仮面ライダーGT   作:カッティングカマター

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2014年編#10-2

2014年編 #10-2

冷たい風が枯れた街路樹の枝を鳴らし、冬の空気はいつもよりも一層身に染みるように感じられる午後だった。数日が過ぎ、キャンパスの空気は相変わらずどこかぎこちなく、紫苑の心に開いた穴は、時間が経つごとに逆に深く広がっていくような感覚さえあった。

紫苑は足早に人通りの少ない住宅街の路地を歩いていた。向かう先は三原の自宅兼ラボであり、頭の中はGTシステムの調整と、街の各地で頻発し始めたロイミュードの不穏な気配のことでいっぱいだった。

――考えるな。感情に流されるな。今の俺に必要なのは、戦士としての冷静な判断力だけだ。

自分自身にそう言い聞かせ、心の奥底にある不安や悲しみ、そしてちひろに対する後悔の念を、無理やり押し込めて蓋をする。そうやって「鷹宮紫苑」という人間を殺し、「仮面ライダーGT」としての自分だけを前面に出すことで、彼はようやく心の均衡を保っていられたのだ。

だが、次の角を曲がった瞬間、紫苑のそんな努力は木っ端みじんに砕け散った。

「あ……」

視界の先、西日が壁や地面を黄金色に染め上げるその場所に、ちひろが立っていた。

彼女は買い物帰りなのか、手提げ袋を持ち、少しだけ疲れたような、それでいてどこか思いつめたような表情で道の真ん中に佇んでいた。二人の視線がばちりと合い、時間が一瞬止まったように感じられる。ちひろははっと息を呑み、手にしたカバンをぎゅっと握りしめる。紫苑の脳裏には、あの夜の路地裏で自分が変身を解いた時、彼女が見せたあの怯えきった瞳が鮮明にフラッシュバックした。

――ダメだ、ここにいてはいけない。俺は彼女にとって、もう恐怖の対象でしかないんだ。

紫苑は反射的に目を逸らすと、何もなかったかのように、逃げるように背中を向けて足早に立ち去ろうとした。これ以上彼女の綺麗な世界に、俺の汚れた部分を踏み込ませてはならない。これが彼女のためにできる、最後の配慮だと信じていた。

だが、一歩、二歩と足を進めたその時――

「待って! 紫苑くん!」

背後から響いてきた声は、まるで喉を切り裂くような、それほどまでに切実で、震えていた。

その声が紫苑の全身を貫き、彼の足はまるで地面に根を生やしたかのように、動かなくなった。アスファルトの上には西日に照らされた自分の影が長く伸び、それがあまりにも孤独で、寂しげで、彼は思わず胸元を押さえた。

背後からは、ゆっくりと、だが確かに近づいてくる小さな靴の音が響いてくる。一歩、また一歩と距離が縮まるたび、紫苑の心臓は破裂しそうなほどに高鳴った。彼は振り返ることができない。自分が今どんな顔をしているのか、彼女にどんな表情を見せてしまうのか、考えただけで怖かったからだ。

「……あの時は、びっくりして。頭の中が真っ白になっちゃって、どうしたらいいか分からなくて……」

ちひろの声がすぐ背後から聞こえる。その声には怒りも嫌悪もなく、ただ純粋な後悔と悲しみが滲んでいた。

「黙って行っちゃって、ごめんなさい。無視するみたいな形になっちゃって、本当に……本当に、ごめんなさい」

紫苑は思わず強く目を瞑る。違う、悪いのは俺だ。君が怯えるのは当然のことで、謝る必要なんてどこにもないんだ。そう心の中で叫んでも、言葉にすることはできない。

「本当はずっと、ずっと心配だったの」

沈黙を破って、ちひろが再び口を開く。その声は少しずつ、しっかりとした芯を持ち始めていた。

「このところの紫苑くん、全然笑わなくなっちゃったし、話しかけても上の空で……まるで私たちのことなんか見えてないみたいだった。どこか遠く遠くに行っちゃいそうで、私……毎日、とても怖かった」

ちひろは一呼吸置き、真実に触れることへの勇気を振り絞るように言った。

「……もしかして、あの夜見た、青い姿……あれが、全部の原因なの? 紫苑くんが一人で抱え込んで、苦しんでいる理由なの?」

その問いかけは柔らかかったが、紫苑の心の核心に真っ直ぐに突き刺さった。彼は奥歯を噛み締め、拳を握りしめる。答えることはできなかった。答えてしまえば、彼女をこの戦いの渦中に巻き込むことになる。三原からは「関係者は少なければ少ないほど安全だ」と常に言われていることもある。そして何より、明日生きているかもわからない、危険な道を歩く自分のことを、彼女に想い続けさせることがどれほど残酷なことか、紫苑は痛いほど理解していた。

だが、ちひろは紫苑の沈黙を肯定と受け取り、さらに言葉を続けた。

「一人で、誰にも言えなくて、ずっとずっと辛かったんだよね? 誰にも理解してもらえなくて、怖い思いも沢山して……それでも一人で立っていなきゃいけなかったんだよね?」

その瞬間、紫苑の心に張り巡らされていた氷のような防波堤が、音を立てて崩れ始めた。

「……っ」

冷徹な戦士の仮面は完全に剥がれ落ち、その下に隠されていた一人の青年の脆さが露わになる。孤独と罪悪感、そして自分の無力さに対する怒り――それらが一気に溢れ出し、紫苑は今にも泣き出してしまいそうだった。彼はまるで重く錆びついた鉄の扉をこじ開けるような、そんな覚悟を持って、ゆっくりと、ゆっくりと振り返った。

そこにいたのは、涙をいっぱいに溜めた瞳をしたちひろだった。

だがその瞳は、あの夜のように怯えて曇ってはおらず、真っ直ぐに、力強く紫苑を見つめ返していた。彼女は逃げなかった。怪物のような姿を見せられ、正体を知ってしまった後でも、彼女は「鷹宮紫苑」という人間だけを見つめ、見捨てずにここまで追いかけてきてくれたのだ。

「紫苑くんがこれから何をするのか、何と戦っているのか、私にはきっと詳しいことは分からない。それは私のような普通の人間が踏み込んじゃいけない、とても重くて暗い世界のことなのかもしれない」

ちひろは一歩近づき、紫苑の目を逸らさせないように話し続ける。

「でもね、私は絶対に誰にも言わない。悠真くんにも、朔也くんにも、美穂ちゃんや大悟くんにも、それに警察の人たちにだって……絶対に口外しないって、この胸に誓う。約束する」

「……ちひろ。君は、どうしてそこまで……」

紫苑の声はかすれ、震えていた。自分のような者のために、なぜそこまで真剣になってくれるのか、彼には理解ができなかった。

「あの夜に見た紫苑くんの姿も、それを隠していたことも、全部全部、私と紫苑くんだけの秘密にする」

ちひろは涙を拭い、少しだけ微笑んだ。それは太陽の光のように暖かく、紫苑の凍てついた心を溶かしていく。

「だからもう、一人で全部背負い込まないで。私には何も力がないし、危ないこともできないけど……せめて、紫苑くんの隣に立つことくらいはできるから。話してくれなくてもいい、ただ隣にいるだけでもいいから、また私たちのところに戻ってきて?」

彼女の言葉は続く。

「またみんなでドライブに行こう。海を見に行ったり、美味しいものを食べに行ったり、くだらない話をして笑い合ったり……悠真くんも、朔也くんも、美穂ちゃんたちも、みんなみんな、紫苑くんがいつものように笑ってくれるのを待ってるんだよ。紫苑くんがいないと、全然楽しくなんかないんだから」

ちひろの言葉の一つ一つが、長い間戦いの中で凍りつき、ひび割れていた紫苑の心の隙間に染み込み、暖かさを取り戻させていく。

紫苑はこれまで、自分が彼らを守るのだと一方的に決めつけ、彼らを「守られるべき弱い存在」として遠ざけることこそが正義だと信じて疑わなかった。だがそれは、彼自身の傲慢さであり、独りよがりだったのかもしれない。目の前の少女は、真実を知った上でなお、自分と同じ視点に立ち、共に歩むことを望んでくれている。彼女にはそれだけの強さと、そして何よりも大きな優しさが備わっていたのだ。

紫苑はゆっくりと深く息を吐き出すと、溢れ出そうになる熱いものをこらえるように、冬の澄み切った空を見上げた。雲一つない青空が、どこまでも広がっている。

「……ありがとう、ちひろ」

紫苑の声は震えていたが、そこには確かな感情が宿っていた。彼は視線を戻し、ちひろの瞳を真っ直ぐに見つめ返す。

「俺、自分一人で何でも解決しようとして、勝手に結論を出して、君やみんなを傷つけてた。本当に……悪かった」

謝罪の言葉と共に、彼の心の重りが少しずつ消えていくのを感じた。

「……また、みんなのところに戻るよ。必ず、昔みたいに笑って、話せるようになるから。そしてまた、みんなで色んな場所に出かけよう」

「本当?」

「ああ、約束する」

その瞬間、二人の間に長い間立ちはだかっていた冷たくて暗い壁は、音を立てて崩れ去った。そしてその代わりに生まれたのは、秘密を共有し、困難な現実を知った上で結ばれた、より深く、より強固な絆だった。

それはこれから先、紫苑が背負っていくことになる仮面ライダーとしての宿命そのものを変えることはできないかもしれない。戦いは続き、危険な日々が終わるわけではない。

だが、孤独な闇の中を進むしかなかった彼にとって、ちひろが与えてくれたこの絆と約束は、何ものにも代えがたい「帰るべき場所」への確かな切符となり、道標となった。

「約束だよ。だけど、絶対に無理はしないでね。何かあったらすぐに相談して?できることならなんでもするから」

ちひろはようやく、心の底からのいつもの笑顔を見せた。それは西日に照らされて、宝石のように輝いて見えた。

紫苑は頷き、自然と自分の口元にも笑みが浮かぶのを感じた。久しぶりに感じる、心の底からの温かい感覚だった。

「ありがとう、ちひろ。……じゃあ、また明日」

「うん、また明日!」

二人は少しの間、笑顔を交わし合ってから、それぞれの道へと別れた。紫苑は再びラボへと向かって歩き始める。だがその足取りは来る時とはまるで違い、とても軽やかで、力強いものになっていた。

独りで歩くにはあまりにも暗く、長く感じられた道のりも、今はもうそれほど暗くはないように思えた。背後にはちひろの存在を、そして待っていてくれる仲間たちの気配を感じながら、紫苑は再び前を見据える。

守るべき日常があり、帰るべき場所がある。それは戦いの中に身を置く彼自身の心の支えとなり、力となり、その背中を力強く押し続けていた。

(続)

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