仮面ライダーGT   作:カッティングカマター

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2014年編#10-1

2014年編 #10 - 1

あの夜、冷たい裏路地の暗がりに取り残された瞬間から、紫苑の世界は完全に色を失った。

冬の空気が肌を刺すように冷たく、コンクリートの壁に囲まれた狭い空間には、彼の荒い呼吸と、遠くから聞こえる街のざわめきだけが漂っていた。網膜に焼き付いて消えないのは、目の前に立つちひろの瞳だ。それはいつも自分を見つめてくれる、柔らかくて温かな眼差しではなかった。まるで未知の怪物、理解不能な何かに直面した者が向ける、純粋で、一切の迷いのない「畏怖」の色。

自分が命を懸けて守りたいと願っていた少女に、恐怖の対象として見られている――その事実は、これまで戦ってきたどんなロイミュードの攻撃よりも鋭く、紫苑の心の奥深くまで切り裂き、修復することのできない亀裂を刻み込んだ。

正体を知られてしまった。その恐怖は時間が経つにつれて形を変え、紫苑の胸の内で次第に鋭い棘となっていく。彼女は今、何を考えているのだろう。青い装甲に身を包み、怪物と殺し合っていた男の正体が、自分であると確信したのだろうか。それともあまりにも非現実的な光景に、自分の見たものを信じられず、自分自身の正気さえ疑っているのだろうか。

だが、何よりも紫苑を苦しめ、絶望の淵へと追いやったのは、自分がちひろを「普通の世界」から引き摺り出し、暗く血生臭い「こちら側」へと引き込んでしまったという、消えることのない罪悪感だった。

ロイミュードと呼ばれる異形の存在がこの街に実在し、自分のすぐ側にいた人間が、それらと命がけの戦いを繰り広げている。そんな重く残酷な真実を一度知ってしまったら、もう二度と以前のように、何も知らずに無邪気に笑い、平穏な日常を心から喜ぶことなどできないだろう。彼女の心に植え付けてしまった恐怖と疑いは、簡単には消えない。自分の行動が、彼女の人生までも変えてしまったのだ――そう思うたびに、紫苑は自分自身の存在さえも呪わずにはいられなかった。

それからというもの、紫苑は徹底的に自分の周りに高く厚い壁を築き始めた。

大学の講義が終わると、彼は誰かに声をかけられる前に、まるで何かから逃れるように足早にキャンパスを後にする日々が続いた。以前なら、講義が終わるとすぐに悠真が「おい紫苑、早くメシ行こうぜ! 」と嬉しそうに肩を組んできたり、朔也が「駅前に雰囲気の良い新しいカフェを見つけたんだ。今度みんなで行かないか」と計画を立ててくれたりしたものだった。だが今の紫苑には、そんな何気ない日常の光景すら、遠い昔の、幻のような出来事に思えた。

「悪い、今日はどうしても用事があるんだ」

「ごめん、また今度時間があったら……」

彼はいつもそんな風に適当な理由を並べて断り、仲間たちの輪から離れ、一人暗い道へと歩き出す。誰もいない帰り道、彼の心にあるのはただ深い孤独だけだった。それでも三原からの呼び出しを受けた時だけは、彼は自分の居場所を見つけることができた。研究所へ向かい、黙々とGTシステムの調整、データの分析に没頭する時間だけが、彼にとって自分の存在意義を確かめられる唯一の瞬間だった。誰かと言葉を交わす必要もなく、ただ自分の為すべきことだけに集中できる、冷たくて整った空間。そここそが、今の彼にとって一番安心できる場所だったのかもしれない。

そんな状態が何日も続いた、冬のある日の午後。

低く傾いた太陽がキャンパスの木々の間から淡い光を投げかけ、地面には長い影が伸びていた。いつものように中庭のベンチには悠真、朔也、大悟、美穂、そしてちひろが集まっていた。にぎやかな話し声が響くはずのその場所には、どこか物足りない、ぽっかりと空いた空間があった。本来ならこの輪の中心にいるべき、最も大切な友人の姿が、そこにはなかったのだ。

悠真は冷たくなったコーラの缶を両手で握りしめ、不満そうに眉を寄せながら、紫苑が去っていった方向を見つめていた。

「……あいつ、またすぐに帰っちまったな。この前退院したばかりの時は、あんなに元気で俺たちとも笑って話してたのに、一体どうしちまったんだよ紫苑のやつ」

親友であるはずの紫苑が自分たちを避け、遠くに行ってしまったように感じる悠真には、その理由がまったく見当もつかなかった。ただ漠然と、寂しさと焦れったさだけが胸に募る。

「本当……最近の紫苑、何か壁を作っているみたいだよな。話しかけても上の空というか、心がここにないって感じがするんだ」

朔也も心配そうにため息をつき、紫苑の消えた道のりを目で追った。彼の言葉に、その場にいる全員が重苦しい沈黙に包まれる。悠真は何かを打ち破るように、不意に隣に座るちひろへと視線を移した。

「……なぁ、ちひろ。お前、最近あいつとどうだ? 話してないのか? いつもだって二人で一緒に帰ったりしてただろ?」

その単純な問いかけが発せられた瞬間、ちひろの身体がビクリと大きく震え上がった。まるで心の奥底にある秘密を急に暴かれるような恐怖を感じたかのように、彼女は膝の上で指を強く組み合わせ、爪が白くなるほど力を込めていた。長いまつげを伏せ、視線を地面に落としたまま、彼女は小さな声で答えた。

「え……? ……あ、う、ううん。その……会ってないよ。全然……。最近は連絡も、あんまり……」

その声はあまりにも細く、今にも風に吹かれて消えてしまいそうなほど震えていた。

悠真や朔也には、それが単なる喧嘩やちょっとした行き違いからくるもののように思えたかもしれない。だが、ちひろの脳裏には今も、あの冷たい路地裏で見た光景が鮮明に焼き付いている。闇の中、青い光の粒子に包まれながら姿を現した、全身に傷を負い、血の匂いを漂わせた紫苑の姿。そしてその瞳に浮かんでいた、深い悲しみと絶望――。

(どうして……紫苑くんが……あんな姿に……?)

聞きたいこと、確かめたいことは山ほどあった。彼は何者なのか、何のために戦っているのか、自分たちに隠していることは他に何があるのか。だが、もしそれらの疑問を口にしてしまったら、もう二度と以前のような関係には戻れないような気がした。あの日まで自分が何よりも大切にしていた、暖かくて何の変哲もない日常が、自分の一言で音を立てて崩れ去ってしまう――それが何よりも怖くて、彼女もまた真実から目をそらし、紫苑と同じように逃げ続けていたのだ。

「……そっか。まあ、あいつも色々と忙しいことや悩み事もあるんだろうな。俺たちが気にしすぎても仕方ないか」

悠真はそれ以上深く追及することなく、自分に言い聞かせるように頷き、話題を変えようとした。隣に座る大悟もまた、何かを悟ったかのように黙り込み、静かにコーヒーカップを口に運んでいる。誰もが、この不自然な空気の正体に気づきながらも、それを口にすることができずにいた。

だが、その中でただ一人、美穂だけは状況が違っていた。

彼女はじっと、ちひろの様子を見つめていた。ちひろは何度もポケットからスマートフォンを取り出しては画面をつけ、誰かの名前を探すように指を滑らせる。だが結局何も入力することなく、また画面を消してポケットに戻す。その行動を何度も繰り返し、手はいつも小さく震えていた。

ちひろの瞳の奥に隠された、整理のつかない混乱と不安、そして紫苑が抱えているのと同じような深い孤独。美穂はそれにただ一人、敏感に気がついていた。

「……ちひろ」

美穂がそっと彼女の名前を呼ぶと、ちひろはびくりと肩を震わせ、わざとらしく視線を逸らした。まるで自分の心の内を誰にも知られたくない、というように。

自分の正体と秘密を隠し、闇の中へと消えていく紫苑。

残酷な真実を目撃し、それを口にすることもできず沈黙の中で震えるちひろ。

そして二人の間に流れる明らかな異変を感じながらも、何もできずにただ見守ることしかできない仲間たち。

冬の冷たい風がキャンパスを吹き抜け、枯れた木々の葉を舞い上げていく。

かつては同じ場所にあり、固く結ばれていたはずの仲間たちの心が、紫苑の抱える「秘密」という名の楔によって、音を立てて少しずつ、そして確実に引き裂かれ、離れていくのを誰もが感じていた。寒さが増すほどに、その溝はいっそう深く広がっていくように思われた。

 

(続)

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