2014年編#8-3
三原の隠れ家には、張り詰めた空気が流れていた。ロイミュードとの戦いが長期化するにつれ、その重圧は誰の肩にも重くのしかかり、室内には言葉にしがたい沈黙が漂い続けていた。だがその静寂は、突如として部屋中に鳴り響いた電子アラートの甲高い音によって、無残なまでに打ち砕かれた。
「なんだ?」
三原が咄嗟に手元の端末に目を落とすと、表示ランプが危険を告げるように激しく点滅を繰り返し、スピーカーからは電子的なノイズと混ざり合った部下の声が飛び込んでくる。その声は恐怖と緊張に震え、まるで悲鳴のようだった。
『三原さん! 大変です! D地区にあるショッピングモールの跡地で、非常に強い反応を捉えました! センサーの処理能力を完全に超えていて、数が……とにかく数が多すぎます! 推算値が限界を突破しました!』
「なんだと……?」
三原の顔から一瞬にして血の気が引き、色がなくなる。彼がすぐさま壁一面の大型モニターに視線を移すと、そこに表示された地図上のD地区の一画が、まるで生き物のように広がる赤い光に覆われ、やがて深紅の渦へと変わり、周囲を呑み込んでいく様子が鮮明に映し出されていた。通常の警戒態勢とは比較にならない、異常事態の証拠だった。
「これほどの数が一箇所に集まるなど……明らかに不自然だ。罠の可能性が極めて高いが、このまま放置すれば周辺の住民に被害が及ぶ。悠長に構えている時間はない!」
三原は判断を下すと、すぐさま傍らにいた紫苑に鋭い視線を向け、命令を発した。
「紫苑、行け! 現場に急行し、状況を確認しろ。奴らの目的を探り、阻止できるものならこの場で叩け!」
「わかってます! 任せてください、三原さん!」
紫苑は即座に応答し、迷いのない瞳で頷くと、まるで弾かれたようにして部屋を飛び出した。彼が建物の外へと走り出ると、既に待機させていたライドストライダーが、低く重たいエンジンの唸りを上げながら彼を待っていた。地を這うようなその音は、これから始まる戦いの予感を告げているかのようだった。
紫苑は一切の躊躇なく車体に飛び乗ると、シートに腰を落ち着け、アクセルグリップを限界まで握り締める。次の瞬間、ライドストライダーは地面を蹴るようにして急発進し、あっという間に道の彼方へと消えていった。風を切り裂きながら進む道中、紫苑の心には一つの決意が燃えていた。どんな罠が待ち受けていようとも、自分がこの街を、人々を守らなければならないのだ、と。
やがて現場となるショッピングモールの跡地へと到着すると、そこはかつて多くの人々で賑わった面影は微塵も残っておらず、完全に廃墟と化していた。コンクリートの壁は所々で崩れ落ち、むき出しになった鉄骨が夕闇の空を突くようにしてそびえ立ち、割れた窓ガラスの破片がわずかな光を反射して鈍く光っている。辺りには生気がなく、冷たい風が瓦礫の隙間を吹き抜ける音だけが響いていた。
紫苑がライドストライダーを走らせながら建物内部へと進入し、広大なかつてのホール跡に足を踏み入れた瞬間、彼は思わず息を呑み、ブレーキを握る手に力が入った。
そこには、想像を絶する光景が広がっていた。
十数体どころではない。二十体、いやそれ以上とも思える無数のロイミュードたちが、ホールの空間全体を埋め尽くすように群がり、まるで獲物を前にした飢えた獣のようにゆっくりと蠢いていた。それぞれの体から発せられる機械的で耳障りな駆動音が重なり合い、共鳴しあって、空間そのものが低い振動で震え上がるほどだ。
「これほどの数が……一体どうなっているんだ?」
紫苑は唇を噛みしめ、眼前の状況に驚きを隠せなかった。だが恐怖に足をすくませている暇などないことも、彼はよくわかっていた。
「だが、逃げるわけにも、この場で立ち止まるわけにもいかない! ここで食い止めなければ、奴らは街へなだれ込んでくる!」
紫苑は決意を新たにすると、走行状態のままシフトカーを取り出し、ブレスへと勢いよく滑り込ませる。
「変身!」
電子音声が高らかに響き渡る。
『TYPE TURISMO』
次の瞬間、青く鮮やかな閃光が廃墟の闇深い空間を一瞬にして照らし出し、辺りを包み込んだ。光が収まると、そこには紺碧の装甲をまとった高速戦闘形態——仮面ライダーGT タイプツーリスモの姿があった。
紫苑は変身を完了すると、ライドストライダーの推進力をそのままに、速度を緩めることなくロイミュードの大群の真っ只中へと自ら飛び込んでいく。
「はあああぁぁっ!」
彼が雄叫びを上げると同時に、タイプツーリスモの真骨頂とも言える超高速の連撃が炸裂した。加速によって威力を増した拳と蹴りが、次々とロイミュードの体へと叩き込まれ、鋼鉄製の硬いボディでさえも紙細工のように容易に凹ませ、激しい火花があちらこちらで散っていく。
紫苑はまるで空を飛ぶかのような素早さで戦場を縦横無尽に駆け巡り、残像を残しながら敵を撃破し続ける。一体また一体と、確実に、そして鮮やかにロイミュードの体を砕いていく様子は、圧倒的な強さを見せつけるかのようだった。
だが、戦いが進むにつれ、状況は次第に紫苑にとって不利な方向へと傾き始めた。
「くそっ、数が多すぎてキリがない……! 倒しても倒しても、後ろから、奥から次々と湧いてくる!」
目の前で倒した敵の残骸を押しのけるようにして、瓦礫の陰や建物の吹き抜けになっている暗い場所から、新たなロイミュードたちが音もなく這い出てくる。一体あたりの戦闘能力は、タイプツーリスモの前には敵ではない。だが、際限なく押し寄せる圧倒的な物量と、痛みや恐怖といった感情を持たない機械的な連携プレーが、徐々に紫苑の体力と精神力を削り取っていく。
彼の動きにも、わずかながら緩みが生まれ始めていた。そんな一瞬の隙をつくように、ロイミュードの鋭い爪が紫苑の肩の装甲をかすめ、鋭い音とともに火花が散る。
「ぐっ……!」
衝撃で体勢を崩しかけ、荒い呼吸がヘルメットの内側で響き、視界がわずかに揺れた。このままではジリ貧になる——そう感じた、まさにその時であった。
先ほどまで紫苑に襲いかかり、周囲を取り囲んでいたロイミュードたちの動きが、突如として完全に停止した。まるで時間が止まったかのように、ぴたりと動きを止める。そして次の瞬間、彼らは一斉に道を開け、まるで何か恐ろしい存在に対して道を譲るかのように、ゆっくりと後退していった。
広がった道の中央、ホールの最も深い闇が漂う奥の方から、ゆっくりと、しかし堂々とした足取りで一人の男が歩いてくるのが見えた。
「おいおい、てめえら、随分としけた面して戦ってんじゃねえか。俺もその騒ぎ、混ぜろよ!」
低く、それでいて響き渡る野太い声が空間に反響する。
男は赤いラインの入った黒いローブをだらしなく腰に巻きつけ、上半身は鍛え抜かれた筋肉がむき出しになっており、その体躯からは底知れぬ力強さが溢れ出ていた。逆立った髪の下にある瞳は、まるで獲物を狙う野生の獣のように鋭く、荒々しい雰囲気を全身から発している。
彼が一歩踏み出すごとに、周囲の空気が重く圧迫され、まるで物理的な質量を持っているかのように感じられ、近づくだけで熱さで肌が焼けるような、凄まじい闘気が渦巻いていた。
『紫苑、気をつけろ!』
耳元の通信機から、三原の声が割り込んでくる。その声は、これまでに聞いたことがないほどに緊迫し、強い警戒感に満ちていた。
『そいつは今まで相手をしてきたロイミュードとはわけが違う。力の次元がまるで違うんだ……奴はロイミュードの幹部の一人、レイジだ! 絶対に油断するな!』
「幹部……レイジ!」
紫苑が息を呑む中、レイジはついに紫苑の眼前数メートルの位置まで歩み寄り、足を止めた。そして口の端を上げ、凶悪で、それでいてどこか楽しそうな、挑発的な笑みを浮かべる。
「へえ……お前が矢切のガキかよ。矢切はなかなか骨のある、面白い相手だったが……お前はどうなんだ? 少しは俺を楽しませてくれるんだろうな?」
「なんだと……!? 俺の父さんのことを知っているのか!?」
紫苑が驚きと怒りに声を荒らげて問いただすが、レイジはそれに答えることなく、突然全身から凄まじい熱エネルギーを放出し始めた。周囲の空気が歪み、地面の瓦礫が熱で焼けていく。
「ぬぅん!!」
地鳴りのような咆哮が上がると同時に、レイジの体が真っ赤な炎に包まれる。炎は彼の体を覆い、やがてその肉体自体が膨張し、筋肉の一つ一つがさらに強大化され、禍々しい光沢を放つ鋼鉄の装甲へと変化を遂げていく。両肩からは排熱ダクトのような突起物が突き出し、全身の至る所からは白い蒸気が噴き出し、彼の姿はもはや人間とは呼べない、戦闘兵器そのものへと変貌した。
——レイジロイミュード。
変身を完了させた彼は、その巨体から繰り出される大きな拳を、何の前触れもなく先ほどまでいた地面へと叩きつけた。
「ガラアアアアッ!!」
地割れと共に爆発的な衝撃波が発生し、周囲一帯が激しく揺れる。紫苑のすぐ近くまで迫っていた配下の下級ロイミュードたちは、この衝撃の余波だけでまるでゴミのように弾き飛ばされ、壁に叩きつけられて次々と爆発していく。レイジにとって、彼らは味方ですらなく、ただの邪魔な障害物に過ぎなかった。
「ハハハハハ! 雑魚どもは引っ込んでやがれ! さあ、これが本当の戦いってやつだ! 本気の『壊し合い』を始めようじゃねえか、ライダー!」
レイジの足元のアスファルトが熱と力に耐え切れずに砕け散る。
次の瞬間、レイジが地面を蹴った。
その動きは、タイプツーリスモが誇る超高速移動さえも凌駕するほどの、暴力的とも言える凄まじい瞬発力だった。紫苑の視界に、炎を纏って赤く燃え上がる巨大な拳が迫る。それはまるで紅蓮の壁が押し寄せてくるかのようで、絶望的な光景が紫苑の目に映る。
「……っ!!」
紫苑は咄嗟に両腕を交差させ、全身のエネルギーを防御に集中させてその一撃を受け止めようとする。だが、レイジの力は想像をはるかに超えていた。
重い衝撃が体全体を襲い、防御の上からでも装甲が軋み、骨が軋むような痛みが走る。紫苑はまるでゴムボールのように勢いよく弾き飛ばされ、数十メートルもの距離を一瞬で飛び、背後のコンクリートの壁に激突した。
大きな轟音と共に壁が一部崩れ落ち、大量の土煙と瓦礫が舞い上がる。
強烈な熱気と体中に広がる痛みの中、紫苑は崩れた瓦礫の山の中から這い出ようともがきながら、遠くからこちらを見つめるレイジの赤く妖しく光る瞳を見据えた。
今までに戦ってきたどの敵よりも強く、凶悪な存在。そして、自分の父の名を口にしたということ——そこにはまだ自分の知らない因縁が隠されているように感じられた。
廃墟と化したショッピングモール跡地は、今まさに、かつてない激しい戦いが繰り広げられる真の地獄の戦場へと、その姿を変えようとしていた。
(続)