異世界転生したらウィッチャーの世界だった。
よりによって人より遥かに強いバケモノが闊歩し、差別と流血と暴力溢れる世紀末ダークファンタジー、ウィッチャーの世界である。
人間同士でも争い人間と人間以外の種族でも争い、人の力を遥かに超えるバケモノと戦わなければ生存領域を維持できない世界。
そこでよりにもよって父親不明・母親は娼婦、恐らく5歳程度で孤児となったのである。せめてまともな市民の家に生まれたかった…確かに前世の記憶が多少あるとはいえウィッチャーはウィッチャー3をやった程度、法と秩序と現代文明に甘やかされた文明人がこのような暗黒ファンタジー世界で何の役に立つだろうか。
あまりにもおファック過ぎる生い立ちではあるが、幸い初期位置は北方諸国の中でも最大の自由都市ノヴィグラドである。ありがて〜
もしこれがヴェレンの寒村とかだったら森の貴婦人たちへの供物コースまっしぐらでした。終わ終わりです。どうせ2週目、死は怖くない。が、死よりも恐ろしく暗い生や魂を陵辱され続ける可能性があるのがこの世界だ。魔法もあるしエルフもいるしそれより旧い者たちが幾らでもいる世界なのである。
今日も今日とて、ノヴィグラドの路地裏で残飯を漁り、誰ともつるむことなく酔っ払いやチンピラからスリを働き、盗品を売ろうとしては「王」の家臣である盗品商たちに買い叩かれる日々だ。たまに追いかけられることもあるが、ウィッチャー3を何百時間もやり込んだ身としてはマップは完全に頭に入っているし、この身体は極めて身軽なので(どこかでエルフの血でも入ってるのか?)ぴょんぴょん壁を越え屋根の上を走り、ウィッチャーではなくサイバーパンクをプレイしてるような勢いで毎日暮らしている。近くに河もあるので比較的身綺麗にできるのもデカい。
というか今は何年なんだろうか?1270年がウィッチャー1作目で、その前が小説の話でしょ。いや分からん分からん。読み書き出来ないし。計算は出来るのと、話し方は大人の話し方で話せるけど読み書きは誰かに教えてもらわないと無理だわ。
そんな事を考えていると明らかに目的を持って追跡されているのが分かった。さっきから撒こうとしているんだけど全然撒けない。何なら先回りされそうなぐらいである。いくら必死に飛んで跳ねて疾走して逃げても所詮は子供の足。本気の大人の男に追跡されて逃げ切れる筈もなく、ねぐらにしている路地裏の古い壁と建物に囲まれたデッドスペースの近くにまで追い詰められてしまった。相対した相手はフードを目深に被り、ローブを纏っているため詳しくは分からないが明らかに武装した戦士だ。もはやこれまでと命乞いをすることにした。これで死ぬならしょうがない。
「立派な旦那様、このようなゴミ漁りのガキに何の御用でしょうか?私めに粗相がございましたらこの通りお詫び申し上げます。どうか命だけはお助けください」
土下座である。ゴミ漁りをして日々の糧を得ている時に見咎められた時も、相手が街の旦那衆なら平身低頭で謝り倒せば蹴り転がされるくらいで命までは取られない事が多い。逆にチンピラ、ごろつき、ギャングの類が相手の時は一目散に逃げるに限る。
「逃げるのは諦めたのか?」
口の端を持ち上げるような冷たい笑い、フードから覗く皮膚は青白く、眼光は常人ならざる鋭さである。
「へえ、どうか逃げ出した無礼をお許しください」
「これが何か分かるか?」
それはゲームで何度も見た事があるアイテムだった。
ウィッチャーのメダリオン、それもかの悪名高い猫流派のものだ。
「へへえっ、それはウィッチャー様の証でございますか」
「ほう、分かるものか。そうだ。これはウィッチャーのメダリオンだ。」
ウィッチャーが近付いてくる、足音が迫る、恐ろしげな鋲打ちのブーツが目の前に来る。死を覚悟する。急に視界が上昇する。
「この数日間、お前を観察していた。お前はよく身体が動く。そして都合の良い事に孤児だ。俺はお前を"キャラバン"に連れ帰り、鍛える。そしてお前はいずれは試練を受け、運が良ければ生き残り、ウィッチャーとなる」
「…運が悪ければ?」
「もちろん死ぬ。言っておくが訓練中に高所から落ちて死ぬかもしれないし、試練を乗り越えても初仕事で死ぬかもしれない。が、ゴミ漁りはしなくて済む。どうだ?」
今やフードを脱ぎ、青白い肌の凶相をあらわにした男が酷薄な表情でこちらを見ている。そして俺の首根っこはこの男に文字通り掴まれ、吊り下げられている。
「お供させて頂きます」
この怪人に目を付けられた時点で俺は拉致される運命だったのだ。
「俺は猫流派"キャラバン"に属するウィッチャー、ダリウス。お前は?」
「親から名前で呼ばれたことはございません」
「ではお前には"勇敢な心"を意味するタデウスの名を与えよう。今後はノヴィグラドのタデウスを名乗るがいい」
「へへえっ」
おおよそこのようなところだった。
やはり後から思えば、ヴェレンやスケリッジの寒村に生まれて訳も分からぬまま敗残兵や盗賊、バケモノ共に殺されるよりかは遥かにマシな運命をこの時引き当てたのだった。
そこからは早かった。ダリウスの言う"キャラバン"と合流するため、ひたすらに南への旅。ニルフガード帝国やその近隣の領域への移動である。路銀を稼ぐため、ダリウスは比較的簡単な依頼を受けつつ街道沿いをひたすらに南下した。名無しの俺改めタデウスは彼の荷物持ちとして着いていく事に必死だった。何せ魔法的に変異した超人と5〜6歳のガキでは歩くスピードも違う。馬でも買ってくれれば良かったのだが、ダリウスはあまり馬を好まない。
そして野営するとなると彼は決まって木と木の間にロープを張り、綱渡りを強いた。最初は低いところから始まったが、今や落ちたら死ねる高さの上、目隠しをされ、手首を柔軟に使って短剣で回転剣舞のような動きを行いながらの綱渡りをさせられている。とにかく彼がヨシというまでやり続けるのだ。最近は綱を渡りきる速さまで見られている。
並の子供であれば不平を言うところだが、そこはこちらも前世の記憶持ち。変異する間に死ぬかもしれないが、それはそれとして残飯を漁らなくとも飯が食えるのはありがたいので黙々と続ける。
ダリウスは感情の読めない目、恐ろしげな目の周りのクマ、酷薄な笑みでこちらを観察してくる。ウィッチャーにとって観察は重要なことらしい。彼は眠らない。いつでも剣を抜き放てる姿勢で、瞑想している。何でも瞑想している間も周囲への観察を怠らないらしい。
ゲームでは猫流派のウィッチャーといえば、マッド・キヤンとゲータンくらいのものでダリウスなどと言う名前は聞かなかったが、ゲラルト並みとは言わないまでもこのウィッチャーは結構すごいのかもしれない。
トゥサン行きてえな。もう。北方諸国はちょっとしんど過ぎる。
ほんで具体的にはいつ起こるか分からないけどソドンの丘でわんさか人が死んで死体を喰らうグールから幽鬼の類まで沸くわけでしょ。命が幾つあっても足りないよ。
それを考えると政治的中立とか一切保たない猫流派は自由で悪くないかもね。死ななければ。死ななければ!この頃になるとやけに高い木に登らされて拘束綱渡りからのブロードソードくるくるを延々とやらされている。目的のキャラバンが近付いてきたからか、ダリウスは酒場で聞き込みなどもよくするようになっていた。そして揉め事に巻き込まれると剣さえ抜かずに拳で解決するのだ。
そして遂に"キャラバン"に合流した。
過剰に変異した恐ろしげなウィッチャーから、人間らしい見た目を保つウィッチャー、俺のように連れ去られてきた子供たち、色々な人間がいたが俺は努めて顔と名前を覚えても愛着を持たないよう注意していた。言ってみればウィッチャーサーガのNPCとして彼等を認識するよう心がけていたのである。愛着が湧いてからの離別は辛い。特に同年代の子供達に情が移れば、変異した後に生き残れてもどんな不安定な精神状態になるか分かったものではないからだ。
一つ言えることはゲータン世代だってことだ。
ウィッチャー3で見た覚えのある名前もちらほら耳にする。
そこからの訓練期間はあっという間に過ぎていった。身体作りと剣術の訓練、変異の試練を経て印の訓練と15〜16年間の時間があっという間に過ぎて、俺はキャラバンから離れて独り立ちさせられる事になった。
なんだかんだで変異の試練も生き延びたが、やはり猫流派の変異は不完全かどこかおかしいのではないか?客観的に見てメンタルは不安定になり攻撃性も上がり、頭髪もモヒカンめいて一列の剛毛を残して全て抜け落ち、白髪になってしまった。感情を喪失、抑制されがちな他のウィッチャーとは異なる気がする。案の定だが、同期の子供たちも半分以上死んだ。
俺はアード、クェン、イグニはかなりの腕になったが、イャーデンとアクスィーはてんでダメだった。特にアクスィーはこれっぽっちも使えない。最初の依頼は簡単だった。村の近くの川辺に住み着いたドラウナーの群れを何とかして欲しいというものだ。昔ゲームでやったように、銀の剣にオイルを塗り、現れるのを待ってアードの一掃のような自分を中心にしてアードを放つやり方でドラウナーの体勢を崩す。後はトドメを刺していき、逃げようとしたらやたら範囲の狭いイャーデンで足を止めてまたアード。トドメ。この繰り返しである。ちなみに報酬を値切られることは無かった。やっぱ南方はいいっすね〜それに比べて北方諸国はうんち。
そして良質な装備を求めてトゥサンに辿り着いた。