2014年編#8-4
ショッピングモール跡地の空気は、焼け付くような熱と、金属同士が激しく擦れ合う独特の臭いで満たされていた。紫苑は体中に走る鈍い痛みを奥歯を噛みしめて堪え、崩れかかった柱を杖代わりに立ち上がる。先ほどまで身に纏っていた青き閃光の装甲——タイプツーリスモは、レイジの圧倒的な力の前にはあまりにも無力だった。あの驚異的なスピードを以てしても、一撃でも受ければ即座に戦線が崩壊する。スピードだけではどうにもならない、力と力のぶつかり合い。今この場で求められているのは、逃げることでも躱すことでもなく、正面から受け止め、耐え抜くだけの「硬さ」と「重さ」だ。
「パワーには……パワーだ……!」
紫苑は低く呟き、シフトブレスに手をかける。そして、高速戦闘用の青いシフトカーを引き抜き、代わりに取り出したのは、地層のような重量感のある質感を持ち、鈍いオレンジ色に輝くシフトカーだった。表面には分厚い装甲を思わせる幾何学的な模様が刻まれている。
「来い……!」
紫苑はそのカーをベルトのスロットルへと勢いよく押し込んだ。
『TYPE AEGIS 』
重低音が地鳴りのように響き渡ると同時、紫苑の全身を覆っていた装甲が音を立てて分解され、再構築を開始する。両肩が大きくせり上がり、盾そのものと化した分厚い装甲板が形成される。胸部はさらに厚みを増し、戦車の砲塔正面を思わせるような複合構造へと変化。関節部一つを取っても、先ほど以上の肉厚が確保され、全身から溢れ出す質量と圧力が周囲の空気さえも押し返すかのようだ。変身が完了した瞬間、その重さに耐えかねるように、足元のアスファルトが音を立ててひび割れ、わずかに陥没した。
紫苑は背中のマウント部から、イージスシャフトを引き抜く。柄の部分にはエネルギーの流路が走っている。彼はこれを両手で力強く握り、低い体勢から正面に構えた。その姿はまさに、どっしりと大地に根を張る城壁そのものであった。
「おお……? 面白そうなガラに変わりやがったな!」
レイジは紫苑の変身を見るや否や、炎を吐きながら大きく笑う。彼の体は依然として赤熱し、周囲の瓦礫は熱によって溶け始めている。
「硬ければ硬いほど、壊した時の快感は大きい! さあ、その鉄のカラダ、俺の拳で砕いてやる!」
雄叫びと共に、レイジが地面を蹴る。その動きによって地面が大きく揺れ、彼の巨体が紫苑目がけて飛来する。右腕には炎が渦巻き、それはもはや拳というよりも、巨大な質量を持つ隕石が加速しているかのような迫力だ。空気が弾け、赤い残像が紫苑の視界を覆う。
紫苑は呼吸を整え、イージスシャフトのグリップをさらに強く握り締める。ベルトから流れ込むエネルギーを武器先端に集中させ、最大限まで展開させる。
「来い!」
――ギィィィィィンッ!!
次の瞬間、二つの力が正面から激突し、鼓膜を劈くような超高周波の衝突音が廃墟全体を震わせた。
レイジの炎を纏った拳が、イージスシャフトの先端にめり込むように接触。ぶつかり合った中心点から衝撃波がドーム状に広がり、周囲に残っていたガラス片や脆いコンクリートの破片は、その風圧だけで微塵に砕け散った。凄まじい熱風が紫苑の全身をなめるように吹き付け、装甲の表面は一瞬で真っ赤に変色する。
「……ぐっ、うぅ……!」
紫苑は必死に体勢を維持しようとするが、受け止めた衝撃は想像を絶するものだった。タイプイージスの装甲は外部からの攻撃を減衰・吸収する性能を持っているはずだ。しかし、レイジの一撃はその防御機構を文字通り「力づくで捻じ伏せる」ような、純粋かつ圧倒的な質量とエネルギーを伴っていた。防いでいるにもかかわらず、衝撃が振動となって直接骨格へ、そして内臓へと響き渡り、紫苑は思わず口から血を吐きそうになる。視界が一瞬だけ白く霞み、足元のコンクリートはヒビを入れながら彼の体ごと数センチメートル沈み込んだ。
「ハハハッ! いいぞ、いい手応えだ!」
レイジは拳を押しつけたまま、狂ったように笑い声を上げる。彼の目は獲物を捉えた獣のように爛々と輝き、興奮で体を震わせていた。
「この硬さはたまらねえ! 叩けば叩くほど手応えがある! お前のその鉄のカラダ、バラバラになるまで俺が叩き潰してやる!」
レイジは一撃目を押しつけたまま、腕を大きく引き、すかさず第二撃、第三撃を連続して叩き込んでくる。
ドォォン! ドォォン! ガァァン!
地鳴りのような重低音が連続して響き、その度に紫苑の体は地面へめり込み、イージスシャフトには深い打痕が刻まれていく。レイジの攻撃スタイルは極めて単調だ。何ら技の形などなく、戦略も駆け引きもない。ただ力の限りに拳を叩きつけるだけ。だが、その単調さこそが彼の圧倒的な自信の表れであり、ロイミュードとしての完成度の高さを如実に示していた。複雑な術理や戦術など必要ない。力だけで全てを解決し、粉砕する。それがレイジという存在だった。
「……はぁ、はぁ……っ!」
紫苑は歯を食いしばり、必死に耐え続けていた。攻撃を受けるたびに、タイプイージスの特徴であるオレンジ色の装甲に、内部の熱が漏れ出すように赤い亀裂が走り、それが点滅を繰り返す。ヘルメット内のディスプレイには《装甲耐力率:42%》《内部温度上昇:危険域》といった警告表示が次々と流れている。
イージスシャフトを握る両手も、過負荷によって発生した熱で灼かれ、感覚が麻痺し始めていた。防戦一方。ただひたすら耐えるだけの状況は、体力も精神力も容赦なく削り取っていく。だが、ここで退けば、この場から逃げ出せばどうなる? レイジの破壊衝動は止まることを知らない。この廃墟の先には、多くの人々が暮らす街が広がっているのだ。
「どうしたライダー! 音を上げるのはまだ早いぜ!」
レイジはさらに力を解放し、全身の関節部に設けられた排熱ダクトから、火炎放射器のような灼熱の蒸気を噴き上げる。彼の体はさらに赤みを増し、まるで熔鉱炉の中から出てきたかのような様相となる。
「俺の本気はこんなもんじゃない! さあ、俺の究極の一撃を受けてみろ!」
レイジは深く腰を落とし、体を大きく捻り、全身の駆動システムを最大出力で回転させ始めた。空気中の熱量が一気に上昇し、周囲の酸素が燃焼する。彼の右拳には、先ほどまでとは比較にならないほどの膨大なエネルギーが凝集され、空間そのものが歪んで見えるほどだ。地面の岩肌は溶け出し、紫苑は自分の立っている場所が熱で泥のようになっていくのを感じていた。
「……守る……俺は、絶対に守り抜くんだ……!」
紫苑は体中に走る痛みと熱さに悲鳴を上げたい衝動を抑え込み、自らの意思でさらに出力を上昇させる。
視界の端に浮かぶのは、いつもの日常の光景だった。自分が帰るべき家、大悟やちひろ、そしてこの戦いを支えてくれている仲間たちの笑顔。このショッピングモール跡地の彼方にある、何でもないけれど、かけがえのない日常。
ここで俺が倒れるわけにはいかない。ここで俺が負けるわけにはいかない。
紫苑は自分自身に何度も言い聞かせる。この一歩を退けば、あの日常が再び奪われる。炎に包まれ、絶望に染まる光景など、絶対に見たくない。見過ごすわけにはいかない。
「これ以上……一歩も、引くわけにはいかない……ッ!」
紫苑はイージスシャフトを両手で力一杯に握りしめ、柄の根元にある起動スイッチを押し込む。黄金色のエネルギーが最大限に広がる。彼は襲い来る絶対的な破壊の拳を、ただ真正面から受け止める覚悟を決めた。
レイジが雄叫びを上げ、地を蹴って跳躍する。その姿はまさに炎の猛牛。大地を割り、空気を焼きながら、紫苑へと一直線に落下してくる。
「喰らえぇぇっ! !!」
二つの存在が再び激突するその瞬間、廃墟はまるで地上に太陽が墜ちてきたかのような、目も眩む紅蓮の光に包み込まれた。空気が弾け、音波が周囲の建造物を根元から揺さぶり、衝撃で周辺のビルのガラスが一斉に砕け散る。
その光の中で、紫苑はただ耐えていた。何も見えない、何も聞こえない。ただ全身に伝わる想像を絶する圧力と熱だけが存在していた。装甲の限界値を示す警告音が、ヘルメット内で絶え間なく鳴り響く。
――その時、紫苑の視界を映し出していたヘッドアップディスプレイが突如として真っ赤に染まり、けたたましい警報が脳内に直接響き渡った。
同時に、通信回線を通じて三原の声が割り込んでくる。その声はいつもの冷静さを失い、今にも泣き出しそうな、しかし紫苑の身を案じる切実な叫びだった。
『まずい、フレアフェイズだ……! このまま続ければ、システムが自壊してお前の命も持たない! 紫苑、すぐに変身を解け! 今すぐそこから離れるんだ!』
だが、光と熱の渦中にいる紫苑には、もう後ろに下がるという選択肢は存在していなかった。
(続)