仮面ライダーGT   作:カッティングカマター

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2019年編#1-6

2019年編 #1-6

 

街を包み込む夕闇が、ビルの谷間を濃淡の異なる紫と藍に染め上げていく。空気はひんやりと冷たく、だがどこか重苦しい湿り気を帯びており、まるで大気そのものが何か巨大な存在に押しつぶされているかのような、独特の圧迫感があった。

 

この街の夕暮れは、5年前から何も変わっていない。

 

かつて、この同じ空の下を、蒼き閃光が駆け抜けた時代があった。人々が希望と絶望のはざまで右往左往し、仮面ライダーGT――鷹宮紫苑が、たった一人で世界の命運を背負って戦った、あの激動の日々。街を彩る夕闇は、今もあの頃と同じ、不気味でありながら息を呑むほどに美しい、危うい色彩を湛えていた。

 

だが、その静けさが永遠に続くはずもなかった。

 

静寂を切り裂いたのは、かつて街を守り抜いた英雄の姿ではなく、若き蒼き炎を身に纏い、新たな時代を背負って立つ一人の戦士の存在だった。

 

『蒼、状況は把握しているな?』

 

通信機器から響く低い声は、S.H.I.F.T.の幹部であり、この作戦の指揮を執る三原彰のものだった。彼の声はいつもの冷静さを保ってはいたが、その奥には抑えきれない緊張感が滲んでいた。

 

刈谷蒼は、ヘルメットの奥で静かに頷き、無線に応答する。

 

「はい。現場は西地区の路地裏。速やかに対処します」

 

『いいか、蒼。今回は正真正銘の本番だ』

 

三原の声が、わずかに厳しさを増した。

 

『これまでの模擬戦闘や、コンピューター上のVRシミュレーションとは、まったくの別物だ。相手は生きた怪物であり、生きた憎悪そのものだ。一瞬の油断、一秒の判断の遅れが、即座に死に直結する。それを肝に銘じろ。気を引き締めていけ』

 

「……分かってます」

 

蒼の声は短く、そしてどこか冷徹なほどに落ち着いていた。

 

「口よりも手を動かして結果を出す。俺のやり方は変わりませんよ、三原さん」

 

通信が途切れるわずかな音を聞き届けると、蒼は地面に目を落とし、軽く重心を落とした。

 

眼前には、重加速の影響で歪み、変色したコンクリートの地面。その先には、異形の姿をさらけ出したロイミュードが、獲物を狙う獣のように身構え、こちらをじっと睨みつけている。周囲には逃げ遅れたらしい一人の女性が壁際にうずくまり、恐怖に凍りついているのが見えた。

 

「行くぞ」

 

低く呟くや否や、蒼は路面のコンクリートを爆発的なまでの力で蹴りつけた。

 

刹那、彼の身体は蒼い閃光となって前方へと跳躍し、ロイミュードの眼前に迫る。戦いの火蓋は、こうして切って落とされた。

 

彼が身に纏うインフェルナスドライバーからは、通常のライダーシステムの規格をはるかに超えた、過剰とも言えるほどのエネルギーが絶え間なく供給され続けている。この力こそが、彼の肉体を限界以上に強化し、並みの人間では到底不可能な速度と破壊力を生み出す源泉となっていた。

 

蒼が放った渾身の右拳が、ロイミュードの硬質な外殻で覆われた胸部に命中する。

 

「――ッ!」

 

鈍い重低音と共に、蒼炎を纏った衝撃波が周囲に炸裂し、怪物の巨体がまるで紙切れのように数メートルも後方へと弾き飛ばされ、壁に激突してコンクリートの破片を撒き散らす。

 

「どうした? その程度か!」

 

蒼は一歩も退くことなく、逆に前へと詰め寄り、挑発するような声を上げる。

 

ロイミュードは屈辱と怒りに歪んだ電子音の咆哮を上げ、素早く距離を取ると、両の掌をこちらに向けた。その手のひらの中心には濃い紫色の光が収束し、空気中の塵さえも歪めるほどの高濃度な重加速粒子が圧縮されていくのが視覚的に分かる。

 

次の瞬間、破壊光弾が連続して放たれ、轟音と共に蒼目がけて襲い掛かってきた。遠距離からの飽和攻撃――至近距離で受ければ、たとえ強化された装甲といえども深刻な損傷は免れない。

 

「……逃がすかよ」

 

蒼は微動だにせず、迫り来る光弾の軌道を正確に見極めると、即座に腰に装着した変身バックル、インフェルナスドライバーの側面部分にある「シフトグリップ」を強く握り込み、一気に引き抜いた。

 

『MAGNUM MODE!』

 

電子音声が戦場に響き渡ると同時に、ガシャン、という重厚な機械的合体音が鳴り響く。彼の腰にあったバックルが瞬く間に変形し、銃身とグリップ、照準器を備えた銃型デバイス――「シフトマグナム」へと姿を変えた。

 

蒼は流れるような動作でシフトマグナムを構え、迫り来る光弾の隙間を縫うように身を翻しながら、次々と正確なカウンター射撃を叩き込んでいく。

 

放たれた紺碧の弾丸は空間を裂き、まずはロイミュードの肩の関節部を穿ち、続いてその動きを止めるために脚の装甲を撃ち砕き、さらには体幹部へと連続して命中していく。激しい銃撃戦の火花が暗い路地裏を照らし、逃げ場のない空間はまるで昼間のような明るさに包まれた。

 

「まだまだ!」

 

蒼はシフトマグナムを、淀みのない動きで元のバックルの位置に戻すと、今度はドライバーの基部自体を力任せに180度回転させた。

 

『BLADE MODE!』

 

今度は先ほどとは異なる、鋭く甲高い起動音が鳴る。ドライバーの中心部からは、肉眼で見ることも難しいほどの高周波を帯びた白銀の刃が展開され、近接戦闘に特化した武器「シフトブレード」へと変形を遂げた。

 

蒼は、蒼炎の軌跡を描きながら一気に距離を詰める。ロイミュードが反応するよりも早く、彼は怪物の脇をすれ違いざまに、その体の中心部にある核――コアめがけて渾身の一閃を放った。

 

「……チェックメイトだ」

 

静かな、だが断固たる一言が戦場に落ちる。

 

次の瞬間、ロイミュードの巨体はまっぷたつに断ち切られ、自分が何をされたのか、自身の終焉さえも悟る間もなかったかのように、凄まじい絶叫を上げながら蒼い炎の大爆発に包まれていく。光と熱が収まった後には、もはやその姿はなく、ただ微かな塵が風に舞うだけだった。

 

戦いが終わり、緊張感が解けた空気の中、再びヘルメット内のスピーカーに三原の声が届く。その声には、作戦指揮官としての冷静さを保ちながらも、わずかながら安堵の色が混じっているのが分かった。

 

『蒼、上出来だ。初陣でここまでの戦いを見せるとはな。周辺の重加速濃度も急激に低下している。二次被害の恐れはない。警戒態勢を解除し、直ちに基地へ帰投せよ』

 

「……了解です」

 

蒼は短く応答すると、手でドライバーの解除スイッチに触れる。瞬く間に装甲が消え去り、彼は元の人間の姿へと戻った。軽く息を整え、戦いの間に受けたわずかな疲労感を振り払うように首を回すと、彼は路地の脇に停めておいた愛車『ライドストライカー』へと歩み寄る。エンジンをかけると、荒々しくも力強い排気音が夜の風に響き、彼は暗闇の向こうへとその姿を消していった。

 

だが、彼が立ち去った戦場には、まだ消えることのない「爪痕」が深く刻まれていた。

 

現場に取り残され、ただ呆然と立ち尽くしていた一人の女性――美穂は、震える足元を必死に支えながら、崩れ落ちるように壁に背中を預けていた。

 

彼女の瞳に映った今の戦いは、単なる「怪物の殲滅劇」などではなかった。

 

彼女は、その場ですべてを見てしまったのだ。インフェルナスの戦士が戦う様子を。無骨で荒々しく、だが何よりも迅速かつ正確に敵を仕留め、自分の命を間一髪のところで救い上げてくれた、あの紺碧に輝く装甲の残像を。

 

それは――忘れたくても忘れられるはずもない、5年前の記憶とあまりにも重なり合っていた。

 

ニュース映像で何度も、何度も繰り返し流され、街中のスクリーンに映し出され、そして何よりも自分の脳裏に焼き付いて離れなかった、蒼い戦士の姿。仮面ライダーGT。そして、その正体であり、自分にとって特別な存在だった――鷹宮紫苑の姿と、残酷なまでに酷似していたのだ。

 

(あの日も……あんなふうに、私の目の前で……)

 

心の奥底で声が響く。

 

その瞬間、美穂は自分の中で長い間、重い鉛の塊のようなもので無理やり封じ込め、押し殺してきたはずの感情と記憶が、まるで濁流となって一気にせり上がってくるのを感じた。

 

5年前のあの悪夢のような日。自分の親しかった友人、大悟が突如として異形の怪物へと変貌を遂げ、その鋭い眼光で自分を射抜き、殺意を向けてきたあの絶望感。逃げ場のない恐怖。世界が音を立てて崩れていくような感覚。

 

今この瞬間も、自分の全身を見えない鎖できつく縛り付けられているかのような、そんな錯覚に襲われる。周囲の空間が再び重く歪み、呼吸さえも困難になるような、あの忌まわしい「重加速」の感覚がフラッシュバックとなって美穂を襲い、彼女の理性の縁を容赦なく揺さぶった。

 

「……っ、はぁ、はぁっ……いや、やめて……!」

 

口から漏れ出した声は、自分でも驚くほどにか細く震えていた。凄まじい過呼吸の発作が彼女を襲い、視界が激しく明滅を繰り返し、世界がぐるぐると回り始める。冷や汗がまるで滝のように全身を流れ落ち、指先は氷のように冷たくなり、感覚さえも薄れていく。

 

美穂は這うようにして路地の壁に近づき、体を擦りつけるようにして何とか立っていると、震える手で鞄の中をかき回した。

 

「……っ、げほっ……あ、あぁ、早く……っ」

 

ガタガタと音を立てて震える指で、彼女はようやく小さな薬瓶を取り出す。蓋を開けるのももどかしく、錠剤を一つ取り出すと、水も飲まずに無理やり喉の奥へと流し込んだ。

 

薬は、この5年間、彼女が何とか「普通」であり続けるための支えの一つだった。

 

かつての凄惨な記憶を心の奥底に封じ込め、自分に嘘をつき、ただのOLとして穏やかで、時には退屈とさえ感じるような日常を送ること。それだけを目標に生きてきた5年間だった。

 

だが、そんな彼女の長年の努力と決意は、今、自分の目の前で繰り広げられた「新たなる戦い」という、あまりにも鮮烈で生々しい現実によって、無残にも打ち砕かれ、踏みにじられてしまったのだ。

 

美穂は胸元を強く押さえ、荒くなった呼吸が次第に落ち着いていくのを待った。だが、一度開いてしまった心の傷口からは、もはや何をしても塞ぐことのできないかのように、紫苑との楽しかった思い出、友人のちひろとの絆、そして大悟への複雑な憎しみと悲しみ……過去に関わるすべての感情が、涙と共に止めどなく溢れ出していた。

 

自分は、5年前のあの日から、本当は一歩も前に進めてなどいなかったのだ。

 

ただ時間だけが無情に過ぎ去り、自分はその場に立ち尽くしたまま、動けずにいただけだった。

 

そして世界は再び、あの地獄のような戦いの渦中へと回帰しようとしている。新たな戦士が現れ、怪物たちが再び姿を現し、あの頃と同じように街が、人々が、恐怖に晒されようとしている。

 

薬の効果でようやく呼吸は落ち着いてきたものの、美穂の体の震えだけは、いつまで経っても止まることはなかった。

 

灼熱の蒼き炎と共に幕を開けた新たな章は、同時に、かつての戦いの犠牲者であり、生き残った者たちの中で止まっていた時間の時計を、最も残酷な形で、音を立てて動かし始めたのであった。

 

#1 完

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