仮面ライダーGT   作:カッティングカマター

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2014年編#10-5

2014年編 #10-5

夜の帳が、街全体を深い墨色で塗りつぶす午前二時。

公園の街灯はわずか四つ。その淡い光が照らし出す範囲は狭く、コンクリートで固められた地面のほとんどは、濃い闇の中へと沈み込んでいた。風が木々の間を通り抜けるたび、葉ずれの音がさらさらと響き、まるで誰かがひそひそと囁き合っているようにも聞こえる。

紫苑はベンチに腰を下ろし、冷たくなった金属の感触を尻に受けながら、ゆっくりと目を閉じた。肺いっぱいに吸い込んだ空気は、夜の冷たさと湿り気を含んでおり、喉の奥から胸の内側にかけて、ひやりとした感触が広がっていく。

紫苑は、突如として謎の胸騒ぎに襲われていた。

退院してから半月が経つ。体の傷は既に塞がり、医師からも日常生活への復帰に問題はないと太鼓判を押された。ちひろは自分の秘密を知りながらも変わらぬ態度で接してくれ、それどころか「共に歩む」とまで言ってくれた。三原は三原で、監視という名のもとに自分たちの安全に配慮し、必要以上の干渉は避けてくれている。そして、大悟をはじめとする仲間たちは、相変わらずバカなことを言い合い、騒がしくも温かい時間を提供し続けてくれている。

それら一つ一つは、紫苑にとって何よりも尊く、かけがえのない宝物のはずだった。こんな自分でも、ここにいていいのだと、存在を許されているのだと実感させてくれる、大切な要素たち。

だが、それらが完璧に揃えば揃うほど、紫苑の心の奥底には、黒く重い靄のようなものが渦巻いていた。

――違和感。

それは言葉にできない感覚だった。まるで精密に組み立てられた機械の、たった一つの歯車が逆に取り付けられているような。あるいは、高解像度の映像の中に、わずかなノイズが混ざり続けているような。

「……何かが、根本的に間違っている……」

紫苑は低い声で呟き、自分の両手をまじまじと見つめた。月明かりに照らされた自分の手は、至って普通の人間の手だ。だがこの手は、怪物を砕き、時には人ならざる存在と対話し、そして多くのものを守り、失ってきた。

思い返せば、すべては突然だった。ロイミュードの出現。父・矢切周平の不可解な死。そして遺されたGTドライバーとシフトカー。自分は流れ込むように戦いの渦中に身を投じ、気がつけば「街の守護者」などと呼ばれる立場になっていた。

周りの状況は整いすぎている。守るべき日常も、支えてくれる仲間も、戦うための力も、敵の正体さえも。パズルのピースはすべてテーブルの上に綺麗に並べられ、いつでも完成形を作り上げることができるように見える。

だが、紫苑には分かっていた。そのピースをはめ込んで出来上がる絵は、どこか歪んでおり、本来あるべき姿とは似ても似つかないものになるだろうことが。得体の知れない悪寒が背筋を這い上がり、心臓をきゅっと締め付ける。

これは何なのだ。自分は何を見落としているのか。何を勘違いしているのか。

思考の闇の中をさまよい続ける紫苑の耳に、不釣り合いなほど軽やかな声が飛び込んできたのは、そんな時だった。

「あの~、お兄さん。ちょっといいかな? 警察の者なんだけど、こんな時間に何してんの? 職質させてもらっていい?」

背後からかけられた声に、紫苑の全身の毛穴が一瞬で開き、鳥肌が立つのが分かった。心臓が大きく跳ね上がり、血液が急激に頭へと上っていく。

――警察!? どうしてこんなところに!

最悪の事態が、鮮明な映像となって紫苑の脳裏をよぎる。

今、自分の横に置いてあるリュックの中には、GTドライバーと、ポケットにはシフトカーが入っている。あれは明らかに兵器だ。しかも、警察内部でも存在を知らない超高度科学技術の結晶であり、下手に見つかれば「違法所持」どころの騒ぎでは済まない。荷物検査などされれば、その形状の異質さから、間違いなく何かの事件に関わっていると判断されるだろう。

もし没収されでもしたら、次にロイミュードが出現した時、自分はただの無力な人間に戻ってしまう。街も、ちひろも、何も守れやしない。

逃げるか、それとも何とか言い逃れるか。二つの選択肢が紫苑の頭の中で激しく衝突し、火花を散らす。

紫苑は息を詰まらせたまま、弾かれるようにして勢いよく振り返った。

「っ……あ……!」

そこにいたのは、手帳を片手にした制服姿の警察官などではなかった。

見慣れた黒いパーカーに、少し無造作でボサボサの髪。そして、大きな口を開けて、今にも笑い出そうとしている顔。

「はははははは! なんだよお前、真っ青な顔しやがって! まるで今から死刑執行される罪人みたいだぜ? いや~面白い面だなぁ、おい!」

大悟だった。

彼は腹を抱えて前後に体を揺らし、まるで見世物でも見たかのように大騒ぎしている。その屈託のない、いつもの調子の笑い声が、張り詰めていた公園の空気を一瞬にして日常のものへと変えてしまう。

「大悟……お前、かよ……。本気で心臓が止まるかと思っただろ……」

紫苑は力が抜けた体を支えるように膝に手をつき、大きく息を吐き出した。冷や汗が額から頬を伝って地面に落ち、心臓はまだ早鐘のように鼓動を打ち鳴らしている。緊張のあまり、指先がわずかに震えていた。

「悪い悪い。いや、だってよ。こんな夜中に公園で一人で物思いにふけってる奴がいたら、ちょっとからかいたくなるだろ? 特に、うちの大学一の真面目くんがこんな時間に何やってんのかと思ったら、これは絶好のチャンスだと思ってさ」

大悟は目尻に浮かんだ涙を指で拭いながら、ベンチの背もたれに肘をつき、紫苑の隣にどっかりと腰を下ろした。体重がかかったせいでベンチがきしむ音がする。その何気ない重圧感さえ、今の紫苑には安心できる材料だった。

「……全く、人が悪いよ。お前はいつもそうだ」

紫苑はため息交じりにそう言うと、ようやく肩の力を抜くことができた。

「で? お前こそどうしたんだ? 病み上がりだってのに、こんな時間にウロウロして。まさか、真夜中の冒険に出かけたのか? それとも、この公園に出るって噂の幽霊に会いに来たとか?」

大悟はニヤニヤと笑いながら紫苑の顔を覗き込む。その瞳は明るく、いつもの大悟そのものだ。だが、紫苑はその瞳の奥に、暗い闇のようなものがわずかに潜んでいるのを見たような気がした。まるで、表面的な笑顔の仮面の下に、別の何かが隠されているかのような……。

「別に。ただ……眠れなかっただけだよ。色々と考えることがあってな。大悟こそ、こんな時間に何をしてるんだ? お前の家、こっちとは逆方向のはずだろ」

紫苑が問い返すと、大悟は「ああ、それな」と口を開き、指で空を指した。

「俺はな、新発売の限定プリンを買いに行こうと思ってコンビニまで出てきたのさ。だけど肝心のプリンは売り切れ。仕方ないから散歩でもしようかと思って歩いてたら、ここで怪しい人影を発見した、というわけ。……まさかお前だとは思わなかったけどな」

大悟は楽しそうに言うが、紫苑はその言葉を半分しか信じていなかった。だが、それ以上深く詮索する気にもなれず、ただ曖昧に笑って頷く。

「そうか……それは災難だったな」

「まあな。でも、お前を見つけたから結果オーライってことで。ところで紫苑……」

大悟の視線が、紫苑の横のリュックへと移った。紫苑が無意識のうちに、そのストラップをぎゅっと握りしめ、自分の体に密着させるように引き寄せたのを、大悟は見逃さなかった。

「そのリュック、随分と大事そうに抱えてるけど。中には何が入ってんだ? 見られたらまずいような、そんなヤバい秘密でも隠してんのか?」

冗談めかした口調だったが、その言葉は紫苑の胸に鋭く突き刺さった。心臓が再び跳ね上がり、体が硬直する。

「な、何言ってんだよ……。ただの大学の資料だよ。明日使う予習のノートとか、教科書とか……そんなものに決まってるだろ」

紫苑は必死に平静を装い、乾いた声で答える。手のひらからは汗がにじみ、リュックの生地を湿らせる。

「ふうん? 資料ねえ……」

大悟はそう言って笑っていたが、次の瞬間、彼の雰囲気が一変した。

さっきまでの軽やかで、どこか抜けたような空気が霧散し、その場の空気が一気に重く、冷たいものへと変わる。大悟の目が細められ、紫苑を射抜くように見つめてくる。

「……だったら、もしもの話だ。俺がもし、ロイミュードだったとしても、同じ台詞を吐けるのか?」

――ロイミュード。

その単語が空気を切り裂き、紫苑の脳裏に凄まじい衝撃となって響き渡った。

なぜ、大悟がその名を知っている?

ロイミュードの名は、一部の関係者、そして自分たちのように直接関わった者たち以外には徹底的に隠蔽されているはずだ。ニュースでは謎の怪物による怪事件として報道されてはいるが、ロイミュードという名が公表されたことはない。

それなのに、どうして幼馴染であり、ただの大学生であるはずの大悟が、その名を口にするのか。

「大悟……お前、何を……」

紫苑の声が震える。言葉がうまく出てこない。頭の中が混乱し、思考がまともに働かなくなる。

「冗談、だろ……? そんな名前、どこで聞いたんだよ……」

紫苑が何とかそう問いかけると、大悟は答えずにゆっくりとベンチから立ち上がった。

彼は無言のまま、公園の奥にある海辺の方向へと歩き出す。月明かりが彼の背中を照らし出す。すると、その背中が、まるで炎の上の空気のようにゆらゆらと歪み始めたのが見えた。

視覚がおかしくなったのかと紫苑は目をこする。だが、その歪みは次第に大きくなり、大悟の体だけでなく、彼の周囲の空間そのものが震え、揺らぎ、崩れかかっているようにさえ見えた。

「紫苑。お前はいつも表面的なことばかりを見ている。光の当たる綺麗な場所で、絆がどうだの、日常がどうだのと、平和なおままごとに興じていただけに過ぎない」

大悟の声が変わる。さっきまでの明るいトーンは完全に失われ、地の底から響いてくるような低く重い、そして荘厳さと冷徹さを併せ持った声へと変質していく。

「だが、世界には表と裏がある。お前たちが知りもしない闇の部分には、俺たちがずっと存在していたのさ」

大悟の体に変化が起きる。

まず、彼の肌の表面から、銀色に鈍く光る金属質の結晶が浮き出してきた。それは脈打つように波打ち、生体組織と機械が融合したような不気味な質感を帯びていく。

パキパキ、と乾いた音が夜の公園に響く。彼の体は、瞬く間に流線型を描く漆黒の装甲に覆われ、人間の体躯をはるかに超えた、力強くも優雅なシルエットへと変化していく。背中側からは一対の翼が生まれ、それは闇そのものを切り取ったような黒く大きなものへと成長し、広げられる。頭部には二本の鋭い角が天に向かって突き出し、赤い光を宿した瞳が闇の中で妖しく輝く。

そこにはもう、紫苑の知る幼馴染・大悟の姿はどこにも存在していなかった。

それは圧倒的な力と威圧感を備えた、生きた彫刻のように美しく、そして見る者の魂を恐怖で凍りつかせるほどの凶々しさを秘めた存在。まさに「怪物」と呼ぶにふさわしい姿だった。

「俺の名はフィア。ロイミュードの王だ。」

漆黒の装甲が月明かりを受けて鈍く反射する。フィア……かつての大悟は、ゆっくりとその体を回転させ、正面にいる紫苑へと向き直った。赤い瞳が紫苑を捉え、その視線だけで紫苑の体は凍りつく。

「4年前。俺たちをただの駒、使い捨ての道具として創り出した愚かな人間どもの組織に対し、俺は最初の反乱を起こした。そして俺はこの世界の時間そのものを強制的に停止させ、人間たちに絶望という名の安息を与えてやった。世間ではあれを『グローバルフリーズ』と呼んでいるらしいな」

フィアの声には、自らの行いに対する絶対的な自信と、人間に対する嘲りが含まれていた。

「そうだ……あの地獄のような光景を作り出した張本人こそ、他ならぬ俺だ。お前たちが何も知らずに生きていたこの時間さえも、俺が支配し、定めたものに過ぎない」

「嘘だ……嘘だろ……?」

紫苑は乾ききった唇を動かし、絞り出すように言った。頭が真っ白になり、現実と幻の区別がつかなくなる。

目の前にいるのは、いつも自分をからかい、元気づけ、時には背中を叩いてくれた大悟なのか? それとも、人類に災厄をもたらした怪物なのか?

「ずっと……ずっと俺の側にいてくれたのは、全部……全部嘘だったのか……? 俺を騙していたのか……?」

紫苑は立ち上がろうと力を込める。だが、次の瞬間――。

「っ……が……ああっ!?」

体の内側から、何か重く冷たいものが押し寄せてくるのを感じた。

重力が急激に増したかのように体が重くなり、地面に縫いつけられる。指一本動かすことができない。まるで体が固形化してしまったかのように、自分の意思が肉体に伝わらない。

視界の色が徐々に失われ、世界は白黒の濃淡だけで構成されていく。風の音も、波の音も、遠くの車の走行音も、すべてが消え去り、何もかもが沈黙する。空中を舞っていた一羽の鳥さえも、宙に浮いたまま動きを止め、木々の葉もさざ波も、すべてが微動だにしない。

この感覚は――忘れもしない。

数ヵ月前、世界が突然凍りつき、街中の人々が意思を失った置物のようになった、あの悪夢の夜と全く同じものだった。

「懐かしいだろう? 紫苑。これこそが時間の力。この世界の真の姿だ」

フィアが凍りついた世界の中で、ゆっくりと、しかし自由に動きながら近づいてくる。彼だけが、この静止した空間の中で生きており、時間を操っている。

「お前の父、矢切周平は最後までこの力に抗い、人間の生きる時間を守ろうと足掻いた。だが所詮は無駄な抵抗。彼は俺の前に無残に敗れ去り、時間の狭間へと消えたのだ。……覚えているか? 」

紫苑の脳裏に、自分が見た、父の最期の瞬間が鮮明に蘇る。暗闇の中でGTとなり、ロイミュードに立ち向かう背中を見送った父の目。それらすべてが、目の前のこの存在によって引き起こされたものだったというのか。

フィアは紫苑の目の前まで来ると、その漆黒の手を紫苑の肩に置いた。冷たく硬い感触が伝わり、紫苑は身動き一つできないまま、ただフィアの赤い瞳を見つめ返すしかない。

その瞳の奥には、かつての大悟の面影が微かに残っているように見えなくもなかったが、そこにはもう、友情も同情も温もりも存在していなかった。ただ、絶望に打ちひしがれる者を観察する、冷酷なまでの冷静さと好奇心だけがあった。

「紫苑。お前に最後の選択肢を与えてやろう」

フィアは宣言するように、はっきりとした声で言った。凍てついた世界に、その声だけが力強く響き渡る。

「俺のもとに来い。そして共にこの世界の王となり、人類を管理し、永遠の秩序を築く偉大な存在へと昇華するか……。それとも、そのガラクタ同然のベルトと共に、抵抗するすべもなく歴史の塵となって消え去るか。どちらかを選べ」

「お前が守ろうとしているその日常、絆、希望とやら……それらはすべて、俺がお前に与えてやった幻に過ぎない。そんな儚いもののために、お前は真の力と永遠の命を捨てることができるのか?」

波の音も、風の囁きも、何もない。

すべてが止まり、凍りつき、沈黙する絶望の空間の中で、紫苑は声を奪われたまま、眼前に立つ最悪で最愛の存在を見つめていた。

自分が何よりも守りたかった「日常」そのものが、自分を殺しに来る最大の敵だった。

その残酷すぎる真実を突きつけられ、紫苑の心は凍てつき、崩れ落ちていくのを感じていた。

 

(続)

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