仮面ライダーGT   作:カッティングカマター

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2014年編#9-4

2014年編 #9-4

夜の闇が、まるで厚い墨で塗り固められたかのように街全体を覆い尽くす中、一つの咆哮が空気を引き裂いた。地鳴りのような低く重い音は、ビルとビルの間を反響し、路上の看板をがたがたと震わせる。

その咆哮の主——巨大ロイミュードの背中で、何かが動き出す気配がした。まるで夜そのものを切り取って貼り付けたような、禍々しいまでに黒く光る鋼鉄の塊が、ゆっくりと、しかし確実に展開されていく。一秒ごとに広がるそれは翼だった。ただの飛行のための器官ではなく、獲物を捕らえ、空を制圧するための凶器そのもの。

一振り、二振り。

巨大な翼が大きく羽ばたくたびに、路地裏に閉じ込められて淀んでいた空気が、瞬く間に暴力的なまでの突風へと変質する。ビルの谷間を吹き抜ける風は、まるで刃物のような鋭さを持ち、周囲に設置されていた看板は金属音を立てて次々と崩れ落ち、コンクリート製の電柱は根本からへし折れ、あたりは一瞬で廃墟のような光景へと変わっていく。

「……逃がすかよ!」

紫苑は絞り出すような声で叫ぶと、ライドストライダーのアクセルグリップを、限界まで引き絞った。

エンジンが唸り声を上げ、車体全体が激しく震える。太いタイヤがアスファルトの路面を強く掴み、回転数を上げすぎて悲鳴のような音を響かせながら、細かいコンクリートの破片を撒き散らす。次の瞬間、青い炎のような軌跡を残し、ライドストライダーはまるで弾丸のように道路を蹴り、急発進した。

紫苑は視線を上げ、空を睨みつける。

雲一つない夜空には、冴え冴えとした満月が輝いていた。だがその柔らかな光は、今や巨大な影によって半分ほど遮られている。その影は止まることなく、まるで星々の間を縫うようにして高速で移動を続けていた。紫苑はヘルメットの中で瞬時に思考を巡らせ、目の前に広がる迷路のような市街地の道路網を頭の中に描き出す。どの道を曲がれば、どのルートを通れば最も効率的に追跡できるのか——わずか数秒の間に複数の経路を計算し、最速と判断した道を選び、ハンドルを切る。

だが、紫苑の胸の奥には、どうしようもない焦燥感が渦巻き始めていた。

そう、この戦いは最初から、あまりにも不平等だったのだ。

彼がこれまで対峙してきた飛行タイプのロイミュードとは、まったくの別物だった。今まで遭遇した飛行型は、確かに空を飛び、地上の戦士たちにとって厄介な相手ではあった。だがその飛行とは、移動手段の延長線上にあるものに過ぎなかった。せいぜい地上の生物より少し高い位置を移動し、時々急降下攻撃を仕掛けてくる程度——機動力にしても、所詮は生き物の動きの範疇を超えないものだった。

だが、目の前の怪物は違う。

紫苑にはそれが、生き物というよりも、人類が生み出した最先端の戦闘機、それも漆黒に塗りつぶされた最新鋭の機体そのもののように見えた。空を飛ぶというよりも、空そのものを支配し、自在に操っているかのような動き。重力など存在しないかのような機動。それはもはや、地上を走る乗り物で追いかけられるような代物ではなかった。

キィィィィィィィィンッ!

耳の奥、鼓膜の奥深くまで抉り込んでくるような、金属同士が高速で擦れ合うような鋭い風切り音が響き渡った。音が届くよりも先に、巨大ロイミュードの姿が視界から忽然と消える。

次の瞬間、紫苑の予測を遥かに超えた速度で、敵は超音速に達するかという勢いで一気に距離を開け、闇の中へと溶け込む。紫苑がその行方を見失いかけた刹那、再び鋭い風切り音が頭上から降ってくる。

「なっ……!?」

慌てて上を向いた紫苑が見たものは、大きく弧を描くように空中で急旋回を決め、まるで自由落下する物体のような凄まじい速度で、一直線に自分目がけて急降下してくる巨大な影だった。回避行動を取る時間さえ、与えられていない。

ドォォォォォンッ!!

大地が震え、視界が大きく揺れる。

敵の振り下ろした巨大な鉤爪が、紫苑の乗るライドストライダーのわずか数センチ横のアスファルト道路を捉え、コンクリートの地面を深く抉り、粉々に砕いた。衝突によって生まれた爆発的な衝撃波は、まるで見えない壁のように車体全体を強く叩き、ライドストライダーは地面からわずかに浮き上がる。紫苑は全身に力を込め、ハンドルを両腕で必死に押さえつけ、体を前傾させてバランスを保ち、なんとか転倒という最悪の事態を免れた。

だが敵はそれ以上の追撃を加えることなく、鉤爪を地面から引き抜くと、再び一気に高度を上げていく。まるで先ほどの急降下と攻撃が、ただの戯れ、あるいは獲物の反応を楽しむための行為であったかのように、悠々と、しかし猛烈なスピードで夜空の彼方へとその姿を消していく。

一撃離脱——。

空の王者が、地上のは虫けら同然の獲物を見下し、嘲笑うかのような、完璧なまでの空中戦術。自分たちの行動を完全に把握し、その上で圧倒的な力と速度で翻弄している。

「くそっ、速すぎる……! ライドストライダーの最高速でも、あいつの旋回半径に追いつけない!」

紫苑は口の中で悪態をつき、ヘルメット内の通信機器のスイッチを入れる。周囲の風切り音やエンジン音のせいでノイズが多く混ざり合い、通信状況は最悪だったが、なんとか三原へと繋がる。

「三原さん、聞こえますか!? 三原さん!」

紫苑の声には、抑えきれない焦りと、追い詰められた者の必死さが滲み出ていた。無線の向こうからは、重たい機械の唸り音と、同じく緊迫した状況にある仲間の荒い呼吸が伝わってくる。

『聞こえている、紫苑! 状況を報告してくれ!』

「敵が……敵が速すぎるんです! 今までの常識がまるで通用しない! ライドストライダーの出力を最大にしても、あいつの速度には到底追い付けない! 追跡することさえままならない状況です!」

紫苑はハンドルを握りしめたまま、言葉を続ける。

「それに高度も! あいつは常にこちらの届かない高さを飛び、必要な時だけ急降下してくる! タイプレイダーの精密射撃だって、あの速度で動き回られ、あの高さにいられては、照準を定めることすら困難で、弾が届く前に距離を開けられてしまう! 当たる可能性は限りなくゼロに近い……!」

タイプレイダーは確かに強力な武装を備えている。だが、どんなに優れた銃や砲も、標的の範囲内に相手がいなければ、ただの鉄の塊に過ぎない。どんなに優れた技術を持っていても、物理的に届かなければ意味がないのだ。

「地上じゃ、空を完全に支配する『翼』には絶対に勝てないんです……! 三原さん、何か、何か手はないんですか!? このままでは、ただ一方的に嬲られて、いずれは叩き落とされるだけだ……!」

紫苑の叫びは、闇の中で虚しく響いた。

頭上には無限に広がる空があり、そこには絶対的な優位を持つ敵がいる。自分たちは狭い地面の上を這うようにしか動けず、逃げることも反撃することもままならない。それはあまりにも残酷なまでの、物理的な限界。抗おうとする者の前に、分厚く高い壁となって立ちはだかっていた。風が再びビルの間を吹き抜け、ライドストライダーの車体を揺らした。空の彼方からは、再びあの金属的な、不吉な風切り音が近づいてくるのがわかった。

満月の光だけが、地上に取り残された戦士の姿を、無情なまでに明るく照らし出していた。

 

(続)

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