仮面ライダーGT   作:カッティングカマター

58 / 69
2014年編#10-4

2014年編 #10-4

重い扉を開けたその先に広がっていたのは、昨日まで自分が立っていた世界とは、まるで温度の違う空間だった。

紫苑はゆっくりと講義室の中へ足を踏み入れる。窓の外からは冬の低い太陽が降り注ぎ、埃っぽい空気の中を無数の光の粒子が舞っている。それはまるで、今この場にある小さな幸せを目に見える形にしたようで、見つめているだけで心の奥底から温もりが染み出してくるようだった。

数日前までの自分なら、この光の中にいてもきっと冷え切ったままだっただろう。自分だけがこの世界に属していないような、見えない壁に隔てられたような孤独感に苛まれ、ただ時が過ぎるのを待つことしかできなかった。けれど今は違う。紫苑はリュックの中にある重みを意識し、そして先ほど自分に向けられたちひろの笑顔を思い出すだけで、全身に力がみなぎってくるのを感じていた。

「おい紫苑、こっちだ! お前の席、ちゃんと空けておいてやったぞ!」

教室の中央辺りから手を振る悠真の姿が見える。周りにはいつものメンバーが集まっていて、美穂が教科書を整理し、朔也は既にノートにペンを走らせているように見える。紫苑は彼らのもとへと歩みを進めながら、その一歩一歩に確かな重みを感じていた。ここは自分にとって、何よりも大切な場所なのだと。

「遅かったじゃない、紫苑。まったく、あなたがいないと教室の空気まで寂しくなるんだから」

美穂がわざとらしくため息をつきながらも、その瞳は笑っている。

「悪い悪い。色々と……考えることが多くてさ」

紫苑が笑って答えると、隣にいた大悟がいきなり身を乗り出してきた。彼はいつものように人を食った態度で紫苑の肩に腕を回し、周りに聞こえるか聞こえないかくらいの声で囁く。

「考えることが多い、か。ふーん。まさか、恋の悩みだったりしないよな? ここ数日、ちひろの様子がおかしかったのは、どうやらお前と関係があるらしいって噂だぜ」

「ち、違うよ! 本当にそういうんじゃなくて……」

慌てて否定する紫苑の耳元で、大悟はさらに続ける。

「まあ、顔が真っ赤になって否定するところを見ると、図星ってところか。でもいいじゃないか。喧嘩して、仲直りして、絆が深まるってもんだ。お前らしくて悪くないと思うぜ」

大悟の言葉には悪意がない。ただ純粋に、友人のことを面白がり、そして気にかけているだけだ。紫苑はそれが分かっているからこそ、何も言い返せずにただ苦笑いを浮かべるしかなかった。彼らが想像している「恋の悩み」などという生易しいものではなく、自分たちの間にはもっと大きく、重く、そして危うい秘密が存在しているのだ。

その時、ふと視線を感じて紫苑は顔を上げた。

教室の少し離れた席、窓際の席にちひろが座っていた。彼女はこちらをじっと見つめていて、紫苑と目が合うと、途端に頬を桜色に染めて恥ずかしそうに目を伏せた。けれどすぐに再び顔を上げ、周りに誰も見ていないことを確認すると、紫苑にだけ分かるように、そっと人差し指を自分の唇にあてて小さく笑った。

――内緒だよ。

その笑顔は、まるで冬の空から一時的に顔を出した太陽のように、紫苑の心を一気に明るく照らし出した。あの時、路地裏で自分が仮面ライダーGTであることを知り、それでもなお恐れることなく自分に手を差し伸べてくれた彼女。自分のことを「独りにしない」と言ってくれた彼女。彼女の笑顔は、今の紫苑にとって何よりも大きな力の源だった。

(俺は、彼女を……そしてこの場所を守らなければならない)

紫苑は胸の奥で強く誓った。

この平和な教室の風景。仲間たちの何気ない会話。ちひろの柔らかな笑顔。それらはどれも当たり前のように存在しているけれど、実はとても脆く、壊れやすいものなのだ。自分たちの知らないところで、ロイミュードと呼ばれる存在がこの街を狙い、非情な戦いが繰り広げられている。もし自分が少しでも油断をすれば、この穏やかな日常は一瞬にして闇に飲み込まれてしまうだろう。

「おい、紫苑。考え事に浸るのはいいけど、そろそろ講義が始まるぞ。ノートも出してないじゃないか」

朔也の冷静な声に我に返り、紫苑は慌てて鞄からノートとペンを取り出した。リュックの底に触れた瞬間、ドライバーの硬い感触が指先に伝わってくる。普段は重荷に感じることもあるその存在が、今は自分の心を支える一本の芯になっているように思えた。

「ああ、そうだな。ありがとう、朔也」

「相変わらず抜けてるなあ。まったく、お前がいない間のことを考えると、俺たちまで心労が絶えないんだからな」

悠真が大げさに頭を振るのを見て、周りにいた皆が一斉に笑い出す。その笑い声は教室の壁に反響し、外の冷たい空気を忘れさせるかのように、暖かな空間を作り出していた。

紫苑はちらりとちひろの方を見る。彼女は教科書を開きながらも、時折こちらに視線を送り、紫苑と目が合うたびに柔らかく微笑んでくれる。そのたびに紫苑の胸は温かなもので満たされ、同時に言いようのない緊張感も高まっていく。

(俺は戦わなければならない。この笑顔を守るために)

講師が教室に入ってくる気配がし、ざわめいていた教室が徐々に静かになっていく。それでも紫苑の心の内側は、さっきからの感情の波で揺れ動いたままだった。

これから自分には何が待ち受けているのだろう。三原の言っていた通り、ロイミュードの脅威は確実に増しているのかもしれない。そして、ちひろが監視下に置かれているという事実も、決して消えることのない重しとして心に残っている。それでも、今この瞬間だけは、この何でもない大学生の日常に身を置き、仲間たちと同じ時間を過ごすことが許されている。

紫苑は再びノートに目を落とした。ペンを持つ手は自然と動き出し、黒板に書かれた文字を丁寧に書き写していく。隣からは悠真の落書きをする音が、前の席からは美穂のメモを取る音が聞こえてくる。

冬の日差しは相変わらず窓辺から部屋中に降り注ぎ、人々の輪郭を柔らかく縁取っていた。紫苑はこの温もりを決して失うまい、と心に強く誓った。

たとえこの身が傷つこうとも、たとえこの道が茨の道であろうとも、自分には守るべきものがあり、待っていてくれる人たちがいる。それだけで、自分はどんな困難にも立ち向かっていける。

講義の合間にちらりと窓の外を見ると、枯れた木々の間から青空が広がっていた。まだ寒さは厳しいけれど、春は必ずやってくる。それと同じように、自分たちの未来にもきっと、明るい光が満ちているに違いない。

紫苑はゆっくりと息を吐き、再び目の前のノートへと視線を戻した。彼の戦いはまだ始まったばかりだ。けれど今、この瞬間だけは、陽だまりの中に身を置き、かけがえのない時間を噛みしめていた。

(続)

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。