仮面ライダーGT   作:カッティングカマター

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2014年編#6-1

2014年編 #6-1

8月の太陽は容赦なく、道路を覆うアスファルトをじりじりと白く焼き上げ、立ち込める陽炎は遠くの景色をゆらゆらと歪ませていた。

悠真がこの日のためにと、半年間バイトを掛け持ちし、必死になって手に入れたクラシックなスポーツカーは、低く重厚な排気音を響かせながら、高速道路を一直線に海へと向かって走っている。流れるような流線型の車体は、まるで空気そのものを切り裂くように疾走し、彼らを待つ楽園へと急いでいた。

車内は強力な冷房が効いており、外に広がる猛暑とは無縁の涼やかな空気に包まれていた。だがそれ以上に、「待ちに待った夏休み、そして仲間たちとの旅行」という高揚感が、車内の空気を熱く、鮮やかに彩っている。

ハンドルを握る悠真は、上機嫌で鼻歌を歌いながら、時折リズムを取るようにハンドルを叩く。彼の横、助手席には美穂が座り、大きなつばの麦わら帽子を大事そうに膝の上に置きながら、窓の外へと流れていく緑濃い山々の景色を、穏やかな瞳で眺めていた。時折吹き込む風が、彼女の黒い髪をさらさらとなびかせる。

一方、後部座席の状況はというと、快適とは程遠いものだった。

「……まったく、俺が今さら言うのも何なんだがな」

右側の席に座る朔也が、長身を折り曲げるようにして窮屈そうに身じろぎしながら、前の席に向かって声を投げる。

「やっぱりレンタカーでミニバンか何かを借りるべきだったんじゃないか? この車の後部座席、天井は低いし足元は狭いし……長距離移動には全然向いてないぞ。まるで刑務所にでも乗せられてる気分だ」

彼の言葉に嘘はなかった。もともと四人乗りのスポーツカーに、定員いっぱいの五人が乗車しているのだ。特に身長が一八〇近くある朔也にとっては、ひざが前の座席につかえ、少しでも背伸びをすれば頭上のガラスに頭がぶつかってしまうような状態であり、まさに修行と言っても過言ではない。道路の継ぎ目を越えるたびに車体が上下に揺れるたび、彼の眉間には深い皺が刻まれる。

「何を言ってんだよ、朔也! 分かってないなあ」

バックミラー越しに、悠真が歯を見せてにやりと笑う。その表情には、自分の愛車を自慢するかのような誇らしげな色が浮かんでいた。

「この低い着座位置、地面に吸い付くような安定感、そして何よりもこのエンジンの咆哮……! これこそが車の醍醐味であり、ロマンってもんだろ? 俺がこの半年、血と汗と涙を流しながらバイトしまくって手に入れた最高の一台なんだ。お前らにこの『本物』の走りを体感させてやりたいと思って、俺だって頑張ったんじゃないか!」

「そのロマンとやらのせいで、俺の腰は今悲鳴を上げてるんだけどな……」

「あははは、朔也、そんなに怖い顔しないで。せっかくの旅行が台無しだよ」

真ん中の席から、紫苑が苦笑いしながら間に入る。彼は両側から朔也とちひろに挟まれるようにして座っており、三人の肩はぴったりとくっつき合い、少し身動きするだけでも互いの体温が伝わってくるほどの近距離だ。

だが紫苑にとって、この狭さと窮屈さは、むしろありがたいものだった。

――数時間前まで、己の命を懸けて戦っていたことが嘘のようだ。

まだ頭の片隅には、四幹部の一人であるラフの赤い瞳と、鋭い爪が装甲を叩きつける音が鮮明に残っている。死の恐怖と隣り合わせの戦場、自分の中に眠る未知の力の暴発、それらがもたらす激痛と疲労。今すぐにでも体は動かなくなってもおかしくなかった。

しかし、今こうして隣には仲間たちがいる。体に伝わる彼らの温もり、車内に溢れる他愛もない文句や笑い声。それら一つひとつが、自分が確かに生きてこの日常へと帰ってきたことを証明してくれているようで、紫苑は心の底から安堵していた。この狭い空間こそが、今の自分にとって最も安全で、最も価値のある場所なのだ。

「朔也、大丈夫? そんなにきついなら、次のサービスエリアで私と代わる?」

助手席の美穂が心配そうに振り返り、柔らかな声をかける。

「私は後ろでも全然平気だよ。むしろ三人でわいわいしてる方が楽しそうだしね」

「美穂……お前は本当に天使か何かなのか……。優しさが眩しすぎて目がくらみそうだ」

朔也が感極まったように目を閉じる。

「だがな、それに比べて運転席のこの男はどうだ? 少しも俺を気遣うそぶりもない」

「おいおい、それは違うだろ! 俺だって美穂には快適に過ごしてもらいたいから助手席に座ってもらってるんだぞ。朔也、お前は男だろ? 少しくらいの苦労は笑って耐えるもんだ!」

「このドライブが終わったら、ガソリン代から高速代まで、一円単位まできっちり計算して請求してやるから覚悟してろよ」

冗談めかして毒づく朔也の言葉に、車内に笑いが広がる。そのやり取りがあまりにも自然で、温かくて、紫苑はただその空気に身を委ねていた。

左隣に座るちひろは、窓の外を見つめながら、膝の上に置いた大きなトートバッグを両手で大事そうに抱え直した。車がカーブを曲がるたびに、彼女の肩が紫苑の肩に触れ、柔らかな感触と共に体温が伝わってくる。そのたびにちひろはぱっと顔を赤らめ、慌てて少しだけ身を乗り出すようにして距離を取ろうとするのだが、すぐにまた揺れで体が傾いてくる。

そんな彼女の様子に気づかないふりをしながら、紫苑はそっと話しかけた。

「ちひろ、海、楽しみだな」

紫苑の言葉に、ちひろはぱあっと表情を輝かせて頷く。

「うん! もう、待ちきれないくらい! 紫苑くんと、みんなと一緒に海に来るの、初めてだから……。いっぱい泳いで、砂のお城作って、バーベキューもして……ああ、想像しただけでわくわくする!」

無邪気に笑う彼女の笑顔は、太陽の光を浴びてまぶしく輝いていた。

その時、ふと朔也が身を乗り出すようにして、紫苑の耳元に口を寄せ、声を低くして問いかけてきた。

「……なあ、紫苑」

「ん? 何だ?」

「さっき待ち合わせ場所に来たときからなんだけど……お前、少し顔色が悪いというか、疲れた顔をしてたぞ。何かあったのか?」

さすがは朔也だ。鋭い観察眼と的確な洞察力には、紫苑も内心で舌を巻く。自分では平静を装っていたつもりだったが、戦いのダメージは思った以上に体と心に残っていたのかもしれない。

紫苑はわずかに笑って、首を横に振る。

「大したことじゃないさ。ただ、朝の準備に手間取っちゃって、少し慌てて来たから……それでちょっと疲れが出ただけだよ。でも、こうしてみんなと一緒に車に乗って話してるうちに、もうすっかり元気になっちゃったけどな」

これは嘘ではなく、紫苑の本心だった。

脳裏に焼きついたラフの姿も、体に残る鈍い痛みも、決して消えることはない。これから自分が背負っていかなければならない運命の重さも、消えてなくなるわけではない。

だが、今この瞬間だけは。この仲間たちに囲まれた狭い車内こそが、自分の世界の全てであり、ここにあるのはただ、温かくて、明るくて、かけがえのない時間だけなのだ。

「そうか。それならいいんだが……」

朔也はまだ完全には納得していないような表情を浮かべていたが、紫苑が笑顔を向けると、それ以上は何も言わずに肩をすくめた。

「まあ、着いたら俺たちで存分に遊んで、お前の疲れなんて吹き飛ばしてやるよ。悠真が到着したらすぐにスイカ割りをするってはしゃいで、バケツと棒まで積み込んでたからな。着いたら着いたで大変なことになりそうだ」

「マジかよ、悠真……準備が良すぎるだろ」

紫苑が思わず吹き出すと、前の席から悠真が反論する声が飛んでくる。

「何だよ、朔也! 事前の準備こそがレジャーの命なんだぜ! 俺はもう砂の上でどうやってスイカを割るか、シミュレーションまで済ませてあるんだからな!」

悠真の元気いっぱいな声が車内に響き渡った、その直後。

車は長い長いトンネルの口へと、まっすぐに吸い込まれていった。

瞬く間に車内は明るい太陽の光から閉ざされ、オレンジ色の照明が規則的に並ぶトンネルの中へと入り込む。ヘッドライトが闇を切り裂き、車内には一定のリズムで光と闇が交互に訪れる。

紫苑はその一瞬一瞬の光の中で、隣に座るちひろの少しだけ緊張した横顔や、狭いながらもどこかくつろいだ様子の朔也の表情、前の席で笑い合う美穂と悠真の背中を、じっと見つめていた。

自分の力、それは父・矢切が残したものであり、この世の理を超えた存在であり、時に自分自身をも蝕む凶器となる。三原が言っていたように、それは確かに痛みであり、代償であり、孤独な戦いの道へと自分を誘う鍵なのかもしれない。

だが紫苑は思う。

その重圧があるからこそ、こうして仲間たちと交わす何気ない言葉の一つひとつが、笑い声の一つひとつが、これほどまでに軽やかで、尊く、温かいものに感じられるのだ。

トンネルの闇の中で、紫苑はゆっくりと目を閉じ、耳を澄ます。

エンジンの音、タイヤが路面を蹴る音、仲間たちの笑い声……それらが一つになって、彼を包み込む。

やがて、前方の闇の中に、小さな白い光の点が現れた。

それは瞬く間に大きく広がり、まばゆい光となって車内を照らし出す。

――抜けた。

トンネルを抜けた瞬間、視界いっぱいに広がった光景に、車内にいた全員が息を呑んだ。

「わあ……!」

ちひろが思わず声を上げ、身を乗り出すようにして窓の外を見つめる。

そこには、どこまでも広がる紺碧の海があった。

太陽の光を受けて海面はきらきらと無数の光を反射し、水平線は空の青と一つに溶け合い、まるで世界全体が青い絵の具で塗りつぶされたかのように雄大で、美しく、そしてどこまでも続いていた。

風に運ばれてくる潮の香りが、窓から流れ込み、車内の空気をさらにさわやかなものへと変えていく。

「すごい……本当に、きれい……」

美穂が感嘆の息を漏らし、慌ててスマートフォンを取り出して窓の外の絶景を収めようとシャッターを切る。

「よっしゃあ! ついに到着だあ!」

悠真がハンドルを叩いて喜びを爆発させ、アクセルをさらに踏み込む。

「見てろよ、俺が予約した宿は目の前がビーチの絶好のロケーションだ! プライベートビーチみたいなもんだから、俺たちだけで思う存分はしゃいでやるぜ!」

車は坂道を一気に下り、海沿いの道へと出る。

潮風を切り裂きながら走る車内には、歓声と笑い声が溢れ、弾けるような明るさに満ちていた。

紫苑は窓の外の青い海を見つめながら、心の底から湧き上がる喜びを感じていた。

自分は今、仮面ライダーGTとしての使命も、戦いの運命も、すべて背負ったままここにいる。この力は、いつかまた戦いのために使われ、自分を傷つけ、誰かを苦しめることになるのかもしれない。

だがそれでも構わない。

紫苑は隣で瞳をきらきらと輝かせて海を見つめるちひろの横顔を見つめ、さらに前ではしゃぐ悠真たちを眺めながら、静かに誓った。

たとえこの平和がどれほど脆く、壊れやすいものだったとしても。

たとえ次の瞬間、何が起ころうとも。

俺はこの瞬間の輝きを、絶対に守り抜く。

この笑顔を、この時間を、この青い海と太陽の光を――。

車はまっすぐに、夏の光に満ちた海岸線を駆け抜けていく。

五人の笑い声は、寄せては返す波の音と混ざり合い、8月の青い空へと、高く、高く響き渡っていった。

 

(続)

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