仮面ライダーGT   作:カッティングカマター

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2014年編#13-6

2014年編#13-6

エリア0。

かつて世界が静止し、文明の鼓動が止まったその爆心地には、今もなおグローバルフリーズの凄惨な爪痕が、癒えることのない傷口のように深く刻まれていた。

 

空を覆うのは鉛色の雲ではなく、いつも赤黒く濁った大気。崩れ落ちた高層ビルの鉄骨は、まるで大地に突き刺さった巨大な骨格のように剥き出しになり、その隙間からは枯れ果てた雑草がわずかに生えているだけ。道路は亀裂だらけで、あちこちに転がる瓦礫や変形した車の残骸が、かつてここに人間の営みがあったことを無言のうちに証明している。風が通り抜けるたび、建物の隙間からは低い、うめくような音が響き、この地がいまだに癒えることのない痛みを抱えていることを告げていた。

夜が訪れると、様相はさらに一変する。空高くに浮かぶ月は、まるで血を注いだかのような不吉な紅い光を放ち、廃墟の街並みを赤く染め上げる。その光の下では、すべての影が濃く長く伸び、まるでこの地に眠る亡霊たちが這い出そうとしているかのようだ。

この世界の特異点――すべての災厄の中心地と呼ばれる場所へ、紫苑は一歩ずつ足を踏み入れていた。

彼の足元には分厚いコンクリートの破片や錆びついた鉄くずが積もっており、一歩進むごとにガラガラと乾いた嫌な音が響く。緊張感が空気を張り詰めさせ、呼吸するたびに冷たい大気が肺の奥まで染み込み、体の芯まで凍てつくようだった。紫苑は無意識に拳を強く握りしめ、手のひらに爪が食い込むほどに力を込める。その指先には、これまで数々の戦いを共にし、多くの仲間と別れ、そして最愛の人を失ったという重みが確かに宿っていた。

視線を上げると、見えてきた。

エリア0の中心部、最も高く積み上げられた瓦礫の山の頂上に、黒い影が一つ、ゆったりと腰を下ろしている。

紅い月を背中に受け、シルエットだけでもその圧倒的な存在感が伝わってくる。まるで世界そのものを支配するかのような、傲岸で冷たい雰囲気。紫苑はその姿を一目見ただけで、全身の血が沸き立つような、それでいて凍りつくような感覚を覚えた。

間違いない。あれがすべての元凶であり、自分がこれから対峙するべき相手――大悟にして、漆黒の王フィアロイミュードであった。

フィアはゆっくりとこちらを振り返った。その瞳はまるで底の見えない闇のように深く、紫苑の心の奥底まで見透かすような鋭い光を湛えている。

「来たな、紫苑」

低く、よく響く声が夜の静寂を切り裂く。その声には喜びとも、驚きともつかない、奇妙な響きが含まれていた。

「……やはり、お前は俺の期待を裏切らない。どんな絶望的な状況に置かれようとも、こうして俺の前に立ちはだかってくる。」

フィアはゆっくりと立ち上がる。身長が急に伸び上がり、闇よりもなお濃い黒いオーラが彼の体から立ち昇るのが見えた。空気が歪み、周囲の瓦礫が微かに震える。彼の肉体は瞬く間に人間の姿を脱ぎ捨て、漆黒の鎧身を纏った王――フィアロイミュードへと完全に変貌を遂げた。その姿は荘厳であり、同時にあまりにも凶悪であり、人間の手に負える存在ではないことを視覚的に告げていた。

紫苑はただ黙って、眼前の巨悪を見据えていた。悲しみも、怒りも、恐れも、すべてを一点に集約し、彼の意識はただ一つの目的のために研ぎ澄まされていく。彼は腰に提げたGTドライバーに手をかけ、指でその表面をなぞった。これは彼の力の源であり、同時に彼自身の運命と深く結びついた装置でもあった。

深呼吸を一つ。紫苑は迷いを断ち切り、GTドライバーを力強く起動させた。

「変身……!」

 

機械的な起動音が廃墟に響き渡る。

『TYPE TURISMO』

電子音声が告げると同時に、紫苑の体は激しい光に包まれた。紺碧に輝く装甲が彼の体を覆い、超高速機動戦闘用のフォルムが形作られていく。火花が四方に飛び散り、重厚な金属音が連続して鳴り響く。装甲は流れるような曲線を描き、空気抵抗を最小限に抑えつつ、一点集中型の攻撃力を最大限に引き出す構造。これこそが紫苑の選んだ形――速さと破壊を兼ね備えた、彼自身の象徴であった。

変身が完了すると同時に、両者の間に漂っていた緊張感は臨界点を突破した。言葉を交わす必要などなかった。互いの存在がすでに敵対行為であり、戦うこと以外の道など最初から存在しなかったのだ。

最初に動いたのはフィアだった。漆黒の体が闇に溶け込むようにして瞬間的に移動し、右の鉤爪が紫苑の頭上へと振り下ろされる。紫苑もすかさずその場を高速移動でかわし、代わりに左の拳をフィアの胴体へと叩き込む。

ガキィン!

金属同士が激突する耳をつんざくような音が響き、衝撃波が周囲の瓦礫を吹き飛ばす。直径数十メートルにわたって地面が抉られ、砂塵が舞い上がる中、紺碧と漆黒の閃光が至近距離で激しくぶつかり合う。二人の動きはあまりにも速く、残像すら残らない。ただ闇の中で光の筋が交差し、そのたびに大きな爆発音が轟くだけだ。

攻防が数十回交わされた後、一時的に両者は距離を取り、互いに呼吸を整えるように対峙する。

紫苑の装甲にはすでに細かい傷が無数に刻まれ、所々から火花が散っている。フィアの体も完全無傷というわけにはいかず、紺碧の拳が当たった箇所からは微かな黒い霧のようなものが漏れ出していた。

だが、力の差は歴然としていた。フィアはまだ本気を出していない。それが紫苑には痛いほどわかっていた。

「お前たちは……一体何を企んでいる!」

紫苑は胸の内に渦巻く激情を、言葉に変えて吐き出した。その声は装甲のスピーカーを通して、怒りと悲しみに震えながら響く。

「なぜちひろを……! なぜ罪のないたくさんの人たちを巻き込んだ! お前たちに何の理由があって、こんなにも多くの者の人生を踏みにじり、奪うことができるんだ! なぜこんな残酷な真似をする必要があった!」

口にするたびに胸が締め付けられ、まるで血を吐くかのような叫び。ちひろの最期の姿、苦しむ多くの人々の顔が次々と脳裏をよぎり、紫苑の心は怒りと悲しみで張り裂けそうになる。

そんな紫苑の叫びに対し、フィアはただ冷ややかな視線を向けるだけだった。彼はゆっくりと右腕を持ち上げ、その鉤爪で自分の胸元を叩く。

「俺は、お前に言ったはずだ」

フィアの声は凍てついた氷のように冷たく、感情というものがまるで感じられない。

「俺はロイミュードの王として、この腐敗しきった歪んだ世界を浄化する。それが俺の使命であり、俺の存在理由だ」

フィアは一歩踏み出すごとに、紫苑に対して圧力をかけてくる。

「紫苑、俺がこれほどまでにお前に執着し、お前を生かしてきた理由を知っているか? それは他でもない、お前が数多く存在するロイミュード関係者の中でも、最も特別な因果の中に生きているからだ。お前には素質がある。俺の理想とする新しい世界を共に築き、そしてその世界を統べる王となる、それだけの資格と器がお前には備わっている」

「戯言を……!」

紫苑が反撃に出るが、フィアは軽く腕を払うだけでそれを受け流し、逆に重厚な一撃を紫苑の装甲に叩き込む。ガシャンと嫌な音がして、紫苑の体は大きく後ろに弾き飛ばされ、瓦礫の山を数メートルも転がった。

フィアはゆっくりと近づき、倒れた紫苑の前に立つと、彼を見下ろしながらさらに言葉を続ける。その言葉は一つ一つがナイフのように鋭く、紫苑の心の奥深くに突き刺さってくる。

「知りたいか? 俺たちの真の姿、そしてこれまでの行動の真の意味を」

フィアは低く笑った。

「ロイミュードとは、そもそも何者なのか。答えは単純だ――俺たちは人間が生み出したものに他ならない。ロイミュードの核と、それに適合する特殊な素質を持った人間の細胞、その二つが完全に融合した存在……それこそが俺たちの真の姿だ」

紫苑は息を呑む。それは想像もしていなかった事実だった。

「俺たちはな、無闇矢鱈に人を襲って回っていたわけではない。」

フィアの言葉は続く。

「生身の人間を殺すことに何の意味がある? 俺たちが行ってきたのは、より多くの、より質の高い人間の体細胞へ、ロイミュードの核を効率的に定着させ、ゆっくりと内側から侵食を進めること。人間は殺す対象ではなく、種を植え付けるための器そのものだ」

あまりにも残酷な事実に、紫苑は言葉を失う。

「そして、お前が最も知りたいことを教えてやろう、紫苑」

フィアは紫苑の反応を楽しむかのように、ゆっくりと口を開く。

「矢切周平……」

 

紫苑の心臓が激しく鼓動する。嫌な予感が全身を駆け巡り、まるで氷水を浴びせられたような感覚に襲われる。

フィアが口にしたその名前は、紫苑にとって忘れることのできない、最も遠くて最も近い存在。

「お前の父親だよ、紫苑。あの男こそが、最初にロイミュードに関する理論を完成させた張本人だ」

――ガツン。

紫苑の思考が一瞬にして停止した。頭の中が真っ白になり、体の力が抜けていくのを感じる。父親が……? 自分がこれまで戦ってきたすべての敵の起源が、自分の父だというのか?

その衝撃はあまりにも大きく、紫苑の体からわずかな隙が生まれた。

「そしてお前も例外ではない」

フィアはその隙を決して逃さなかった。一歩踏み込み、鉤爪を紫苑の胸元へと突き立てる。装甲が軋み、亀裂が生じ、内側の体へとその刃が届く。紫苑は苦痛に顔を歪め、後方に吹き飛ばされる。

「お前も俺やちひろ、その他の適合者たちと同じ『種』なんだよ」

フィアは高らかに宣言する。

「そしてお前も……俺やちひろと同じ『種』なんだ。ロイミュードの因子を、その血の中に受け継いだ存在なのだ。お前がGTを使いこなせるのも、適合率が異常なのも、すべてはお前が人間ではない証拠だ! 一緒に来い、紫苑。この腐った人類を、我らと同じ完璧な存在に変えようじゃないか!」

立ち上がろうとする紫苑に、フィアはさらに言葉を重ねる。

「目を覚ませ、紫苑! お前は人間側に立って俺たちを排除しようとしているが、そもそもお前は俺たちと同じ側の人間なのだ。いや、人間ですらない。俺と共に来い。俺たちと共に、この愚かで醜く、それでいて脆く崩れやすい人類を、俺たちと同じように完全で永遠の存在へと生まれ変わらせるのだ。それが世界にとっても、人類にとっても、真の救済となるだろう!」

フィアが渾身の力を込めた一撃を放つ。紫苑は防御態勢を取る間もなく、その直撃を受ける。

バキバキバキッ!

GTドライバーで変身した紺碧の装甲に大きな亀裂が走り、マスクの部分が粉々に砕け散った。破片が辺りに飛び散り、月光の下できらきらと光る。

砕けたマスクの隙間から、紫苑の素顔が露わになる。

そこに現れたのは、絶望に打ちひしがれ、ただ悲しみにくれるだけの若者の顔ではなかった。数々の苦難を乗り越え、真実を知り、それでもなお前に進もうとする男の、凛とした貌であった。その瞳の奥には深い悲しみを宿しながらも、それを上回る強い意志の炎が燃え上がっている。

紫苑は自分の体から流れ出す鮮血に目もくれず、ただ静かに、だが明確に首を横に振った。

「ちひろは……」

紫苑の声は低く、地面から湧き上がるように響く。

「ちひろはお前たちに操られて死んだんじゃない。あの子はどんな姿に変わろうとも、何になろうとも、最後の瞬間まで、俺が愛したちひろ自身だったんだ……! お前たちの理想など、あの子の尊厳も、愛も、何一つ汚すことなどできない!」

フィアの表情がわずかに歪む。

「俺の体の中に何が混ざっていようと、俺の親父が過去にどんな罪を犯し、何を生み出したのか……そんなことはもはや関係ない」

紫苑はゆっくりと立ち上がり、砕けたマスクの向こうからフィアを真っ直ぐに見据える。その目には一片の迷いもない。

「俺はここにいる。俺はこの目で見て、この心で感じて、自分が何者であり、何のために戦うのかを知っている。たとえ体の半分がお前たちと同じ存在だったとしても、俺の心は……俺が生きてきた証は、紛れもなく人間だ!」

彼はGTドライバーに手をかけ、最後の宣言をする。

「俺は今この瞬間から、この身を捧げてでも人間としてお前を止める。そして、俺が愛し、俺が守りたいと願ったすべての人たちのために、お前の野望を打ち砕く!」

『FULL THROTTLE!』

紫苑はGTドライバーの奥深くに存在する最後のリミッターを、自らの命を対価として解除した。

瞬間、彼の視界には赤い文字でカウントダウンが浮かび上がる。これは時間の残りを示す数字であり、彼が生きられる時間の限界を刻む針でもあった。

GTシステムは本来の出力を大幅に超過し、紫苑の体を黄金色の光が覆い始める。紺碧の装甲は高熱によって赤熱化し、今にも溶け落ちそうになりながらも、眩いばかりの輝きを放つ。まるで夜の闇の中に小さな太陽が出現したかのようだ。

その光はあまりにも強く、フィアの漆黒の体さえもその輪郭を曖昧にするほどであった。

紫苑の通信機からは、三原の必死の声が届いていた。彼は遠隔地からこの状況をモニターし、システムの数値の異常さに驚愕していた。

『まさかあいつ、フレアフェイズを意図的に……!?』

三原の声は震え、悲痛な叫びとなって紫苑の耳に届く。

『紫苑、やめろ! 絶対にそれを使ってはいけない! フレアフェイズはシステムだけでなく、お前の肉体までもが分子レベルで崩壊するほどのエネルギーを放出する! 聞こえないのか、紫苑!? 止まれ!紫苑!』

紫苑はその警告に対して、何の応答も返さなかった。ただ、心の中で「ありがとう、三原さん」とつぶやき、通信を一方的に切断する。

彼に残された時間はもうない。選べる道もない。これしかないのだ。

紫苑はフィアに向かって全力で駆け出す。黄金の軌跡を引きながら、瓦礫の山を蹴る。

高熱に晒された彼の肌は溶けはじめ、露出した顔の皮膚は炭化し、その下から白い頭蓋が覗いている。それでもなお、彼の瞳だけは燃え盛るような意志の光を失わず、真っ直ぐに敵を射抜いていた。もはや彼は人間としての形を保つことさえ難しく、生命の限界を遥かに超えた領域へと踏み込んでいた。

「あああああああああぁぁぁーーーっ!!!」

紫苑は全身全霊を込めて叫ぶ。魂を削り、命を燃料に変え、ただ一つの目標――フィアロイミュードの核を目がけて突進する。

視界の端で、無慈悲なカウントダウンの数字が刻まれ続ける。

 

00.00.05.47

(父さん……)

 

00.00.04.38

(美穂……)

 

00.00.03.32

(悠真……)

 

00.00.02.46

(朔也……)

 

00.00.01.36

(ちひろ……)

 

紫苑はこれまで自分が出会い、共に時間を過ごし、愛した人たちの名前を一つ一つ心の中で呼び、その思い出すべてを力に変える。悲しみも、喜びも、後悔も、感謝も、すべてが彼の体の中で一つに融合し、莫大なエネルギーへと昇華される。

フィアは迫り来る黄金の光の柱を見て、初めて恐怖とも驚きともつかない表情を浮かべた。彼は即座にありったけの力を込めて紫苑を迎え撃とうとするが、もはやその時は遅かった。

紫苑はフィアの体へと、文字通り全身全霊を打ち込んだ。

 

00.00.00.00

 

エリア0の中心地に、まばゆいばかりの光が炸裂した。

それはまるで地上に新しい太陽が出現したかのような光景であり、赤黒かった空も、崩れかかった建物も、すべてが一瞬にして純白の光に包まれる。巨大な光柱が天に向かって立ち昇り、漆黒の闇を薙ぎ払い、長きにわたってこの地を覆っていた血塗られた過去の残滓を焼き尽くし、浄化していく。

轟音が鳴り響き、衝撃波が廃墟の街を駆け抜け、老朽化した建物の多くはこの最後の爆発によって完全に崩れ去った。だがその光は破壊だけをもたらすのではなく、どこか神聖で、すべての終わりと始まりを告げるような、暖かな性質を帯びていた。

数分にもわたって光は輝き続け、やがてゆっくりと収まっていった。

すべてが終わった後のエリア0には、再び深い静寂が戻ってきた。

廃墟の山々は以前と変わらずそびえているが、その空気はわずかに澄み、不吉な雰囲気は少しだけ薄れているように感じられた。

やがて東の空が白み始める。

誰にも知られることなく、誰にも看取られることのなかった戦いの結末を告げるように、柔らかな朝焼けの光がエリア0の大地をゆっくりと、そして優しく照らし始めた。

赤かった月はすでに沈み、代わりに希望に満ちた光の筋が、長かった夜が明けたことを告げていた。

――2014年編 完

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