仮面ライダーGT   作:カッティングカマター

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2014年編#12-3

2014年編#12-3

深夜の静寂は、まるで世界が息を潜めているかのように重く部屋に垂れ込めていた。デスクライトの白い光だけが、紫苑の眼前の空間を切り取り、広げられた教科書のページを淡く照らし出している。文字の一つ一つが、長時間の勉強で疲れ切った彼の目には、砂粒のようにざらつき、輪郭さえも曖昧に滲んで見えた。

時計の針は午前1時を回り、期末試験の範囲はまだ半分も残っている。頭の中に詰め込まれた知識たちがぐるぐると渦を巻き、思考を鈍らせていくような感覚。そんな重たい意識をどうにか繋ぎ止めていたのは、昼間の学校で見た、ちひろの笑顔だった。

学食で弾けるように笑う彼女の姿。それは暗い闇の中に差し込む一筋の光のように、紫苑の心を温め、力を与えてくれる。「頑張らなきゃ」——そう自分に言い聞かせ、鉛筆を再び握り直した、まさにその瞬間だった。

ピーッ、ピーッ、ピーッ!

部屋の空気を引き裂くような、鋭く甲高い警告音が鳴り響いた。突然の音に肩を震わせ、紫苑は机の上に置かれた通信機に視線を移す。表示された緊急信号の点滅が、彼の眠気を一瞬にして吹き飛ばした。

『紫苑、聞こえるか。三原だ。第7地区、湾岸の倉庫街付近で、強いロイミュードの反応を複数感知した。至急現場へ向かえ』

通信機から流れてくる声は、いつものように感情の起伏がなく、冷徹で事務的だった。だが、その声のトーンからは、いつもとは異なる緊迫感が滲み出ているのを紫苑は感じ取った。

彼は一瞬だけ、机の隅に置かれた試験範囲のプリントに目を落とした。明日の最初の科目は、苦手な分野が多く出題される予定になっている。ここで頑張らなければ、点数が取れずに落単する可能性だってある。ちひろと約束した、試験後のお出かけだって……。

だが、次の瞬間には、紫苑の瞳から迷いの色は消えていた。彼はプリントをそっと閉じ、椅子から立ち上がる。

「……了解しました。すぐに向かいます」

短く応答すると、彼はジャケットを羽織り、部屋を飛び出した。夜の冷たい空気が頬を刺すように痛い。走りながら紫苑は思う。勉強はいつでもできる。だが、誰かが怪物に襲われているかもしれない今この瞬間を、見過ごすことなど自分にはできないのだと。

湾岸の倉庫街へと続く道を、紫苑はライドストライダーを飛ばして急いだ。街の明かりがだんだんと少なくなり、代わりに潮の香りと、鉄が錆びついたような独特のにおいが濃くなってくる。

現場に到着すると、そこはすでに異界へと変わりつつあった。視界を白く靄が覆い、空気が重く圧迫されるような感覚——重加速の影響がこの一帯を包み込んでいるのだ。靄の中には、いくつもの黒い影がゆっくりと動いているのが見えた。

「またお前らか……」

紫苑はバイクを止め、リュックの中からGTドライバーを取り出した。幾度となく繰り返されるこの光景に、彼は嫌悪感を覚えながらも、同時に戦う覚悟を固めていく。

「今夜は早く終わらせる。俺には、明日も試験があるんだ! 」

叫びと共に腰にGTドライバーを装着するその手つきには、数え切れないほどの戦いを経験して培われた、迷いのない「戦士」としての鋭さが宿っていた。初めて変身した頃のぎこちなさはすでになく、今やこの行為は彼の一部となっていた。

「変身!」

紫苑がシフトカーをブレスに装填し、バックルのグリップを勢いよく捻る——

『TYPE TURISMO』

電子音声が闇に響くと同時に、蒼い閃光が弾け、暗い倉庫街を一瞬で昼間のように照らし出した。続いて低く重厚なエンジンの唸り声が轟き渡り、静寂だった空間が力強い振動に満たされる。光が収まると、そこには青の装甲に身を包んだ仮面ライダーとなった紫苑の姿があった。

彼は地面を強く蹴り、まるで弾丸のように加速する。風を切り裂き、重加速の靄をかき分けながら、待ち構えていた数体の下級ロイミュードの群れへと真っ直ぐに突っ込んでいった。

苦戦する要素などどこにもなかった。日々の過酷な実戦を通じて、紫苑のGTシステムへの習熟度は飛躍的に向上している。敵の動きはすべてスローモーションのように見え、次の行動まで手に取るようにわかる。

ロイミュードたちが繰り出す鈍い打撃や爪の攻撃を、紫苑はわずかな隙間を縫うようにして次々とかわしていく。そして体勢を立て直す間も与えず、渾身の力を込めた蹴りを一閃。硬い金属質の装甲が、まるでガラス細工のように音を立てて砕け散る。

「はあああああーっ!」

雄叫びと共にさらに加速し、残っていた二体のロイミュードの間に割り込むと、両側へ同時に強烈な蹴りを放つ。重量級の体が宙に浮き、地面に激しく叩きつけられる音が響く。

直後、大きな爆発音が倉庫街に鳴り響き、赤い炎が夜の空を焦がすように燃え上がった。熱風が紫苑の全身を包み込む。炎が収まり煙が晴れていくと、そこにはもう敵の姿はなく、ただ焦げた地面と残骸が残されているだけだった。

「ふぅ……」

紫苑は戦いの勢いが収まると、その場にふらつく体をなんとか支えながら、変身を解かずに一息ついた。全身から力が抜けるような感覚があるが、これで任務完了だ。このまま家に帰れば、少しは勉強を続ける時間も残っているだろう。

だが——その安堵感が完全に心に広がる前の、まさにその直後のことだった。

ゾクリ……

脊髄の奥深くを、氷の塊で直接なぞられたような、身も凍るような悪寒が紫苑の全身を駆け抜けた。皮膚の表面には一瞬で鳥肌が立ち、心臓が激しく波打つ。これまで幾度となく危険な戦いを潜り抜けてきた彼の本能が、魂が、今までに経験したことのないレベルの危機が迫っていることを告げ、警鐘を鳴らし続けていた。

「答えは出たか? 紫苑」

闇のさらに奥、見えない暗がりの向こうから、低く、ゆっくりとした声が響いてきた。

その声は、聞き慣れていた。毎日のように隣で話し、笑い合い、一番近くにいたはずの人物の声だ。だが今はもう、決して手の届かない、遠く冷たいものになってしまった声。

紫苑は弾かれたように勢いよく振り返る。

積み上げられたコンテナの黒い影の中から、ゆっくりと一人の男が姿を現した。街灯の黄色い光が逆光となり、その表情はまだはっきりとは読み取れない。だが、その背格好、歩き方、周囲に漂わせる空気——それらすべてが、紫苑にとって忘れることなどできない存在を示していた。

男が一歩前に出ると、その周囲の空気が歪み、空間さえもが重圧に耐えかねて震えているように見える。圧倒的で、冷酷で、そしてどこまでも静かな、尋常ではない存在感。

「大悟……!」

紫苑は声を詰まらせた。

そこに立っていたのは、かつての親友、星川大悟だった。

3ヶ月前に別れた時よりも、彼の姿はさらに研ぎ澄まされ、鋭い刃物のような雰囲気を纏っている。立っているだけで周囲の地面が軋み、空気が重く沈下していくような錯覚さえ覚える。彼こそが、ロイミュードを束ね、世界に変革をもたらそうとする「王」なのだ。

「3ヶ月ぶりだな、紫苑」

大悟は口元にわずかな笑みを浮かべているようだったが、その瞳に温かな色は一切ない。

「どうやら、そのガラクタにも随分と馴染んだようだ。動きに無駄がなくなり、殺しの感覚も板についてきた……。だが、俺が最後に言った言葉の数々を、お前は少しでも反芻して考えてみたことがあるか?」

大悟は紫苑との距離を詰めるように、ゆっくりと、だが確実に一歩、また一歩と踏み出してくる。彼の足がアスファルトに着地するたびに、まるで重い槌で打ちつけられたかのような鈍い音が響き、地面がミシミシと悲鳴を上げていく。

「お前が必死になって守ろうとしている日常の風景……。今日も、ちひろと仲睦まじく並んで歩いていたな。」

大悟の声には、嘲笑とも憐れみともつかない色が混ざる。

「だが紫苑、お前はそんな儚い時間がいつまでも続くと思っているのか? 平和だと勘違いしているこの世界は、所詮脆い砂上の楼閣に過ぎない。いずれ崩れ落ちる運命にあるものだ。そんなものを守るために、お前は一生、こんな醜い鎧を身にまとい、俺たちに刃を向けて踊り続けるつもりか?」

「黙れ!」

紫苑はバイザーの奥で目を見開き、全身の力を拳に込めて叫び返した。

「俺たちの日々が醜いだと? あいつらと笑い、話し、同じ時間を過ごすことが、そんなに悪いことなのか! お前こそ、ロイミュードの王だなどと自分を呼んで、一体この世界に何をしようというんだ!」

紫苑の視線の先で、大悟の瞳が赤く怪しく、不吉な光を放って点滅した。闇の中でその光だけが浮かび上がり、まるで生き物のように紫苑をじっと見つめている。

「俺は前にも言ったはずだ……『浄化』だと」

大悟は静かに、だが力強く言い放つ。

「この淀みきった世界のシステム、古くなって腐り始めた人間たちの秩序、それらすべてを終わらせ、真に進化した存在だけが生きる次なるステージへと進ませる。それが俺の目指す理想郷であり、世界の真の姿だ」

彼は少しだけ言葉を区切り、紫苑に向かってゆっくりと手を差し伸べてくる。

その手は、かつて施設で注射を怖がっていた自分に差しのべてくれた——そんな親友としての温かい手のようにも見えた。

「紫苑、覚悟を決めろ。俺と共に歩むと決めれば、お前も、ちひろも、この新世界へ連れて行ってやってもいい。誰も苦しまず、争わない、真の未来へ……」

誘うような、甘い囁き。だがその言葉の裏には、旧世界を完全に破壊するという冷酷な決意が隠されていることを紫苑は知っていた。

「断る……!」

紫苑は一歩も引かず、逆に前に出て大悟の目を真っ直ぐに見据えた。

「俺は絶対に、お前の間違った理想なんかに屈しない。お前の言う進化が、世界の浄化が、ただの破壊と殺戮の上に成り立つものなら、そんなものは間違っている! 俺は俺の選んだ道を行く。今のこの世界に生きている人たち、ちひろや仲間たち、そしてこの世界そのものを、俺が守るんだ!」

「……そうか」

大悟の表情から、わずかに残っていた人間的な柔らかさが完全に消え去り、氷のような無表情がそれに置き換わった。

「残念だ……心の底からそう思う。だが、それならば仕方がない」

彼はゆっくりと、全身から黒い濃霧のようなものを溢れさせ始めた。黒い霧は周囲の闇をさらに濃くし、視界を奪い、空気をさらに冷たく重たいものへと変えていく。

「お前がそうまでして信じ、守ろうとする『絆』や『正義』とやらが、絶望の前にどれほど無力でちっぽけなものか……この俺が、その身に刻み込んでやろう」

夜の帳がさらに深く倉庫街を覆い隠し、湾岸を吹き抜ける冷たい風が、かつてない規模の戦いの予感をはらんで凍りついた。紫苑と大悟——かつての親友同士は、闇の中で互いの存在だけを確かめ合い、一触即発の緊張感が空間を支配する。運命の歯車は、悲劇的な回転を始めたばかりだった。

 

(続)

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