仮面ライダーGT   作:カッティングカマター

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2014年編#6-3

2014年編 #6-3

時を同じくして、都内の喧騒から離れた閑静な住宅街の一角に、古びた木造の貸家がひっそりと佇んでいた。外壁の塗装は所々はげ落ち、庭の草木も手入れが行き届かずに伸び放題で、通りがかりの者が見れば、長らく空き家となっている廃屋にしか見えないだろう。だがこの家こそ、三原が長年にわたって築き上げた、闇の中の作戦司令室――彼の隠れ家であった。

外界では燦々と太陽が照りつけ、人々は夏の日差しを楽しみ、海辺では潮騒が弾けているというのに、この家に広がる空間だけは、まるで別の次元に切り離されたかのように、冷たく、静かで、重い空気に満たされていた。

部屋の壁一面を覆い尽くす無数のモニターが、室内を青白い光で染め上げている。その画面の中では、都内各所の交通情報、エネルギーの変動を示す波形データ、さらには未だ正体の掴めないロイミュードの解析プログラムなどが、絶え間なく流れ続け、時に明滅を繰り返している。部屋に響くのは、空調設備の低い動作音と、機械が発する熱を冷ますファンの回転音だけで、まさに静寂そのものが支配していた。

三原は大きな金属製の事務用椅子に深く腰を沈め、その上半身をディスプレイに迫るようにして座っていた。彼の目はすっかり充血し、その下には濃い隈が刻まれている。ここ数日、まともな睡眠も食事も摂らず、ただひたすらにデータと向き合い続けていることは、一目見れば明らかだった。だが彼の指先だけは、疲れを見せることなく、まるで精密機械のような正確さでキーボードを叩き、次から次へと膨大な情報を処理し、分析し、記憶媒体へと書き込んでいく。

――ピンポーン。

突如として、その静けさを引き裂くようにインターホンの電子音が鳴り響いた。三原は画面に釘付けになっていた視線を動かすことなく、手元のスイッチに指を伸ばす。カチリという小さな音と共に、彼の声が部屋に響いた。感情の抜け落ちた、乾いた合成音声のようなトーンである。

「おう、入れ」

重厚な鉄製の防音扉がゆっくりと開き、一人の男が姿を現した。彼は三原のもとに集められた数少ない部下の一人で、両腕には書類の束が溢れそうなほどに抱えられている。部下は一歩部屋の中へ足を踏み入れた瞬間、室内に立ち込める熱気と空気の重さに、思わず顔をしかめた。機械類が発する熱と、三原が発し続けている強い意志のようなものが混ざり合い、この部屋を独特の緊張感で満たしているのだ。だが彼はすぐに表情を引き締め、無言で定められた報告位置へと進んだ。

「三原さん、報告いたします」

部下は資料をテーブルの上に置くと、端的に業務連絡を開始した。

「先日の、ロイミュードによるアパート襲撃事件の被害状況をまとめました。人的被害は幸い軽傷者のみでしたが、建物の損壊が予想以上に大きく、復旧には時間がかかる見込みです。それから、現場で回収したタイプレイダーの使用データのバックアップが完了しました。」

三原は黙って頷き、部下の言葉を促すように手を振った。

「続けろ」

「はい。それと、四幹部の一人である『ラフ』が出現した地点の残留エネルギーを解析した結果です。……これまでのどの個体よりも、純度が高く、かつ量も桁違いでした。明らかに他のロイミュードとは格が違う、あるいは何らかの強化を受けている可能性が極めて高いと判断されます。報告は以上です」

部下が一息にそう言い終わると、三原は「おう、ご苦労だったな」と短く応じた。

「資料はそこに置いておけ。後でじっくり目を通す。今は手が離せない」

そう言って再び画面に向き直ろうとする三原だったが、部下はその場を立ち去ろうとせず、まだ何か言いたげに彼の背中を見つめていた。三原はわずかに眉を上げ、ようやくキーボードから指を離すと、椅子を回転させて部下の方を向いた。彼は指でこめかみを強く揉み解し、長時間の作業で凝り固まった頭をほぐすように、大きく息を吐き出した。その横顔には、隠しようもない疲労の色が濃く滲み出ていた。

部下はそんな三原の様子を見ながら、ふと視線をモニターの一角に移した。そこには地図上に重ねられたGPS情報が表示されており、都心部から遠く離れた海岸線沿いを、ゆっくりと移動、あるいは停滞している一つの光点があった。それは紫苑が変身時に使用するブレスから発信される、位置情報信号に他ならなかった。

部下は少しだけ口元を緩め、遠慮がちに問いかけた。

「……それにしても、三原さん。よく紫苑くんの旅行を許可しましたね。正直、私は驚きました。今のこの状況を考えれば、いつ何時、四幹部が総攻撃を仕掛けてくるかもわからないわけで、彼を即座に呼び出せる範囲、つまり都内に待機させておくのが、いつもの『三原さんらしい』判断だと思っていましたから」

三原は椅子の背もたれに大きく体を預け、暗い天井のシミを眺めるように目を細めた。

「おいおい、俺をどんな血も涙もない鬼か何かだと思ってるんだよ」

彼の口調には、わずかながらも普段の冷徹さはなく、少しだけ人間味のある響きが含まれていた。

「これでも俺だって、人道的な配慮というやつは持ち合わせているつもりだぜ」

「冗談はやめてくださいよ」

部下は呆れたように肩を竦めた。

「昨日まで、私たちに対して『一分一秒を惜しんでデータ解析にあたれ』『紫苑くんにも休む暇があるなら特訓をさせろ』と言っていたのは、どこのどなたですか。私てっきり、紫苑くんが海なんかで遊ぶことを知ったら、即刻緊急招集をかけるものだと思っていましたよ」

部下のからかい混じりの、だが的確な指摘に、三原は自虐的な笑みを口元に浮かべた。彼は指で自分の顔を覆い、しばらく無言になったが、やがてぽつりぽつりと独り言のように語り始めた。

「……まあ、そうだよな。お前の言う通りだ。俺はいつだって、最悪の状況を想定し、最も効率の良い手段を選ぶようにしている。感情に流されて判断を誤るわけにはいかないからな」

彼の声は、部屋の冷たい空気に溶け込むように静かに響いた。

「だがな……あいつ、紫苑には、あまりにも重すぎるものを背負わせちまったんだ。まだたったの二十歳そこそこの、普通の大学生だった男に、だ。本来ならば、勉強に、サークルに、恋愛に……そうやって色々なことに悩み、笑い、青春を謳歌するべき時間を、俺たちは一方的に奪い、そして命のやり取りを強要している。俺にだってな……多少なりとも罪悪感がないわけじゃないんだよ」

「三原さん……」

部下は言葉を失った。これまで彼が知っている三原という男は、常に冷静沈着で、合理的で、時には冷酷とも言える判断を下すことのできる、鉄のような精神の持ち主だった。目的のためには手段を選ばず、感情に流されることなく任務を遂行する、最も信頼できる司令塔。それが彼のイメージだった。だが今、目の前にいるこの男は、そんな鉄の仮面の下に隠された、人間としての柔らかな心の揺らぎを、初めて見せてくれたような気がした。

三原はハッと我に返ると、突然姿勢を正し、先ほどまでの柔らかな雰囲気を一掃して、冷たい視線を部下に向けた。

「おっと、余計なことを口走ったな。今の言葉は忘れてくれ。俺がそんな感傷的な気持ちだけで物事を動かしていると思われては、指揮官として示しがつかないからな」

彼は再びモニターに向き直り、まるで先ほどの心の内の吐露が嘘であったかのように、画面に浮かぶ複雑な数式の羅列を睨みつける。その背中はさっきよりも一層硬く、どこか近寄りがたいオーラを纏っており、部下にはそれが、自らの心を守るための鎧のようにも見えた。

「俺はな、例え誰に何と言われようと構わない。どんなに冷酷な奴だと罵られても、どんなに紫苑に恨まれたとしても、それでも構わないんだ。この冷徹な仮面を被り続けることが、俺の役割であり、責任なんだからな」

三原の声は低く、自分自身に言い聞かせるように部屋に響いた。

「どんな犠牲を払おうとも、俺はこの戦いに勝利しなければならない。これまでに失われた多くの命、これまで流れてきた血に、絶対に報いなければならない。そして……世界を救うこと。それが、俺の進む道だ。亡くなった親友……矢切の思いに応えることのできる、たった一つの方法なんだよ」

彼の鋭い視線の先には、ディスプレイの脇に飾られた一枚の古い写真があった。それはまだ二人が若く、同じ研究室で肩を並べていた頃の集合写真だ。写真の中の三原も、矢切も、まだ未来に対する希望に満ちた、明るい笑顔を浮かべている。あの頃の純粋な科学者としての心は、今ではもうないのかもしれない。

「ええ……そうですね。三原さんのその覚悟、改めて承知いたしました」

部下は深く頷いた。彼は今、この暗い部屋で孤独に戦い続ける男の、心の重圧と孤独の一端を理解したような気がした。三原は再びキーボードを叩き始め、その指の動きは先ほどよりもさらに速く、力強くなっていた。そして作業の合間に、ぶっきらぼうな口調で言葉を付け加えた。

「だが、だからこそ……とりあえずのところ、しばらくの間はロイミュードの動向については、極力俺たちだけで対処するぞ」

「……え?」

「聞こえなかったのか? とにかく小規模な残党や、予兆レベルの反応なら、わざわざ紫苑を呼び戻すまでもない。俺たちが開発を進めている自律型ドローンの実戦テストも兼ねて、当面の現場処理は俺たちだけで回す。あいつには今、必要な時間を過ごしてもらう」

部下は一瞬驚いた表情を浮かべたが、すぐに柔らかな笑みを漏らした。結局のところ、この男はまだ完全に「鬼」になりきることなどできていないのだ。口ではどんなに強がり、冷徹な態度を装っていても、その背中からは不器用ながらも温かな「優しさ」が滲み出ていることを、彼は感じ取っていた。

「わかりました。では私はこれからドローンのプログラム調整に入ります。紫苑くんには、せめてあと数日間だけでも、何の心配もない、戦いのない青空の下を見せてあげたいですからね」

「余計なことを喋っていないで、さっさと動け」

三原は画面から目を離さずに、手で追い払うような仕草をする。

「はいはい、失礼しました」

部下は笑顔を隠すように頭を下げると、音もなく部屋を後にした。重い扉が閉まり、再びこの地下空間には、電子音だけが漂う静寂が戻ってくる。

三原は一人になると、ゆっくりと椅子を立ち、壁際まで歩いていった。そしてモニターに映し出されたままの、海岸線を示す光点を、指先でゆっくりとなぞる。その指の動きは、まるで遠くにいる青年の頭を撫でるかのように、優しく、そしてどこか寂しげだった。

「精々、思いっきり楽しんでこい、紫苑……」

彼は低い声で呟いた。

「お前が笑って、無事に帰ってくることのできる場所は、俺が絶対に死守してやる。俺がどんなに泥を被ろうと、どんな悪党になろうともな」

冷徹な司令官は、再び自分の鉄の仮面を深くかぶり直すと、席に戻り、終わりの見えない情報と戦いの海へと、その身を再び沈めていった。

彼の戦いは、誰に見られることもなく、こうして続いていくのだった。

(続)

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