2014年編#1-3
東京都内の喧騒から切り離された、秘匿研究施設。
そこは無機質なコンクリートの壁と、幾千もの光ファイバーが神経系のように這い回る、現代科学の最前線にして「特異点」を監視する聖域だった。
室内に立ち並ぶ多数のモニターには、絶え間なく流れる文字列と、心電図のように激しく波打つエネルギー波形が映し出されている。中央のプラットフォームには、一人の男が立っていた。
男の名は、矢切。
その腰には、重厚な金属の質感を放つ未知のバックル——「ベルト」が巻かれ、左手首には対となる「ブレス」が装着されていた。周囲を取り囲む数人の研究員たちが、端末を叩きながら最終的な同調率を計測していく。
「バイタル、安定。ドライバー、出力60%で固定。……矢切さん、神経接続を開始します。少し熱いですよ」
研究員の言葉と同時に、ブレスから微細な放電が走り、矢切の表情が苦痛に歪んだ。その時、室内にノイズ混じりの通信が割り込む。
『矢切、調子はどうだ?』
スピーカーから聞こえてきたのは、長年の戦友であり、現在は司令部で指揮を執る三原の声だった。矢切は荒い息を整えながら、モニターに視線を走らせる。
「三原か。……見ての通りだ、今調整を行っている。4年前の『あの日』からシステムの安定度は飛躍的に増したが、まだ決定的な課題をクリアできていない。高出力時の負荷が、依然として装着者の肉体を侵食する」
『……お前の調子を聞いたんだがな。矢切、お前の体はもう限界のはずだ』
三原の問いに、矢切は一瞬の沈黙を置いた。そして、自嘲気味な笑みを浮かべて答える。
「私か。……まあ、だましだましやるさ。世界が再び凍りつくのを防げるなら、私の命など安いものだ」
その会話が交わされている頃。
高度数百メートル、深夜のビル群を見下ろす隣接ビルの屋上に、夜の闇よりもなお深い「黒」を纏った二つの影が佇んでいた。
「……見つけたぞ。あの奥底に、我々の同胞を縛り付ける忌々しい光の源がある」
一人の影が、無機質な声で呟く。その眼は、獲物を狙う猛禽類のように冷酷に爛々と輝いている。
「なら、やるのか?」
もう一人の影が、空間そのものを震わせるような重低音で問いかけた。
「ああ。時は満ちた。人類に真の絶止を。……時は来たのだ」
直後、平穏な夜を切り裂く轟音が都心に響き渡った。
ドォォォォォォォォォンッ!
矢切のいる地下施設に、凄まじい衝撃が突き抜けた。天井が崩落し、精密機器が火花を散らして爆発する。警報アラームが鳴り響く中、研究員たちの悲鳴が瓦礫の下に消えていった。
「うわあぁぁぁ!」
『矢切、どうした!? 何が起きた! 返事をしろ、矢切……おい、矢切!!』
通信機の向こうで叫ぶ三原の声を置き去りにし、施設は業火に包まれる。
爆煙が立ち込める崩落現場。瓦礫を跳ね除け、よろめきながら地上へと脱出した矢切の前に、ゆらりと二つの影が降り立った。
その姿は、かつて世界を絶望に陥れた金属生命体の進化系を彷彿とさせた。だが、その背負っているプレッシャーは4年前の比ではない。
「始めるぞ。かつて我らが果たせなかった、第二のグローバルフリーズを」
リーダー格の影が腕を掲げると、周囲の時間が粘り気を帯び、重加速現象が街を侵し始める。行き交う人々が、飛び散る破片が、すべてがスローモーションへと叩き落とされる。
「今度こそ、貴様ら人類の息の根を止める。その忌まわしき『力』と共に、塵に帰れ」
逃げ場のない絶望的な状況。しかし、矢切の瞳に宿る光は消えていなかった。
彼は血の混じった唾を吐き捨てると、腰のバックルに力強く手をかけた。
「……世界を止めていいのは、未来へ進むための準備をする時だけだ。貴様らのような化け物に、明日の邪魔はさせない!」
矢切がバックルのグリップを力強く捻り、叫ぶ。
「変身!」
瞬間、周囲の重加速を弾き飛ばすほどの凄まじい「青い光」が溢れ出した。
光の渦の中から現れたのは、重厚な装甲を纏った戦士の姿。ヘルメットの奥で、鋭く、そして気高く緑の眼光が閃く。
「うおぉぉぉぉぉ!」
咆哮とともに、青い残像を引いて矢切は加速した。
(続)