2019年編 #1-5
ある春の夕暮れ時、街並みは、茜色の夕日に包まれてどこか穏やかな雰囲気に満ちていた。駅へと続く道には、仕事帰りの人々や学校帰りの子供たちの姿があり、笑い声や話し声が絶え間なく響いている。だが、東美穂にとってこの時間帯だけは、他の誰とも違う色に見えていた。
彼女はオフィスビルを出ると、重たい荷物を持つ手に力を込め、ゆっくりとした足取りで人混みの中を進んでいく。5年前、2014年のあの日から、夕暮れという時間が彼女の中で特別な意味を持つようになっていた。太陽が沈み、辺りが次第に暗くなっていく様子は、まるで自分の世界が再び闇に飲み込まれていくかのような、息苦しい恐怖を呼び起こすのだ。
「……また、考えてしまってる」
美穂は自分の頬を軽く叩き、気持ちを切り替えようとする。あの時、自分の目の前で大悟が姿を変え、紫苑が戦い、そして光の中へと消えていった――そんな悪夢のような出来事は、もう過ぎたことのはずだ。街には平穏な日々が戻ってきているように見えた。けれど、心の奥底に刻まれた傷は、いつまでも癒えることなく残り続けていた。
その時、人々のざわめき、自動車の走行音、風が木々をそよぐ音……それらすべてが、突然、ぴたりと消え失せた。
まるで世界全体が厚い氷の中に閉じ込められたかのように、空気が重く淀み、視界がわずかに歪む。美穂の心臓が激しく脈打ち、体が凍りつくように動かなくなる。
「……あ……っ」
喉の奥から声を出そうとしても、それはかすれた息にもならず、ただ悲鳴がその場で凍りついていく。この感覚、この圧迫感――間違いない。5年前、自分の人生を根本から打ち砕いたあの現象、「重加速」が再び発生したのだ。
時間の流れが極端に遅くなり、まるで泥の中を進むような感覚の中で、美穂は必死に周囲を見回す。人々はその場で固まり、表情も動きも一切ない。世界から生命の息吹が消え去り、冷たい沈黙だけが支配していた。
そして、路地裏の暗い影の中から、カチャ、カチャ……という無機質で冷たい金属音が近づいてくるのが聞こえた。
一歩、また一歩と、重い足取りで姿を現したのは、全身が硬質な金属の体に覆われた異形の存在――ロイミュードだ。その姿を見た瞬間、美穂の頭の中には、5年前に大悟がこの姿へと変貌していく光景が鮮明に浮かび上がる。あの絶望、あの無力感、すべてが一気に押し寄せ、彼女は恐怖に身を震わせた。
ロイミュードは赤く光る電子の瞳で美穂をじっくりと捉え、ゆっくりと鋭い爪を持ち上げていく。その動きには感情も容赦もなく、ただ目的を遂行するための機械的な冷酷さだけが宿っていた。
「きゃっ……! 嫌……来ないで! 助けて、誰か……っ!」
美穂は両手を前に出して拒絶しようとするが、重加速の影響で体は思うように動かない。目の前に迫る死の影。あの夜も自分はただ立ち尽くし、大切な人たちが傷つき、消えていくのを見ていることしかできなかった。今回も同じなのだ。自分には何もできない、ただ運命を受け入れるしかないのだ――そう観念し、美穂は固く目を閉じた。
だが、次の瞬間、世界は一変した。
キィィィィィィィィッ!!
重加速によって淀んだ空気を引き裂くような、耳をつんざくほどの大きな排気音が路地中に響き渡った。まるで長い間止まっていた時計が突然暴走したかのような、衝撃的な音だった。
驚いて目を開けた美穂の視界の端を、一筋の青い光が駆け抜ける。それは流れるような流線型の車体を持った新型のバイク――ライドストライカーだ。凄まじいスピードで突っ込んできたそのバイクは、鮮やかなブレーキングと共に地面に火花を散らし、ロイミュードの前を横切るようにして急停止した。
「危ないから、下がってろ」
バイクから飛び降りてきたのは、まだ19歳という若さの青年だった。少しあどけなさを残した顔立ちながらも、その瞳はまっすぐにロイミュードを見据え、鋭く冷徹な光を宿している。
彼の名は刈谷蒼。S.H.I.F.T.のもとで新たに戦う力を得た、次世代の戦士だ。
蒼は迷いのない動きで美穂の前に立ち、彼女を背中で守るように位置取る。そして腰元へと手をやり、そこには三原から託された最新型の変身装置、インフェルナスドライバーをしっかりと装着した。彼の一挙一動には、この瞬間のために準備を重ねてきたという確信と覚悟が満ちており、恐怖やためらいといったものは一切見られなかった。
彼は左手に青く光るシフトカーを握りしめる。表面には複雑な回路模様が刻まれ、力強いエネルギーが内に秘められているのが見て取れた。蒼はそれを右手に持ったシフトグリップへと、カチッと音がするまで押し込む。
『MACHINE SET』
機械的な合成音声が周囲に響き渡る。蒼は大きく息を吸い込み、目の前の敵を見据えたまま、低く力強い声で宣言する。
「変身」
その言葉と共に、彼はシフトグリップを強く握り、バックル本体へと装填した。
『INFERNUS BURN UP!』
瞬間、蒼の体を中心に、凄まじい勢いで青い炎が爆発的に噴き上がった。その熱量は周囲の重加速現象すらも焼き尽くすほどに強く、歪んでいた空気が正常な形へと戻っていくのがわかる。炎は渦を巻きながら蒼の全身を包み込み、高温に耐えうる特殊な装甲を一枚ずつ、確実に、そして無慈悲なまでに形成していく。
やがて炎が収まり、そこに新たな仮面ライダーが誕生した。
仮面ライダーインフェルナス。
流れるような紺碧の装甲は風を切り裂き、暗闇の中では緑色の複眼が獲物を見抜くように鋭く輝いている。その姿、そして立ち姿は、5年前にこの街で戦い、人々の希望となった伝説の戦士――仮面ライダーGTをあまりにも鮮明に思い起こさせるものだった。
「……紫苑…?」
思わず美穂が口にした名前。だが、目の前に立つ戦士から放たれる気配は、かつての戦いで紫苑が見せていた、人を守るために戦う悲痛なまでの覚悟とは根本的に異なっていた。それはもっと荒々しく、内側から溢れ出す破壊的な衝動、そして何かを焼き尽くすことで前に進もうとする、激しいまでの意志に満ちていた。
インフェルナスは、一歩前へと踏み出し、青い炎をまとった右の拳をゆっくりとロイミュードへと向ける。緑の瞳には、目の前の敵だけでなく、この世界にはびこる闇そのものを見据えるかのような光が宿っていた。
「お前らは……俺が潰す」
その声には、19歳という若さゆえの制御しきれないほどの力強さと、自分自身の中に欠けている何かを、この戦いを通じて取り戻そうとするかのような切実な願いが込められていた。
かつての仮面ライダーGTが、傷つきながらも「人々を守る」という信念のもとに戦い続けたのに対し、この新たな戦士は「すべてを焼き尽くす」ことで道を開こうとする。S.H.I.F.T.が送り出す新たなる矛であり、人類の生存をかけた答えが、ここに形を成したのだ。
インフェルナスが地面を強く蹴った瞬間、路地裏の気温が一気に上昇する。青い炎の軌跡が闇を焼き払い、凍りついていた美穂の時間が、再び激しく動き出した音が聞こえるようだった。
2014年の悲劇を焼き尽くし、新たな時代を照らし出すための灼熱の物語が、今、この瞬間から始まったのである。
(続)