仮面ライダーGT   作:カッティングカマター

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2014年編#7-1

2014年編7-1

 

夏休みという熱狂の季節が過ぎ去り、大学のキャンパスは後期の落ち着きを取り戻しつつあった。木々の緑は少しずつ深みを増し、時折吹き抜ける風には、はっきりと秋の涼やかな気配が混ざっている。しかし、紫苑にとっての日常は、決して穏やかなだけのものではなかった。

ロイミュードの活動は、まるで長い潜伏期間を終えて勢いを取り戻したかのように、再び活発化の兆しを見せていた。三原から送られてくる緊急連絡の通知音に、紫苑は無意識に指先を震わせ、通信機を手放せない日々が続く。夜になれば、仮面ライダーGTへと変身し、鋼鉄の体躯を持つ怪人たちと、都会の暗がりで激しい拳を交える。時には傷つき、時には己の無力さに打ちのめされながらも、彼は戦い続けるしかなかった。

キャンパスで仲間たちと笑い合うひとときは、紫苑にとって何よりも大切な「守るべき宝物」だった。だがそれと同時に、いつ何時壊れてしまってもおかしくない、はかなく脆い「幻」のようにも感じられた。自分一人が戦いの渦中にいて、彼らを危険に巻き込むかもしれない――そんな不安が常に心の奥底に渦巻き、彼の心を重く締め付けていた。

そんな張り詰めた神経を抱えて過ごす日常に、ある午後、予期せぬ「過去」が風と共に舞い込んできたのだ。

講義と講義の合間、午後の柔らかな陽光が木々の間から零れ落ち、芝生の上にまだらな模様を描く中庭。紫苑はいつものようにベンチに腰を下ろし、ぽっかりと開けた青空の彼方をぼんやりと眺めていた。高く澄んだ空気の中を渡っていく鳥たちの姿が、どこか遠い世界の出来事のように映る。

「鷹宮紫苑……だよな?」

静かだが、深く心に響くような、確信に満ちた声が背後からかけられた。紫苑ははっとして振り返る。

そこに立っていたのは、このところキャンパス内で噂の的になっていた編入生、星川大悟だった。黒いパーカーのフードを軽く頭に載せ、両手をポケットに突っ込んだ姿は、どこか飄々としていて、周囲の雑多な空気とは一線を画している。整った顔立ちには落ち着きがあり、まるで浮世のすべてを見通しているかのような、不思議な雰囲気を纏っていた。

大悟は紫苑の顔をじっと見つめると、次第に口元を緩め、記憶の奥底に眠っていた重い蓋をそっとこじ開けるような、懐かしげな笑みを浮かべた。

「俺、星川大悟。……昔、ちょっとだけ話したことあるの、覚えてるか?」

紫苑はただ困惑していた。なぜこの見知らぬ男が自分の名前を知っているのか。警戒心が一気に頭をもたげ、無意識のうちに背中にかけたリュックの中――そこに収められたGTドライバーの冷たい感触を意識した、その時だった。

「同じ施設にいたろ? 子供の頃。……予防接種の待ち時間に、隣の席でガタガタ震えてたお前をからかったの、俺だよ」

大悟の口から零れた言葉に、紫苑の視界が微かに揺れる。

刹那、長い間忘れていたはずのセピア色の記憶が、鮮やかな色彩を伴って一気に蘇ってきた。

――鼻を突く強い消毒液の匂い。白い壁に囲まれた冷たい待合室。固いプラスチックの椅子に座り、これから自分の体に突き刺さる注射針への恐怖で、小さな体を小刻みに震わせていた幼い日の自分。周りには同じような境遇の子供たちがいたが、誰もが互いに距離を置き、孤独な空気が漂っていた。

そんな自分の隣に、いつの間にか座っていた一人の少年がいた。年は同じくらいだが、態度は少し生意気で、けれどその瞳には不思議な明るさが宿っていた。

「大丈夫だよ、そんなに痛くないって。もし痛かったら俺が代わりに叫んでやるからさ」

わざと大げさな身振りをして笑いかけてくれた彼のおかげで、自分の肩の力がふっと抜けたことを、紫苑は今でもはっきりと思い出せた。あの時の温かな記憶が、まるで昨日のことのように鮮明に蘇る。

「……お前か。あの時の……あの時のアイツなのか」

言葉が震えた。孤児院という、互いに素性も未来も知らない過酷な場所で、たった数十分の間だけ一緒に過ごし、確かに「孤独」という共通の敵に対して心を重ねた、かつての戦友。

そうだ、あの時の少年が目の前にいる。時を経て姿かたちは変わっても、その瞳の奥にある光だけは、昔のまま変わっていなかった。

二人は、1

十数年という長い時を経て、この広大なキャンパスの片隅で、初めて本当の意味での「再会」を果たしたのだった。

それからというもの、大悟は驚くほど自然に、そして淀みなく紫苑の日常に溶け込んでいった。彼が持つ独特の包容力と、どこか人を惹きつけてやまないカリスマ性は、紫苑が大切に思っている仲間たちとも瞬く間に共鳴し合った。

「大悟くん、今の話面白い! そんな不思議な体験をしたことのある人、他には絶対いないよ!」

学食のテーブルを囲み、身を乗り出して無邪気に笑うのは、明るく活発なちひろだ。彼女の笑顔には場の空気を明るくする力があり、大悟もまた彼女のペースにすぐに馴染んでいた。

「大悟くん、コーヒーはブラックで良かったよね? はい、どうぞ」

そっとカップを差し出しながら、彼の細やかな好みまでいち早く察してさりげなく気を配るのは美穂だ。彼女のそうした優しさに、大悟はいつも柔らかな笑顔で応えていた。

「なぁ大悟! この経済学のレポート、何回書き直しても教授に突き返されちまうんだ。何かコツがあったら教えてくれよ!」

半べそをかきながら彼に泣きつく悠真に対しても、大悟は嫌な顔一つせず、丁寧にアドバイスを送っている姿が見受けられた。

そして普段は誰に対しても一歩引いた態度を取り、冷笑的な雰囲気を漂わせている朔也でさえ、

「大悟、その視点はなかったな。今度のレポート、一緒に組まないか?」

と、知識欲を刺激されたように目を輝かせ、彼に話しかけるようになっていた。

まるで最初からこのグループの一員であったかのように、大悟は紫苑が血を吐くような想いで死守しようとしているこの「普通の大学生活」という名の聖域を、温かく、そして深く受け入れ、溶け込んでくれた。彼がいるだけで、この日常はより色鮮やかで、かけがえのないものになっていくように紫苑は感じていた。

ある日の放課後。西日が校舎の壁を赤く染め、長い影がグラウンドに伸び始めた時分だった。キャンパスの裏手にある並木道を、二人で並んでゆっくりと歩いていた時、大悟がふと足を止めた。

夕闇が迫り、周囲の喧騒が遠くなって、二人だけの空間が出来上がる。大悟は何気ないふりを装いながら、紫苑の横顔を見つめて問いかけた。

「なあ、紫苑。お前、なんかいつも……少しだけ、ここじゃない遠い場所を見てるよな。……何か、一人で抱え込んでる隠し事でもあるのか?」

その瞳に浮かんでいたのは、秘密を暴き立てようとするような下劣な鋭さではなく、すべてを静かに受け入れて包み込む、深い湖のような優しさだった。まるですべてを知った上で、それでもなお自分のことを待っていてくれるような、そんなまなざし。

紫苑は答えることができなかった。

リュックの中に収められた、いつでも変身できるようにと手入れの行き届いた、ずっしりと冷たいGTドライバーの重み。再会してすぐに事故で亡くした、自分にとっての本当の父親である矢切の、最期の言葉。街を蝕み、人々を恐怖に陥れるロイミュードという存在が引き起こす、世界の終焉を予感させる脅威。そして、自分だけが戦士としてこの闘いの渦中に立ち続けなければならない、誰にも理解されない孤独。

それらすべてを、ようやく再会を果たしたばかりのこの友人に打ち明ける勇気は、今の紫苑にはまだなかった。この穏やかな日常を壊したくない、彼を危険な目に遭わせたくない、という思いが何よりも強かったのだ。

「……気のせいだよ。ただ、最近のレポートが難しくて単位が危ないってだけの、つまらない悩みさ」

紫苑は必死に心を落ち着け、下手な嘘をつき、曖昧な笑みを浮かべてみせた。

だが大悟は、その嘘が嘘であることを最初から見抜いているようだった。それでも彼はそれ以上何も追求してくることはなく、ただ紫苑の肩をポンと軽く叩いた。その手のぬくもりが、心の奥まで伝わってくるようだ。

「ま、話したくなったらいつでも言えよ。俺たちは昔からの『戦友』だろ? 次は注射の怖さを紛らわすための話じゃなくて、もっとマシな話をたくさんしようぜ。例えば……お前がいつもちひろのことをチラチラ見てる理由とかさ」

「なっ、それは……!」

顔が一気に熱くなるのを感じた。大悟が悪戯っぽく笑いかけてくるその時、紫苑の頬も、自分でも驚くほど自然に緩んでいくのがわかった。

ロイミュードとの死闘という、まるで凍てつくような「氷の世界」の外側で、こうして生まれる小さな、けれど確かな温もりが、紫苑の傷つき凍りついた心をゆっくりと、優しく溶かし始めていた。

(続)

 

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