仮面ライダーGT   作:カッティングカマター

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2014年編#12-4

2014年編#12-4

湾岸の倉庫街一帯を包み込むように漂っていた潮風と静寂は、今や完全に掻き消され、生暖かく重たい空気が辺りを満たしていた。

漆黒の霧が形作ったフィアロイミュードの巨体は、まるで大地そのものから生まれ出た災厄のように、紫苑の前にどっしりと佇んでいる。その全身から発せられる圧力は、空気を歪め、周囲のコンクリートの地面さえも微かに震わせるほどだった。

「フィア……!」

紫苑は絞り出すような声でその名を呼び、地面に強く足を突き立てた。3ヶ月前、自分はこの存在に為す術もなく打ちのめされ、ただ無力に倒れ伏すことしかできなかった。あの屈辱と恐怖は、今でも鮮明に身体の奥底に刻み込まれている。

だが、あれからの日々は決して無駄ではなかった。三原と共にGTシステムの調整を何十回と重ねた。実戦を積み、数多の下級ロイミュードを相手に、己の身体とシステムの同調率を高め続けてきた。自分の力は、確実に、以前とは比べものにならないほどに進化しているはずだ。

——今の俺なら、きっとやれる。あの時の借りは、必ずこの拳で返してやる。

紫苑はそう自分に言い聞かせ、全身の神経を研ぎ澄ます。

「はあああぁっ!」

叫びと共に、彼の身体は蒼い閃光と化し、瞬く間にフィアロイミュードの懐へと飛び込んだ。加速によって空気が裂ける音が響き、放たれる拳の一発一発が、空気を砕き、衝撃波を生み出す。胸元を狙った超高速の連撃は、どれもが必殺の破壊力を秘めている。

だが——

フィアロイミュードは、そのどれもをまともに受けようとはしなかった。まるで紫苑の動きが最初から見えきっていたかのように、巨大な体躯を微かに揺らすだけで軌道をずらし、時にはただ片手の掌を向けるだけで、渾身の拳の力を右から左へと流していく。

まるで、子供が突いてくる綿のような拳を受け流すかのような、あまりにも余裕のある動きだった。

「無駄だ。紫苑、お前は何も分かっていない。根本的な誤解をしている」

低く、重く、それでいてどこか悲しみを帯びた声が、紫苑の耳に届く。

「何を……っ、何を訳の分からないことを!」

紫苑は焦りを覚えつつも、攻撃の手を緩めることなく、勢いをつけた回し蹴りを横面から叩き込もうとする。だがその蹴り足が届く寸前、フィアはわずかに上体を反らしてそれを回避し、次の瞬間には空いた紫苑の脇腹へと、指先一つで突くような鋭い一撃を放った。

「ぐはっ……!」

装甲を内側から突き破るような衝撃が走り、紫苑は呼吸困難に陥りながら、身体の制御を失った。彼の体はコンクリートの地面を激しく擦り、火花を散らしながら数メートルも滑走し、ようやく壁際で停止する。

口の端から血が一筋流れ落ちる。予想だにしない圧倒的な力の差。だが紫苑は、ここで倒れるわけにはいかないと、痛みに顔を歪めながらも、自らの身体を無理やりに立ち上がらせた。

「まだだ……なら、これならどうだ!」

彼はベルト部分のブレスから、通常使用していた青いシフトカーを抜き取り、代わりにオレンジ色のシフトカーを取り出した。

 

力任せにブレスへと押し込むと、機械音声が戦場に響き渡る。

『TYPE AEGIS』

瞬間、紫苑を覆っていた蒼い装甲がバラバラと弾け飛び、代わりに重戦車のそれを彷彿とさせる、肉厚で分厚いオレンジ色の重装甲が彼の全身を隙間なく包み込んだ。重量は通常形態の三倍以上にもなり、機動力は犠牲になる代わりに、攻撃力と防御力はシステムの限界まで高められる。

手元には、地面を抉るほどの重量を持つ長大な武器——イージスシャフトが出現した。

「喰らえ!」

紫苑は足元のコンクリートを砕き、地面に亀裂を走らせるほどの勢いで踏み込むと、全身の力をシャフトに集約し、フィアロイミュードの頭上、脳門目がけて渾身の一撃を振り下ろした。これまでのどの攻撃とも比較にならない、必殺の一撃だ。

だが——

「……それがお前の、全力か」

フィアロイミュードは、その巨躯に似つかわしくない静かな声で呟くと、振り下ろされるイージスシャフトに向かって、ただ右腕を真っ直ぐに差し出した。

まさか、受け止めるつもりなのか。そんなことができるはずもない。紫苑は更に出力を上げ、シャフトを押し込む。

金属同士が激突する、耳をつんざくような鈍い音が響く。だが次の瞬間、紫苑は自身の感覚を疑った。

——動かない。

どれほど力を込め、悲鳴を上げるほどにシステムを稼働させても、イージスシャフトはフィアの掌に接した地点から、わずか一ミリたりとも沈み込まなかった。まるで大地そのものに矛先を突き立てようとしているかのような、絶対的な硬さと不動性がそこには存在していた。

「お前はまだ、本当の絶望を知らない。今のお前に、それに直面する覚悟があるか?」

「な……っ!」

フィアは掴んだイージスシャフトを軽々と持ち上げ、そのままシャフトの先端にぶら下がる形になった紫苑の重装甲の体さえも、まるで何の重さも感じさせぬ様子で持ち上げてみせた。

そして次の瞬間、まるで子供の遊び道具を放り投げるかのような、無造作な動作で紫苑を大きく背後へと投げ飛ばした。

轟音と共に、倉庫の外壁を成していた分厚いコンクリートの壁が、紫苑の体を中心に蜘蛛の巣状に亀裂を走らせ、一瞬にして崩れ落ちる。大量の瓦礫と砂煙が舞い上がり、紫苑の姿はその中へと沈んでいった。

「がは……っ!」

咳き込みながらも、紫苑は瓦礫の山の中から這い出てくる。重装甲のおかげで一命は取り留めたものの、全身の骨が軋み、内臓が締め付けられるような痛みが体中を襲っていた。

「さっきから、何を……何を言ってるんだ! 絶望なんて、お前を倒して終わらせてやる!」

彼は再び立ち上がり、フィアロイミュードに向かって叫び声を上げる。怒りと焦燥が、彼の冷静な判断を奪おうとしていた。

——その時だった。

静まり返った倉庫街に、紫苑が背負っていたリュックの中から、けたたましく、通信機の電子音が鳴り響いた。

ビーッ、ビーッ、ビーッ……

この音を聞いた瞬間、フィアロイミュードの巨体はまるで霧が風に吹かれて消えるように、掻き消えていく。漆黒の粒子が空気中に散らばり、黒いパーカーを着た一人の男——大悟の姿に戻った。

彼は先ほどまでの戦闘的な気配を完全に消し去り、ただ静かに、冷たい瞳で紫苑を見つめていた。その目には、勝利者の驕りや喜びは微塵もなく、まるで取り返しのつかない過ちを犯した者、あるいはこれから破滅へと進もうとする者を見守るような、深く、重い寂しさが湛えられていた。

「俺がお前に告げた言葉を覚えているか。『日常こそ最も醜い嘘』——だと」

大悟はゆっくりと口を開き、低い声で続けた。

「その通信機から聞こえてくる着信こそが、お前がこれから直面する、本当の絶望だ。……お前に、それを聞く覚悟があるのなら、出てみろ」

彼は紫苑に対して追撃を行う様子もなく、ただその場に立ち尽くしている。風が二人の間を吹き抜け、崩れた壁の瓦礫をカラカラと転がす音だけが響く。

紫苑は背筋を冷たいものが伝うのをはっきりと感じた。なぜ大悟は戦いをやめたのか。なぜこれほどまでに悲しげな表情をしているのか。そして、このタイミングでかかってきた電話には、一体何が——

嫌な予感が、心臓を鷲掴みにする。

紫苑は震える指で、ブレスのシフトカーを引き抜いた。オレンジ色の重装甲が光の粒子となって解け、彼を装甲から解き放つ。元の大学生の姿に戻った彼は、急いでリュックの中から鳴り続ける通信機を取り出した。

ディスプレイには、発信者の名前が赤い文字で点滅していた。

《三原》

唇を噛み締めると、皮が破れて血が滲んだ。紫苑はその痛みも感じないまま、決然とした表情で通話ボタンを押し、端末を耳に押し当てる。

『……紫苑……聞こえるか……』

端末の向こうから聞こえてきたのは、いつもの冷静沈着な司令官としての三原の声ではなく、紫苑がこれまで一度も聞いたことのないほど張り詰め、凍てつくような緊張感に満ちた声だった。

『よく聞け、紫苑。今……監視員が……西城ちひろを包囲した……』

(続)

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