仮面ライダーGT   作:カッティングカマター

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2014年編#10-3

2014年編 #10-3

三原の自宅兼ラボは、地上のどんな場所よりも深く、静かな空気に包まれていた。

古びた木造家屋の一階に隠された扉を開き、急な階段を下りた先に広がる空間は、まるで別世界のようだった。壁一面に埋め込まれたモニター群が、絶え間なくデータの流れを映し出し、室内はその青白い光だけに照らされている。空気は冷たく、わずかに機械油と金属の匂いが混ざっており、外の季節感などここには存在しないかのようだ。

紫苑はラボの中央に立ち、三原の背中を見つめていた。

ちひろとあの路地で再会し、自らの正体を知られたこと。そして彼女が恐怖だけでなく、自分のことを心から心配し、共に歩むことを誓ってくれたこと――それら一連の出来事は、このラボを動かす情報網によって、既に三原の知るところとなっていた。三原が何者であり、何を目的としてこのシステムを動かし、自分を仮面ライダーとして存在させているのかを知る紫苑にとって、この事実が決して喜ばしいものではないことは、最初から分かり切っていた。

三原は大きなデスクに向かい、両手でキーボードを叩き続けていた。指の動きは速く、正確で、そして何よりも無機質だ。彼の横顔は彫刻のように動かず、感情の起伏というものが一切見えない。モニターに映し出される膨大なコードやバイタルデータ、そして街の各所に設置されたセンサーの反応値を追い続けるその姿は、まさにこのラボそのもののように冷徹であった。

やがて、タイピングの音が一瞬だけ途切れた。

「……お前の親友だ。これまでお前を支えてきたという背景も考慮し、彼女が安易に情報を漏洩させたり、妙な真似をしたりはしないと信じてはいるが……」

三原の声が、静まり返った室内に低く響く。その声には、温かみも優しさもなく、ただ事実だけを淡々と述べる調子があった。

「組織の管理責任者としては、申し訳ないが、放置するわけにはいかない」

紫苑は胸元に手を置き、苦しそうに呼吸を整えた。自分がどれほどの過ちを犯したのか、改めて突きつけられるような言葉だった。

「彼女の周辺には監視をつける。通学路、自宅周辺、そしてモバイル端末の通信記録……。我々の存在が公になることは、ロイミュードの活動を過激化させるトリガーになりかねない。彼女という『脆弱性』から情報が漏れることは、万に一つも許されないのだ」

「……そんなことまで、するんですか」

紫苑の声は自分でも驚くほどかすれていた。

守るべき存在であったちひろを、危険に巻き込まないために秘密を貫こうと決めていたはずだった。だが、自分の不注意というよりは、運命とも言うべき出会いによって正体が知られてしまい、結果として彼女はこの組織の「管理下」に置かれることになったのだ。

監視される存在。危険要素。それが、自分が最も守りたかった少女に対する、今の組織の見方なのだと思うと、紫苑は自分自身が許せなくなった。彼女の何もかもが自由であるべきなのに、自分の存在が、彼女の平穏な日常を少しずつ侵食し、プライバシーさえも奪っていく。逃れようのない自責の念が、波のように押し寄せては彼の心を締め付けた。

ラボ内には再びキーボードを叩く音だけが響く。それはまるで、拒絶されているかのような、冷たい音だった。

紫苑はただ項垂れ、自分の選んだ道の代償の大きさを痛感していた。これが戦う者の宿命なのか。力を得る代わりに、何もかもを失い、大切な人たちさえも傷つけ、管理の対象に変えてしまうのか――。

そんな重苦しい沈黙が数分続いた後、不意にキーボードの音が完全に止んだ。

カタリ、と椅子の回転する音が静寂を切り裂く。三原はゆっくりと体を捻り、紫苑の方へと向き直った。

紫苑が恐る恐る顔を上げると、そこにあったのは、いつもの鋭く冷たい管理者としての眼差しではなかった。長い年月をこの世界で生き、数多くの決断を下してきた者だけが持つ、深く、それでいてわずかな温もりを含んだ瞳が、紫苑の目を真っ直ぐに捉えていた。

「安心しろ」

三原は短く、はっきりと言った。

「実害がない限り、こちらから彼女に接触することはない。彼女自身が『監視されている』と気づくこともないだろう。我々の技術力を持ってすれば、それくらいは造作もないことだ」

紫苑は息を呑み、次の言葉を待った。

「……紫苑、お前が彼女を信じていると言うのなら、我々もその判断を尊重しよう。これは彼女を縛るためのものではなく、違う視点から見れば、別の意味を持つ」

三原は指を組み、肘掛けに肘をついて続けた。

「万が一、ロイミュードがお前の弱点を探り、彼女を人質に取ろうとしたり、あるいは彼女に危害を加えようと動いたりした場合……この監視網は、彼女を守るための早期警戒網となるのだ。何もなければただのデータ収集に過ぎないが、有事の際には、彼女の安全をいち早く確認し、お前が駆けつけるための道標にもなる」

紫苑の心に、わずかな光が差し込むようだった。

「彼女は、お前にとっての『日常』の象徴なんだろう? 彼女のいる世界こそが、お前が命を懸けて守ろうとしているものの核心なのだと、俺は理解している」

三原の言葉は続く。

「ならば、我々の仕事はその象徴を守ることに他ならない。お前が戦士として戦いに集中し、研ぎ澄まされるために、背後にある不安要素を取り除き、安全網を張り巡らせる。それが俺の役割であり、この組織の存在意義だ」

紫苑はその場に立ったまま、深く、心から頷いた。

三原という男は、いつも最悪の事態を想定して動く。感情に流されず、論理的で、徹底的にリスクを排除しようとする。そのやり方は時にあまりにも合理的で、非情に映ることもあるだろう。だが今、紫苑ははっきりと感じ取っていた。彼の行動の根底には、自分という戦士を支え、自分の守りたいものを、彼なりの方法で守ろうとする確かな「配慮」と「責任感」が存在しているのだ、と。

冷たいように見えた鎖は、実は二人を守るための強固な盾でもあったのだ。

「……ありがとうございます、三原さん」

紫苑の声には、先ほどまでの重苦しさはなく、真摯な感謝の念が込められていた。

「ちひろのことは、俺が責任を持ちます。彼女は絶対に、裏切るような人間じゃない。俺が一番よく知っているんです」

「分かっている。でなければ、とっくに別の手段……つまり『消去』のプロトコルを検討していたさ」

三原は再び口元を緩めることなく、だがその言葉には冗談めかした響きさえ含ませて、紫苑を落ち着かせるように言った。そして再び椅子を回し、モニターの光に照らされる自身の定位置へと戻っていく。

「さあ、もう行け。長居する場所でもないだろう。外の空気を吸って、頭を冷やしてくるがいい」

「はい。お邪魔しました」

紫苑は一礼し、ラボの出口へと向かった。

重い金属製の扉を閉める瞬間、背後から再び規則的なタイピングの音が響き始める。その音は、これからも続く戦いの日々を予感させるようであり、同時に自分とちひろの未来を見守るような、不思議な響きを持って紫苑の耳に届いた。

階段を上り、地上の家屋部分を抜け、外へと続く玄関の扉を開けると、冬の夜の空気が一気に紫苑の全身を包み込んだ。

「……っ」

思わず身震いするほどの冷たさだ。風は頬を刺すように冷たく、吐く息はすぐに白く凍り、闇の中へと消えていく。

紫苑は空を見上げた。

都会の明かりがわずかに届くこの場所からでも、冬の星座たちは鮮やかに、そして冷ややかな光を放って輝いていた。オリオン座の三つ星が凍てつくように瞬き、シリウスの青白い光が、まるでラボのモニターの光のように、地上を見下ろしている。

――俺は、危険な世界に足を踏み入れた。

――ちひろを、そして周りの大切な人たちを、この世界に巻き込んでしまった。

その事実は変えようもなく、これから先、自分が戦い続ける限り、危険は常に隣り合わせだ。明日にでも、血と鉄臭い戦場へと赴かなければならないかもしれない。傷つき、苦しみ、時には絶望することもあるだろう。そして、ちひろのもとに再び無事に帰ってこられる保証など、どこにもないのだ。

だが紫苑は、冷たい風の中に立ちながら、心の底から湧き上がる力強い感覚を感じていた。

三原という、厳しくも自分を理解し、支えてくれる者がいる。

そして何より、すべての真実を知った上で、恐怖を乗り越え、「一緒に背負う」と言ってくれた少女がいる。

独りではなかった。孤独な闇の中をたった一人で歩いていると思っていた道のりには、今や目には見えなくても、確かな絆が寄り添ってくれているのだ。それは時に重く、身動きが取れなくなるような鎖に感じることもあるかもしれない。だがそれ以上に、自分が前を向いて歩くための、何よりも強い支えとなっていた。

紫苑はゆっくりと両手を空に向かって伸ばし、冷たい夜の空気をいっぱいに吸い込んだ。肺の中まで冷え切るようだったが、それが逆に頭を冴えさせ、心を強くするように感じられた。

「……行くか」

低く、力強い独り言が夜の闇に響く。

もう一度前を向く。守るべき日常があり、帰るべき場所があり、待っていてくれる人がいる。そしていつか、みんなで約束したドライブへ行き、笑い合いながらこの秘密を話せる日が来ることを信じて。

紫苑は闇の中へ、力強く一歩を踏み出した。彼の背中には、もう冷たい絶望などなく、温かな絆という名の光がしっかりと灯されていたのだった。

(続)

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