仮面ライダーGT   作:カッティングカマター

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2014年編#6-4

2014年編 #6-4

三原の隠れ家が重く冷たい空気に満たされ、一人の男が世界の命運と己の責任の重さに耐えながら孤独な闘いを続けているその頃――。

都内から遠く離れた海岸沿いにあるリゾート地には、眩しいばかりの太陽が燦々と降り注ぎ、文字通り「夏」がそこかしこに溢れかえっていた。

青空と海の境界線が溶け合うような真っ青な水平線。波が砂浜に打ち寄せるたびに立つ白い泡と、きらきらと光り輝く水面。そして、海水浴客たちの笑い声やはしゃぎ声が、まるで一つの大きなうねりとなって辺りを包み込んでいる。

紫苑たち五人が借りたコテージから歩いてすぐのこの砂浜も、色とりどりのパラソルが並び、浮き輪を持った子供たちが走り回り、若者たちのグループが陽気な音楽を流すなど、活気に満ちていた。ここだけはまるで別世界のように、ロイミュードの影も、四幹部の脅威も、重苦しい任務の義務感も存在しない――ただ、青春の一瞬一瞬が輝いているだけだった。

「右! いや、もう少し左だ! そこだ、そこ! いけぇぇ、紫苑! 思いっきり振り下ろせ!」

砂浜に円を描くように集まった彼らの中心で、悠真の野太い声が響き渡る。

目隠し用の手ぬぐいできつく目を覆われた紫苑は、手にした木の棒をまるで杖のようにして地面をつきながら、おぼつかない足取りでゆっくりと前へ進んでいた。視界が閉ざされるだけで、これほどまでに自分の感覚が頼りないものかと、紫苑は少しだけ面白く感じていた。

「えっ、右? 左なの? 悠真、お前また俺を騙そうとしてるだろ!? 朔也、本当のことを言ってくれ!」

「悠真の言うことは信じるな。今のお前の位置から、真っ直ぐ前よりやや右、およそ三十度だ。その方向へ大きく振りかぶれ」

砂の上に正確な座標を描くような、朔也の冷静で的確なナビゲート。紫苑は言われた方向に体を向け直すと、両手で棒を強く握りしめ、全身の力を込めて思い切り振り下ろした。

――パスッ!

乾いていながらも瑞々しい、実に小気味の良い音が響き渡る。

「あーっ! 割れた! 綺麗に真っ二つ!」

ちひろが両手を口の横にあてて歓声を上げ、美穂も「すごい、紫苑ナイスバッティング!」と手を叩く。目隠しを取って周りを見れば、さきほどまで丸々としていたスイカが、見事に两半に割れ、赤い果肉が太陽の光を浴びて艶やかに輝いていた。

「ははは、やったな! さすが俺の言うことは聞いておくもんだろ?」

「何がだ。最後まで俺は正しい方向を指示していただけだ」

悠真と朔也がいつものように言い争う横で、五人は砂の上にしゃがみ込み、まだ太陽の温度が残る甘いスイカにかぶりついた。冷たくてみずみずしい果汁が口いっぱいに広がり、渇いた喉と疲れた体に染み渡っていく。口の周りを真っ赤に染めながら笑い合う彼らの表情には、戦士としての緊張感や、世界の命運を背負う者の影など、微塵も感じられなかった。そこにあったのは、ただの大学生の、ただの夏の一日だった。

スイカを食べ終わると、彼らは弾かれたように海へと向かって駆け出した。

「わっ、冷たっ! だけど超気持ちいい! 最高だな!」

一番最初に海に飛び込んだ悠真が、水しぶきを上げながら大はしゃぎする。彼はすぐそばにいた美穂に容赦なく水をかけ、「ちょっと悠真、やめてよ! 服が濡れちゃうでしょ!」と怒る美穂を追いかけ回す。

紫苑も波の中を歩いていると、不意に背中から冷たい水を浴びせられた。驚いて振り返ると、ちひろが悪戯っぽく笑いながら手で水をすくい、またこちらへかけようとしている。

「あ、やったなー! ちひろ、覚えてろよ!」

紫苑も手いっぱいに水をすくって応戦し、二人は波の間を縫うように追いかけっこを始めた。

波が身を寄せ合うように包み込み、ゆっくりと寄せては返すリズムに身を任せ、ただ水面に浮かんでいるだけで、これまで体内の奥深くに溜まっていた澱みのようなもの――緊張や、不安や、戦いで消耗した力の残りかすが、ゆっくりと洗い流されていくように感じられた。海の水は塩辛く、そして冷たく、まるで新しい自分に生まれ変わらせてくれるかのようだ。

十分ほど海で泳いだり戯れたりした後、浜辺に上がると、今度は即席のビーチバレー大会が始まった。チーム分けはくじ引きで、紫苑・美穂チーム、悠真・ちひろチーム、そして一人余った朔也は審判兼コーチを務めることになった。

「おい、朔也! 飛び込むときは眼鏡に気をつけろよ! 砂まみれになったら何も見えなくなるぞ!」

悠真がからかうように声をかけると、朔也はポケットからスポーツ用のバンドを取り出し、

「言われなくても、こうしてしっかりと固定してある。視界の確保は運動時の基本中の基本だからな」

と、実に徹底した準備を見せる。だが試合が始まると、悠真が勢いだけで打ち込んでくるデタラメなアタックに対し、朔也が「それはコートの外だ!」と判定する間もなく、ボールは彼の頭上を越え、慌てて追いかけた朔也はそのまま前のめりに豪快に砂の中へと突っ込んでいった。

「あはははは! 朔也、顔まで砂だらけだぞ!」

「くそ……悠真の奴、わざとコースを外しやがったな……」

砂まみれになりながらも憤慨する朔也の姿には全員が腹を抱えて笑い転げ、砂浜には楽しげな笑い声がいつまでも響き続けた。

太陽が少しずつ傾き始め、空の青みが深まってきた頃、浜辺ではふとした悪ノリが勃発した。

「おい悠真。ちょっとそこに横になれよ」

紫苑と朔也がにやにやとしながらスコップを手に取り、悠真に近づいていく。

「あ? 何だよお前ら、その目はなんだ? まさか悪だくみか?」

「さあな? いいから早く寝転べって」

「待て、おい! そのスコップを地面に置け! 話し合おう! ちひろ、美穂、助けてくれ!」

二人の悪意ある笑顔に危機を察した悠真が叫ぶも時すでに遅く、ちひろたちも面白がって加勢に入り、結局悠真は首から下をすっぽりと砂の中に埋められてしまった。

「ほらほら、カニさんが悠真の周りを歩いてきたぞ~」

紫苑が砂の上を歩く小さなカニを指さしてからかうと、悠真は顔だけを必死に動かして、

「やめろやめろ! くすぐったいだろ! 鼻の穴に砂が入ってきちまう! 誰か掻いてくれ! 頼む!」

と情けない声を上げる。彼らはそんな悠真を置き去りにして少し離れた場所で写真を撮ったりして遊び、結局悠真は五分ほど砂の中に閉じ込められる羽目になった。やがて砂から解放された悠真が、砂だらけになりながら「おーい! 戻ってこーい! ひどいぞー!」と叫ぶ声が、夕暮れの静かな浜辺に虚しく? いや、楽しげに響き渡っていた。

日が海に沈み、辺りがオレンジ色から薄紫へと変わっていく頃、彼らの待ちに待った夕食の時間がやってきた。メニューはもちろんバーベキューだ。

「見てろよ、俺の伝説の火起こし技術ってやつを! こう、息の吹きかけ方一つで炎が大きくなるんだ!」

悠真が得意げに炭の前であおいでいる横で、ちひろと美穂は慣れた手つきで野菜を切ったり、皿に食材を盛り付けたりと準備を進める。紫苑と朔也は肉や海鮮を焼く係になり、網の上で脂を滴らせながらジュージューと焼かれていく肉の音と香ばしい匂いが、辺り一帯を包み込む。

「紫苑、その肉まだひっくり返すな! 表面をしっかりカリッと焼いて旨みを閉じ込めるのがコツなんだよ」

「はいはい、朔也は相変わらずこだわりが強すぎだって。少し焦げたって美味しいのがバーベキューだろ?」

煙が目に染みて「痛い、痛い」と言いながらも、外で食べる肉や野菜の味は、いつもの何倍も格別に感じられた。最後のデザートには焼きマシュマロまで用意してあり、竹串に刺したマシュマロを火であぶり、トロトロに溶けたところを食べる甘さに、五人は大満足だった。お腹だけでなく、心までもが温かく柔らかなもので満たされていく。

やがて完全に夜の帳が下りると、明るかった海辺は一転して深い静寂に包まれた。人工的な明かりは少なく、波の音だけが規則的に響いている。

五人は手分けして用意してきた手持ち花火を広げ、波打ち際に並んで座った。

「じゃあ、一斉につけるぞ。せーの!」

次々に火花に火が灯され、辺りは一気に幻想的な光に包まれる。シュパパパパ、シューッと勢いよく火花を散らすもの、ゆっくりと暖かな光を放つもの、色とりどりの光が闇の中に描かれては消えていく。

紫苑は自分の手元の花火を見つめながら、ふと隣を見た。ちひろが線香花火を両手で持ち、その小さな火の玉が今にも落ちそうに、だけどしっかりと闇の中で輝いている様子を、じっと見つめていた。

「綺麗だね……」

ちひろがポツリと呟く。その横顔は、浮かび上がる光に照らされ、昼間の元気いっぱいな様子とはまた違った、どこか大人びた雰囲気を纏っていて、紫苑は思わず見とれてしまった。

「……ああ。本当に、な」

心から溢れ出た言葉が、波の音に紛れて消えていく。

やがて最後の一本の花火の火種も消え、辺りには再び深い闇が戻ってきた。しかし、五人の心の中には、この夏のこの瞬間の記憶が、決して色褪せることのない鮮やかな記憶として、しっかりと刻み込まれていた。

 

それから数時間が経ち、時刻は深夜を回った。

コテージの周りには街灯も少なく、人工的な明かりが少ない分、見上げれば都会では決して見ることのできない、満天の星空が一面に広がっている。星一つ一つがまるで宝石のように大きく輝き、天の川は川というよりも白い雲のように濃く空を横切っていた。

紫苑はふと目を覚ました。理由はすぐに分かった。夕食のバーベキューで食べた肉のタレが少し塩辛かったせいか、口の中がからからに乾き、猛烈な喉の渇きを覚えたのだ。

同室の悠真はというと、砂に埋められたり海で泳いだりと一日中大いに体を動かした疲れからか、布団の上で大の字になり、「むにゃむにゃ……やっぱり加速は……直6エンジンが……最高だよな……」などという意味不明な寝言を言いながら、死んだようにぐっすりと眠り込んでいる。

(こいつのいびきはいつ聞いてもすごいな……)

紫苑は苦笑いを浮かべながら、音を立てないようにそっと布団を抜け出し、部屋を後にした。

外はひんやりとした風が吹いていて、昼間の暑さが嘘のように心地よい。コテージのすぐそばに設置されている自動販売機まで歩き、冷たいスポーツドリンクを一本買う。缶の冷たさが手のひらに心地よく伝わってくる。

そのまま近くにあった木製のベンチに腰を下ろし、缶を開けて一口飲む。冷たい液体が喉を通り、体の中に染み渡っていくのを感じ、紫苑は思わず大きく息をついた。

「ふぅ……生き返るな」

夜風に吹かれながら、遠くに見える海の闇と、寄せては返す波の音を聞いていると、背後の方からゆっくりとした、しかし規則正しい足音が近づいてくるのに気がついた。

「よう」

低く落ち着いた声。振り返らなくても誰かは分かった。

「朔也……。びっくりした、お前も起きてたのか?」

「ああ。部屋で本読んでたら、思いのほか目が冴えちまってな。お前こそ、こんな時間に何やってんだ?」

朔也も自動販売機のところへ行き、ブラックコーヒーの缶を取り出すと、特に断りもなく当然のように紫苑の隣に腰を下ろした。

二人はしばらくの間、無言で夜の海の方を眺めていた。言葉など何も必要ない、ただの大学生同士の、穏やかで静かな時間がゆっくりと流れていく。

だが、そんな凪いだ空気を切り裂くように、朔也が唐突に口を開いた。

「なあ、紫苑」

「ん? 」

朔也は缶コーヒーのプルタブを開ける「パチリ」という音を響かせると、眼鏡の奥の瞳をこちらに向け、

「お前さ……ちひろのこと、好きなの?」

「ブッ!!!」

紫苑は口に含んでいたスポーツドリンクを、あまりの衝撃に思わず盛大に前方へと噴き出してしまった。液体は地面に染みを作り、紫苑自身もむせ返る。運悪く一部は気管の方へ入ってしまい、彼は激しくせき込み、涙目になりながらようやく呼吸を整えた。

「げほっ! ごほっ! ……はぁ!? な、何だって? な、何を……突然わけのわからないことを言い出すんだよ!」

動揺のあまり声がうわずり、思わず朔也に詰め寄るように問い返す紫苑。だが朔也は表情一つ変えず、淡々とした口調で続ける。

「いや、昼間一日中お前らの様子を見ていてな、確信したんだよ。あまりにも分かりやすすぎるんだよ、お前。そしてちひろもまんざらでもなさそうだしな」

「馬鹿言うな! 変な勘繰りするなよ! 俺たちはただの、親友同士じゃないか!」

紫苑は慌てて否定しようとするが、動揺を隠すために立ち上がったその場所で、彼の足はまるで生まれたての小鹿のようにガクガクと震え、まともに立っていることもままならない。手までもが勝手に震え出し、持っていた缶からは飲み物がバシャバシャとこぼれ出し、地面を次々と濡らしていく。

「お前、ビーチでちひろが水着に着替えてきた瞬間、完全に固まって、まったく目を離せずに見惚れてただろ? あれが『キュン』でなくて何なんだよ。俺には説明できないね」

朔也が冷徹なまでの観察眼で追い打ちをかける。もはや逃れる術はない。

紫苑は震える手で、無理やり残りの飲み物を口に運ぼうとするが、視界も定まらず、口の周りを液体でビショビショにするだけになってしまう。それだけでなく、全身からは滝のような汗が噴き出し、夜の涼しさなどどこへやら、まるで真夏の炎天下にいるかのように体が熱くなってくる。

「た、たしかに……たしかにあいつは、大切な親友だけどさ! あんな、あんなガサツで、子供っぽくて……その……可愛いとか、そんな風に異性として意識するなんて……ない、ない! 絶対にないですから!」

紫苑は震える声を張り上げ、必死になって否定した。だが、自分自身の言葉とは裏腹に、頭の中には今日一日の出来事が走馬灯のように蘇ってくる。

砂浜で笑うちひろの眩しい笑顔。車の中で隣同士に座ったときに肩が触れ合った瞬間の感触。海の中で水をかけあったときの弾むような声。そして先ほど、花火の明かりに照らされた、いつもとはまるで違う、驚くほど綺麗で大人びた横顔――。

「ふ〜ん。……まあ、お前がそう言い張るなら、そういうことにしておいてやるよ」

朔也は口元に意味ありげな笑みを浮かべると、空になった缶を器用に指で回し、ゴミ箱へと放り投げた。カラン、と乾いた音が響く。

「安心しろ。誰にも――ちひろ本人にも言ったりはしないからな。……まあ、お前のその『震え』こそが、何よりの答えだけどな」

ニヤニヤと悪戯っぽい笑顔を浮かべ、朔也は「じゃあ、俺は部屋に戻るわ」と言って、まるで勝利宣言をするかのような足取りでコテージの方へと戻っていった。

一人取り残された紫苑は、まだガクガクと小刻みに震える足を叱咤しながら、再びベンチへと腰を下ろした。

「……ったく、なんだよ、あいつ。余計なことばっかり……」

濡れてしまった顔の周りを手で拭い、もう一度空を見上げる。先ほどまで綺麗だと思っていた星空も、今はなんだかまぶしすぎるように感じられる。

頭の中からちひろとの思い出を振り払おうと、何度も何度も頭を振る。だが、朔也の言葉によって一度自覚させられてしまった感情は、心臓の鼓動と共に体中を激しく脈打ち、熱を発し続けている。

「……ないだろ。……ない、はず……だ」

自分の心に必死になって嘘をつき、言い聞かせるように呟く。だがその声は自分自身にも嘘をつききれず、弱々しく震えていた。

手の中にあった残りのドリンクを、一気に飲み干す。喉を通り過ぎていく液体は確かに冷たいはずなのに、今の火照った体にとっては少しも足しにならず、むしろさらに熱く燃え上がるような感覚さえ覚えた。

8月の深夜。

波の音だけが変わらず静かに響き渡り、その穏やかなリズムが、青年の胸の内に巻き起こった小さな嵐と、秘められた動揺を、優しく包み込んでいた。

(続)

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