仮面ライダーGT   作:カッティングカマター

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2019年編#2-2

2019年編#2-2

 

春の柔らかな陽光が、まばらに生えた木々の緑の隙間からこぼれ落ち、公園の地面に小さなまだら模様を無数に描き出していた。風はまだ少し冷たさを残しているものの、頬を撫でる感触はどこか心地よく、冬の間に凍てついていた心までをも解かしていくようだ。

 

都会の喧騒、車の排気音や人々のざわめきから少しだけ離れたこの場所にあるベンチに、刈谷蒼は一人で腰を下ろしていた。視線の先には、高層ビルが連なる街のスカイラインが薄い靄の向こうに浮かんでおり、いつも見慣れているはずのその景色が、この時ばかりはどこか遠く、別の世界のように思えた。

 

彼は今、S.H.I.F.T.の戦士であり、仮面ライダーインフェルナスとしての任務も、組織の命令も、迫り来るロイミュードの脅威も、行方の知れない父のことさえも、一時的にだがすべて頭の外に追い出していた。

 

日々を振り返れば、訓練は常に血が滲むような厳しさであり、実戦になれば命のやり取りが当たり前のように繰り返される。気を緩めればたちまち命を落とす、そんな緊張感に包まれた毎日だ。だがこの時間だけは違う。この公園のベンチに座っている間だけは、彼はただの「刈谷蒼」という名前の、十九歳の青年に戻ることができる。何の肩書きも、何の責任も背負わない、一人の人間としての時間。ここは彼にとって、数少ない安息の場所であり、心の拠り所だった。

 

「おーい、蒼!お待たせー!」

 

背後から、空気を弾ませるような明るい声が響き渡った。蒼はゆっくりとした動作で振り返る。

 

そこには、まだ高校の制服姿のままの月島遥が、少し息を弾ませながら、大きく手を振って駆けてくる姿があった。彼女の黒い髪は春の風になびき、その表情は太陽の光よりもずっと明るく輝いて見えた。

 

遥は蒼が以前通っていた高校の一つ下の後輩にあたる少女だ。両親を失い、身寄りもなく孤独の中にいた蒼にとって、彼女は心から気を許すことのできる数少ない友人の一人であり、こうして会う時間が何よりも大切なものになっていた。

 

「待ったかな? ごめんごめん、先生の話が長引いちゃって、授業が予定よりずっと延長になっちゃったの」

 

遥は慌てたようにブレザーの裾についたほこりを手で払いながら蒼の隣に座ると、膝の上に大きな風呂敷包みを丁寧に置いた。指先で結び目を解いて広げていくと、その中からは、彩り豊かなおにぎりに、ふっくらと焼かれた卵焼き、色とりどりの野菜のおかずまで、手間暇かけて作られたことが一目でわかる手作りの弁当が姿を現した。

 

「はい、これ! 今日も朝早く起きて張り切って作ってきちゃったんだから! さあ、早く食べよう?」

 

「おお……相変わらずすごいな。こんなにたくさん、ありがとう」

 

蒼は思わず声を上げ、心からの感謝を込めて笑顔を返す。遥の作る弁当は、味ももちろん美味しいのだが、それ以上に、彼女の優しさが詰まっているようで、食べるたびに心の奥が温かくなるような気がしていた。

 

「ねえ蒼、そういえば最近始めたって言ってた新しい仕事、どんな感じなの? ちゃんと三食きちんと食べてる? なんだか少し顔色が優れないように見えるんだけど……大丈夫?」

 

遥は箸を手に取る前に、心配そうに眉を少し寄せ、蒼の顔をまっすぐに覗き込んでくる。その瞳には、嘘偽りのない純粋な心配の色が浮かんでいた。

 

彼女が言う「仕事」とは、もちろんS.H.I.F.T.での任務のことだ。今やS.H.I.F.T.は日本国内だけでなく、国際的にも知られる大きな組織へと成長を遂げており、ロイミュードという未知の脅威から人々を守るために活動していることは、誰もが知るところとなっていた。表向きは防衛機関としての体裁を整えているため、蒼もその一員として働いている、と遥に説明していたのだ。

 

「ああ、大丈夫だよ。まあ、最初は覚えることが山ほどあって大変だったけど、今はだいぶ慣れてきたし、ぼちぼちとやってるよ。自分にしかできないこともあるみたいで、やりがいのある仕事だと思ってる」

 

蒼は努めて明るく笑い、自分の状況を偽りながらも安心させるように答える。すると遥はその言葉を聞いて、ぱあっと表情を輝かせ、まるで重しが取れたかのように肩の力を抜いた。

 

「ふーん、そっかそっか。なら良かった! ……でもね、なんとなくだけど、その仕事ってとっても大変な仕事なんでしょ? 悪い奴らと戦ったり、街の安全を守ったりするんだって、ニュースで見たことがあるの。ええっと……そうだ! ロリ……ロリなんとかっていう……あ! ロリ少女!」

 

遥が少し考え込んだ後に口にした名前に、蒼は思わず箸を持つ手を止め、呆れたような、それでいてどこか面白いような気持ちになってツッコミを入れた。

 

「ロイミュードだよ、遥。まったく、お前はそういう大事なところでいつも抜けてるんだからな」

 

「あははは、ごめんごめん! そうだった、ロイミュードだったね! 覚えにくい名前だなあとは思ってたんだけど……」

 

遥は頭をかきながら悪戯っぽく笑うが、すぐにまた真剣な眼差しに戻り、蒼の目を見つめて続けた。

 

「……でもね、ニュースの映像とかを見ると、本当に怖いんだよ。最近は普通の街の中や、人がたくさん集まる場所にまで出現することがあるんでしょ? もし蒼がそんな危ない目に遭って怪我でもしたらって思うと、私、毎日本当に心配で心配で……」

 

そう言って遥は少しだけ頬を膨らませ、まるで拗ねたような表情を作る。その仕草は子供っぽくて可愛らしく、同時に彼女の心からの優しさと、蒼を想う気持ちが溢れ出ているようだった。

 

ロイミュードの存在は、今やもはや隠し通せるようなものではなくなっていた。突然変異体、あるいは異形の生命体として、連日のようにニュースや新聞で取り上げられ、社会問題の一つとして人々の話題に上る。その名前は日本中の誰もが知るところとなり、人々の心の中には、目に見えない不安が少しずつ、しかし確実に根を張り始めていた。

 

だが、だからこそ蒼は戦うのだ、と心の中で強く思う。

 

遥のように、何も知らずに明るく笑い、学校に通い、友人と語らい、日常の何気ない出来事に喜んだり悩んだりする、そんな当たり前の存在を守るために。こうして春の公園で、弁当を食べながら他愛もない話をする、この何でもない昼下がりの、何でもない会話こそが、自分が命を懸けて守る価値のある「日常」そのものなのだと、蒼は遥の笑顔を見るたびに強く実感するのだった。

 

「大丈夫だよ、遥。俺には俺の役割があって、それにちゃんと仲間もいるし、自分の身は自分で守れるようにちゃんと訓練してる。だからお前は、いつも通り元気に笑って、毎日を楽しく過ごしてくれれば、それで俺は十分なんだ」

 

蒼は柔らかな口調で、まるで妹に言い聞かせるように遥の頭を撫でながら言った。

 

「もう、蒼ってばいつもそんなふうにカッコつけなんだからー! まったく、しょうがないなあ」

 

遥は頬を少し染めてそう言うが、その声には非難の色はなく、むしろ安心したような、嬉しそうな響きが含まれていた。二人の間に、春の風に乗って、屈託のない明るい笑い声が響き渡り、木々の間をくぐり抜けていく。

 

「あっ! 大変だ! もうこんな時間になってる!」

 

遥が手首にはめた腕時計を見ると、突然慌てたように声を上げて立ち上がろうとする。おかずを口に運ぼうとしていた箸が、慌てて膝の上に置かれた。

 

「どうした? そんなに急いで」

 

「そろそろ行かないと、バイト先に遅刻しちゃうの! 急がなきゃ!」

 

「バイト? 新しく始めたのか?」

 

蒼も弁当を置いて、彼女の様子に驚きながら問いかける。

 

「うん、この近くのお店でつい最近始めたんだ! お花屋さんのバイトなの。経営している人がすごく良い人で、仕事も楽しくて、私、このバイトがとっても気に入ってるんだ!」

 

遥は急いで弁当の容器を風呂敷の中に戻し、きっちりと結び目を作ると、くるりと向きを変えて蒼に向かって手を差し伸べる。

 

「蒼もたまにはお店に遊びに来てよ、買い物でもなんでも! 来てくれたら、私が特別に超特価にしちゃうんだから! じゃあね、蒼! また今度絶対会おうね!」

 

遥は元気いっぱいに手を大きく振ると、小さな鞄を肩にかけて、桜並木の続く道を駆け出していく。その背中はまるで、春の風そのもののように軽やかで、明るく輝いていた。

 

蒼はベンチに座ったまま、彼女の姿が木々の陰に隠れて見えなくなるまで、穏やかで、それでいてどこか慈しむような、柔らかな眼差しで見送り続けた。

 

「……花屋、か」

 

遥が駆けていった方向を眺めながら、蒼は一人、誰に聞かせるでもなく呟く。

 

戦いと緊張の連続である自分の日常には縁のない言葉のように思えたが、それでもその言葉は、今の蒼の心の中に、少しだけ柔らかな色彩を添えてくれるような気がした。遥がそこで楽しそうに働いている姿を想像するだけで、なぜか心が温かく満たされていくのだった。

 

遥が急ぎ足で向かった先は、大通りから一本だけ路地に入った、静かで落ち着いた雰囲気の場所にあった。

 

道の両脇には季節の花々が咲き誇り、道行く人の目を楽しませている。その一角に、色とりどりの花々にすっぽりと囲まれるように佇む一軒の店があった。木製のドアと窓枠が温かみを感じさせ、店先には鉢植えや切り花が所狭しと並べられている。木製の看板には「かげやまフラワー」という文字が、くっきりと丁寧な字で書かれていた。

 

「すみませーん! 遅れました! 本当に申し訳ないです!」

 

店のドアを開けると、カランコロンと澄んだベルの音が店内に響く。遥は息を切らしながら店内に飛び込むと、頭を下げて急いで謝罪の言葉を口にする。

 

すると、奥の方にある作業場から、紺のエプロンを身に着けた一人の青年が姿を現した。

 

「おや、遥ちゃん。お疲れ。別にそんなに慌てなくても大丈夫だよ。時間にはまだ少し余裕があったくらいだから」

 

青年はにっこりと、人懐っこく明るい笑顔を浮かべる。その表情は穏やかで、まるで波のない湖面のように落ち着いており、見ているだけで心が和むようだ。

 

彼は影山悠真。この店の店主であり、遥にとっては優しくて頼りになる、まるで兄のような存在だった。

 

悠真は両手に軍手をはめ、新しく仕入れられたばかりの花の苗がたくさん入ったダンボール箱を二つも抱えている。

 

「ちょうど今、市場から新しい仕入れが届いたところなんだ。これから店先に並べて、店の飾りつけをしようと思ってたんだけど……遥ちゃん、少し手伝ってくれるかな?」

 

「はい! もちろんです! 何でも任せてください!」

 

遥は元気いっぱいに返事をすると、急いで自分もエプロンをつけ、悠真のもとへと駆け寄る。慣れた手つきでダンボールを開け、一つ一つ丁寧に花を取り出しては、店先の棚に並べ始める。

 

「影山さん、このピンク色のお花、すごく綺麗ですね。なんていう名前のお花なんですか?」

 

「ん? ああ、それはね……」

 

悠真は彼女の問いかけに優しく応え、花の名前や育て方、どんな場所に飾ると映えるかといった特徴を、一つ一つ丁寧に説明していく。作業をしながらもその動きは淀みなく、手際は鮮やかで、花に対する愛情が溢れているのが見て取れた。

 

この店は、悠真にとって単に商売をするための場所ではない。

 

失われてしまったかつての日常の灯火をこの地に守り続け、いつか再びこの場所に帰ってくるかもしれない仲間たちや、大切な者たちのために、時間が流れても変わることのない「変わらぬ拠り所」を作り続けるための、彼なりの重要な戦場なのだ。

 

一方で、遥にとってもこの「かげやまフラワー」は、学校と家以外の、三つ目の大切な居場所となっていた。

 

気さくで優しい悠真は、いつも彼女の話をゆっくりと聞いてくれ、時には的確なアドバイスをくれ、まるで本当の兄のように温かく接してくれる。花の知識だけでなく、人生について、人との関わりについて、様々なことを教えてくれる悠真と過ごす時間は、遥にとって何よりも楽しく、心の支えとなっていた。彼女はこの店で働く時間が、心から楽しくて仕方がなかった。

 

蒼がS.H.I.F.T.の戦士として戦い、自分の正義を貫き、真実を求めて疾走し続ける理由。

 

悠真がこの街に一つの店を構え、花を愛で、訪れる人々に笑顔を与えながら、この場所を静かに守り続ける理由。

 

二人は今まだ、お互いの存在を知らない。だが、運命という名の見えない糸は、彼らの知らないところで、音を立てながら少しずつ再び絡み合い、結びつき始めていた。

 

花が咲き誇り、人々の笑顔が溢れる平和な街角と、炎が燃え上がり、血と汗が飛び散る激しい戦場。

 

二つの世界は、今、少しずつ、しかし確実に交わり始めようとしていた。

 

 

(続)

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