仮面ライダーGT   作:カッティングカマター

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2014年編#8-2

2014年編#8-2

冷え込みが一段と強まったある日の午後、北風が街路樹の枯れ枝を激しく鳴らし、吐く息はすぐに白く凍って消えていく。紫苑はコートの襟を両手でぎゅっと立て、首元から冷気が侵入するのを防ぎながら、足早に三原の自宅兼隠れ家へと向かっていた。道すがら目にする街の景色は、どこか落ち着かず、人々の表情には常に不安の色が浮かんでいる。ロイミュードの襲撃のニュースが連日報道され、この国だけでなく世界中が未知の脅威に晒されている今、平穏な日々は遥か遠い昔の出来事のように感じられた。

三原の拠点となっている建物は、繁華街から少し離れた閑静な住宅街の奥にひっそりと佇んでいる。外見はごく普通の古い一軒家だが、一歩中に足を踏み入れると、そこはまるで別世界だった。窓ガラスは厳重にカーテンで覆われ、外の冬の日差しが一切入らない代わりに、壁一面に設置された無数のモニターが放つ青白い光だけが室内を照らし出している。空気は冷たく乾燥し、機械の駆動音とキーボードを叩く規則的な電子音だけが、まるで心臓の鼓動のように絶え間なく響き渡っていた。

「……来たか、紫苑」

声のした方を向くと、三原がデスクの椅子をゆっくりと回転させてこちらを向いた。彼はいつもと変わらずクールな印象を纏っていたが、その顔をよく見れば、隠しきれない深い疲労が目の下の隈となって現れ、それ以上に、何か理解しがたい事実に直面した者特有の困惑の色が、瞳の奥に濃く漂っていた。

「寒かっただろう。さっきコーヒーを淹れたところだ、少し飲め」

三原は指先で隣のテーブルを示し、それから再び自分の前にある特大サイズのメインモニターへと視線を戻した。紫苑はコートを脱いで椅子の背に掛け、湯気の立つブラックコーヒーを一口飲む。苦みが喉を通り抜け、わずかに体が温まるのを感じながら、彼もモニターの画面に目を凝らした。

そこには、地図が表示されており、その至る所に、赤く点滅する無数の印が打たれていた。それはまるで、無数の血しぶきが画面に飛び散ったかのようであり、見ているだけで背筋に寒気が走るような、不吉な光景だった。

「この赤い点一つ一つが、ロイミュードの襲撃が確認された地点だ」

 

三原は低く落ち着いた声で説明を始めた。

 

「ここ数ヶ月のデータを集計した結果、活動の頻度も規模も明らかに増大している。奴らが何らかの行動計画に基づいて動いているのは間違いない」

紫苑は画面上の赤い点の密集具合に息を呑んだ。自分が戦ってきた場所もその中に含まれているが、こうして俯瞰して見ると、自分たちの知らない場所でもこれほど多くの事件が起きていたのかと、改めてロイミュードの脅威の規模を思い知らされる。

「だがな、データを詳細に分析していく中で、私はある奇妙な事実に気づいた。最初は単なる偶然か、あるいはデータの誤記だと思っていたのだが、調べれば調べるほど、それが確固たる事実であることが証明されていった」

三原はマウスを操作し、画面の表示を切り替えた。今度は各地の襲撃現場の写真や、事件の報告書のデータが次々と映し出される。大破した建物、横転して損壊した車両、道路に残された無数の亀裂と焦げ跡……どれもこれも、ロイミュードの持つ絶大な力を物語る、凄惨な光景ばかりだ。

紫苑がその様子を黙って見つめていると、三原が画面を指し示しながら、重々しい口調で言った。

「紫苑、よく聞け。これが今回俺が見つけた『奇妙な共通点』だ。あの忌まわしき『第二次グローバルフリーズ』の発生した夜から、今日この瞬間に至るまでのすべての記録を調べ上げた結果……ロイミュードの襲撃によって直接的に死亡した、と公式に確認されている人間が、一人も存在しないのだ」

「え……?」

紫苑は思わず声を上げ、三原の顔を見つめた。まるで信じられないといった様子で、頭が真っ白になる。

「そんな……何を言っているんですか、三原さん。あれだけの規模で街が破壊されて、人々は逃げ惑い、現場は大混乱に陥っていたじゃないですか。あの夜だって、至る所から悲鳴が上がり、まるで地獄のような状況で……」

紫苑の脳裏には、あの暗転した世界の中で燃え盛る炎、崩れ落ちる建物、そして恐怖に満ちた人々の顔が鮮明に浮かんでくる。そして何よりも忘れられないのは、あの夜、自分の目の前で命を落とした、本当の父親である矢切の姿だ。

「俺だって……俺だって、あの夜、父さんを失った。ロイミュードの攻撃で命を落とした人が他にも大勢いたって、現場の状況を見れば誰だってわかるじゃないですか!」

紫苑の声には抑えきれない動揺と怒りが混ざっていた。だが三原は冷静だった。あくまで客観的な事実を告げる者として、静かに言葉を続ける。

「矢切の件については、特殊な状況下での例外的な事例、あるいは戦闘の混乱による不慮の事故として処理されている。だがそれ以外の、数千、数万という規模の被害者たちはどうだ? データを見てみろ。重傷を負った者は数え切れないほどいる。骨を折った者、大量に出血した者、一生消えないような傷跡を負った者……だが、その誰一人として、命を落とした者はいないのだ。皆、奇跡的とも言える確率で、かろうじて命だけは取り留めている」

そう言うと三原は画面を更に切り替え、病院で撮影されたと思われるレントゲン写真や、負傷した箇所の鮮明な画像を次々と表示させていった。紫苑はそれらの画像に目を通していくうちに、次第に鳥肌が立ち、体の芯から冷たくなっていくのを感じた。

「見ろ。どの被害者の画像を見ても、傷の状態は驚くほど似通っている。ロイミュードの鋭利な爪や硬質な武器によって、体の至る所に深く、凄惨な裂傷が負われている。だがな……そのどれもが、心臓や頸動脈、脳といった、人間が少しでも損傷を受ければ即死に至るような致命的な急所を、数ミリ、あるいは数センチというわずかな差で、完全に外しているのだ」

三原は一つの画像を拡大し、その部分を指さした。

「これはもはや偶然などではない。仮に人間が同じような攻撃を受けた場合、急所を外すどころか、まず間違いなく命を奪われる。だがロイミュードは、圧倒的な力と精密な動作によって、『人間を殺さない』という明確で厳格なルールに従って行動している。まるで最初から、殺すことを目的としていなかったかのように」

「急所を……わざと外している……?」

紫苑は言葉を失い、ただその事実を受け止めることしかできなかった。なぜそんなことをするのだろうか。力があり過ぎるあまりに制御が効かないのならまだ理解できる。だが意図的に致命傷を避け、ただ苦痛だけを与え続ける……その行動の意味が、まったく理解できなかった。

「もし奴らの目的が単なる殺戮や種の絶滅であったなら、とっくの昔にこの地球から人類は消滅していただろう」

 

三原は椅子に深く腰を下ろし、遠い目をしながら続けた。

 

「あの圧倒的な戦力を持ってすれば、全世界の人間を殲滅するなど、さして時間のかかることではない。だが奴らは違う。建物を壊し、人を傷つけ、恐怖を植え付け、血を流させながらも、決して命を奪い去る最後の一撃だけは放たない」

「一体何のために……」

「それが俺にもわからないからこそ、これほどまでに不気味なのだ」

 

三原は紫苑の方を向き、真剣な眼差しを向ける。

 

「わざわざ手間暇をかけて人間を生かし続け、苦痛と恐怖を与え続ける。そこには必ず何かしらの理由がある。人間の持つ『負の感情』……絶望、悲しみ、痛み、恐怖といったものを何らかの形で利用しているのか。それとも……」

そこまで言って、三原は言葉を濁らせた。紫苑は胸の内に浮かんでいた考えを口にする。それは以前、この場所で三原が自分に話してくれた言葉だった。

「三原さん……以前、こんなことを言ってましたよね。ロイミュードが更に進化を遂げた先には、人類の絶滅が待っているのかもしれない、って。もしかしてそれは、俺たちが考えていたような、物理的に命を奪われてこの世から消えてしまう……そういう単純な意味の絶滅じゃないってことなんですか?」

紫苑の問いかけに、三原は重く頷き、再び暗いモニターの画面へと視線を戻した。

「その可能性が極めて高くなったということだ。もし仮にだ、紫苑。ロイミュードにとって人間という存在が、『殺すべき敵』ではなく、『自らの糧』あるいは『進化を加速させるための触媒』として必要な存在だったとしたら……? だとすれば奴らは、人間を完全に滅ぼすわけにはいかない。生かしたまま、必要なものを搾り取り続けなければならないからだ」

三原の言葉は冷たく、部屋の空気のように紫苑の体に染み込んでくる。

「そしてそれこそが、奴らの考える『人類の絶滅』なのかもしれない。命が消えてこの世からいなくなることではなく、人間が人間としての尊厳や自由な意思、生きる喜びや希望といったものを完全に失い、ただロイミュードという巨大な存在に管理され、飼われ、必要な時に痛みや苦しみを提供するだけの……家畜のような存在へと成り下がることを、奴らは絶滅と呼んでいるのかもしれない」

「家畜……」

その言葉が紫苑の胸に重く突き刺さる。彼は思わず目を閉じ、自分が何よりも守りたいと願う日常の光景を思い浮かべた。隣に住むちひろの屈託のない笑顔、友人の悠真たちと語り合った時の楽しそうな声、そして大悟が見せる、いつも自分を見守ってくれるような穏やかな眼差し。

それらすべての輝かしい光景が、もしロイミュードの作り出す巨大な檻の中に閉じ込められ、ただ痛みを生み出すための装置の一部として扱われるとしたら……。人間として生きているのに、人間ではなくなってしまう。死ぬよりもはるかに残酷で、絶望的な未来がそこには描かれていた。

「傷は深く、だが決して命は奪わない……」

 

紫苑は震える声で呟いた。

 

「それが奴らの言う慈悲だとでもいうんですか?」

「ああ、そうだとも」

 

三原は静かに応えた。

 

「歪みきった、悪魔の慈悲だ。だがその慈悲こそが、奴らが人間に用意した本当の地獄への入り口なのかもしれない。そして紫苑、お前も考えなければならない。お前がこれまで戦いの中で身につけ、これからも振るっていくその力……GTとしての存在が、奴らの描くシナリオの中で一体どのような位置に置かれているのかを。もしかすると我々自身も、奴らの計画の一部として組み込まれているだけの駒に過ぎないのかもしれない」

三原の静かな警告が、青白い光の満ちた部屋の冷たい空気に溶け込み、重い余韻を残した。

紫苑は自分の両手を見つめた。この手に宿る力は、人々を守るための力だ。そう信じて戦ってきた。だがもしそれが、敵の思惑通りに事を進めるための力に過ぎなかったとしたら……。

疑問と不安が渦巻く中で、紫苑はゆっくりと、しかし力強く両手を固く握りしめた。爪が手のひらに食い込み、わずかな痛みが走る。だがそれは、自分が生きていること、そしてこれからも戦い続ける意思があることを証明しているように感じられた。

「……どんな目的があろうと、そんなことは俺には関係ない」

紫苑の声は震えていなかった。そこには迷いのない、固い決意だけが込められていた。

「奴らが何を企んでいようと、俺は絶対にアイツらに誰も傷つけさせない。人が痛みに苦しみ、恐怖に怯え、そして尊厳を奪われるような未来なんて……俺は絶対に認めないし、許さない」

その言葉を聞いた三原は、何も言わずにただ静かに頷いた。その瞳の奥には、わずかながらも希望の光が宿ったように見えた。

モニターには相変わらず地図が映し出され、その上に無数の赤い点が不気味な明滅を繰り返している。それは今もなお各地でロイミュードが活動を続け、人々に脅威を与え続けていることを示していた。

守るべきは、何気ない日常の中にあるささやかな幸せ。そして暴かなければならないのは、敵が隠し持つ真の目的と、その背後にある恐るべき真実。

その二つの狭間で、紫苑は今までに感じたことのないほど巨大で、得体の知れない敵の存在を肌で感じていた。だが恐怖に屈することなく、彼は静かに、しかし体の奥から湧き上がるような激しい闘志を燃やし、再び立ち上がるのだった。

 

(続)

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