仮面ライダーGT   作:カッティングカマター

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2014年編#6-6

2014年編 #6-6

潮騒の音が、まるで優しい子守唄のように辺り一面に満ちた、実に爽やかな朝だった。

水平線の彼方からは、まばゆいばかりの朝日がゆっくりと顔を出し、波間にきらめく光は海面を一面の黄金色へと変えていく。砂浜には、五人の伸びやかな影が長く描かれ、それぞれの足元にはさらさらとした砂が風で流れていた。

彼らは波打ち際に腰を下ろし、前日の帰りに立ち寄ったコンビニで買っておいたパンと紙コップのコーヒーで、簡単な朝食を摂っていた。本来ならば、青空の下で昨日の楽しかった出来事を次々と語り合い、笑い声が絶えない最高のひとときになるはずだった。だが、今朝の砂浜に流れる空気は、どこか張りつめていて、それでいて微妙に「ぎこちない」ものだった。

特に、紫苑とちひろの二人が。

「……あ、あのね、このメロンパン、すごく美味しいね」

ちひろが思い切って話しかけてみるのだが、その声はなぜか上ずり、目線はパンの表面を見つめたまま紫苑の顔を見ようとしない。

「う、うん。そうだな……俺もさっき食べた。……あ、そうだ、コーヒー、まだあまってるけど飲む? 砂糖とミルク、多めに入ってるやつだけど」

紫苑も紫苑で、なんとか会話を続けようとするものの、体はちひろの方に向けながらも、視線は彼女の耳元あたりをさまようばかりで、まともに目を合わせることができない。

「い、いや、ありがとう。私のもまだたっぷり残ってるから、大丈夫……」

「そ、そうか。なら、良かった……」

会話はそこでぷつりと途切れ、波の音だけが二人の間を埋めていく。視線を合わせようとしては慌てて逸らし、話しかければお互いに緊張して語尾が消え入るように小さくなる。

昨夜、それぞれ別のコテージで、朔也と美穂によって心の奥底に秘めていた「本心」を容赦なく突っつかれ、暴露された二人は、互いの顔を見るたびに昨夜のやり取りが鮮明に脳裏にフラッシュバックしてしまい、とてもではないが平静を装うことなどできずにいたのだ。

ちひろは紫苑の一挙手一投足に胸が高鳴り、紫苑はちひろの何気ない仕草にいちいちどぎまぎしてしまう。まるで見えない磁力に引き寄せられながらも、反発し合うような、奇妙な距離感がそこには生まれていた。

そんな二人の様子を、他の三人はそれぞれの立場から面白がって眺めていた。

朔也は眼鏡を指で押し上げながら、隣でコーヒーをすすり、レンズの奥の瞳をニヤリと細めている。彼は昨夜、紫苑から恋愛に対する純粋すぎるほどの反応を引き出したばかりであり、今朝のこの状況が自分の「仕掛けた種」が芽吹いた結果であることを十分に理解し、内心で大きく頷いていた。

美穂といえば、日差し避けの大きな麦わら帽子を目深にかぶり、口元を隠すようにしながら「ふふっ」と小さく楽しそうな笑い声を漏らしている。昨夜、ちひろの必死の否定と、その裏に隠された乙女心をまざまざと見せつけられた彼女にとって、今朝の二人の態度は、まさに「予定通り」であり、これから始まる展開への期待感を一層高めるものだった。

やがて、短い朝食の時間も終わりを告げ、一行はコテージを引き払い、砂浜に置いたままの荷物をまとめる撤収作業を開始した。

カラフルなパラソルを畳み、冷たい飲み物や食べ物を入れていたクーラーボックスを運び、砂だらけになったレジャーシートを手早く折りたたんでいく。皆、慣れた手つきで作業を進める中、ちひろはテントの骨組みとなる長い支柱や重いペグなどがまとめて入った、少し大きめで硬い素材の荷物袋に手を伸ばした。

ずっしりとした重みのあるその袋を取ろうと、彼女が砂の上に指を伸ばした、まさにその瞬間。

同じように荷物整理を手伝おうと近づいてきた紫苑の手が、不意に、そしてまるで運命が定めていたかのように、彼女の手の甲の上に重なるように触れたのだ。

「きゃっ!」

ちひろは突然の接触に、まるで静電気にでも打たれたかのように体を小さく飛び上がらせ、素早く手を引っ込めた。大きな瞳をさらに大きく見開き、真っ赤になった顔で紫苑を見つめる。

「あ、ご、ごめん! 本当にごめん! 驚かせるつもりなんて全然なかったんだ! 俺も荷物を持とうと思って……」

紫苑も突然の出来事に慌てふためき、自分のしたことが大変な過ちであったかのように、両手を大きく左右に振って弁解する。顔はみるみるうちに耳たぶまで真っ赤に染まり、言葉もしどろもどろになっている。

「う、ううん。私の方こそ、突然変な声を出しちゃって……びっくりしちゃっただけなの、気にしないで?」

ちひろも慌てて首を横に振り、自分の反応が大げさすぎたことを恥じるように俯く。

「て、ていうかさ……そ、そんなに叫ぶことないだろ。ただ手がちょっと当たっただけなのに……まるで俺が何か悪いことでもしたみたいじゃないか」

紫苑は気まずさを隠そうと、わざと不機嫌そうな口調で早口にまくしたてるが、その声音はまったく迫力がなく、むしろ動揺を露呈する結果になっていた。

「あ、ごめんなさい……。なんだか、心の準備ができてなかったというか、本当にただびっくりしちゃっただけなの……」

ちひろは指先をそっと押さえ、先ほど紫苑の手が触れた部分からまだ伝わってくるような温もりに、心臓がまた高鳴るのを感じていた。

「……この荷物、見た目よりずっと重そうだから俺が持つよ」

紫苑はそう言うと、まるで逃げるかのようにひったくるようにして荷物袋を肩に担ぎ、「俺はこっちに運んでおく!」とだけ叫んで、駐車場へと続く道を早足で歩き出した。

残されたちひろは、自分の指先をパタパタと振って熱を冷まそうとしながら、俯き加減でその背中を追いかける。心の中は、驚きと、恥ずかしさと、そしてわずかな甘いときめきでいっぱいになっていた。

そんな二人の後ろ姿を、少し離れた場所から朔也と美穂が並んで眺めていた。

「まったく、分かりやすすぎて面白いな、二人とも。」

朔也は笑いを噛み殺すように言い、美穂も口元を押さえながら大きく頷く。

「本当にそうだね。見てるこっちが恥ずかしくなっちゃうね。」

二人は確信犯的なニヤニヤ顔を浮かべ、無言のアイコンタクトを交わす。昨夜仕掛けた「恋の種」は、予想以上に早く、そして大きく育ち始めているようだった。

だが、そんな四人の間に流れる奇妙で甘酸っぱい空気感を、唯一まったく理解できず、完全に取り残されている男が一人だけいた。

愛車である赤いスポーツカーのトランクを開け、荷物を積み込む準備をしていた悠真が、首を傾げながら不思議そうな表情でこちらに振り返った。

「なあ、おい。あいつら一体どうしたんだ? 朝から様子がおかしいだろ。紫苑は何だか挙動不審でまともに目も合わせてくれないし、ちひろは顔が真っ赤で息も絶え絶えみたいだし……。もしかして、夜中に変なものでも食って腹でも壊したのか?」

彼の率直な疑問に、朔也はすっと表情を消し、何でもないというような態度でとぼけて見せた。

「え? いや、別に何もないさ。俺たちが寝静まった後に、二人でこっそり何か食べたわけでもないだろうしな。なあ、美穂?」

「ふふっ、そうだね。きっと悠真の気のせいじゃないかな。朝の海風が思ったよりも強くて寒かったから、ちょっと体温が上がっただけかもしれないね」

美穂も楽しげに笑いながら、うまく悠真の疑問を煙に巻く。

「……そうかなあ? 絶対に何かあったに決まってるんだよ。俺だけが知らないだけで、みんなで秘密事を抱えてるんだろ? なんだか俺だけ仲間外れにされたみたいで、すごく不公平だな!」

悠真が不満げに頬を膨らませて叫ぶ声が、朝の静かな浜辺に元気よく響き渡った。

昨日までの、いつも通りの賑やかな「五人組」の空気の中に、今日はほんの少しだけ色の違う、甘くてくすぐったいような「特別な予感」が混ざり始めていた。

先頭を歩く紫苑は、重い荷物を運びながら、自分の心臓の音が波の音よりも大きく、まるで太鼓のように鳴り響いているのをはっきりと感じていた。

今はまだ、戦いも、宿命も、四幹部の脅威も、すべてが遠い彼方にあるように思えた。

今この瞬間だけは、仮面ライダーとしての自分ではなく、ただの一人の青年として、この不器用で、ぎこちなくて、それでいてどこまでも温かく愛おしい「夏休み」の終わりの始まりを、大切な仲間たちと分かち合っていた。

太陽は真昼の頂点を過ぎ、砂浜に蓄えられた熱気をゆっくりとアスファルトの道路へと移し替えていた。

すべての荷物の積み込みを終えた五人の前には、潮風を浴びて車体のあちこちが少し白っぽくなった悠真のスポーツカーが、帰路への準備を整えてエンジンをスタンバイさせていた。

「よし、じゃあそろそろ出発しようか。渋滞に巻き込まれる前に帰らないとな」

悠真が運転席のドアを開けながら皆に声をかける。助手席にはすでに美穂が乗り込み、後部座席には紫苑、ちひろ、朔也が続くはずだった。

いよいよ車に乗り込もうとしたその時、紫苑は自分の心臓がまた跳ね上がるのを感じ、決死の覚悟で口を開いた。

「な、なあ美穂……ちょっといいか?」

「ん? どうしたの、紫苑?」

行きも帰りも助手席の指定席である美穂に向かって、紫苑は自分でも驚くほど上擦った声で提案する。

「行きは美穂が助手席に座ってただろ? その……せっかくだから帰りは席替えをして、ちひろと代わってあげたらどうかな、なんて……。ちひろも景色を眺めながら帰りたいだろうし、その……その方が皆も飽きないだろ?」

彼の頭の中は、昨夜朔也によって心の内を暴かれて以来、ちひろのことでずっと飽和状態になっていた。後部座席の、あの逃げ場などどこにもないほどに狭く密集した空間。そこでちひろと肩を並べ、至近距離に座り続けることなど、今の紫苑にとっては、どんな強大なロイミュードの幹部を相手にするよりも、何倍も過酷で耐え難い試練に思えたのだ。このままでは緊張のあまり心臓が破裂するか、あるいは自分の変身アイテムや戦士としての秘密が、ちひろに筒抜けになってしまうのではないか――そんな危機感すら彼は抱いていた。

美穂は紫苑の突拍子もない提案を聞くと、くるりと体の向きを変えて足を止め、意地悪くも魅力的な笑みを浮かべながら、彼の目をじっと見つめた。そして、他の三人には聞こえないような絶妙な小さな声で、紫苑の耳元にだけ囁く。

「え〜、どぉして? 紫苑くん。もしかして……ちひろちゃんのこと嫌いになっちゃったの? 」

「っ!?」

紫苑はその囁きに、まるで急所を一撃されたかのように体を硬直させ、次の瞬間には顔が一瞬で茹で上がった蛸のように真っ赤に染まった。動揺のあまり、否定しようにも喉が詰まって声が出ず、口をパクパクとさせるだけで反論の言葉一つ出てこない。

そんな彼の様子を満足げに眺めた美穂は、悪戯が成功した子供のように「ふふっ」と笑い、わざとらしく明るく響く声で周囲に宣言した。

「やっぱり、行きと同じ席が一番落ち着くし、話も弾むよね! 悠真、ごめんなさい、やっぱり出発しちゃって!」

結局、座席は行きと全く同じ構成に落ち着いた。運転席に悠真、助手席に美穂、そして後部座席に朔也、紫苑、ちひろの三人が並んで座ることになる。

「よっしゃ、それじゃあ気を取り直して出発するぞ! ……その前になあ、みんな。この辺りには源泉掛け流しのすごくいい温泉があるらしいんだ。せっかくだし、体についた砂も綺麗に洗い流したいだろ? ひとっ風呂浴びてさっぱりしてから帰るっていうのはどうだ?」

悠真の提案に対して、異論を唱える者は誰一人としていなかった。確かに体中が砂まみれで不快だったし、温泉で疲れを癒せるなら願ったり叶ったりである。

一行は車を走らせて近くの温泉施設に立ち寄り、海の潮の香りと、昨夜から続く体の火照りや心のざわめきを、湯船に溶かして洗い流すことにした。

だが、この温泉施設でも、やはり紫苑とちひろの二人の様子は周囲が見て明らかなほどにおかしかった。

男湯では、悠真が大きな声で歌を歌ったり、豪快に水をかけあったりしている中、紫苑だけは一人で岩風呂の一番端っこに身を沈め、ただひたすらに目の前の壁を見つめていた。

「おい紫苑、さっきからずっと壁ばっかり見て、まるで懺悔でもしてるみたいだぞ。どうしたんだ? 体調でも悪いのか?」

悠真の素朴な疑問に、紫苑は「いや、別に……何でもない。ちょっと物思いにふけってただけだ」と、苦し紛れの答えを返すのが精一杯だった。

一方の女湯でも、状況は同じようなものだった。ちひろは熱い湯船に肩まで浸かりすぎて、すでに頬だけでなく首筋まで真っ赤に染まり、のぼせてふらふらになりかかっていた。

「ちひろ、あまり長くお湯に浸かってると、本当に倒れちゃうからそろそろ上がった方がいいよ。心臓にも負担がかかるし……何か、ずっとドキドキしてるみたいだものね」

美穂の心配半分、からかい半分の言葉に、ちひろは「うん、そうだね……」と上気した顔で力なく頷くしかなかった。

湯上がりには皆で揃って冷たいコーヒー牛乳を飲み、体の芯からは疲れが抜けてすっかりリフレッシュしたはずだった。だが、再び車に乗り込むと、後部座席の空気は一瞬にして再び重く、密度の濃いものへと変化していった。

帰りの高速道路を走行中、後部座席に座る紫苑とちひろは、まるで彫刻で作られた石像のように、身動き一つせず硬く固まっていた。

スポーツカー特有の室内の狭さは、五人が乗るとまさに満員電車のようなものである。道路の緩やかなカーブや、わずかな段差を車が通過するたびに、慣性の法則に従って二人の体は自然と傾き、肩と肩が触れ合い、腕と腕が重なり合いそうな距離まで近づいてしまう。

そのたびに、紫苑は全身の筋肉を異常なほど硬直させ、少しでも距離を保とうと努力するのだが、車の構造上、それには限界があった。あまりにも近い距離は、お互いの体温を直接伝え、髪や肌についたほのかなシャンプーや石鹸の香りを漂わせ、そして何より、自分のものではない、隣に座る者の「速すぎる鼓動」の響きまでもが空気を伝わって聞こえてくるような錯覚さえ覚えさせた。

(まずい、これはまずい……。こんなに心臓がうるさく鳴っていたら、隣のちひろに絶対に聞こえてしまってるだろう……! )

紫苑は窓の外を流れていく景色を凝視し、意識を外に逸らそうと必死になる。

隣に座るちひろも同じ心境だった。彼女は膝の上に置いたバッグの取っ手を、まるでそれが命綱であるかのように指先が白くなるほど強く握りしめ、反対側の窓枠を食い入るように見つめ続けている。

そんな二人の間に張りつめられた「氷結したような緊張感」と「熱いときめきが入り混じった空気」を、美穂と朔也は、バックミラーや肩越しにチラチラと確認しては、声を殺して笑いを堪え、内心で大いに楽しんでいた。

やがて、夕暮れ時が街全体をオレンジ色に染め始める頃、スポーツカーは無事に彼らの住む町へと帰還した。

車がいつもの集合場所である駐車場に停まると、一人、また一人と降車していき、最後には紫苑とちひろだけが車内に残された。

「じゃあな! お前ら、今日は一日中なんだか様子が変で心配だったけど、家に帰ったらゆっくり休むんだぞ〜!」

悠真が窓から顔を出し、相変わらずの能天気な調子で手を振る。

「まあまあ、細かいことは気にしても仕方ないよ。楽しい一日だったことに変わりはないものね。ね、朔也?」

「そうだな。きっと二人とも、夏の疲れが一気に出ただけなんだろう」

美穂と朔也は、それぞれ紫苑とちひろに向けて意味深い一瞥を送ると、悠真の車と共にその場を去っていった。

煙のように消えていくテールランプを見送り、駐車場には紫苑とちひろの二人だけが取り残された。

二人の家は、家路の途中までまったく同じ方向だったため、自然と並んで歩き始めることになった。昼間の喧騒が嘘のように静まり返った住宅街の道。夕暮れの影が長く伸びる歩道を、二人は並んで歩く。

だが、道中、言葉は全くと言っていいほど交わされなかった。紫苑はアスファルトの道に二人分の影が伸び、時折それが近づいたり離れたりするのを、ただ黙って無言で見つめ続けていた。沈黙が続くたびに、胸の高鳴りはますます大きくなる。

やがて大通りに出る大きな交差点まで来ると、ちひろが立ち止まった。ここから先は道が二手に分かれ、それぞれの帰路となる分岐点だった。

「……じゃあ、私はこっちの方向なので。ここで、お別れだね」

ちひろは少し寂しげでありながらも、どこかホッとしたような表情を浮かべ、紫苑の方を向いて小さく頭を下げた。

「ああ……」

紫苑は短く答え、彼女が背を向けて歩き出すのを見送ろうとした。だが、その瞬間、彼の心の中に一つの思いが渦巻き、このまま別れてしまったら、この素晴らしくも気まずい夏休みが、何も言葉を交わさないまま、曖昧な記憶だけを残して終わってしまうような強い感覚に襲われた。

「あ、あのさ! ちひろ!」

紫苑は思わず彼女の名前を呼んでいた。

ちひろは驚いたように足を止め、くるりと振り返る。大きな瞳が、紫苑の姿を捉えて輝く。

「ん? なあに、紫苑くん?」

紫苑は大きく深呼吸を一つして、自分の中にある様々な感情を整理し、ちひろの瞳を真っ直ぐに見つめて、心からの言葉を絞り出した。

「……俺さ、今回の旅行、すごい、楽しかったよ。みんなで海に来れて、本当に良かった。ちひろがいてくれて、美穂や悠真、朔也がいてくれて、俺は本当に幸せだった」

そこには、仮面ライダーとしての重圧も、朔也にからかわれた動揺も、ちひろを前にしての緊張も、すべてを乗り越えた先にある、純粋な感謝と温かな思いやりだけが存在していた。

「紫苑くん……」

ちひろの瞳は、夕陽の光を反射して潤み、まるで宝石のようにきらきらと輝いた。彼女は頬を林檎のように真っ赤に染めると、今まで見たこともないような、太陽が昇るように明るく、パッと花が開いたような笑顔を紫苑に向けた。

「うん……! 私も、本当に楽しかった! 言葉にできないくらい、幸せだった……! 絶対に、来年も、またみんなで一緒に海に来ようね! 約束だよ!」

「ああ。絶対にだ。俺たちがずっと友達でいる限り、必ずまた来る。約束する」

紫苑が力強く頷くと、ちひろは満面の笑みを浮かべて手を振り、「じゃあね、また学校で!」と軽やかな足取りで角を曲がっていった。

一人残された紫苑は、彼女の姿が建物の陰に隠れて完全に見えなくなるまで、その場に立ち尽くしていた。

明日からはまた、三原と共に過酷な戦いの日々が始まるだろう。あの霧の中に姿を消した四幹部の一人「ラフ」の存在も、新たなロイミュードの脅威も、自分を待ち受けているに違いない。

けれど、今の紫苑の胸の内にあるのは、暗い未来への恐怖ではなく、この上なく温かく、そして固い決意だった。

自分が守りたいと願うもの、守るべきものが、また一つ確かに増えた。来年も、再来年も、その先もずっと、あいつらと一緒にこの青い海を見つめ、笑い合っていくために。

紫苑は一度だけ大きく息を吸い込み、まだ潮風の残る空気を肺の奥深くまで溜め込むと、自分の家へと続く道を力強く歩き出した。

夕闇がゆっくりと迫り、街には一つまた一つと明かりが灯り始めていた。その中を歩く彼の足取りは、これまでのどんな時よりも力強く、そして真っ直ぐに、未来へと向かっていた。

#6 完

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