仮面ライダーGT   作:カッティングカマター

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2014年編#9-5

2014年編 #9-5

街の明かりがまるで塗りつぶされたように闇に沈み、冷たい風がビルの谷間を唸りながら吹き抜けていく。

頭上では、あの漆黒の巨大ロイミュードが、まるでこの世界の支配者であるかのように悠々と旋回を続けていた。その翼が大きく羽ばたくたびに空気が震え、地上には小さな嵐が巻き起こる。紫苑はライドストライダーを路肩に停め、ヘルメットのバイザー越しに空を見上げながら、握りしめた拳に力を込める。爪が掌に食い込み、わずかに痛みを感じるほどだった。

先ほどから一方的に続けられている攻撃。こちらがどれほど機転を利かせ、市街地の地形を利用して逃れようとも、上空から見下ろされている以上、完全な回避など不可能に近い。アスファルトに残された無数のクレーター、崩れ落ちる看板や塀、そしてまだ煙を上げる車の残骸——自分がもしあの場所にいたらと思うだけで、背筋に冷たいものが走る。

「……くそっ、まるで相手になってないじゃないか」

紫苑は低く呻いた。圧倒的な速度、圧倒的な高度、そして圧倒的な視界。空という領域を完全に掌握した敵に対し、自分は地面を這うことしかできない。先ほどまで闘志を燃やし、街の構造を武器にすると息巻いていた自分が、今ではただの無力な存在に思えてならなかった。砂塵が風に舞い、ヘルメットのシールドを細かく叩く音が、まるで嘲笑のように聞こえる。

だがその時——通信機が、雑音を弾き飛ばすように鮮やかな音声を響かせた。

『紫苑、状況は把握している。落ち着け。絶望するのはまだ早い』

三原の声だった。普段は冷静で落ち着いた口調だが、この時ばかりは氷のような鋭さを含み、しかしその底には確固たる自信と指示が込められていた。

『すでにアーセナルライナーをお前の位置へ向けて走らせている。聞け、紫苑。今からお前は指定されたルートを通り、次のインターチェンジから高速道路に入れ』

「高速道路……? この状況で?」

思わず反論する紫苑に、三原の声はなおも冷静に続く。

『そうだ、よく聞け。時間はわずかしかない。ライナーと合流しろ。そして、そのまま搭乗するんだ。すべてはそれから始まる』

三原の声には、それ以上の説明を省くだけの重みがあった。紫苑は混乱しながらも、彼の言葉が絶対に間違っていないことを直感した。ここでいくら悩んだところで、状況が好転するわけではない。自分に残された選択肢は、指示に従うことだけだ。

「……了解しました! 行きます!」

紫苑はアクセルを一気に捻り込む。ライドストライダーが唸りを上げ、その場の砂塵を巻き上げながら、指定されたインターチェンジへ向けて急加速を始めた。

道は次第に高架へと続くスロープへと変わり、車体がぐんと傾斜を上がっていく。視界が開け、街の夜景が眼下に広がり始めると同時に、上空の敵の存在がより一層大きな脅威となって迫ってくる。ミラーに神経を集中させながら走る紫苑の目に、ついに信じられない光景が飛び込んできた。

背後の道路を、地面が揺れるほどの轟音を立てながら、巨大な車両が疾走してくる。アーセナルライナー——しかし、今目の前を迫ってくるそれは、いつもの姿とはまるで違っていた。

車体後部に巨大な推進装置が何基も取り付けられ、そこからは青白いプラズマの炎が勢いよく噴き出し、周囲の空気を歪めている。まるで地上を走るロケットのような、尋常ではない迫力だ。あの巨体がこれほどの速度で走ってくる事自体、常識では考えられなかった。

通信機から再び三原の声が響く。

『よく来た、紫苑。こちらも速度を合わせる。後方のハッチを開放する。絶対にタイミングを外すな。一秒の遅れが、即座に死に繋がるぞ』

言葉と同時に、ライナーの後部にあった巨大な装甲ハッチが、重々しい音を立てながら左右に開き始めた。まるで巨大な獣が口を開け、獲物を飲み込もうと待ち構えているような様相だ。暗い内部からは誘導用の青いランプが点滅し、紫苑を招き入れようとしている。

紫苑はハンドルを強く握りしめる。スロットルを最大に開き、ライドストライダーをライナーの後方へと急接近させる。風圧が凄まじく、車体が左右に大きく揺さぶられる。まさに綱渡りのような瞬間だ。

だが紫苑は、これまで幾多の危険な状況を乗り越えてきた。彼は一瞬の迷いもなく、車体のバランスを保ちながら、開かれたハッチの中へと飛び込んだ。

車輪がライナー内部の床に接地し、ガタガタという振動が伝わる。次の瞬間、自動的に作動した固定クランプがライドストライダーの車体をがっちりと捉え、完全に固定する。

「ドッキング……完了!」

そう叫んだ瞬間、紫苑の周囲の空間がまるで生き物のように変形し始めた。ライナー内部の壁面がせり上がり、配管や機械部品が複雑に組み替えられ、やがて紫苑の座るライドストライダーを中心に、密閉されたコックピット空間が形成されていく。

ヘルメットのバイザーに表示されるHUDが一瞬ちらつき、次の瞬間、地上からでは決して見ることのできない、360度に広がる大空のパノラマビューが投影された。まるで自分自身が既に空にいるかのような感覚に、紫苑は息を呑む。

【DOCKING:COMPLETE.ARSENAL RAPTOR AWAKEN】

電子音声が澄み渡るように響き渡る。

『ブースターユニット、最終起動プロセスへ移行。紫苑、衝撃に耐えろ!』

三原の声が指令を発した次の瞬間——紫苑は背後から巨大なハンマーで思い切り叩かれたかのような、想像を絶する衝撃を受けた。

「があああっ!?」

凄まじい重力加速度が全身を襲い、肺の空気が一気に押し出され、呼吸すらままならない。視界の端が暗くなり、意識が遠のきそうになるのを、歯を食いしばって耐える。

アーセナルライナーは、封鎖された高速道路を文字通り滑走路として使用し、その巨体を一気に加速させていく。道路の終点まであとわずかというところで、機体下部から大きな揚力翼が展開し、ついに重い車体は地面から完全に浮き上がった。

宙に舞った鋼鉄の巨体は、空中でさらなる変形を続ける。車輪が内部へと収納され、それと入れ替わるように機体の側面から、猛禽類が翼を広げるがごとき鋭い主翼がせり出す。空気抵抗を徹底的に削ぎ落とした流線型のフォルムは、まさに空を制するために生まれた戦闘機そのものだった。

これこそが、アーセナルライナーの空戦形態——『アーセナルラプター』であった。

「はぁ……はぁ……! これが……!」

紫苑は荒い息の中で、眼前に広がる光景に心を奪われた。眼下には流れるように街の明かりが過ぎ去り、機体はまるで重力など存在しないかのように、自在に大空を駆けていく。速度計の数値はみるみる上昇し、ついには計測限界を突破する。

「速い……! あまりにも速すぎて、周りの景色が止まって見える……!」

紫苑が叫んだ直後、機体は音の壁を打ち破り、鋭い衝撃波が周囲の大気を震わせた。

この急激な変化に、上空で悠々と旋回していた巨大ロイミュードもようやく事態の変化に気付いたようだ。これまで無敵の優位性を誇っていたその瞳に、初めて明らかな「恐怖」の色が浮かぶ。そして、地の底から響くような、怒りとも怯えともつかない咆哮を空気中に撒き散らした。

だがもはや遅い。

アーセナルラプターは、超音速で疾走しながらも、驚異的な運動性能を見せて急旋回を行い、敵が放つエネルギー弾や翼による斬撃を、まるで舞うかのような正確さで回避していく。弾丸が機体のわずか数メートル横を通過し、爆発の閃光が周囲を照らし出すたびに、紫苑の闘志はさらに燃え上がった。

HUDが赤く点滅し、電子音が鳴り響く。

「逃がすものか……! この一撃で決める!」

紫苑が操縦桿のトリガーを強く引くと、機体の先端部が青白い光に包まれ、臨界点を超えた超高出力のエネルギーが刃状に収束されて放出された。

光の刃を纏ったアーセナルラプターは、夜空に一筋の青い流星を描くように敵へと突進する。回避しようと身を翻す巨大ロイミュードだったが、その動きは既に紫苑の予測範囲内にあった。

「喰らえええっ!!」

紫苑の雄叫びと共に、ラプターの機体は敵の巨体目掛けて真っ直ぐに突入し、青白い光の刃が漆黒の装甲を容易く切り裂き、そのまま心臓部とも言える胸部コアを貫通した。

一瞬、世界から音が消えたように感じられた。

次の瞬間——夜空が昼間のような光に包まれ、衝撃波が周囲の雲を一掃するほどの大爆発が巻き起こる。断片となったロイミュードの体は、燃え盛る星屑となってはるか下方の海へと降り注ぎ、波間に消えていった。

戦闘は、呆然とするほどの速さで終わりを告げた。

アーセナルラプターは勝利を告げるように緩やかな旋回を描きながら高度を下げ、潮風がさらさらと吹く無人の埠頭へと、静かに、そして滑らかに着陸した。

地面に車輪が接地し、ブースターの炎が消えると、機体は再び変形を開始。猛禽の姿から元のアーセナルライナーの姿へと戻っていき、各部から蒸気を吐き出しながら、ゆっくりと機能を停止させていく。

コックピットのハッチが開き、紫苑は外気に触れた。潮の香りと、わずかに焦げたようなにおいが鼻をつく。彼はふらつく足取りで地上へと降り立つと、その場にしゃがみ込み、荒く呼吸を繰り返した。

足元のアスファルトは冷たく固く、しっかりと自分を支えてくれている。つい先ほどまで、あの高い空で、音速を超えるような速度で死闘を繰り広げていたことが、まるで幻のように思えた。

「はぁ……はぁ……やったんだ……」

全身の骨が軋み、筋肉が悲鳴を上げている。だが、その苦痛の中には確かな達成感と、そしてこれから訪れるであろうさらなる試練に対する覚悟が、固く結ばれていた。

紫苑はゆっくりと立ち上がり、水平線に浮かぶ月を見つめる。

あの空には、まだ未知の脅威が潜んでいるのかもしれない。だが今はっきりとわかった。空だけが偉いのではない。地上に立つ者にも、それと対等に渡り合い、空を制するだけの力と意志があるのだ。

風が彼の髪をなびかせ、埠頭のコンクリートに彼の影を長く落とした。その瞳に宿る光は、以前よりもずっと強く、そして深く——闇をも貫くほどの力強さを秘めていた。

 

(続)

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