り出し、シフトカーをブレスに装填する。

「変身!」

『TYPE TURISMO』

電子音と共に紺碧の光が弾け、紫苑の全身を硬質な装甲が覆っていく。仮面ライダーGT タイプツーリスモ――高速戦闘を得意とする基本形態への変身が完了すると、彼は足元に力を溜め、一気にアパートの中へと飛び込んだ。

(どこにいる? 三原さんは確かにこの建物内に反応があると言っていた)

ツーリスモの真骨頂である超速移動能力を解放し、紫苑は残像を残すほどのスピードで一階から順に駆け上がっていく。部屋の扉、非常階段、ベランダの隅々まで目を光らせ、敵の姿を探すが、そこには既に人の気配はなく、ただ古びた家具や散乱した生活用品が残されているだけだった。

「おかしい……ここまで探して、何もないなんて」

最上階まで駆け上がり、最後の場所である屋上へと通じる扉を蹴破る。

だが、そこにあったのは、乾いた風が吹き抜けるだけの何もない空間だった。コンクリート張りの床、錆びついた手すり、そして大きな貯水タンクが一つ置かれているだけで、ロイミュードの姿はどこにも見当たらない。

紫苑はバイザー越しに周囲を警戒しながら、三原に向かって呼びかけた。

「三原さん、屋上まで来たけど、誰もいない。反応の見間違いじゃないのか? もしくは、すでに移動したとか……」

『馬鹿を言うな、こちらのセンサーが誤作動することなどあり得ない! 反応は確実にその建物の上空域に固定されている……待て、座標が上昇している? まさか――!』

三原の声が急に途切れ、次の瞬間、彼は明らかに驚きを隠せない声で叫んだ。

『紫苑! 上だ! 真上を見ろ!』

言われるよりも早く、紫苑は咄嗟に空を見上げた。

雲一つない真っ青な空。その青さを背景に、太陽の強い光を背負うようにして、一つの大きな影がゆっくりと旋回しているのが見えた。

次の瞬間――空気を引き裂くような鋭い音が響き、紫苑のすぐ足元のコンクリートが、高熱と衝撃で砕け散った。

「うおっ!」

紫苑は咄嗟に体を反転させ、爆風から間一髪で後方へと飛び退く。砂煙が上がる中、先ほどまで自分が立っていた場所には、深いクレーターが穿たれていた。

上空を再び見上げる。

そこにいたのは、大きな蝙蝠のような翼を持ったロイミュードだった。金属質の体躯に、赤く光る複眼。そして両腕部には長距離射撃用と思われる砲口が備わっている。

奴は決して地上に降りてくることはなく、高度数百メートルという、人間の届かない安全な位置から、地上の標的を確実に仕留めようと狙いを定めていた。そしてその射撃の精度は驚くべきものであり、まるで最初からこの状況を想定し、紫苑を屋上へと誘き出したかのような動きだった。

「くそっ、これじゃ埒が明かない……!」

紫苑は歯噛みする。

タイプツーリスモの能力はあくまで地上での高速移動に特化したものであり、空を飛ぶことはできない。どれほど速く走ろうとも、上空を自由に飛び回る敵に対しては、一方的に攻撃を受けるだけの的になってしまう。

「このままじゃ、いつかは必ず当てられる……!」

『紫苑、持ちこたえろ!』

インカムから三原の必死の声が届く。

『今、我々の研究所から、完成したばかりの第三のシフトカーを積んだ車両がお前のもとへ向かっている。あと数分で現場に到着するはずだ。その新しい力があれば、この状況を打破できる可能性がある!』

「数分も持てるわけないだろ! こいつの狙撃、正確すぎるんだ!」

紫苑は身を屈め、屋上に置かれた大きなコンクリート製の給水タンクの陰へと転がり込む。

だが、ロイミュードの精度はそんな単純な遮蔽物など意味がないことを証明した。

ヒュン、と風が鳴り、次の瞬間には分厚いコンクリートの壁がまるで紙のように砕かれ、破片と熱風が紫苑の側面を襲う。装甲にヒビが走り、体に強い衝撃が伝わる。

「があっ!」

くらつく体を何とか支えながらも、逃げ場のない屋上という閉じられた空間で、紫苑は徐々に追い詰められていく。避難している人々の安全を考えれば、この場所から離れるわけにもいかない。

絶体絶命――その言葉が紫苑の脳裏をよぎった、まさにその時だった。

上空でロイミュードが両腕の砲口を輝かせ、今まで以上に太く、強力なエネルギー弾のチャージを開始した。とどめの一撃を放とうとしているのだ。

紫苑は覚悟を決め、最後まで抵抗しようと身構えた。

だが次の瞬間、屋上へと続く鉄製の扉が、内側から勢いよく蹴開けられた。

「紫苑さん! これです!」

息を切らし、汗だくになって駆け込んできたのは、三原の部下の一人だった。彼は両手で重厚なアタッシュケースを抱えており、紫苑に向かってそれを力一杯滑らせるように投げてきた。

紫苑は転がりながらそのケースをキャッチし、側面のボタンを押して蓋を開く。

そこに納められていたのは、これまでの二種類のシフトカーとはまるで異なる、見るからに禍々しい雰囲気を放つシフトカーだった。

深い、漆黒の闇をそのまま固めたようなボディ。表面に浮かび上がる赤い紋様は、まるで生き物の血管のように脈打ち、見る者の心臓を締め上げるような圧力を放っている。

「これが……三つ目の、力……」

上空では、エネルギーの充填が完了しようとしている。今この瞬間に間に合わなければ、自分はこの場で消し炭になるだろう。

紫苑は迷わなかった。

彼はその黒いシフトカーを手に取ると、自らのブレスへと勢いよく押し込み、グリップを力強く捻り上げた。

『MACHINE SET』

機械音が、低く、重く、何かが軋むような音で鳴り響く。

『TYPE RAIDER』

轟音と共に、紫苑を包んでいた紺碧の装甲が弾け飛ぶように消滅していく。

そして代わりに出現したのは、一切の光を反射することなく吸い込んでしまうかのような、漆黒の装甲だった。全体的に鋭角的なシルエットへと変化し、胸部や肩、脚部には刃物のような突起が並ぶ。

頭部のバイザーは中心部に一つの単眼を浮かび上がらせ、それはまるで獲物を捉えた猛禽類のように、赤く、妖しく、そして禍々しく輝きを放った。

同時に、紫苑の右腰部分には、同じく黒い金属光沢を持つ専用武器――レイダーマグナムが装着される。

仮面ライダーGT・タイプレイダー。

これが、第三の形態だった。

「うああああっ!?」

変身が完了した瞬間、紫苑は思わず絶叫に近い声を上げ、その場に膝をついた。

全身を駆け巡るのは、これまでに経験したことのない種類の衝撃と痛みだった。

いつも変身した時に感じる、脳の奥を直接かき回されるような感覚。あの不快感が、百倍にも千倍にも増幅され、今度は頭の芯を根本から抉り取るような激しさで襲い掛かってくる。

視覚が、聴覚が、触覚が、すべての感覚器官が異常なまでに拡張され、過剰な情報量が一気に脳へと流れ込んでくるのだ。

視界に映るものすべてが、驚くほど鮮明に、そして詳細に捉えられる。

数百メートル先のビルの一室で、カーテンが風にそよぐ様子。その繊維の一本一本までが見える。空気中に漂う微細な塵や水蒸気の動き、それらが光を反射する様子さえもが、まるでスローモーションのように把握できる。

耳には、建物の下を歩く人々の心臓の鼓動、遠く離れた道路を走る車のエンジン音、さらには風がコンクリートの隙間を通り抜ける微かな音までもが、鋭い針のようになって突き刺さってくる。

「なんだ……これは……情報の密度が、高すぎる……! 世界が、止まって見える……!」

紫苑は激しい眩暈と頭痛に耐えながら、何とか上体を起こし、空を見上げた。

これまで、ただ空の一点にいるだけのようにしか見えなかった飛行ロイミュードの姿が、今や全く異なる様相を呈していた。

羽ばたきの周期、関節の稼働速度、筋肉の収縮と弛緩のタイミング、そして次に放たれる光弾のエネルギーの流れ、予測される弾道曲線までもが、全て数値的かつ視覚的に理解できる。

敵の行動が、手に取るようにわかる――。

これこそが、タイプレイダーの真の力。超感覚によってあらゆる事象を「認識」し、敵の行動を先読みし、確実に仕留めるための狩人としての形態だった。

だがその代償はあまりにも大きく、紫苑の精神は今まさに、過剰な情報の洪水によって押し流されようとしていた。頭が割れるように痛み、意識が遠のいていくような感覚に襲われる。

それでも、紫苑はこの苦しみに負けるわけにはいかなかった。

彼の脳裏に浮かんだのは、海辺で待っているはずの仲間たちの笑顔だった。

ちひろが用意したお弁当、悠真のはしゃいだ声、朔也の冷静な助言、美穂の柔らかな笑顔……。

自分がここで倒れるわけにはいかない。自分が戦い、この敵を倒さなければ、また誰かが傷つくかもしれない。守ると誓った日常を、こんなところで終わらせるわけにはいかないのだ。

紫苑は赤く輝く単眼を細め、視界の中心に敵を捉え直す。

「……見えた。全部、見えてる」

震える手で、腰に装着されたレイダーマグナムを引き抜く。黒い銃身が太陽の光を浴びて、鈍く、冷たい光を放つ。

紫苑は一切の迷いを捨て去り、銃口を上空のロイミュードへと向けた。

この未知なる黒い力が、自分をどこへ連れて行くのか。この先に何が待っているのか。それは誰にもわからなかった。

だが、今はただ引き金を引くだけだ。

新たなる漆黒の戦士は、痛みと共に世界を知覚し、高らかに銃声を響かせる。

この一撃が、終わりなき夏の戦いの、新たな幕開けとなることを予感しながら――。

(続)

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